異質な宿主
「まじでこれ食えんの?」
'ポジティブ シエラチームサバイバルガイドにおいても怪物種95号は生食が可能な肉類として記録されています'
海原は顔を歪ませながら、マルスの言う生食が可能な食料へ近付いていく。
計4体の怪物の遺骸、灰色や白、体毛に青い血をこびりつかせながら地面に転がっている。
「いやいや、生食が可能ってもよ…… もう腐ってんじゃねえの? ほらこういうのってすぐに捌いたり、血抜きしねえと食えなくなるって……」
海原はなるべくこの肉を食べなくて良い理由を探すようにマルスへ話す。
うわ、首がねえ…… 断面青っ。キモ。
無意識に海原は口を手で覆う。
'ポジティブ 安心してください。ヨキヒト。アビス内の微生物の活動は地上の100分の1ほどに抑えられています。腐敗にはかなりの時間がかかる事が確認されていますので現時点では摂取による身体的な問題はございません'
「嗚呼……そうですか。……アビス? 待て、ここって名前があんのか?」
今、すごくしょうもない会話の中にとても重要な言葉があったような……!
海原はマルスへと問いかける。
'エラー 機密情報保護。該当ワード アビス。情報開示にはクリアランスレベル イエローが必要です'
ピーと安っぽいビープ音とともにマルスが返事をする。会話をしている時のような感情の起伏は見られない。設定されたメッセージを読み上げているような感覚だ。
「お前……それ、なんかズルいわ」
'ネガティブ 申し訳ありません。ヨキヒト。私は現時点においてアメリカ合衆国陸軍の所属になっております。軍機密情報を民間人に漏らす事は出来ないようになっております'
「へい、へい、了解。知らなくて良い事は聞かねえよ」
海原は軽口を叩きながらも、新たなる疑問が湧いている事に心を傾けていた。
こいつは今、自らを軍属だと言い切った。アリサ・アシュフィールドもそうだ。奴も自分の事をアメリカの軍人だと言っていた。
先程のエラーメッセージ、アビスという名称…… 軍に関係している連中はこの場所の事を事前に知っていたのか?
そしてあの時、アイツは、アリサ・アシュフィールドはこう言った。
世界を救えなくてごめん、と。
海原はそのまま黙り込み、思考を深めていく。
軍人、アリサ・アシュフィールドに寄生生物兵器、マルス。
今、自分は何かとんでもない連中と深く関わっているのではないか?
海原がうーんと頭を悩ませる。目を瞑り口を噤む。
今、自分は世界の謎を考察している。だから目の前にある怪物の死骸なんぞは見えない。そう、今はそれどころじゃないんだ。
ぐううううう。
腹が、鳴った。頭を使ったからだろうか、マルスに指摘されていた栄養欠乏状態の実感が湧いてくる。
'ネガティブ ヨキヒト、確かに我々について貴方に説明出来ていない事が多いのは認めます。貴方が気になるのも無理はないでしょう。しかし、現状の優先順位はまずは貴方の生存を確立することです'
「……分かったよ。そんな悲しげな犬みたいな声出すな。よく響くんだからよぉ。で、どうやって食えばいい? まさかこのまま丸かじりしろなんて言うんじゃねえよな」
'ネガティブ 安心して。ヨキヒト。きちんと捌き方と可食部位を伝えます'
海原は実感を伴う空腹を前に遂に観念した。世界が終わってから1ヶ月、色々なものを食べ繋いで来たが、とうとう化け物を食う事になるとは。
帰ったら久次良に自慢してやろ、鮫島の奴にも教えないと……
海原は仲間の事を思って小さく笑った。
'ポジティブ 丸かじりしたい場合は次回のレベルアップ後に〆PERK ナンバー1583 カニバル!〆の取得をオススメ致します。では、そろそろ捌き方の説明にーー'
「待て、今なんかRPGっぽい事さらりと言ってなかった? なんだ、おい、それ」
'……エラー。教えません'
「おい、今までのエラーメッセージとなんか今の違うぞ。教えませんってなんだ」
'ネガティブ 私を信じて、ヨキヒト。人間の一番の武器は信頼にあると私は考えています'
「……マルス、お前妙に人間臭いよな」
誤魔化そうとするマルスへ対して海原はため息をついてそれ以上の追求を辞めた。
