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三四郎は看病をやめて、庭へ出た。家の方を見廻すと、両側に細い路がある。そのうちの右側の路を選び、孟宗藪のすぐ横を通り家の裏手へまわると、土手上の路へと出た。
下には汽車路があり、土手沿いに左右へと延びている。左へ曲がると先ほどの大久保の停車場へ着く。三四郎はもう一つの孟宗藪の路を選び、汽車道沿いに路を歩く。まだ宵の口で、空に浮いている雲が赤い。その時近くで誰か、
「ああああ、もう少しの間だ」
と云う声がした。方角は少し先の土手下の様であり、視線を向けると若い女が汽車道上に座っている。三四郎は気味が悪くなった。
ところへ又汽車が遠くから響いて来た。三四郎はその女に声をかけたが、一向に返事はない。聞こえていないだけなのか、聞こえていても返事をしないだけなのか、三四郎にはわからなかった。女と汽車までの距離はまだある。三四郎は急いで土手下の女のもとへ坂を下り向かう。
然し、思いのほかに急な坂であったため足が滑り転がり、そのまま鉄軌へ落ちる。その先にちょうど女がいたため勢いよくぶつかり、女は鉄軌の外に投げ出された。三四郎は女の無事を確認するために起き上がろうとしたが、身体に力が入らない。
次の瞬間には体に激しい痛みを感じ、宙へと飛んだ。下の方を見ると女と汽車、それと血に染まった見慣れた服装がある。それが何かを思い出そうとするが、急に寒さを感じ意識が遠くなる。そして、着地する前に深い眠りについた。三四郎は死んだ。