サバイバルのSTOP その1
「で、これからどうするよ、鮫島くん」
男が2人、歩いている。月を遮るもののない夜道ほどの明るさ、延々と続く洞窟のような道のりを並んで歩く。
自動車がすれ違う事の出来る程度の広さの空間、そこかしこから生え出す岩がイルミネーションのように明滅する。
この世のものとは思えない奇妙な光景、地の底に広がる奈落の回廊を海原と鮫島は進んでいた。
「そうだなあ、もうすこし進んだら一旦休憩をとろうぜえ。壁の収縮も止まったみたいだしなあ」
鮫島が海原の問いに答える。
その言葉の通りに今2人が歩いている回廊は静かなものだった。落ちてくる天井も狭まる壁も、降りてくるムカつく声もない。
ただ、2人の会話だけがその空間に響く。
「悠長じゃないか? あんまり時間はねえぞ」
海原は鮫島の答えが意外だった。
敵である樹原勇気を結果的に逃がしてしまっている、早く奴に追いつかなければならないんじゃないか?
先程まで不安を消していたアドレナリンは鳴りを潜め、今度は海原の理性がその足を急がせる。
樹原を早く片付ける、つまりは殺す必要がある。
海原は緊張にも似た腹に溜まる不快感を原動力に動き続けていた。
「ダメだなぁ。海原。急ぐと焦るは違うぜえ。お前、サバイバルのSTOPって知ってるか?」
「STOP? 止まれって事か?」
聞き慣れない言葉に海原は考える。
「そおだな…まあ正確には止まれ、考えろ、観察しろ、計画せよ。5つの行動から始めろっつうサバイバルの鉄則だ」
鮫島が歩きながら顎に手を当てる、目だけこちらに向けながら言葉を紡ぐ。
何処と無く得意げなのは気のせいだろうか?
「サバイバル?」
「あ? てめえ、まさか今の状況を理解してねえのか? ……まあいい、あの辺りで休むぞ」
鮫島が指差す方向、前方に光る岩が密集しているスペースがある。ちょうどバス停のベンチほどの高さものが数個、腰掛けるにはちょうど良さそうだ。
そう言うと鮫島が歩くスピードを上げていく。海原は片眉を上げながら黙って鮫島についていく。
終わった世界の中で海原は1つの教訓を得ていた。
鮫島が見ているものは自分とは違う。
急がなければならないという焦りと、鮫島の言う事は聞いておいた方が良いという経験を測りに乗せる。
「これ座っても大丈夫なのか?」
海原が光る岩を眺めながら呟く。まるで白熱電灯のように光るソレはどう見ても尋常のものではない。
「あー、そうだなぁ。触った感じ熱くもなんともねえ。少なくともこの地べたの泥の上に座るよりはマシだろうなぁ」
人差し指で鮫島がその岩をつつきながらぼやいた。
光る岩に熱がない事を確認したらしい。鮫島はどかりとその岩へ腰を下ろしていた。
「よし、思った通りだぁ、普通に座れる、頑丈だし、熱くもなんともねえ。海原ぁ、お前もビビってねえで早く座れよお」
「ビビってねえよ。慎重と言え、慎重と」
息を吐きながら海原は鮫島に促された通り対面の岩に腰をかけた。
白く明滅する岩の表面はすべすべしている。スラックスの生地越しにしっとりとした冷たさが伝わる。
足に溜まっていた疲れが抜け落ちていくのを海原は感じた、ふーとため息をつく。
まあ、いいか。鮫島が休んだ方がいいというならそうしとこ。
目の前の目つきの悪い友人が胸ポケットからタバコを取り出す様子を海原はじっと見つめる。
目の前のことは海原が片付ける。そして先のことは鮫島が考える。
終わった世界で得た友人と自分の役割ははっきりしている。
自らに足りないモノを持つ友人の存在がどれだけプラスになるのかを海原はこの終わった世界での生活で身に染みて理解していた。
「海原ぁ、火ねえよな」
「ねえな。この田井中特製のゲイボルクしかねえ」
海原は先が捻れた槍を掲げてプラプラと振るう。
「名前つけてたのかよ、てめえ。つーかお前、水とか入れてたナップザックはどうしたぁ」
鮫島が、火のついていないタバコを口にくわえて言葉を話す。
「あー、気付いてたらなかった。多分穴に落ちた時にどっか行ったんだと思う」
そーいや、喉乾いてきたな…… 一体最後の休憩からどれくらい時間が経ってんだろうか……
ん、水と食料がない?
アレ、嘘、アレ?
