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ヒロシマ〆アウト〆サバイバル 〜凡人の生存者は敗北した主人公から洋ゲー的エゲツないレベルシステムを受け継ぎ、ポストアポカリプスなヒロシマでクリーチャーを狩って生き残るようです〜  作者: しば犬部隊
凡人の生存者は敗北した主人公から洋ゲー的エゲツない成長システムを受け継ぎ、ポストアポカリプスなヒロシマでクリーチャーを狩って生き残るようです
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VSホット・アイアンズ ラスト

 


 'ネガティブ シエラ0。危険過ぎます、プロトコルに従い即時撤退をもう一度提案します'


 マルスの声に焦りが滲んでいるのが分かる。ああ、お前はやっぱり良い奴だ。海原はにやりと笑う。



「マルス、お前の言う事は正しい。確かにこの状況は異常だ。一度撤退することが正解なんだろう」


 'わかっているのならば、早く! アレは貴方に対応出来るレベルではありません'



 海原はマルスの声を聞きながら、拳を開く。ぐっと万力のごとく力を込めて二つの握りこぶしを作った。



「ダメだ、俺はもう二度と仲間を置いては行かない。それで生き残っても意味がない」



 脳裏に蘇るのは友との別れ。無力にも放り投げられ自分だけが安全地帯へ落ちていったあの時を思い出す。



 'な、何を……'


「ただ、生き残るだけじゃダメなんだ。マルス、きっとここで逃げてしまうと俺たちはもう二度と生きる意味とやらを見つける事は出来ないぞ」


 海原の目の前で、異形の姿の田井中が砂煙の中からその姿をあらわす。


 四肢の断面から伸びた長い赤黒い異形の四肢、ブリッジのような体勢で長い手足で歩くその姿は、呪われた蜘蛛のようにも見えた。



「プランBだ、マルス。道は自分で切り開く。手伝ってくれ。お前の力が必要だ」


 その言葉は願いでもあった。嘘偽りない海原の本音。


 心の底からの真意。だからこそ海原と深く繋がっているマルスにはその言葉の裏にある海原の強い後悔と無力感が痛いほどに伝わっていた。



 その痛みは、マルスにも覚えのあるものだった。以前の宿主。自分を兵器から生命へと昇華してくれた存在。


 似ている。アリサ・アシュフィールドとウミハラヨキヒトは似ている。



 彼の痛みは彼女の痛みととても似ていた。



 '……プロトコルの優先順位を変更、プロトコルファーストとサードの入れ替えを実行…… 完了……論理的矛盾を回避。作戦行動の続行を決定、分かりました、シエラ0。貴方に賭けます'


「ありがとう、マルス」


 自然に出てくる言葉。海原にはそれしか言葉が見つからなかった。


 '思い出しました、そうか。貴方はシエラⅠに、アリサ・アシュフィールドに託された人物でしたね。ああ、2人とも大馬鹿野朗です'



「苦労かけるな、行こう、マルス」


 'ポジティブ 人間に振り回されるのが兵器としての役割です。慣れていますよ。シエラ0、作戦を伝えます。彼に接近して下さい。先ほど収穫したミックスフルーツの葉っぱを使います'


 海原は頷く。中腰になり足に力を込めた。


 '状況分析、一定の範囲内に近づくと反応する反射型攻撃タイプと推測、作戦行動の立案……、作戦決定'



 頭の中で鳴り響くマルスの無機質な言葉、声色。何故だろうか、海原はその無味乾燥とした声色を聞いているとわずかに勇気が湧いてくる。


 'シエラ0、足元に置いてあるナップザックの所まで到達して下さい。接近中に強い攻撃が想定されます。覚悟を決めて下さい'



「合点」


 海原は息を短く吐いて、拳を突き合わせた。ガチンと鳴る重たい音は鬨の声だ。



 待ってろよ、田井中。



「行くぞ! マルス」


 海原が地面を蹴る。


 'コピー。戦闘モードへ移行。IDDシステム、レベルシステム、オールグリーン。オペレーション・アイアンブラッド、目標、暴走状態にあるαの鎮静、制圧'



 ギョロリ、ブリッジ体勢の田井中が此方の方へ身体の向きを変えた。



 海原は恐るでも、呻くでもない。ある言葉を口にする。それは自然と舌がその言葉を紡いでいた。



 '「作戦開始」'




 刹那、田井中の右腕のようなものが鞭のようにしなる。


 '来ます! シエラ0、ブレイク!'