頭が痛く、身体が重たくなり始めている。空腹だ。マルスの言っていた通り、欠損した四肢の再生や瀕死からの回復にはかなりの体力を使われたらしい。
「まあいいや、マルス。たちまちこの肉の美味しい食べ方を教えてくれ。悪いがお坊っちゃま育ちなもんでな。魚ぐらいしか捌いた事がねえ」
'ポジティブ 了解しました。それではこれよりシエラチームサバイバルガイドに基づき、怪物種95号の摂食を始めます。まず始めにヨキヒト、手持ちのナイフを取り出して下さい'
「へいへい、手持ちのナイフ……。マルス、マルス」
'ポジティブ どうしましたか? ヨキヒト'
「ナイフがねえ、んなもん持ってねえ」
海原は漠然と答える。びゅううと緩く吹き付ける風がどうにも虚しい。
'ネガティブ 失念していました。まさかナイフの一本も持たずにサバイバルしているなんて…… 民間人への認識を改めなければ'
愕然と、ショックを受けたようにマルスが海原の頭の中で呟く。
ショックを受けたのはこっちだ、と海原は言い返した。
さて、どうしたものか、海原は初っ端から躓きに直面していた。
腕利きの料理人は鴨や鳥を素手で捌く事ができると漫画で読んだ事があるが……
海原がこれから捌こうとしているのは食用の鳥ではなく、常識外の化け物狼だ。
どう考えても素手では……
'ポジティブ ヨキヒト、今貴方の思考映像の中に興味深いモノを発見しました。なるほど、人間は素手で獲物を捌く事も可能なのですね'
「お前、また俺の頭の中を…… つっても出来るのは一部の捌き方を知ってる人間だし、獲物も手で引き裂ける程度の柔らかい肉だ。同じ事は出来ないぜ?」
'ポジティブ 捌き方ならば私が教える事が出来ます。後は、肉を斬り裂けるモノだけですね'
海原はマルスの言葉に何か引っかかるモノを感じた。こいつ、何を考えている。
マルスには海原の考えている事がある程度分かるようだが海原にはマルスの考えている事が分からない。
「何が言いたい? マルス」
'ポジティブ ヨキヒトには早々にレベルアップしてもらう必要があります。それをすれば、この事態を解決出来ます'
「レベルアップ? それだ、さっきお前が誤魔化したそれはどういう意味なんだ?」
'ネガティブ ヨキヒト。詳しく話す機会は必ず作ります。ですが今は時間が惜しい。付近に今の我々でも対処出来る怪物種は………'
海原の言葉をいなしてマルスが何やら言葉を紡ぐ。
海原は確信した。やはりコイツらは何かを知ってある。何かを隠している。傷を治したり、行動のアドバイスをするだけじゃない。
海原がマルスに声をかけようとした時。
'……エラー ホスト体内にブルー因子の一定の蓄積を既に確認…? そんな、バカな。ありえない。ヨキヒト、ヨキヒト、応答を'
「……どうした、そんな焦った声出して」
'ネガティブ ヨキヒト、私の質問に答えてください。あ、あり得ない事とは思うのですが貴方はこれまでに、怪物種の討伐経験があるのですか?'
「怪物種? いや、ないな」
'ポジティブ そ、そうですよね。申し訳ありません。取り乱しました、……でも何故、貴方の体内にこれほどまでの蓄積が……'
ブツブツとマルスが海原の中で喋り続ける。怪物種の討伐。海原が、あ、と小さく声を上げた。
「マルス、お前の言う怪物種ってよ、この上、地上にもいる化け物も含まれるのか?」
'ポジティブ ええ、その通りです。アビスの蓋は既に開かれていますので残念ながら怪物種は地上での行動が可能となっております。地上にいるのも全て怪物種という生命体になります'
「あー、8だな。それだったら多分」
'ハイ?'
「地上のもお前が言う怪物種っていうのにカウントするんならよ。今日、コウモリのデカブツにトドメ刺して、狼の化け物のクソガキを噛み殺したから多分8匹目だ。化け物を、怪物種を殺したのは」
事も投げに海原が呟く、ぐうと腹が鳴るのと、頭の中でマルスが叫ぶのはほぼ、同時だった。
読んで頂きありがとうございます!
宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!




