ヒロシマ〆アウト〆サバイバル その1 青い血肉を食べてみよう
古来より狼は毛皮を目的として人類に狩られて来た。
彼らの中でも気性が大人しく、人類に寄り添って生きていけるタイプの個体はやがて犬として家畜化されて行く。
海原の住む国、日本においては犬の肉を食べる文化はない。
犬と似ている狼、そしてその狼にそっくりな怪物の肉を食らうことに海原はどうしても抵抗があった。
「へい、へい、マルス。やっぱどうしてもコレ食わないとダメか?」
'ポジティブ ヨキヒト。貴方の身体は深刻な飢餓状態を迎えようとしています。イモータルがまだ貴方の身体に廻っている為にその感覚が薄れているだけです、早急な栄養補給が必要です'
マルスから取りつく島もない返答が帰ってくる。
これ以上言ってもただのわがままだ。海原はその場にしゃがみ込んで
「……分かった。それじゃ始めるか…… たくさん転がってるけど、どれにすればいい?」
'ポジティブ シエラⅠが首を落とした個体がいるはずです。解体するのはそれにしましょう。放血が終わっている方が幾分味も良いはずです'
放血…… ああ、血抜きの事か。たしかになんかテレビでジビエは血抜きが大事みたいな事言ってたやうな……
海原は記憶を漁りつつ、その首のない死骸を見つける。断面は鮮やか。肉が溢れている部分はない。青いペンキに染まったような断面は食欲を減退させる。
「うへえ」
'ありましたね。生食での可能が記録されている部位は腿肉になります。その他の部位は火を通しての摂取のみが確認されていますがどうされますか? ヨキヒト'
「どうされますかってお前…… こんなところで火なんかどうやって起こすんだよ。火でも吹けるようになる PERKがあんのか?」
半ばヤケになりながら海原はマルスへ言葉を返す。
死骸を見ると、虫が集ったりしている様子はない。獣臭さも殆ど感じなかった。死んだせいか? 生きているときは動物園の匂いを濃くしたような獣臭がしていたものだが。
'ポジティブ 直接火を噴く事は現時点では不可能ですが、可燃性の唾を吐く事が出来る PERKなら存在します'
「へいへい、可燃性の唾…… 可燃性?! え、それ大丈夫か? 人間辞めてねえか?」
海原は死骸から目を離して叫ぶ。
'ネガティブ 人類の進化には無限の可能性が宿っています。可能です、ただ……'
「…なんだ? お前が口籠るって事はなんかあるのか?」
'ポジティブ PERK解析によると、この可燃性の唾は使用者の口内においても可燃性を維持するようになります。従って扱いを間違えると口内が焼け爛れる可能性がーー'
「却下! 却下だ! マルス! やっぱりな、うまい話ばかりじゃねえと思ったんだわ! 産廃能力じゃねえか、そんなの」
産廃という言葉が自然と海原の口から漏れ出た。
PERK、この言葉についても今、心当たりがある事に気付いた。先程から感じていた引っかかり。
そうだ、俺はこの言葉をどこかで聞いた事がある……
なんだ、なんだっけ。海原が頭を悩ましていたところに
'ポジティブ シエラⅠも同等の事を発言していました。付近には枯れ木や火石も見つかりません。ここから2キロほど離れた場所には記録として火石の集積地がある事が確認されていますが……'
マルスの言葉が降りかかる。またこいつは言葉の節々に気になる事をぶち込んで来やがって。
海原は眉間を揉みながら
「火石……。火打ち石の間違いだよな、そうだよな」
頼む、そうであってくれ。これ以上新しい情報は……
「ネガティブ 火石です。火打ち石、とは別のアビス内にのみ発生する自発的に燃える石の事を指します'
「またそういう……常識知らずのアイテムを……」
海原は本格的に頭痛を感じ始める。空腹によるものだろう。そうに違いない。
「……観念した。もう生食で行こう。ほんとにあれか? 腐ったりしてないんだよな、後アレだ。寄生虫とかは?」
海原はふと思いついたように寄生虫というワードを口にする。そうだ、ジビエとかにゃたしかそういうのもいるはずだ。
生肉、しかも怪物……、どんな寄生虫がいるか分かったものじゃあーー
'ネガティブ !! パラサイト!! ヨキヒト!'