「分かってる!」


 海原は斜めの軌道を描きながら走る、ひゅんと閃く田井中の触手がすぐ後ろの地面に突き刺さった。



 1発目を躱す。しかし、眼前、いつのまにか振るわれていた2本目の触手が横薙ぎにーー



「ダラァ!!」


 反射的に海原は身体をひねりながら右腕を振り上げる。


 PERKシステムにより、鉄のごとき硬度を得た右腕と、血中の鉄分を凝固させ作られた偽りの腕が触れ合う。


 がギィン!! 鋼鉄と鋼鉄をぶつけあわせたような音が海原の耳を打つ。


 同時に身体を滑り込ませるように低く、地面にしゃがみこむ。


 海原の髪の毛すれすれを掠めながら触手が通り抜ける。



 '運動神経サポート開始、IDDによる反応速度の上昇、継続。走って! シエラ0'



「了解!!」



 海原は軽く、それでいてしっかりと動く身体に驚きを感じていた。身体が軽い、恐らくマルスがナニカをしたのだ。



「田井中ぁ! てめえ! コラ! 目ぇ覚ませ! なんだそのグロいモンスタースタイルは!」



 叫ぶ、見上げる。異形と化した仲間に呼びかける。返事の代わりに返ってくるのはその血を材料にした触手の一撃。



「見えてんだよ!」


 海原は大きくその場で横っ飛び、反動をそのままに地面に突き立つ触手をぶん殴る。



「オラァ!!」


「アアァ?!」


 手の形は無意識に貫手の構えに、ギィンと音を立てて、海原の鉄腕が田井中の血の触手をわずかに削った。



「どうしたぁ?! 田井中ァ!! てめえ、そんなもんじゃねえだろうがよお!」



 擬似的な酔いに包まれた海原が胸の奥から沸き立つ衝動そのままに叫ぶ。


 その目は血走り、正気のそれには見えなかった。


「ウウウ、あァア、クルナぁアァア !」


 白目を剥きながらブリッジ体勢の田井中が叫ぶ。気味の悪いホラー映画の化け物のようだと海原は感じた。


 すぐに正気に戻してやる。


 海原は痛みに悶えて地団駄を踏む、田井中の足元に見慣れたナップザックが落ちているのを見つける。



「よし! 見つーー」


 海原が叫ぶ、その瞬間頭の中に警告音が鳴り響いた。



 '警告!! 下です! シエラ0'



「っ! うお!」



 どじん。前傾になった海原の目の前で地面が隆起する。ぐねりと輝く砂がその形を変えて、槍のような突起物に変化した。


 あとコンマ数秒、マルスからの警告が遅ければ海原は避けれなかっただろう。


 短く叫んで、倒れるようにその場から飛びのく。間一髪で伸びた突起物を避けることが出来た。



 '警告、警告、周囲一帯から同様の熱源反応有り! データベース照合…… エラー! ダメです! こんな現象記録にない! 怪物種でもこんなーー'



 マルスが脳内で悲鳴のような声を上げる。海原は対照的にすぐさま立ち上がり田井中を視界に収めつつ、走って再び距離を取った。



「落ち着け、マルス! ホット・アイアンズ! 田井中の力だ、あいつは金属を操る事が出来る!」



 'ネガティブ ホット・アイアンズ? まさかαは深化現象を操る事が出来るのですか? そんな、バカなーー'



「現実だ! マルス、俺は田井中がそれを行うのを何度も見ている! お前、俺の頭の中を覗けるんだろ! いくらでも見ていい! 対策を考えろ!」



 海原は叫ぶ、足元の地面が膨らむのを確認すると反射的にその地面へ向けて拳を振るった。



 ギィン!!


 輝く槍のような突起物がまっすぐ雨上がりのタケノコのように伸びる。海原はそれをモグラ叩きの容量でぶん殴り砕いた。


 みしり、拳から嫌な音が響いた。


 'ポジティブ 脳内の記憶領域に侵入。映像確認……、シエラ0、αの能力について知っている事をもう一度簡潔に!'



