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竜を喰らうモノ


いつもの2倍の文量があります。お付き合い頂ければ幸いです。読んで頂きありがとうございます!

 


 いも虫の化け物が槍を構える。



 化け物が道具を、道具として認識しそれを扱おうとしている。



 冒涜的であり、神秘的な光景でもある。


 もし、天上に神と呼ばれる存在がいるのであれば、原初の時代にヒトが道具を扱い始めたその瞬間、何を感じたのだろうか?



 素晴らしいと感心したのだろうか、生意気だと憤慨したのだろうか。



 いや、きっとそのどれでもない。



 みてはいけないモノを見てしまったようなゾッとした恐怖を感じたんじゃないか。



 鮫島はそう思った。少なくとも自分は今、目の前の化け物が人間の領域に踏み込みつつある光景を見て恐怖していた。




 ただ、単純に槍の切っ先をこちらへ向けているだけの稚拙な構え。


 しかし虫の頭に人間の身体を持つ化け物がそれをしているとなるとまるで、神話の時代に謳われた悪神と対峙しているかのような。



「トコトン、ふざけヤガッてよお」



 鮫島は足のスタンスを広げ、身体に力を込める。


 先程の迷いは気のせいだ。


(俺には力がある。特別な力が! 俺は勝たなければならねえ!)



 胸に渦巻くその衝動、鮫島はそれを焦りだと気付く事が出来なかった。



 鮫島は化け物を視界に納めつつ、その鋭い聴覚で周囲の状況を把握していく。



 背後で10メートルほど離れた場所で海原が喉を鳴らす。その呼吸はわずかに乱れ、心音は早鐘を打つように忙しない。




「ケッ、オイ! ウミハラぁ」



 鮫島は前を向いたまま声を荒げた。



「な、なんだ、鮫島」



 びくりと震えるその声、海原が返事する。



「ビビってんジャネエよ。ソコでシッカリ、ミテろぉ」



「鮫島、待て! アイツなんか様子がおかしい! ()()()()()()()()()




 海原の悲鳴にも似た声が鮫島の背中を打つ。しかし人生において初めての命がけの闘争の中にある鮫島に、耳を傾ける余裕はなかった。



「カンケいネエ、化けモノのタクラミなんよオ、ソレごとヒネリ潰してヤルカラよオ!!」



 叫び、そして鮫島が地を蹴る。


 砲弾の如く地を這うように駆ける、その姿は弱肉強食の世界において間違いなく、強食、即ち狩る側の存在だと言うことを示している。



「オオオ!」



 跳ねる、身体の四肢に沸く衝動のまま鮫島はその鉤爪を飛びかかりながら振るう。



「ギィ!」


 鉤爪を打ち払う鉄の軌跡、捻れて欠けた槍先が空気を裂く。



 くるりと化けモノの手の中で槍が弄ばれる。鉤爪を払い、僅かに仰け反る鮫島の顔面へその槍先が迫る。



「オセぇ!」



 見える、聞こえる。鮫島はその場でリンボーダンスを踊るように仰け反った上体をさらに仰け反らせた。



 先程、いも虫の化けモノが行なった回避行動とよく似たやり方。



 鮫島のウチに眠る力は、闘争の中でその行動を最適化していきつつある。



「ギ」


 空を突く槍がそのまま下に、仰け反る鮫島の身体へ振り下ろされる。



 バチィン!!



