最後の会話 その2
「そうだ、負けてんだよ。計略でも準備でも俺らは最初から負けてイたぁ」
「……まだ俺らは死んでねえぞ」
海原は僅かに、ほんのちょっぴりむすっとしながら呟く。
「そうだ、死んではいねえ。だが今のところ既に樹原は目的を果たしちまってるだろうがよお。俺らという邪魔者を排除し、野郎は悠々と基特高校で自分のやりたい事をやる準備を整えちまおってんだよお」
「それは…… 確かにそうだな、だが野郎は必ず片付ける。好きにはさせねえ、絶対に殺す」
海原は己の胸の中に燻るものを言葉にした。自分でも驚くほどに低い声が出た。殺すという言葉がとてつもなく、軽い。
負けてねえ、まだ俺は負けてない。
鮫島の言葉に自分の感情が揺れていたのは海原にも分かった。
「……前から思ってたんだけどよお、海原ぁ、お前は基本的には特別なものもない凡人のくせにこの終わった世界の中でも一本、背筋からつま先まで通った妙な芯を持ってやがる」
「それ褒めてるつもりか?」
軽く相好を崩しながら海原が応える。凡人、それは海原にとって悪口ではない。彼はとうの昔にその現実を受け入れていたから。
「褒めてるさ、今日一日のお前の行動を隣で見てたら分かるぜえ。樹原がお前を恐れた理由がよお、俺にないもんをお前は持ってんだ」
鮫島になくて、俺にあるもの? 海原は首をひねる…… ああ、なるほど、あれか。
「人望か」
「ちげえよ、クソ馬鹿」
海原は確信を持って紡いだ言葉を足蹴にされ少し、ショックを受けた。
「……じゃあなんだよ?言いたかねーが、鮫島。俺はこれでもお前の事を買っーー」
海原が普段から感じていた鮫島への評価をするりと述べようとした時
「適性だ」
鮫島の言葉がそれにかぶせるように紡がれた。広間の中心に空いた穴にその言葉が吸い込まれていく。
聞き慣れない言葉に海原はパチクリと目を閉じて開く。
「適性?」
「ああ、適性。お前はなあ、海原ぁ。多分こういうのが向いてる人間なんだよ」
鮫島がゲホっと噎せる、乾いた咳の後に口をぬぐいながら話を続けた。この飾り気のない広間は妙に埃っぽい。
台座と穴、それしかない広すぎる空間で2人の会話は続いていく。
「樹原の野郎が言っていたな。お前は殺す時に殺せる人間だと。お前がよお、あのいも虫の化け物の頭に槍をぶち込んだ瞬間、その意味がわかったぜえ」
「いや、適性もクソもあるかよ。誰だって自分が殺されそうになったらその相手を殺そうとするだろうが」
海原は僅かに語気を荒げる、樹原に言われた言葉が脳裏に浮かぶ、他者の痛みに共感出来ない呪われた人間性。
まるで鮫島にもそう言われたような気がした。
「いいや、出来ねえ」
突き放すような鮫島の言葉。
「現によお、俺には出来なかった…… 化け物から逃げる事しカ出来なかっただろうがよお…… クソ、情けねえ……」
「鮫島……」
潰れるような鮫島の声、海原は鮫島が何を言いたいのか、少し分かってきた。
自分の無力さを実感し、自分が特別ではないと思い知らされた、過去の海原と今の鮫島はどこか似ていた。
「……俺がよお、甘かった。樹原もこの世界のことも甘く見ちまってた。心のどこかでよお、俺は舐めてたんだなあ」
ぼんやりと呟く鮫島、広間の、天井を眺めている。
「だから負けた、だから今、死にかけてる。俺たちはこのままじゃあ、樹原に勝てねえ、勝てねえままよお、負けて死ぬ」
告げるような口調で鮫島が話す、海原はその言葉を黙ってじっと聞き続けた。
静かな会話がそこにはあった。
「どうしたら、勝てる?」
海原が無意識に紡いだ言葉は、問うことだった。自分の運命を問うように、鮫島に問う。
白い石材に言葉が染みていくようだ。2人の会話を聞く者はどこにもいない。
「少なくとも適性だけじゃあ足りねえ、足りなかった。それダとヤツには届かねえ。お前と樹原には決定的な違いがある」
「違い?」
「意思だ。俺たちは、お前は樹原の断固たる意思に負けたんだぁ」
「断固たる意思って言うとなんかとても良いもんに思えてくるな」
「ケッ、胸糞悪い意思だけどなあ、野郎は野郎の言う'幸福'の為に意思を以って俺たちを始末した。俺たちは野郎のあの意思によって敗北したんだぁ」
意思、海原は首を落としてため息をつきたい衝動に駆られる。
台座の上で力説する鮫島を思って態度には出さないものの、うんざりしていた。
「……生きるのに、意思なんて必要ねえと俺は思うけどな」
そう、それが海原善人の生き方だった。自らが特別ではないことを受け入れ、優れたる者との差を受け入れ、でも、それでも只、生きていく。
人生に目標も、それを成す為の意思など必要ない。
そんなものがなくても生きていける。
それが海原善人の人格の芯、自我が導いた人生に対する答えだった。
その答えが今、鮫島により否定されようとしていた。その事が海原を揺さぶる。
「そうだぁ、その通りだ。海原、只、生きていくだけなら意思なんてもん持つ必要はねえ、アレは耳障りが良い分、安易に持つとロクな事になんねえ」
海原は耳を傾ける、自分にとって聞きたくない言葉ほど、自分にとって役に立つものであるという事を経験で知っていた。
「でもよお」
鮫島が一度言葉を切る。広間の天井を見て、それから海原の方へ顔を向ける。
「それじゃあ、勝てねえ。意思持つ奴には只、生きているだけじゃあ勝てねえんだよ。只、生きるだけで勝てる奴がいればそんなのもう人間じゃねえ」
勝てない、海原は口の中でその言葉を繰り返す。樹原への敗北はつまり、奴の言う幸福に繋がる。
自分がこのまま負けて、死ぬ。それが樹原の幸福に繋がる、それは、それは面白くない。
「……それは嫌だな」
海原は静かに呟いた。鮫島に聞かせる為ではないその呟きは古い石畳に積もっていく。
「俺たちは成長しなきゃあなんねえんだ、海原ぁ」
鮫島の言葉に海原は僅かに首肯した。
「今すぐなんて言わねえ、奴に対抗出来るだけの意思を持て、意思を持つ為の意味を、お前だけの人生の意味を探せエ」
「ハッ、世界が終わった後にまさか、また人生を説かれるとは思わなかったぜ、鮫島」
「世界が終わったからこそだぁ。自分で見つけねえ限り、人生に意味なんか生まれるわけもねえんだろうがよお」
海原は目を瞑って思い出す、自分が人生の結論を見出したあの日を。
自分は特別ではなく、優れてもいない。
だからこそ人生においてやるべき事も成すべき事もない、只、流されるままに生き、目の前の事を片付けていく。
それでいい。それがいい。
それが海原善人の人生への答え、だったはず。
もう探す必要も、迷う必要もない。そう気付いたはず、諦めたはずだ。
なのに、今その結論が鮫島の言葉により揺らいでいた。
「……まあ考えてみるわ、それが樹原に勝つ為に必要ない事ならな」
「ああ、頼むぜえ、俺1人じゃあ無理だ、お前の協力が必ず必要だからなあ」
鮫島の声が広間にぼわりと広がる、海原はその声が解けて広間の四隅に溶けていくのを静かに感じていた。
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