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ヒロシマ〆アウト〆サバイバル 〜凡人の生存者は敗北した主人公から洋ゲー的エゲツないレベルシステムを受け継ぎ、ポストアポカリプスなヒロシマでクリーチャーを狩って生き残るようです〜  作者: しば犬部隊
凡人の生存者は敗北した主人公から洋ゲー的エゲツない成長システムを受け継ぎ、ポストアポカリプスなヒロシマでクリーチャーを狩って生き残るようです
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君では勝てない

 




「はあっ、はあっ、はあ」


 田井中は呼吸を荒げながらその場に這いつくばる。


 影山の血の匂いが鼻にこびりつくのも構わず、そのまま鼻と口両方で荒い呼吸を繰り返した。


 人を、人を殺した。


 田井中は始めての感覚に戸惑っていた。怪物なら今までそれなりの数を殺して来た。怪物を殺した時には感じ得なかった激情に田井中は飲まれかけていた。




「俺は……、俺は……」


 田井中のつぶやき、もう兄も父もいない。道を正してくれた大人はもう亡く、田井中は1人でこの道を歩んでいかなければならなかった。





「いやいやいや、ホット・アイアンズ。なるほど。やはり、君の才能は素晴らしいよ、田井中 誠君」



 声、響く。


 奴の声だ。


 どろおり。


 樹原をぺちゃんこに潰したはずの泥の壁、その一部がまるで熱したチーズのように溶け始めた。



 めり。


 やがてドロドロと溶け落ち始めたその部分が浮き上がる。


「僕じゃなけりゃ、死んでいたね。まったく大した才能だ、奈落の泥を操るなんて」


 樹原 勇気は黒い泥まみれになりながら、普通に出てきた、うたせ湯から出て来たおっさんのような気楽さで。


 にこりと笑う樹原の笑顔、ひどく汚れたその顔の事が田井中にはとても恐ろしかった。



「……なんなんだ。お前は…… お前は一体なんなんだ!?」



 田井中が叫ぶ、目は血走り、唾を散らしながら樹原へ向けて叫ぶ。



 ニィと樹原の口が半月のように釣り上がるのが見えた。



「 教師だよ。そして君の仲間を殺した男だ」


 平然と、いや、どこか愉快さすら感じる態度で樹原はのたまう。田井中にはもう、目の前の樹原という男が人間には見えていなかった。



「……影山は、影山はてめえの事を信じていた! 信頼して頼りにしていたんだ! てめえの生徒だろうが!!」


「そうだよ? 僕は個人的には影山君の事を好ましく思っていた。でも、それはそれ、これはこれだ。言ったろう? 始めから彼のことは始末する予定だったんだ。あの2人と同じくね」



 田井中の叫びを、樹原は笑いながら受け流す。樹原の背後で泥の壁がどんどん溶け落ち、ただの黒い泥に戻り行く。



「あの2人…… キハラ、てめえ」


「あはは。そう、そうだよね。それが普通の反応だ。君は察しが良く賢くそれでいて優秀だ。でも残念、君はとてもまともな人間だね」



 ピン。


 樹原が人差し指を田井中の方へ向ける。鼻くそでも放り飛ばすような所作。



 ぶつっ。


「あ?」



 田井中の右腕と左腕が同時に消し飛んだ。


 肩口から鋭利な刃物で斬り飛ばされたようにただ、樹原が指先を動かしただけで田井中は致命傷を負った。


「あっ……、ぎぁいい……、ぁああああああ?!」


 地面に田井中が這いつくばる。両腕を一瞬でなくした身体瞬時に平衡感覚を無くしていた。


「君は恐らく、僕と再会した瞬間から僕の事を疑っていたね、田井中君。何故、その瞬間に攻撃して来なかったんだい?」



「ぐ、ぐうううう?!」



 田井中は歯を食いしばりながら魂ごと傷ついてしまいそうな激痛に耐える。ばきん、奥歯に亀裂が入った。



「君と同じように僕の正体に勘付いた男がいた。その男は君とは違い、すぐに襲い掛かって来たよ。疑わしきは殺す、とでも言わんばかりにね、イカれているだろう?」



 この段階になってようやく、田井中の斬り飛ばされた腕の断面から、ふつ、ふつと血が滲み始めていた。達人が捌いた魚の肉のようだ。



「この傷は、君の予想通りその時に付いた傷だよ。君とは違う呪われた人間性の持ち主、今日一番葬りたかった邪魔者。厄介な海原 善人を始末した時に負傷したんだ」



 樹原の顔から笑顔が消える、その顔からは一切の感情が見えない。真顔のまま肩口の傷を撫でていた。


 田井中は気力を振り絞り、覚束ないバランスの中、身を捩り、額を地面に押し付けて支点にしながら膝をつくように身体を起こした。



「ぐうううう……! お前、お前は何が目的だ! 何故、俺たちを…、裏切った?!」


「ふむ……、その傷でよく喋る。さすが、と言うべきかな。本当はね、君をここで殺すつもりなんてさらさらなかったんだ。君は僕の悲劇の主要人物だったからね」


 田井中は脂汗が浮く顔を必死で持ち上げ、眼前の樹原を睨み付ける。


「ひ、げきだと?」


「あはは、そう。悲劇だ。田井中 誠くん。君にはとても悲劇が似合う。あの2人と違ってね」



 樹原がゆっくりと胸に押し当てるようには手を宛てて、田井中に向けて腰を45度に傾けて一礼をした。





「僕の名前は樹原 勇気。基特高校の教師で、今までに7()人、僕の幸福を邪魔する人間を始末している。僕の正体を知るものは生かしておけない。君は8人目だ。田井中 誠」



