第2話 日常②
「た〜かしく〜ん!」
登校中に突然後ろから、あたかも恋人にかけるような甘ったるい声で名前を呼ばれた。
俺に声をかけたこの人物は、自称親友の植松真斗で俺はマサと呼んでいる。
「おい! マサ! 毎朝、毎朝、その気持ち悪い声のかけ方やめろよ、どあっ?!」
俺が振り向こうとした瞬間に後ろから羽交い締めするかのような力で抱きつかれた。
「つ〜かまえた〜!」
男特有のゴツゴツとした体の感覚が背中に伝わり悪寒が走る。
「やめろ! 気持ち悪い! 離せっ!」
俺は全力でもがくがマサも力強く抱きついているのでなかなか拘束を解くことができない。
なぜこんな朝っぱらから男同士で抱き合わないといけないのだ。
道行く他の生徒からは好奇の視線に晒される。
なんだか顔をほんのり赤くしてマジマジと見てくる女子もいたが見なかったことにしよう。
マサとは祖父母の田舎に転校した小学4年からの付き合いである。
勉学共に優秀で、しまいには長身モデル体型のイケメンだ。
学校の女子が放っておくはずはないが、浮いた話はあまり聞かない。
「マサいい加減にしろ! 絶交するぞ!?」
「タカシひと筋の俺に何言ってんだよ! タカシがいない俺なんて何にも残んないぞ! 昔からの付き合いだろ!?」
「昔からって今それがなんの関係があるってんだよ! しかも小4からだから、そこまで長くもないだろ。」
「たかしちゃん……ひどい!」
俺の言葉を聞くやいなや、マサは親指の爪をかじりその場に座り込んでしまった。
もちろん依然として道行く他の生徒にまじまじと見られている。
「また近藤くんが植松様のこと泣かしてる!」
「植松様を独り占めしてるくせに生意気よ!」
ついに野次馬からその言葉のごとく野次が浴びせられた。
野次の内容がかなり偏っていると思うが気にしないことにする。
「おい! マサ、なんか人だかりができてるぞ! 主に嗜好がかたよった人のだけど!」
「タカシ、俺が人目を気にする男に見えるか?」(イケボ)
「きゃ〜〜!」
急に声色を変えたマサへ黄色い声が飛んできた。
しまいにはスマホを取り出して写真を撮ろうとしている輩まで出てくる始末だ。
「マサ! 流石に写真はやばいよ! SNSにアップされて人気者になっちゃうぞ! いいねつけられちゃうぞ!」
「それはそれで魅力的だな。」(イケボ)
それを見たマサは、あろう事か制服のボタンを外し始めた。
『ドサッ』
なんだか誰か倒れた音が聞こえたのだが、これも気にしないことにする。
「ちょっと待て! 煽るな! 早くこの場から立ち去るぞ!」
群がる後方の生徒などは、その姿を一目見ようとその場でぴょんぴょんと飛び跳ねたりしている。
こいつら、こんなことに興奮しすぎではないか。
「タカシ。望みを叶えたくば、今一度、俺のことを親友と認めろ。」(イケボ)
なんだこの面倒くさいシチュエーションは。
「あー。わかったマサ。すまん、すまん、お前は親友だよ。さあ遅刻するからもう行こう。」
そう言って俺は座り込んでるマサへ手を差し伸べる。
「タカシ。俺も今一度お前に忠誠を誓おう。」(イケボ)
なんだろう、よくある嬢王様と騎士が忠誠を誓うあのシーンのようにマサは跪いて俺の手を取った。
そして、次の瞬間。
『ちゅ』
「うわ! 何すんだ気色悪い!」
突然、差し出した俺の手の甲にマサは優しくキスをしたのだ。
『ドサッ、ドサドサドサ』
あ、前方に道ができた。
「まさ! 今だ! 行くぞ!」
俺はマサの手を取り、目の前に開かれた退路を全力で走り抜けて行く。
「あっ! 植松様が泥棒猫に連れていかれるわ!」
「なんなのあいつ! 私の植松様に何するのよ!」
「あんた何言ってんの? 植松様は私だけのものよ? 身の程をわきまえなさい。」
「は!? あんたこそ何で勝手に個人の所有物にしてんのよ!? 植松様はみんなのものよ!!」
などと後ろから声が聞こえてきて、何だか乱闘騒ぎになっているようだ。
「何で朝からこんなことになってんだよ。」
手を引かれるマサは何だかとっても満足そうで余計に腹が立つ。
そうして俺たちは見慣れた教室へ向かって走って行った。