 迫る槍を鮫島はその恐るべき動体視力を持って両手をたたき合わせることで防いだ。





「真剣、イヤ、真槍シラハトリィ、成功……!」



「ギ?!」



 その目は槍の軌道を捉える、その耳は槍の初動を聴く。


 闘争においての圧倒的な速度を鮫島の人外の五感が可能にしていた。


 驚愕の声をあげ化け物があぶくを吹き出す。鮫島は防いだ槍先を地面に投げ捨てるようにいなす。



 身体をねじり、態勢を戻す。未だ至近距離、竜の爪が届く範囲内。



(ココで、オワラせる!!」



 身体を竜巻のように捻る、一瞬の間。地面に叩きつけられ槍先が化け物の手により翻り、再び鮫島に向けられーー



「オセぇっつてんだろうがよお!!」



 槍先を爪が弾く、右の爪で打ち上げられた槍先を今度は左の鉤爪が右へ打ちはらう。


 槍に引っ張られるように化け物が態勢を崩した。



「ギ」



 化け物の眼前には、竜の爪の嵐が迫っていた。



 カキン。


 昆虫の瞬発力でもって、槍を手元に戻す、次の瞬間、鉤爪がその槍の上から肉を掠めとる。


 カキン、カキン、カキン。


 爪が踊る、右から左から下から上から。



 あらゆる角度から振るわれる爪。



 鮫島がしゃがみこむような姿勢を取り、そこから一気に爪を振り上げる。



 3交目のやり取りで、化け物の持つ槍は遂に絡め取られ、きぃんと一際澄んだ音を、立ててその手から弾かれた。



「ギ」



 化け物の手、その昆虫の爪の中から槍が消える。なればもうその持ち前の爪でもって応戦するしかない。



 ギぃん、ギィン。



 縦横無尽に振るわれる竜の爪を、機械的な動作で振るわれる虫の爪が弾いていく。



 蓮華の合間に青い血が舞う、飛沫となって飛び散る青い血の霧を両者の爪がかき消していく。



 時間にしては数秒にも満たないそのやり取り。



 呼吸にしてはふた呼吸ほど、化け物の胴体部分は裂傷にまみれていた。



 ギィん。鈍い一撃。振るわれた両者の爪が互いを弾く。


「ッ!! ラァ!!」


 大きくたたらを踏む両者、鮫島はそこから足を踏ん張り体重を前へ、最後の一撃を振るわんとする。



「ギィ!」



 化け物は反対にその反動をそのまま利用し、羽を振動させて後ろへ飛びのく。



 竜の体捌きが虫の反応を追う。



 鉤爪の先端が虫の胴を横薙ぎに狙う、追いついた。僅かな突っかかりを頼りに鮫島は力の限り右腕を振るった。


 ざり。



 いも虫の化け物の人間の腹を真横に裂くその一撃は



「ギィ?!」



 確かない手ごたえとともに、青い血を零すことに成功した。




 悲鳴をあげながら化け物が空に飛び逃げる。


 白い胴体部には青いマーカーで線を入れられたように腹の端から端まで大きな傷が出来ていた。



 再び、両者の距離が離れる。



 互いの爪、届かぬ距離。


 鮫島は空に浮く化け物を見上げる。



 次で決まる、その確信があった。



 手に力を入れ、鮫島は右手のひらを突き出す。態勢を低く、足の親指に力を、貯める。



 頸動脈に備わるエラのようなモノが鮫島の意思とは関係なしに収縮を始めていた。




「ギァ」



 化け物が鳴く。先端が潰れた尾を伸ばし地面に落ちているモノを掬い取る。



 槍、先程の交わりで弾かれたそれを再び手中に収めた。



 化け物は身体中から青い血を流しながら、揺蕩うように空を舞う。



 天井に大穴が空いているが、この場から逃れるという選択肢は決してなかった。



 イキの良い獲物を見下ろしながらあぶくを吹きつつ、槍先を固定する。



 これで終わらせる、そう言わんばかりの雰囲気。



 竜と虫が互いの動きを探る。



 広間の空気には濃密で甘い血の匂いが満つる。



 温度すら感じさせる濃密な匂いは殺気となり、辺りに重く降り積もる。



 始めに動いたのは竜だった。



 虫と違い、その身体には未だ傷らしいモノは見当たらない。幾度か掠った槍先や虫の爪もその頑健な胴体部分を覆う鱗に傷をつける事はなかった。



 ()()()()関節部が柔軟な動きを可能とする。



 竜は再びそのしなやかで強靭な筋力を持ち、宙空を舞う虫に飛び交かろうとした。







 きききききききききききききききききききききききききききききききききききききききききききききききききききききききききききき





 竜の、鮫島の脳が大きく揺れた。なんだ、何が起こった?