「……イカレヤローが」


 田井中は目の中に憎悪をたぎらせ、樹原を睨み付ける。その瞳を樹原はどこかうっとりとした表情で受け止めていた。



「ああ、君はやはり良いなあ。凶暴で気高い気質。しかし君の本質はお人好しだ。影山くんのような弱者すら対等な仲間として扱うその公平さ。良いなあ、惜しいなあ」


 君が死ぬのは本当はここじゃあないんだよなー、樹原は小さく呟きながら本当に残念そうにため息をついた。



 じゅち。じゃち。


 樹原が指先を構えながら一歩ずつ近付いてくる。その歩数は田井中にとっての死のカウントダウンだ。


「ここからでも君を殺す事は造作ないが、君には聞いておかなければならない事がある。同じ選ばれた側の人間としての質問だ。素直に答えてくれれば楽に殺すよ?」



「質問……だと?」


 田井中は急激に重たくなる頭を垂れた。思えば身体の外側が暖かい。まるで風呂に入っているような……


 田井中は自らのおびただしい出血に気付いていなかった。既に断たれた傷の断面から致死量に近い出血が起きていた。



「そう、田井中 誠くん。君は彼女の声を聞いたのか? ホット・アイアンズは誰から貰った?」


 樹原が指先を田井中に向けたまま、静かな声ではっきりと質問した。


「……なんだ、貰った? お前、何を言っているーー っうあ?!!」



 ピン、ぶつん。


 樹原の脚が根本から斬り飛ばされた。まただ。不可視の攻撃、田井中にはどうやって攻撃されているのかすら分からない。


 根本、脚の太い動脈から血が一気に漏れ出す。


 どじゃりと、田井中は地面に倒れ伏した。自らの血が池のように広がっている。


 暖かい。



「ふむ。痛みを与えた瞬間の表情、命乞いもまだ無し。謝罪もなし。どうやら本当に僕が何を言っているか分かっていないって感じだね」



 ぱちゃり。樹原が田井中の元へ辿り着いた。スマートな登山シューズが泥濘みと血だまりを踏み付ける。



「ああ、勿体ない。こんなところで君とお別れなんて… 最後に何か言い遺す事はないかな? 安心してくれ、君を苦しめるつもりは、ない」


 倒れ臥す田井中を見下ろしながら樹原は声を紡ぐ。その声色に一切の感情のブレは見えない。恐れも動揺も微塵もなかった。



「………い……り……だ」



「ん? なんだって? よく聞こえないよ、ほら、頑張って、最期の機会なんだから」


 樹原はその場で膝をつき、耳を田井中へ向ける。


 余裕綽々の態度。獲物を前に舌舐めずりする二流の姿がそこにあった。





「しゃてい距離、範囲内だって言ってんだよ」



 ビスビスビスビスビス!!


 田井中の血溜まりから15センチほどの長さの鋭い刃が吹き出た。


 一瞬だった。


 おびただしい数の刃は磁石に集められたかのように樹原の身体、顔面へ吸い込まれて行く。



「……お前が、追い詰めてくれたおかげで思いついた…… 血の鉄分すら、俺なら操れる……!!」



 刃の奔流にさらされハリネズミのようになりながら樹原が後方へ吹き飛ぶ。


「ぐっ?!」


 短い悲鳴と鮮血を飛ばしながら、樹原はそのまま地面に仰向けに堕ちた。


 田井中はいも虫のように這いながら、唇を舐めた。


 その傷口からはもう、新たなる出血はなかった。断面には鋼鉄のようなかさぶたが瞬時に形成されていた。


 ホット・アイアンズの応用、土壇場で、死の淵で田井中 誠はその力の新たなる使い方に気付いたのだった。


 血中にもともとある栄養学的な意味の鉄分すら、ホット・アイアンズの熱が伝わる金属として認識する。


 その力はたしかに捕食者に対して、一撃を返していた。



 手応えはあった。余裕ぶって油断しきっていたクソ野郎に反撃を食らわせてやった、直撃だ。



「……まだ、だ。まだ死ねねえ。兄貴、親父、母さん。見ているなら……力を貸してくれ……」



 田井中は残った一本の脚で地面を蹴りながら這いずる。ここじゃないどこかへ。気が遠くなる。ホット・アイアンズで塞いだかさぶたの淵から血が滲みた。











「あはは。惜しかったね。田井中くん」



 背筋に氷を突き入れられたような感覚。田井中は、短く鋭く息を吐いて、それから動けなくなった。



 仰向けに倒れているその身体。声が聞こえた。


 直撃だったはず。無数の刃は間違いなく樹原の頸動脈や眼球、急所に突き刺さったはずだ。


 即死しなくとも、喋ることなぞ出来るはずが。




「The Sailor Who Fell from Grace with the Sea[午後の曳航]」



 樹原がむくりと起き上がる。ポロ、ポロとその身体に突き立っていたナイフがその身体からこぼれ落ちていく。


 田井中は樹原の様子を見て、今度こそ言葉を失った。


 にやりと笑うその顔、額に突き立つ刃もポロリと抜け落ちた。



 樹原の身体の至るところ、 皮膚の露出しているところにいつのまにか、蟹の甲殻のような殻が生え出していた。


 青い塗料で塗られたようなそれはまさに天然の鎧。急所を覆うように甲殻が刃の直撃を防いでいたのだ。



 田井中は、全てにおいて一枚上を行かれた事に気付いた。


 一瞬でも思ってしまった。考えてしまった。


 俺では、俺ではこいつにーー



「君では勝てないよ。田井中 誠君」


 樹原がなんともなしに立ち上がる。喉を覆っていた甲殻がぼらり、剥がれ落ちた。


読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!

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