〜時は少し遡り、海原 善人がアリサ・アシュフィールドとの出会いを果たしていた頃、奈落上層にて〜
再会。
捜索チームのメンバーのうち、影山、樹原、田井中はここに再会を果たしていた。
田井中は身体中を泥まみれにしながらも見た目では傷一つ負ってはいない。
白いパーカーにべっとりと黒い泥がこびりついている以外はいつも通りの様子だった。
樹原と影山は横に並びそれに向き合うように田井中が立ちすくむ。
互いがばったりと遭遇していた。
3人の間に沈黙が行き渡る。
一通りの仲直りをしたものの、つい先程揉めていた3人だ。
仲裁役となっていた海原と鮫島はもう、いない。
誰が口火を切るのか。暗い空間にしん、と沈黙が積もる。
「……オッサンと鮫島はまだ合流してねえのか?」
田井中の言葉が沈黙を破る。静かに紡がれた言葉は、薄く暗闇に広がった。
影山が目をぱちぱちと瞬きさせながら、樹原の顔色を伺う。
にこり、影山は樹原から帰って来た笑顔を確認すると口を開いた。
「う、うん。そうだよ、田井中君。今はまだ先生と僕だけ。他の人とはまだ会っていないんだ」
「……そうか。怪我はねえのか。影山」
田井中はその場から動かず、影山に向けて言葉を放つ。ぶっきらぼうな言い方ではあるが、それは仲間を心配しての言葉だった。
「う、うん。おかげさまで……」
対する影山はどこか後ろめたそうに、田井中から目を逸らしながら小さく言葉を漏らした。
卑屈すら見えるその態度、先ほどのトラブルに対する負い目がありありとわかる。
「あはは。君も怪我が無さそうで安心したよ。田井中くん」
樹原が会話に混ざる。その声は闇の中、静かな空間の中で響きすぎる。
「……ああ。アンタに叩きつけられた胸が痛むだけで、後はなんともねえよ。あんな高い所から落ちたってのにな」
田井中が樹原を見ながら返事をする。その目は影山に向けるモノとは違う光を帯びていた。
「ああ、すまなかった。田井中くん。僕は教師にあるまじき事をしてしまった。許してくれとは言えない、言えるわけがない……」
樹原はうつむきながら小さな声で呟く。枯木の下で誰にも知られぬままに寿命を迎える虫のように元気がない。
影山がおどおどと両者に目を配らせながら、口をパクパクと空振りさせる。何かを言いたいが踏ん切りがつかない、そんな様子だった。
「……まあいい。早く他の奴らを見つけるぞ、こっちに別れ道を見つけた、行くぞ」
田井中が樹原と影山を順に眺めてそのまま踵を返す。
影山と樹原は互いに顔を合わせて、それから田井中へ追従を始めようとーー
「ーーキハラ」
田井中が背を向けたと同時に、その名を呼んだ。生徒が教師へ向ける言葉ではなかった。
じゆり。
ぬかるんだ泥の上を滑るように進んでいた樹原の足が止まる。それから少し反応が遅れて影山もそれに倣うように止まる。
「ん? どうしたんだい、田井中君」
樹原が背を向けたままの田井中へと声をかける。穏やか、穏やかすぎる声だった。
「怪我を、しているみたいだな。暗くてよくわからなかったが今、しっかりと見えた」
トンネル状の通路、3人が止まる場所はひときわ大きな光る岩に照らされている。複雑なネオンのように岩からの光は強弱が切り替わる。
光がより一層、強くなる。ゆっくりと田井中が後ろを振り向いた。
樹原の赤く染まったシャツの肩口も、同じく照らされた。
影山がはっと、目を見開き勢いよく言葉を放つ。
「そ、そうなんだ! 田井中くん! 先生、結構大きな怪我してて…… その早く手当しないとーー」
「影山」
影山の樹原を心配する口上は、田井中の呼びかけによって途絶された。
「え?」
「ゆっくりだ。ゆっくり、俺の方へ来い。そいつから、キハラから離れろ」
田井中が、その場にしゃがみこみ地面に右手をつきながら影山へ指示を放つ。
