最後の会話
海原は穴の周りを迂回するように走り、鮫島の居る奥側へ移動する。
ぬかるんだ泥とは違い、しっかりとした建材で作られたその床は走りやすかった。
海原は鮫島の奇妙なとこだな、オイ。
「海原あ…… 一体何が起きたんだ?」
鮫島はとある場所に腰掛けていた。割と長めの足がプラプラと揺れている。
「分からん、ピカッと光って、それから気付いたらここに…… 鮫島、この建物が何かわかるか?」
「……あらかた予想はつくけどよお、いいたかねえな……」
「ここ多分、俺らが見下ろしてたあの神殿だぞ」
「くそがあ…… 言うなっつったろうがよお。あー、クソマジか。頭痛くなってきた。じゃあ何か? 俺らはあの光かなんかに包まれてワープでもしたっていうのかよお」
文字通り鮫島が頭を抱える。まあ、うん目を背けていても事実だしな。
海原は鮫島が狼狽している様子を眺めて、少し冷静になってきた。
「てめえ、なんか落ち着いてんなあ、オイ」
「ああ。もう驚く事に疲れた。あの虫の化け物に追いつかれてるしな」
「……頭が痛え、情報が多すぎるなあ、そりゃ」
海原は鮫島が腰掛けているそれを見つめる。なんだ、これ。
「鮫島、お前それ何に座ってんだ?」
「ああ?」
鮫島が怪訝な声をあげながら下を眺める。海原の見つめるそれ。
石造りの台座のようなものだ。石のベッドと言っても良い。
「知らねえよ、気付いたらここに仰向けになって寝転がってたからなあ」
「なんかあれだな、生贄の台座って感じだ」
海原はその台座を見つめてポツリと呟いた。過度な装飾、台座の四隅は蛇が口を開けて威嚇しているような意匠が施されている。
あまり趣味が良いとは思えなかった。
「はー、なんか妙な事になったなあ、おい」
鮫島は台座の上から降りようとはしない。そのままそこに腰掛けたまま呟いた。
「鮫島、マジでこれからどうする? 出口を探すどころかどんどん俺たち潜っちまってるぞ」
海原は立ったまま鮫島と会話を始めた。化けもの羽音は今は聞こえない。遠くへ行ったのだろうか?
「……う、おう、そうだなあ…… 悪りぃ、海原ぁ…… ちょっと横になっていいかあ?」
そう言うと鮫島はその台座の上に仰向けに寝転んだ。広い台座は成人男性である鮫島が寝転がってもまだ充分、余剰スペースがある。
「どうしたんだ? どこか悪いのか?」
素直に海原は鮫島の身を案じる、こんな状況だ。コンディションは何より重視するものだろう。
「いや、なんかよお、妙に、気分が悪いっつーか。乗り物酔いっつーか、二日酔いっつーか。とにかくなんか、気持ちわりぃんだ……」
鮫島がそのまま目を瞑る。
まあ、無理もない。朝一で化け物に襲われ、仲間には裏切られ、訳わかんねえ所で遭難中、オマケに超常現象に巻き込まれる。
俺ぐらいでないと参っちまうのは確かだな、海原は小さく、うんうんと頷いた。
「……てめえ、また……妙にムカつく事考えてやがっただろ?」
「いや別に? 5分くらい寝とけよ、見張りはしといてやる」
海原はその台座を背もたれにしてその場へ座り込む。ひんやりとした石の冷たさが気持ち良い。
僅かに乱れた鮫島の呼気の音が静かな広間に広がる。
「……妙な点がよお、いくつか……ある」
「無理すんな、寝とけ」
「いや、横になってたらだいぶ楽になってきたぜえ…… ずっと考えてたんだ。そもそもここは地下のはずだよなあ」
鮫島はどうやら会話ん辞めるつもりはないようだ。海原は小さく息を吐いて耳を傾ける。
「そうだな、サレオ地下街の下にこんな空間があるなんざ知る由もなかったけどな」
「海原ぁ…… お前ここに来て、特別息苦しくなったりとかしたかぁ?」
海原は首を捻る。
「いや、特に、それが何か問題なのか?」