「……なあ、鮫島。もしかしてだけど今って俺たち結構ピンチだったりする?」
海原は急に芽生えた新たなる目の前の問題に気付いた。座ったことで落ち着きを取り戻した身体と脳みそに教えられて。
「はぁー、そうだなあ。鋭い仲間が一緒にいて安心したぜえ。やっと自分が遭難してるって気づけたなぁ。ほらな、止まって良かっただろうがよお」
「マッジか!? え、やばくねえか、俺ら今、水も飯も無しでこんな訳の分からねえ所彷徨ってーー、イッテ」
海原が思わず叫んだ途端、額にぴしりと何かがぶつかった。鮫島がくわえていたタバコをこちらに投げつけたのだ。
海原の額に跳ね返ったタバコがポトリと落ち、黒い泥のぬかるみの上に浮かぶ。
「落ち着けえ、海原ぁ。その為のSTOPだ。ウッズショックつう言葉がある」
「クソ昔にタイガーウッズが逮捕された時の話か?」
「ちげえよ、馬鹿。サバイバル時の錯乱状態を意味する言葉だぁ。今のお前みたいによお、水やら食料やらがないって現実を理解した時に陥りやすい」
鮫島がまたタバコを取り出す。火のついていないタバコをくわえて、大きく息を吐いた。
「とにかくまずは落ち着けえ。STOPだ。先人の示した知恵に従え」
「……ふう、分かったよ。要は焦んなって事だろ? でもよ、焦ってなくても俺らはいずれ喉が乾くし、腹だって減る。そのままほっときゃいずれ死ぬぞ」
「おお、I.Q上がったじゃねえかあ。さっきまでのてめえはアドレナリンドバドバ出てラリってたからなあ。STOPのお陰で漸く止まれたじゃねえか。なら次は考えるの番だ」
「考える?」
「そおだ。焦って、叫んで、泣く。怒って、悲しんで、笑う。そこで止まるんじゃねえ。そこから考えるんだぁ、今俺たちに足りないモノ、迫り来る危機、身体の状態、それを考えてみろぉ」
考える、海原は鮫島に言われた通り頭の中で思考を繰る。
アドレナリンが供給する無理やりな興奮と勇気は消え失せ、目の前に横たわる緩やかな死の気配を見つめる。
「……今、俺たちは遭難してる。水も飯もねえ」
「そうだ、それで?」
「……怪我は、ない。所々痛むけど骨折とか深刻なものじゃねえ。多分それは鮫島、お前も同じだ」
「おう、合ってるぜえ、で、どうするよ?」
海原は鮫島が自分に考える時間と方法を与えてくれているのだと気付いた。なるほど、不思議な事に今、現状の状況を考えるだけでなんとなく気持ちが軽くなってきている。
「早めにこの場から脱出する、もしくは水と食料を確保する必要がある」
「オーケーだ。考えたお陰で俺らがやらないといけない事が見えてきたなあ。でもまだ、考える事はあるだろお?」
鮫島が愉快そうにタバコをつまんでこちらへ向けてぴこぴこと動かす。からかわれているような気もするし、見守られているような気もする。
海原は目を瞑る、足りないモノ、自分達の状況、後考えなければならないのは。
鼻の奥にあの甘ったるい駄菓子のような青い血の匂いが蘇る。
あの夜から嗅ぎ慣れた化け物の血の匂い。
「危険だ。化け物がうろついているかもしれねえ」
「正解だ、海原ぁ。はっきり言ってこれが一番、目下のところやべえ。今、俺らにはお前の槍しか化け物に対抗する武器がねえ」
「ゲイボルクだ」
海原はそこだけは譲れないと言わんばかりにかぶせ気味に発言する。鮫島は目を細めて、ため息をついた。
「はいはい、ゲイボルクねえ。……他に考える事、何かあるかあ? 海原ぁ。 俺には気付けねえ、お前だから考え付く危険とかよお」
他に考える事…… 海原は鮫島の誘導に従い再び考えを巡らせる。
良いことを考えたいものだが、鮫島が海原に求めているものはそうじゃないのだろう。
鮫島が迫り来る危険、考え得るその危険を今のうちに洗っておこうとしているのだけは海原にも理解出来ていた。
危険、危険、危険、敵。
樹原との会話や、いも虫の化け物の記憶が不意に浮かび上がった。
あ。あるわ。
「あ、あるわ、鮫島。気のせいかも知れねえがヤバそうな案件が」
「お、おう、まじかあ、なんだ、一体そりゃ」
鮫島がこちらに身を乗り出す。火のついてないタバコをくわえたまま。それ、味すんのか?
「鮫島、俺がぶち蹴ったあのいも虫の化け物についてどう思ってる?」
「ああ? どういう意味だぁ、そりゃ」
「いや、確かにはお前が止まる判断したから俺は落ち着けたけどよ、お前一個勘違いしてるんじゃねえかと思ってな」
「……簡潔に、詳しく話せ」
鮫島の目つきが鋭くなる。
それ矛盾してねえかというつぶやきを海原は飲み込んだ。
あっちゃー、これ怒られるかも知れねえな。なんで早く言わねえんだ、とか怒鳴られそうだ。
海原は僅かに覚悟を決めて、考えた事、気付いた事を友人に伝える。
「多分だけど、あのいも虫の化け物。死んでねえぞ。もしかしたら俺たちを追い掛けて来てるかも知れねえ」
「あ?」
「ピギ」
鮫島の間抜けな声と同時に、2人の背後から人間以外の声がした。
鳴き声によく似た、それーー
海原は自分が明らかにフラグを立ててしまった事に今更気付いた。
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