 唐突に起きた異変に、身体に込められていた力が一気に霧散していく。



 足元の感覚がおぼつかない。地面の感触が分からない。



 ふらつき、鮫島はとうとうその場に膝を突く。脳震盪と偏頭痛が両方同時に襲ってきたかのようだ。



 音だ。この奇妙な音が頭を揺らしている。



 鮫島の鋭い、空気の音すら拾う鋭すぎる聴覚を広間に響くこの音が揺らしていた。



 ぶれる視界の中、無意識に上を見上げた鮫島が目を見開く。




「て、メえか……!」




「ギギギギギ、キシキシぐあ機器機器にぐあにキキキに聞き聞き聞き聞き聞き!!」



 音の発生元は虫だ。


 いも虫の化け物が、その羽を振動させ自らの鳴き声と合わせることによりこの音を生んでいたのだ。



「ウ、オ……」



 音が耳の穴を串刺しにして脳をかき混ぜるかのような不快感。



「鮫島!!」



 不快な音の向こうから海原の声が聞こえた。



 ああ、ああ。心配すんなよ、今、立ち上がる……からよお。




「鮫島! 違う! 立つな!」




 あ?




 ふらつきながらも立ち上がった鮫島、その瞬間、腹の芯から背中へ衝撃を感じた。



「ぐっは」



「ギィぎ」



 吐き出る空気、視界には化け物。



 蹴られた。空から急降下してきたいも虫の化け物の飛び蹴りがフラフラと立ち上がった鮫島の腹に直撃していた。




 たまらず鮫島はその場から吹き飛ぶ。3メートルほど転がる鮫島、しかしその頑健な竜の身体はすぐさま態勢を元に戻し、速やかにその身体を立ち上がらせる。




 まだ、脳が揺れている。


 しかし視界は奪われていない。



 化け物が羽をやかましくはばたかせ、追い討ちをかけてくる。



 耳は潰された。しかしまだ、目がある。



「ッ!! コオイ! 化けモノオオ!」



 叫ぶ、右手に力を込める。



 鮫島の身体が狙うのはカウンター、突っ込んでくる化けモノの頭にそのまま鉤爪を打ち込む。



 可能だ。竜の混じる鮫島ならばそれは充分に可能な離れ業だろう。



 耳と目さえ十全ならば。



 鮫島に足りなかったのは適性と経験、ただそれだけだった。


 その身に秘める力だけで見るならばこの虫の化けモノに劣る事はなかった。



 もし、あの時。鮫島が化けモノの首か頭部にその鉤爪をえぐりこむ事が出来ていたならば、


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()



 結末は変わっていたのかも知れない。



 もし耳が虫の音により狂わされていなければ、あるいは耳の不具合を把握し距離を取っていれば。



 その虫の羽音が今まで聞いた事のないような音を発していると気づけたならば。



 結末は違っていたのかも知れない。



 でも、そうはならなかった。





 そうはならなかった。









 化けモノが空を切りながら鮫島に向かう。羽音を散らかしながら槍を構えて。



 鮫島にはその動きがはっきり見えていた。



 見え過ぎていた。



(見える! ここだァ!!)



