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適性と経験

 


 キィん。


 広間の宙空に透き通った美しい金属の音が響く。



 竜の鉤爪と虫の鉤爪が交差する。人外と理外の力のぶつかり合いは火花を生み出し、刹那の輝きとなる。



「ラァ!」



「ギィ!」



 宙空、5メートル程の高さでふわりと飛ぶ化け物に鮫島はその脚力のみで追い付く。



 重力が鮫島に追いつくその前に、互いの爪と爪は幾度も交差していた。


 鮫島は刹那の間に化け物から繰り出された爪の乱撃、その全てを捌いた。



 斜め下から打ち上げ、上から叩き落とし、時には躱し、化け物の間合い、身体と身体が密着するほどの距離にまで到達していた。



「オラァ!!」



 鮫島が吼える。フッとその身体が重力に囚われようというまさにその時、化け物の肩を掴みそのまま組み付いた。



「ギィ?!」



「エラそうに空ナンザトンデンジャネエ!」



 鮫島は化け物を空中から押し倒す。化け物の薄い羽はその負荷に耐え切れない。



 化け物をクッションにするように鮫島が地面に落ちる。



 じゃラン!


 錐揉みしながら両者は硬い地面にその身体を打ち付けた。


「ギィア?!」


「トドメダァ!」



 鮫島が組み伏せた化け物に向け、鉤爪を高々と掲げた。



 必殺の一撃、あとはこれを振り下ろすだけで終わる。



 鮫島があぶくを吹く、そのいも虫の頭に狙いを定めた。



 その時だった、発達した鮫島の聴覚がある音を捉えた。




 それは戦闘の音でも、鉤爪が擦れる音でも、空気が流れる音でもなかった。




「ャメテ……」



 鮫島の組み伏せた化け物、そのいも虫の口からその音は、声はまろび出ていた。



「ァっ?!」


 出来損ないの、今初めて言葉を覚えた赤子のような言葉。しかし、鮫島にははっきり意味が伝わってしまっていた。



 やめて。



 今、確かにこの化け物はそう言った。



 鮫島の中で生まれた僅かな驚愕と、それにより生まれた迷いは必殺の一撃を鈍らせた。




「ッ!! シネエ!!」



 ザリン。



「ギャァ?!」



 一撃で頭を刈り取るはずのその鉤爪は、何故だろうか。分厚く硬い表皮で覆われた胴めがけて振るわれた。



 肩から下腹まで斜めに傷が開く。しかし見た目が派手なだけで、青い血が吹き出る事はなかった。



 浅い一撃。



 衝動に任せた野生の一撃は、突如乱された鮫島の人間性によりその威力を大幅に減らしていた。



 化け物には、その隙だけで充分だった。



「ギィ」



 ニュル。


 身体の下敷きになっていた尾を翻す。まるでバネ仕掛けのように畳まれた尾を一気に解放、覆いかぶさる鮫島の身体を跳ね飛ばしながら化け物が起き上がった。




「う、オ?!」



 跳ね飛ばされた鮫島の視界がめちゃくちゃに回る。人間を遥かに超えた三半規管が、自らの状況を瞬時に判断。



 おもちゃのように吹き飛ぶ、その最中、空中で身体をぐるりと回転させその勢いを相殺させる。


 着地の衝撃を後転、横転を繰り返す曲芸じみた身体さばきで吸収する。



 睨み合う、虫と竜。



 再び、両者の間には距離が出来上がる、その距離約、10メートル。



 仕切り直し、命のやり取りはまだ終わらなかった。



 化け物が、あぶくを拭きながらいも虫の首をプラプラと揺らしている。人間の身体がその首の、動きに合わせてピクリ、ピクリと痙攣していた。



 その膝には海原の突き刺した槍が未だ関節部を貫いている。にも関わらず痛みなどまったく感じさせぬその化け物の動き。


 人間の身体を虫が動かしているみたいだ。



 鮫島は改めて目の前の存在の異質さを理解する。



 それと同時に、鮫島は愕然としていた。



 あの時の事が脳裏をよぎる。


 海原と共に正体を表した樹原と対峙した時に掛けられた言葉、それが鮫島の加熱した脳みそ中で反芻されていた。




 君は殺せない。君の身体はきっと止まる。倫理観や良識と言ったものが必ず、そうさせる。


 悪魔の囁き、宣言。樹原の言う事は正しかった。



 あの時、化け物が確かに言った命乞い。あれを聞いた瞬間、身体が勝手に致命傷を避けていた。