「うお!! 声! なんだ、急に?!」
銅鑼を耳の間近で叩かれたような衝撃、なんだ、今の、マルスが?
海原は目を白黒させながらたたらを踏む。
'ああ、ヨキヒト、私は悲しい。貴方の身体に棲まうのはこの私、マルスです。私の宿主ともあろう貴方があんな、あんな下等生物共を恐れるなど…… 屈辱です'
今までに聞いたことのないマルスの声。嘘だろ、なんかへんな地雷を踏んじまったのか?
海原が恐る恐る声を上げる。
「あー、マルス、マルスさん? もしかして、怒ったのか?」
'怒る……? いいえ、ヨキヒト。私はただ、悲しいだけです。いいですか、ヨキヒト、貴方は私の宿主なのです。貴方に寄り添い生きて良いのはこの私、M-66 強制進化促成寄生生物兵器、マルスだけなのです。あんな下等生物が貴方の肉に棲まうなど…… この私が許すわけがありません、その暁には合衆国の雷をあの醜悪な生物に食らわして、その家族もろとも地上から消してやります'
わお、すっげえ早口。
海原は頭の中で2倍速で流れるマルスの言葉を聞きながら、寄生虫という言葉がタブーだった事を知った。
怒る兵器、悲しむ兵器。
奇妙なやつだ。と海原は想いを馳せる。
どうやらもう、生食について止まる事は出来ない。マルスの言い振りからしておそらく寄生虫の類はなんとかしてくれるのだろう。
「分かった、分かったよ。お前を信頼してなわけじゃない。無知だっただけだ。許してくれ、マルス」
'……ネガティブ 申し訳ありません。取り乱してしまいました。ご安心を、ヨキヒト。貴方の身体には連中が蔓延る事はありません。さあ、始めましょう'
マルスの言葉に、海原は喉を鳴らして小刻みに何度も頷いた。
'本来であれば全身の皮を剥ぐところから始めるべきですが、残念ながら死骸を吊るすロープなどがありません。従って簡易的に可食部である後ろ腿だけを切り離しましょう'
「分かった…… もしかして、 PERKに鉄腕を選んだのはこの為か?」
'ポジティブ その通りです。貴方の思考映像から着想を得ました。鉄並みの強度を誇る貴方の両腕ならば解体も可能なはずです'
「なるほど…… やり方を教えてくれ、マルス」
'ポジティブ ではまず。横倒しになっている胴体部を仰向けにひっくり返して下さい。死後硬直により四肢が固まり始めているので関節部をそれぞれ踏み砕いて、ヨキヒト'
のっけから割とスプラッタな指示が飛んで来た事に海原は息を吐く。
だがこれも仕方ない。食べる為だ。
海原は言われた通りその首のない死骸を腹を表にひっくり返した。硬化した手指の動きはぎこちないがこれぐらいの動作ならば充分可能だ。
ばきん、ぼぎ。
そのまま海原は四つ足の付け根を踏みつけており砕いていく。何とも言えない感覚が足底から脳みその底を撫でていく。
'貴方の躊躇いのなさは素晴らしいものがありますね。ヨキヒト。次は死骸を泉のほとりへ、こびりついている砂や、血を洗い流しつつ解体を続けましょう。
「あいよ、了解」
海原はそのまま大型犬ほどの大きさの死骸を引き摺る。サラサラの砂は抵抗少なく、容易に泉のほとりにまで運ぶ事ができた。
作業は続く、結局この後海原は硬化した指で皮を剥ぎ、手刀で後ろ足を2本切り離した。
ぶちり、ぶちりと素手で肉を解体していく感触はしばらく残りそうだ。
海原の手の中には解体された脚のついたままの腿肉がある。青い血あいがたまるピンク色の肉を、海原はじとりと見つめた。
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