 鉤爪を真っ直ぐに振るう。爪を伸ばした先と化け物の頭がかち合う。



 そのはずだった。




 ぎゅるん。


 急降下。


 エアブレーキ、ポストマニューバ。


 まるで一部の戦闘機が行う戦闘機動だった。



 それまで直線、真っ向から地面と垂直に飛んでいた虫の化け物は鮫島の鉤爪が、その頭に触れるまさにその瞬間、急降下したのだ。




 当然、鮫島の必殺の鉤爪は虚しく空を切る。その勢い、鋭さ。直撃していたならばーー




 鉤爪の下を掻い潜るようにいも虫の化け物が懐に入り込む。地面すれすれを飛びつつ、化け物が槍を構えた。



 化け物の行動は奇しくもあの時の海原が行ったモノとまったく同じものだった。




 鮫島の攻撃が空振り、化け物がついにその懐に入る。




「ア」



「ギ」



 ドン。



 鮫島の膝を捻れた槍先が貫いていた。


 鱗の薄い、間接部。的確にねじ込まれたその槍。



「あ、あ?! ああああああ!!」



 鮫島が地に片膝を着く。一撃で膝はその機能を全て壊されていた。



「ギィギギギギギ!!」


 くるりと羽で浮き上がるようにいも虫の化け物が身をよじる。



 片膝をつき、痛みにおののく獲物の姿。



 その隙だらけの獲物に、化け物は飛びかかる。



「ギ!」



「ぐっああああああ!!」



 ずらりと並んだいも虫の牙が鮫島の首、そのエラの部分に食い込んだ。


 ぶちん、ぶちん。耳の中で鳴るのは致命的な傷の音。


 のしかかりながら化け物は獲物の固い肉を食い破る。



「ギギギギギ!! ギャッギー!」



 化け物の口元、あぶくに朱が混じる。



 痛みに呻く獲物から一度化け物は離れる、ふわりと飛んだと思うと仰向けでうずくまる獲物の腹を足蹴に急降下した。



「ゲブっ!」



 たまらず鮫島が口から息を零す。その中には赤い血飛沫が混じっていた。




 化け物は素早い動きで、その膝に突き刺した槍に手をやる。



「ギ」



「や、ヤメーー」



 ポン、まるでシャンパンの栓を抜くかのように化け物が鮫島の膝から槍を引き抜いた。



「っアアアアアアアアアアアアアアアア!!」



 肉を引き裂かれながら、雑に抜かれた槍は鮫島に大きな火傷のごとき痛みを与える。



 痛みに悶える中、赤く染まる視界の中で鮫島は化け物がこちらに向け槍を、振りかぶっている様を見やる。



「っ! ウオオオオオオ!!」



 痛みにおののくのではなく、鮫島は理性を保ってそれを堪えた。



 重くなっていく身体に力を入れ、思い切り鉤爪を上に伸ばしーー








 ぐんと、踏みつけられた腹。当然、仰向けの身体から伸びた腕は、竜の鉤爪は、虫には届かなかった。












 ずぐん。




「ア?」



 胸に感じるは圧倒的な異物感。



 間抜けな声が喉から溢れて、それから急に息が出来なくなった。





「ギ」



 鮫島は辺りを見回す。


 化け物の赤い血に染まるそのいも虫の顔、青い血がにじみ出る人間の身体。


 その手から伸ばされた槍。




 槍、槍




 アレ、おい、槍がやけに、近くーー






 身体から力が抜ける。



 ずるりと、胸の辺りから何かを引き抜かれるような違和感。体の内部を撫でられているような不快な気持ち。




 鮫島はその段階で理解した。




 槍で胸を貫かれーーー



 ぱたんと身体が抜け殻のように言う事を聞かなくなる。


 同時に鮫島の目の前は真っ暗に切り替わった。


 その闇の中に姪の顔が映る事はなかった。




本編とは関係ないアイテムテキスト




〜一姫の御守りカエル〜



なんの変哲もないピンクの折り紙で折られたカエル。


無事に帰るようにと少女は祈りを込めてこれを折り彼女の叔父に送られた。


その身の奥底に癒しという才能を秘めた特別な少女の祈りはきっと御利益があるだろう。


しかし得てして御利益とは手から零しやすいものである。


彼の手元にはもう、無い。

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