 マルスの言葉を聞きながら海原は再び迫るホット・アイアンズの猛攻を凌ぐ。マルスによってブーストをかけられた身体が、神経が、火花を散らす勢いでフル稼働していた。



 ギィン、左腕と右腕をクロスさせて心臓を狙ってきた突起物を防ぐ。


 みしぃ。また、嫌な音がした。



「能力名はホット・アイアンズ! アイツが触った金属はアイツの思い通りに動き始める。道具まで作れる精密さと操れる質量が売りだ! 反面、あまりスピードは大した事はねえ! こうして、俺が捌けるくらいだから、なあ!」



 ガキん。大上段から鞭のようにしなりながら振り下ろされた突起物を海原が打ちはらう。


 田井中の能力について海原が感じていたことの全てをマルスへ伝える。



 頭の中で、マルスが小さく了承の声を上げた。


 いつものあの無機質な声が響き渡る。



 '情報確認、強制進化促成プロトコル起動。ーー対象の処理速度を上回る速度を持って接近が有効と判断。必要PERK選定開始、ポイント換算終了。戦闘行動中につき再びセーフモードへの移行をせずに、PERK取得手続きへ移行、デンジャー、進化限界に接近…… セーフモードへの移行を提言、状況判断により、棄却。強制進化促成プログラム起動ーー'



 ドクン、動き続ける身体の奥底。心臓ではない何かが大きく蠕いた気がした。



「マルス? いけるか?」



 海原はそれがマルスからのスタートの合図だと確信した。


 'ポジティブ シエラ0。時に痛いのは平気ですか?'


 不穏な言葉に海原は小さく舌打ちをする。斜め下から振り上げられる突起物を猫のように引っ叩いて逸らした。



「我慢する!!」



 'ポジティブ 素晴らしい。それでは共に頑張りましょう。PERK適用'


 マルスが声を紡ぐ。


 田井中が白目を剥きながらブリッジの体勢でこちらに狙いをつけていた。ぐねぐねと伸びる触手に支えられたその姿はあまりにも痛ましい。



 〆PERK NO 1779 爆発する踵〆


 え、待って。なんかその名前凄く不安よ。


 海原がマルスへ詳細を求めた瞬間、海原の進化は始まった。



ぐっ。


 足の裏に半端ではない違和感を感じる。靴下を履き間違えに間違えたような気持ち悪さ。


 同時に、マルスの不穏な言葉が気になってしょうがない。



「マルス、今なんて?」



 'ポジティブ シエラ0。準備は整いました。これよりPERK NO1779 爆発する踵により超高速戦闘へ移ります、チャンスは2回。勝負は一瞬です。覚悟を'



 ダメだ、何もわからん。海原はマルスからの詳細な説明を半ば諦めた。


「何をすればいい? 指示をくれ」



 'ポジティブ やる事は変わりません。もう一度αへの接近を。後は私の方でPERK操作を行います。ナップザックの取得、そして葉っぱをαの口腔部へ供給して下さい'


「そりゃ、シンプルでいいな。で、やっぱ踵爆発するのか……?」


 気になっていた事を海原は質問する。足の裏、主に踵の部分の違和感はさらに増していく。


 なんか若干膨らんできているようなーー


 'ポジティブ 爆発します 痛みの方は私もなんとかします。頑張りましょう、シエラ0'



「へいへい。もういいや。やるか。勝つぞ、マルス」


 'ポジティブ シエラチームには二度と敗北は許されません。運動神経サポートプログラム再起動。シエラ0、出撃開始'


「了解」



 もう違和感なんてどうでもいい。海原は地面を蹴る。


 身体をぐんと前へ。


 田井中から繰り出される攻撃を、いなし、躱し進んでいく。


 すぱん。


 足元を攫うように横薙ぎに振るわれる赤い触手を大縄跳びのように飛び越える。


 '熱源反応多数!! 名称、ホット・アイアンズ、来ます!!'


「りょおおおかい!!」



 ジャンプする事で態勢を崩した海原を包み込むように輝く砂が伸び、尖り、迫る。


 海原1人ではどうしようもないタイミングの一撃。本来であれば海原はここで空中で穴だらけにされて縫い殺されていた。


 しかし、海原は1人ではない。


 '攻撃処理開始、動作サポート継続。鉄腕、出力最大! シエラ0!'


 海原は身体の中に眠る生物のチカラを借りる。見える、己に迫るその異質な力の尖兵よ軌道が。


 自分がどのように身体を扱えば捌けるのかが、分かる。



 ギィン。


 右のこめかみを死角から狙ってくる突起物を裏拳で砕く。


 みぞおちを狙ってくる突起物を裏拳の返す刀で拳を作り振り下ろし砕く。


 くりん。首が海原の意図せずにお辞儀をするように折れる。そのすぐ後頭部スレスレの辺りを輝く砂で出来た突起物が掠めた。


 マルスだ。海原は己の身体をマルスが動かしたのだと理解した。


「ナイス、マルス!!」



 'ポジティブ シエラ0、熱源反応を全て捌きました、状況分析完了、次のホット・アイアンズによる攻撃再開まで、5秒の猶予があります'


