それぞれの進化
「うわあ……」
海原は思わず、呻いた。目の前に突然現れた存在、それを目の当たりにし、その言動を聞いた瞬間に呻かずにはいられなかった。
「アーハッハッハッハッ!! 今日は良い日だ! ゲーム脳の恐るべき人種と我が発明のコラボレーションが完成したのだから。 Mー66はキミのような人間と共にある事でその真価を発揮するのだあああ!!」
「いや、誰だ、アンタ。マルスはどこに行った?」
仰け反りながら叫ぶ男に海原は努めて冷静に声をかける。春先になるとたまにこんなトんでる人間が出てくるものだが……
「おおっとお! ザァンネン!! 今のワタシに話しかけても応える事は出来ないよ、何故ならワタシはこれ、録画映像だからねえええ!!」
何が楽しいのだろうか、この男は。海原は目の前に現れたエキセントリックな人物に完全に飲まれていた。
薄い色素の黒髪、灰色? 特徴的な織り込まれたドレッドヘアだけ見ればその体格からバスケットの選手のようにも見える。
しかし身を包むよれた白衣、態とらしくかけられた片方だけの眼鏡、モノクルから不思議と研究者らしく見えてしまう。
まともではないだろうが。
「ええと、エート。ソフィーー!! この録画映像はパターン152で合ってるのかーい? 言語は日本語だけども! え、違う? パターン4529? ああ! なるほど! あのクソPERKとのコンボを思いついたパターンのやつか! これは面白い!」
目の前の男は急に明後日の方を向き誰かに声を飛ばし始めた。
録画映像とこの男は言った。つまりこれは過去に記録されたものをマルスが再生しているのだろうか?
海原は一応立ち上がった。夢の中といえど何が起きるかわからない。
「さあて、さてさて!! 改めておめでとう! そしてようこそ、強制進化促成寄生生物兵器、M-66モデルの開発者コードへ!
! 光栄に思いなさい! キミは選ばれたのだから!」
ようこそ! と言わんばかりに白衣の男は叫ぶ。今までに会ったことの無いテンションが大気圏を突破しているタイプの人間。
「あー、日本語の発音はこれで合っているかな? なにぶん先月から勉強し始めたものだから心配なのだが…….まあ、所詮は言葉、超天才のワタシの言葉だ! きっとキミのような凡人にも伝わることだろう!」
伝わらねーよ。海原は目の前のコミュニケーション妨害に対して冷ややかな視線を送る。残念ながら記録映像にはその視線は伝わらない。
「さて!! 時間も押している事だし、本題に入ろう! おめでとう、キミはM-66の裏PERKへのアクセス権を手に入れる事になる!」
「裏PERK?」
「アッハー! キミは今きっと、したり顔で裏PERK? とかどうせ言ったんだろう?! 凡人の言の葉とはなんと分かりやすいのだろうか! そう、裏PERKとは、わざと穴だらけに作ったPERKシステムを補完する為の隠された特別中の特別なPERKなのだ!」
「わざと? あのクソPERKやふざけた説明文の事か?」
「アッハハハハ!! ブーイングが聞こえてくるようとだよ! そう、ワザとさ!! なんでかって? その方が面白いじゃないか! ロマンだよ、ロマン! ワタシの作り出した最高傑作がただ、軍のエリート共に使われるのは面白くない! 」
ギョロリと大きな瞳が忙しなく動き続ける。なんというか、生き急いでいる人間だなと妙な感想を海原は抱いた。
「だ、か、ら! いい感じに頭のネジの外れた人間に、そしてこのPERKシステムの仕組みに気づくゲーム脳や、鋭い人間に向けてメッセージをワタシは遺そう!」
記録映像はその口から飛ばす唾まで再現している。海原はその勢いにまったく口が挟めない。
もういっそのこと無視しておこうかな、と海原が考え始めたその時白衣の男がこちらに歩み寄って来た。
その目に怪しい炎のような揺らめきが見えたのは気のせいなのだろう。
「全て使え、全てお前のものだ。しかし、忘れるな。お前が只の人間である事を」
底冷えのするような、声。夜の森の冷気に身体をさらしたようなーー
先ほどまでおちゃらけにおちゃらけて、ぶっ飛んでいたワンダーランドの住人の声とはすぐに気付かなかった。
海原がそのあまりの変貌に面食らって居る間に白衣の男は満足げににやりと笑う。
「なあああんちゃって!! びっくりした? 警句っぽくてかっこよかった? 一度やって見たかったんだよねー。あ、忘れてた。開発者チートコード声門入力、〆シークレットPERK8 リローデッド〆」
ぱちり。小気味好い乾いた指パッチンの音。同時に海原の足元にえげつない色合いをした一輪の花が咲いた。
まるで工場排水に混じった油が光を受けて七色に光っているような色合いだ。