「わかんねえかぁ? ここには……地下なのに充分すぎる空気に満ちているって事だ……」
言われてみればたしかにそうだ。海原は化け物との戦闘でかなり激しく動いたはずだが、特に普段と変わらない負担で動けていた。
「でもお前は今現在進行形で苦しいんじゃないか?」
「俺のこれは違う…… 俺の身体だ、俺が一番良く分かる…酸素欠乏ではねえ…… おい、海原ぁ、どうしてこの地下空間には上となんら変わらねえ空気がある?」
海原は鮫島の問いかけの意味がよく分からなかった。
どうして? どうしてって………
「どうしてでしょうね」
うっかり言葉が漏れた。やべ、この答えは最悪だ。
「少しは……考えろぉ、タコ。これだけ空気があるってことはな…… 確実にここは地上と繋がってるって事なんだよ…… 」
「おお、なるほど。お前やっぱ頭良いな」
素直に海原は感心する。生き残るに必死でそこまで考えが回っていなかった。
「もしくは…… 例え外につながる分かりやすい出入り口がないとしてもだ…… これだけの空気を賄う為の、光合成が出来る植物群と…… 日光が当たる場所が……何処かにある」
「出口は必ずあるって言う事か?」
「そおだ…… そして植物があるということは水だってあるはずだぁ。そもそも地面にみちるあの泥、何処かに水源があるのはまず、間違いねえ。生き延びるのはそう……難しい事じゃあないはずだあ」
「なるほど、言われてみれば確かにそうだ」
海原は頷きながら答える。今の鮫島の言葉の扱い方に僅かな違和感を覚えながら。
「だが妙だ…… これだけ空気があるのに…… 風の音や空気の流れる音がまったくしねえ、どんだけでけえんだよ…… この場所はよお……」
ぼそりと呟く鮫島。吐息混じりのその声は高熱にうなされているかのようだ。
「観察だぁ…… 海原ぁ」
「観察?」
海原は言葉を繰り返す。何を言っている?
「3つ目だ、サバイバルの……生存の為のSTOPの3つ目は観察だぁ、周りの環境、状況を観察しろお」
「観察……ねえ。鮫島先生、なんでそんなに詳しいんだ?」
「ガキの頃によお…… ボーイスカウトに入ってたんだぁ。まさかこんなに役に立つとは思ってなかったがなあ」
海原は子どもの鮫島が探検帽子に短パンでキャンプしてる姿を思い浮かべる。
やべえ、似合わねえ。噴き出しそうになるのを堪え、そしてそれを口に出すことはしなかった。
おそらくこの鋭い友人にはばれてしまうだろうから。
「海原ぁ…… いいか、お前は認めねえかもしれねえが1つ、きちんと言っておかないといけねえ事がある」
「あ? 急になんだ?」
鮫島がのそりと上体をおこす。海原がその姿を見上げる、
「おい、お前、マジで大丈夫か? 」
海原が気になったのはその目だ。鮫島の目は真っ赤に充血している。
「ああ? だいぶ楽になってきたぜえ…… んなことよりよお、お前、今俺たちの状況をどう認識してやがる?」
ん? 海原は首をかしげる。その質問は……
「それさっきも聞かれたぞ。俺たちは今、遭難中でサバイバル環境下にあるってやつじゃろ?」
「違う。それはあくまで目の前の事に過ぎねえ。俺が言ってんのはもっと大局的で、規模の大きい話の事だぁ」
「大局的? 規模? 何が言いたい?」
海原は台座に背を預ける。目を瞑って考えるが、鮫島が何を言いたいのかがわからない。
鮫島が小さく、ため息をついたのがわかった。
「俺たちはなあ、今、樹原の野郎に敗北しているっつーことを認めなければならねえ」
「敗北……?」
海原は始め、鮫島が何を言いたいのかすらわからなかった。
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