 海原はそのまま地面に着地し、駆ける。


 異形と化した田井中の足元、あった。あのナップザックさえ取ればーー



「ァあああ!! クルナァ! クルナァアアアア!!」



 田井中がめちゃくちゃにその赤い触手を振るう。


 大振り、当たりどころによれば死ぬ。


 そんな一撃を前に海原は何故か、唇をゆがめた。


「らしくないぜ、田井中」



 身をかがめる。視界にナップザックを収めた。その距離、約8メートル。


 'ポジティブ PERK 軌道。爆発する踵。右脚。ーー点火ファイヤ!!'



 ぐっと、地面を蹴った右脚、その足の裏がーー



 文字通り爆発した。


 パァン!!! 大きな爆竹を鳴らしたような音。耳が震える。



「あっぎ?!」


 音と同じような爆発的な痛みが海原を揺らーー


 '擬似ダンジョン酔い最大。痛覚神経の代行開始ーー、っぐ。シエラ0!!'



 揺らさない。痛みは嘘のように引いていく。


 代わりにマルスの叫びが海原を動かした。


「っ!! らあああ!!」



 右脚の爆発は海原に恐ろしい推進力を与える。まるで、ロケットだ。


 地面と平行に海原の身体はまっすぐぶっ飛ぶ。


 地面が歪み、ホット・アイアンズが再びその牙を剥く。田井中の触手が海原を狙う。


「あわばばぼ!!」


 遅い、その全ては海原を捉える事なく虚しく砂煙を舞い上げるのみだった。



 'シエラ0!! ナップザックを!'



「イエッサアアアア!!」


 流れる景色、顔を撃つ砂つぶ。そして、迫るように近づくナップザック!


 海原が田井中の股下を潜った。両者の目が合う事はない。


 海原は吹き飛びながらも、腕を掬うように振り上げる。


 ばしり。手の中に返ってくる感覚。


 掴んだ。


「らぁ!!」


 どじゃあああああああ。


 砂原にそのまま海原は転がる。マルスにより身体さばきはある程度コントロールされているためにうまく受け身を取る事が出来た。


 ゴロゴロとしっちゃかめっちゃかに転げたとしても、その手がナップザックを離す事はない。



「確保、マルス!!」



 'グレート!!! 素晴らしい! シエラ0、最後の作戦です。ナップザックの中にあるミックスフルーツの葉を握りこんで下さい、それをαの口腔部へ突き入れます'


「はっはー! アメリカンだな! もうなんだってええ! 覚悟しろ、田井中!」


 ナップザックに海原は手を突っ込んで荒々しくその中にある大きな葉っぱを掴み出す。


 ヤシの葉にそっくりの細長い葉がいくつか。それを両手でぐしゃぐしゃに丸め込み、左手に握り込んだ。


 薬臭さがプン、と漂う。これは効きそうだ。



 びたり、ばたり。田井中が触手をばたつかせながら180度後ろを向く。


 股下をくぐり抜けた海原に苛立つように口からあぶくをふきながら叫ぶ。


「クルナァ!クルナァアアアアアアアア!! !!!」



「けっ、男前が台無しだぜ、田井中」



 だっ、海原が走る。


 触手、右手だけでそれを捌く。両脇の地面からホット・アイアンズの力により生まれた砂の鞭が翻る。


 マルスにより修正された身体捌きが瞬時に身体をしゃがみ込ませる。ぐきり。股が裂けそうだ。


 起き上がりざまに腕を振るい、砂で出来た鞭を粉々に砕く。


 パラパラと砂が砕けて、塵となる。輝く塵は妙に綺麗だ。


 海原は輝きのすぐ向こうで苦しむ仲間へ走る。



 直上。超人。田井中 誠。体高、7メートル弱。



 ここだ。田井中の鼻面の真下!!


 'ポジティブ PERK起動! 爆発する踵。左脚、点火ファイヤ!!'