「ご褒美だよ、鉄腕とロケットフィンガーの組み合わせにたどり着いたキミという人間へのね。能力は単純、ロケットフィンガーの使用により失った手指に限り、ほぼ無限に再生させる事が出来る…… アッハヒひひひひひ!! えげつな!」
「イカれてるな、あんた」
腹を抱えて笑う白衣の男に海原は声をかける。薄く笑いながらもその額には玉のような汗が一つ。
「あー、笑った、笑った。おや、そろそろ時間切れだね。名残惜しいがこの辺りでお別れだ! また別の開発者コードにキミが辿り着く日を待っているよ!」
白衣の男が両手を振りながらニコニコと相好を崩す。
海原は足元に生えたえげつない色合いをした花を一瞥した。
「では最後に天才らしく、少し意味深な事でも呟いて消えようか。 なあ、キミ。一体世界はどのように終わったのかね?」
ハッと海原は映像の方を見つめる。此方を観察するように映像はニタニタと嗤い続ける。
「財団の連中がしくじったのかい? それとも核戦争でも起きたかい? ああ、宇宙からの侵略? ダイブ技術内でAIが反乱したのかな? ああ、それともーー」
言葉を区切り、白衣の男、ラドン・M・クラークが此方をガラス玉のような瞳で見つめる。
この男は過去の映像に過ぎない筈だ。なのに、海原は覗き込まれているかのような錯覚を覚えた。
「アビスの取り扱いを世界が間違えたかな? 探索者は生まれず、蓋も壊れ、間引きの仕組みは整わなかった。世界の面に怪物種が溢れたかい?」
後は大方遺物が暴走したのかな? 小さく呟くその言葉はすうと消えていく。
ふふふと小さく白衣の男が笑う。海原はゴクリと喉を鳴らした。
「生き残ったキミ、マルスと共にある生存者よ、まあ、頑張れ、世界が終わってもまだキミは生きているのだから。では、良い人生を!」
男は白衣を翻しながら背後を向けた。その瞬間、人間の輪郭がブレて蜃気楼に包まれたような光景が現れる。
海原が目をこすると、もうそこにはあのテンション過多の不審者の姿は消えていた。
代わりに佇むのは金色の髪の毛に、蒼い瞳を持つ美少女。
アリサ・アシュフィールドの姿を象った、海原の身体に棲まう隣人にして、あのマッドサイエンティストの発明品。
「開発者メッセージ、再生終了。システムセーフモードに移行。……ああ、ヨキヒト。その顔は…… 博士に会ったのですね。大丈夫、彼と初めて見えた人間は皆、そんな顔になりますから」
どこか疲れたように笑うマルス、海原は色々なんと声をかけたものかと少し迷った結果ーー
「あー、独特な父上だな」
努めて笑いながらマルスへ声を掛けた。そんな海原をマルスは見つめて、小さな花が風に揺れるようにはにかんだ。
………
……
…
〜奈落のどこか、未だ海原達とは遠い場所で〜
ソレは新しく身体に湧いてきた力に戸惑っていた。
充実した食餌を終え、その全てを腹に収めた。
良い経験だった、ソレは筋肉質な身体を蠢かせながら思想に浸る。
思想。
そう、ソレは食餌を終えた瞬間から今までにない脳の動きに思いを巡らせていた。
今まで考えたこともない、気付けてすらいない事をソレは知った。
受け継いだのだ。ソレの獲物は明晰な頭脳を持った存在だった。食餌によりソレは獲物の頭脳を、考える力を手に入れていた。
ソレは獲物から得た知識、知恵を大きくなった脳みそでゆっくりと咀嚼する。
創造主からの勅命、赤き血を食い尽くせ。殺せ。それはわかる、それが己の生まれた理由であるという事は理解している。
しかし、ソレは覚醒した意識の中、その己の存在意義に疑問を感じていた。
本当に己の生まれた理由はそれだけなのだろうか? 創造主の意思を遂行する為だけに己は生きているのだろうか?
ソレは、ゆっくりと立ち上がる。側においていた獲物に突き刺した捻れた槍、あの厄介な敵に膝に突き刺しされた捻れた槍を拾い上げる。
カララン。カララン。
奈落の底、ここより下から赤い血の匂いがする。
ソレは獲物の記憶から次の標的についての情報を味わう。
ソレは歩くたびにわずかに姿を変えていきつつある。獲物にえぐられた羽はひとりでに抜き落ちていく。ブヨブヨの肌は固くなり、わずかに鱗のようなものが備わり初めていた。
ソレは、頭に備わった新たなる器官。竜眼で世界を見回す。
とりあえずはこのかぐわしい赤い血の痕跡を追おう。
次の標的は、単なる獲物ではない。自らが幼生の頃に殺されかけた憎き敵だ。
獲物の記憶を咀嚼する。
「ギィィ……、ウ…ハ…ラァ」
カララン、カララン。
槍を引きずる音が奈落の闇に混じって行った。
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