 殺せると思っていた、守るべき者(一姫や仲間)の為なら敵なんて殺せて当たり前だと思っていた。



 今の自分にはそれが出来る力がある。それを振るう権利がある。


 にもかかわらず、鮫島は千載一遇のチャンスを逃した。



 今まで戦った事のない鮫島を動かすものは身体の奥底から湧き上がる衝動だ。



 身体の奥底、つまりは鮫島竜樹という人間の本質から生まれた衝動は、その良識から外れた事を行うまでには至らなかった。



 たとえ化け物だろうが命乞いをする相手を躊躇いなく殺せるような人間ではなかったのだ。



 枠が外れようと、人を越えようとも鮫島竜樹はまともなヒトだったのだ。




 だからだろうか。






 この結末は決まっていたものなのかもしれない。








「来るぞ!! 鮫島!」



 悲鳴のような海原の叫びが、鮫島をうつ。



 ハッと前を見れば、化け物が既に眼前に迫っている。羽を騒がしく動かしながらの突進、僅かに身体が浮いている。


 羽あるもののみが出来るその異次元の速度。


 あぶくを吹いた、そのおぞましさ。



 人の悪辣と虫の冷徹を併せ持つその化け物。




「ギイイ!」



 人など容易に斬り裂けるその爪が鮫島に振られる。


 昆虫の瞬発力と人のしなやかさを併せ持つその一撃、しかしてその一撃すら竜人には捌くこと容易い。


 見える。その動きが。聞こえるその軌跡が。


 手刀を固め、真上から振り下ろされるそれを下から打ち上げる。



 キィん。


 火花が咲く。


 有機物同士のぶつかり合いで生まれるその火花、果たして両者の身体を構成する物質はなんなのか。



 化け物の弾かれた爪、ガラ空きになる胴体。鮫島はその空いた胴体をえぐるように、左手の手刀をつき入れる。



「ギ♪」



 だが遅い、このレベルの戦いでは致命的な秒に満たない遅れ。


 この化け物にはその遅れだけで充分だった。



 そのまま仰け反りながら化け物は仰向けに倒れる。鮫島の視界から化け物が消えた。


 空を切る、鮫島の手刀。



「ナッ?!」



「下だ! 鮫島! ()()()()()()



 消えた化け物、海原の叫び。


 下?


 鮫島が視界を下げる。



 居た、いも虫の化け物。



 浮いている、仰向けの体制のまま羽をはためかせ、まるでホバークラフトのように奴は浮いている。



 なんて、デタラメ。



 動揺、それが更に鮫島の行動を遅らせた。その場で海原のいうとおりその身体を踏みつけることが出来ていたならばーー




 もしかしたらこの結末は避ける事が出来たのかも知れない。




 化け物がその仰向けの体制のまま、一気に距離を取る。離れた後にぬるりとその体制から立ち上がる。



「ギィギ」




 化け物が自らの膝に突き刺さるそれに手をやる。海原に突き刺された捻れた槍に。



「ナニヲ………」



「ギ」



 化け物はその人間の手のひらに昆虫の鉤爪を備える両手で槍の柄を掴む。


 羽をばたつかせ、いも虫の首を高らかに掲げあぶくを吹き散らしながら叫んだ。




「ギアアアアアアア!!」



 ぶちゅ、ジチュ。




 それを抜き取った。捻れた槍先が、固まった泥がこびりついたそれが一度肉の中で引っかかるも力づくで、それを引き抜いたのだ。







「ギイ」


 化け物がその場に片膝をつく。槍を抜かれた膝には無理やりに引き抜いたが故に向こう側が見えそうな大きな風穴が空く。


 青い血がその膝の穴から零れ落ちる。



 片膝をつきながらも化け物はゆっくり、静かにその引き抜いた槍を右手に持ち替えた。



 化け物が道具を備える、それは人間のみに許された特権。人をヒトたらしめる領域に、いも虫の化け物は容易に足を踏み入れた。



 異様な光景を前に、鮫島は動けなかった。




 それが鮫島と海原の違いだった。



 悲劇はいつだってこのようにして始まる。




読んで頂きありがとうございます!



宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!

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