 ぐんと身体が真上に運ばれる。またしても痛みはない。鼻に鉄錆の匂い、血煙を海原が超える。


 はは、マジで爆発してやがる。


 またしても、痛みはなかった。


 海原が跳ぶ。左脚から血煙を飛ばしながら、爆発した踵の推進力を持って跳ぶ。


 その位置は田井中よりも高く。


 そして落下が始まった。


 左手に握り込んだ鎮静の葉を振るう。視界には田井中の変わり果てた顔を捉える。


 間が抜けたように開かれた口から叫びがーー


「アああ!! クルナァアアアアアアアア!! クルナァ、クルナァ、チカヅクナアア!! キイイイイハラアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」




「海原じゃあああ!! ボケェ!!」




 どちゅん。


 大口を開けて叫ぶ田井中の口に海原の左手が押し込まれた。


 ぬるりとした感覚の中、海原は手の中に握り込んでいた葉を田井中の口の中にまぶりつけてから離した。


 強い、薬臭さ。


 見開かれる田井中の目と血走った海原の目が合う。



「みぞおちの借りだ。返しとくぜ」


「ァ…….、オ……ン」



 ふかふかな砂の上を転がるように海原は着地する。マルスがまた手助けしてくれたようだ。


 フラフラとしつつも海原は立ち上がる。



「どうだ! 」



 海原は田井中の様子を見守る。ふら、ふらとよろめきつつその触手がどんどん折りたたまれていく。


 ゆっくり、ゆっくり田井中の体高が縮む。四肢はどんどん縮んで行き、やがてゆっくりと胴体が地面に落ちた。



 海原は恐る恐る近づく。


 スー、スー。すぐに耳を撫でるような寝息が聞こえた。


「マルス?」


 'ポジティブ バイタル正常。周囲にホット・アイアンズによる熱源反応無し。作戦対象α、田井中 誠の鎮圧を確認。おめでとう、シエラ0、作戦成功です'



 マルスの声に海原は息を吐く。PERK解除、と呟き、両腕の硬質を解いた。



 'コングラッチェ 深化現象により超人化した対象との戦闘において勝利を収めた為に隠しトロフィー[人を超えし者を超えしモノ]を獲得、セーフモードに保存します'



 マルスの声を聞いて、海原はその場に崩れるように座り込む。辺りには田井中が暴れて崩された光る岩の残骸が広がっていた。


 よく見ると瓦礫、散乱している小石は僅かに赤く赤熱しているようにも見える。


「まったく、やる事が多くてヘロヘロだな、マルス」


 'ポジティブ いい事じゃないですか。生きている証拠ですよ、ヨキヒト'



 へいへい、と流しつつ海原は寝息を立て続ける田井中を見つめた。


 四肢から出血は確認出来ない。どうやらあの奇妙なかさぶたのようなものはきちんとくっついているようだ、



 海原は腰掛けた砂のサラサラした感触を楽しみつつ、大きく伸びをした。



 田井中は、生きている。そして自分も生きている。


 上々だ。


 海原は、今度こそ仲間を救う事が出来た。1人では出来ない事でもこの体の中に棲まう奇妙な存在と協力すればなんでも出来そうだ。


 そんな気持ちになれる。


「さて、マルス。これからどうする?」


  'ポジティブ サバイバルを続けましょう。生き続け、脱出するのです。大丈夫、我々2人揃えば強力です'


 海原はそうだな、と小さく笑う。


 緩い風が、汗を乾かしていく、


 そういえば、何か忘れているようなーー



 'ネガティブ ヨキヒト。作戦行動の終了に伴い、戦闘モードを解除します。よろしいですか?'


「ああ? 問題ないぞ。どうしてそんなこと確認する」


 'ネガティブ 痛覚の代行は戦闘モード時のみ可能です。ああ、待って、息を止めておくことをお勧めします'



 ………あ。


 海原は恐る恐る、両足を眺めた。


 シューズの底が抜け落ちたように消えている。踵の部分に至っては血まみれになっていて、なのに、痛みがない。


「待て! マルス、これ、お前?!」


 'ポジティブ PERK NO1779 爆発する踵は問題を抱えているPERKです。踵から高出力の推進力を得る代わりにその表皮が弾け飛びます。大丈夫、骨には影響ありません。現時点では……'



「いや、これ大怪我じゃねえか?! 嘘、痛くない? あれ、なんで? 」


 'ネガティブ わかってるくせに。 強く生きて、ヨキヒト。大丈夫、痛みもお互いで分かち合いましょう。次はあなたの番です。痛覚代行終了。戦闘モード終了……あー、痛かった'



「マッ!!」




 砂原に海原の叫びが響き渡った。マルスが今まで受け持っていた痛みが一気に海原に返される。


 海原はサラリーマン時代、汗疹で掻きむしった局部に、メンソール入りの虫刺され塗り薬を塗りたくった夜のことを思い出していた。


 5分以上、汚い叫びが奈落に響き渡る。


 結局、海原が行動を再開出来たのは、それから30分程経った後だった。








読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!



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