田井中が触った部分の地面がずずずと音を立てながら変化していく。槍のような先端の尖ったものが鞭のようにしなり始めた。
その切っ先は、はっきり樹原勇気を狙っていた。
「な、何をしているんだ!? 田井中くん!」
咄嗟、影山は樹原を庇うようにその前へ立つ。突然の田井中の行動にひどく動揺しているみたいだ。ふっくらした頰が紅潮していた。
「どけ、影山。こっちへ、来い。奴から離れろ」
田井中は鋭い瞳で影山へ命令する。言葉は影山へ、視線は樹原へ。
その端正な顔の額、長めの前髪に隠された額には数滴の汗が滲んでいた。
「あはは、どうしたのかな。田井中くん。あまり穏やかじゃあないね、やはり僕を許してくれてはないのかな」
樹原は短い髪をかきあげながらにこり、と笑う。笑いながらもその目はしっかりと田井中の視線を受け止めている。
「質問に答えろ、キハラ。お前はまだオッサンや鮫島と本当に会ってないのか?」
しん、辺りからまた光が失われ始める。呼吸のように辺りの明るさは切り替わっていく。
幻想的な空間の中、人間達の醸し出す雰囲気というものは次第に重たくなって来ていた。
「あはは。会っていないよ。田井中くん、一体どうしたんだい? ほら、落ち着いて、恐れないで……」
「そこで止まれ。俺に近付くな」
ビィン。
一歩、踏み出した樹原の足取りを、田井中の触れている地面から飛び出した槍のようなものが地面に突き刺さる事で、止まる。
両者の距離は近づかない。田井中が近づけさせなかった。
「影山、何してる。早くこっちに来い、ボーとしてんじゃねえ」
苛立ちを隠さずに田井中は影山へ言葉を飛ばす。荒げる事こそないものの、有無を言わさぬ、強い口調。
「… た、田井中くん、な、なんでこんなことしてるんだ?! せ、先生に力を向けるなんて……、何を考えているんだ!?」
未だ、影山は目を白黒させるばかり。田井中の命令に大きな声で狼狽を露わにするのみだ。
「……チッ。キハラ、そこを動くな。もう一つ答えろ。その怪我はどこで負った? 誰にやられた?」
田井中は用心深く、樹原から目を離さない。その視線は樹原の肩口へ集中していた。
「……化け物だよ。影山くんや君と会う前に襲われたんだ」
「嘘はやめろ。その傷は化け物がつけたもんじゃねえ」
ぴしゃり。田井中が樹原の言葉を否定する。地面から伸びる槍のようなものが一本、増えた。
「……どういう意味だい? 何を根拠にーー」
「舐めるなよ、キハラ」
樹原の声がわずかに低くなる。その目に隠しきれぬ怪しい光が灯る。
「俺の能力だ。分かるんだよ。それは俺のホットアイアンズで作った武器で出来た傷だ」
「え、え?」
田井中の静かな言葉、影山は樹原と田井中を交互に見合わせるのみ。
「答えろ、樹原勇気。何故お前が、海原善人に渡した武器で怪我をしているんだ、説明してみろ」
低い声、田井中の視線は樹原を貫く。
光が陰る、田井中からは樹原の表情は見えない。陰りがかかり、その顔には闇の帳が下されていた。
「何故! オッサンに会っていないはずのお前が! オッサンに渡した槍で手傷を負っている?! 何故、嘘をついた!! 答えろ!!」
田井中の怒号、それに合わせて彼の触れている地面から杭のようなものが浮かび上がる。黒い泥を固めて作った、田井中誠の特別な力が樹原に油断なく狙いをつけた。
「優秀すぎるのも考えものだね。田井中くん。君は始末するつもりなかったのに」
とつっと、言葉が暗闇にふっと、広がった。
樹原は困ったように笑いながらその目線を、影山に向けてーー
「っ! 逃げろ!! 影山!!!」
田井中の悲鳴のような叫びが響くのと同時に、肉を鋭利ななにかが貫く嫌な音と、ゔえっというカエルの潰れたような音が共鳴した。
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