第1話 思い出の中① (★)
「どうしてこうなった! 話が違うよ!」
「ちょっとなんですのこの化け物⁉︎」
俺と猫耳少女の目の前で、体長3メートルはあろうかというクモの化け物がムシャムシャと音を立ててそれを喰らっていた。
「うっ!」
それを見ていると腹から嫌なものが上がってくる。
なにせ、そのクモは人間を頭部から喰らっているのだから。
「おじさん、頭の斜め半分を食われてるのになんで笑ってんだよ」
しかも、そのおじさんは隣人とだろうか世間話をして笑い合っているのだ。
本人も隣人もクモの化け物にすら気づいていないかのように。
『それは人間ではなく思い出を食べているからよぉ。 でもおかしいわねぇ? 思い出の中になんでこんな化け物がいるのかしらぁ? 』
こんな状況だと言うのにツキさんの呑気な声が頭に直接響いてくる。
そう、ここは現実ではない。俺の中にある妹のスズの思い出の中だ。
ツキさんの妖術とやらでスズのとある思い出の中へ猫耳少女と来ているのだ。
『そいつは思い出の核を探しているのだと思うわぁ。世界の再構築者についてここまで調査をしたことがなかったからわからなかったけどぉ、おそらくそいつが思い出を喰らってエネルギーに変えてるとかそんなところでしょぅ』
「そんな適当な! うわ! なんかこっち見てるけど大丈夫なのか?」
『情報が無いからとりあえず逃げた方が良いかもねぇ』
次の瞬間、クモの腹部が盛り上がり、体調30センチほどの子クモが無数に湧き出し、俺たちの方へ向かってきた。
「うわ! 気持ちわる! なんかヤバくないか!」
「タカシさん! とりあえず逃げますわよ!」
俺たちは一目散に逃げ出し、子クモたちを撒き息を切らして地べたにへたり込んだ。
「な、なぁ、俺を殺そうとした時みたいに薙刀でなぎ払えないのか?」
「バ、バカ言わないで! お母様ならともかく私はあんな化け物と戦ったことすらないのよ!」
お母様とはツキのことだ。
「その割には俺を殺そうとした時にやる気満々だったけどな」
「うるさいわね! あれは命令だったから仕方なく……」
「へぇ」
「とにかく! 今はこの状況をどうにかしないとあなたの目的を果たせませんわよ!」
『そのことなんだけどぉ。さっきも言った通りあの化け物は思い出の核となるものを探しているのだと思うわぁ。その核をあいつに食べられちゃったらもうこの思い出は妹さんには戻せなくなるかもねぇ』
「そ、それは困ります!」
『とりあえず思い出を守ることを優先した方が良さそうねぇ。タカシちゃんもまだこの思い出を完全に思い出せてないからちょうど良いウォーミングアップじゃなぁい?』
「そんな他人事みたいに! そもそも思い出の核って何なんですか?」
『そんなの決まってるじゃなぁい。これは誰の思い出の中なのぉ?』
「それってスズがあいつに食われるってことなのか⁉︎」
『そういうことだからぁ、がんばってねぇ』
こうしちゃいられない。
「行くぞ⁉︎」
「行くぞってどこに行きますの?」
「わからない、でも早くスズを探さないと! って⁉︎ 危ない!」
「きゃ⁉︎」
俺はとっさに猫耳少女を突き飛ばしそのまま転んでしまった。
『キシャー!』
茂みの中から先ほどの子グモが襲ってきたのだ。
「え、えい!」
『キュー!』
猫耳少女は即座に薙刀を顕現させて子グモをなぎ払おうとしたが、思ったより素早くかわされたようだ。
「タ、タカシさん! 大丈夫って! ひゃぁ⁉︎」
「あぁ、大丈夫……え?」
転んだときに汚れた服を左手で払おうとしたが。
『くちゃくちゃ』
「俺の……左手が……」
いつもある場所に左手はなく、左肩ごと腕が喰い千切られて子グモに咀嚼されていた。