奈落を手繰るもの
「ここか? それともここか? クソ、ウネウネしてんじゃねえよ、気持ちわりぃなあ!」
グジり。青い血にまみれた白い表皮に再び槍を突き入れる。ピクピクと痙攣するソイツの身体はまるで果汁のたっぷり詰まった果肉のようだ。
槍を突き入れるとまた、小さな悲鳴と共に青い血が溢れる。
「び、ぎ」
「オイコラ、根性見せろや。せっかく生まれてきたんだろーが。俺らを殺そうとしたんだろーが、簡単に死ねると思ってんじゃねーぞ」
馬鹿でかい蛇とヒルを合成させたような気味の悪い身体に槍を突き立てる。
あーくそ。心臓、肺、肝臓。こういうウネウネしてる化け物の仕組みが分かんねえな。
アオムシとか蛾の幼虫とかと同じならこの辺か?
小学校の自由研究の内容を、記憶の隅から掻き出しながら槍を振るう。
海原は急所を探りながらその身体に槍を何度も突き刺す。その手つきは正確で躊躇いなどない。
作業員が手慣れた仕事を当たり前にこなすように命を傷付ける。
「ぐ、あはは。ほら…… 僕の言った通りだ。本当に恐ろしい、奴だよ。海原」
「降りてこい、お父さん。ガキが助けを求めてるぞ」
槍を抜いて、また刺す。ぴぎ、と小さく鳴くいも虫の化け物の身体が震えた。
ねじりながら槍を引き抜き、痙攣するその身体に思い切り蹴る。
ぴく、ぴくと痙攣し続けるだけで動こうとはしない。
ほぼ、殺せたのだろう。
「う、海原ぁ、だ、大丈夫か?」
「問題ねえ、勢いで呑めたからな。気合い勝ちだ」
海原は槍の切っ先を上を向けた。ねじれた槍先に氷柱から滴る水滴のように青い血が一筋流れた。
樹原を見上げる。心のままに樹原に対して声をあげようとしたその時、海原はある事に気付いた。
「ぐ、う…… あはは。やるねえ……」
樹原が身体を摩っている。まるで寒さに耐えるように脇腹や、胸を自らさすっていた。
ん、あの野郎どうしたんだ? 何かが引っかかる、まさか……
「よっと」
ひゅん。槍が翻り、その切っ先が
「ピ、ぎ」
痙攣する、傷だらけの化け物の肉に再び突き立てられた。
その瞬間
「が、あっ。あ、はは。容赦な、さすぎじゃないか?」
悲鳴、今、アイツ、樹原の野郎は悲鳴をあげてなかったか?
「おお? もしかして、もしかするか?」
海原は槍を荒っぽく、肉を引きちぎるように槍を手荒に引き抜く。
いも虫が悲鳴を上げ、それと一緒に樹原の呻き声が聞こえた。
なるほど、少しわかってきたぞ。こりゃ面白い。
海原がニヤリと、その胸に灯る昏い光を抱くように笑った。
樹原と、このいも虫の化け物はもしかしてーー
「ぐ、う。あは、あはは。まったくやはり君は恐ろしい敵だったね。でも、もうこれで終わりだ」
海原が自らの考えをまとめつつ、その化け物をさらに痛めつけようと槍を振りかぶった時だった。
これで確かめる、樹原を殺せる方法が分かるかも知れない。
平坦な声が海原に降りかかる。
「あ? 」
「閉じろ。奈落の蓋よ」
海原の足元で何かが蠢いた。泥だ、足元に溜まっているぬかるんだ泥がまるで生き物のように蠢き始めている。
こりゃ一体どういう事だ? 何かがおかしい。
海原が化け物を嬲るのをやめて、一歩後ずさる。周りの様子を確認しようとーー
「海原ぁ! 天井だ! 天井がやべえ」
鮫島の逼迫した声が答えを教えてくれた。
「なっ。なんだこれ!」
ズズズザザザズザ。
天井が此方へ迫ってきていた。海原と鮫島が突き落とされた空間をまさに蓋が閉じるように天井が徐々に下がって来ていた。
「テメエの仕業か! 樹原」
「あはは。ここは僕の狩場だ。やろうと思えば何でも出来る。それこそがこの奈落の底から湧き出したモノなんだからね」
ダメだ、何を言っているのかさっぱり分からない。
「海原、君は何も知らない。目の前に迫る事のみに対応する君は真実に辿り着く事は決してない」
「何をワケの分からない事言ってやがる?」
「これから死にゆく君には関係のない事だ。君はなぜ世界が終わったのか、なぜ化け物が現れたのか、何も知らずに死んでいく君にはね」
ズズズズ。地鳴りのような音、足に感じるぬかるみから伝わる振動、大きな何かが足元で這い出しているような感覚。
「無知とは悲劇だなあ……。あはは。君達の最期をこの目で見れない事だけが残念だ」
上の淵に立つ樹原の姿が徐々に隠れていく。暗くなっているのかと思ったが違う。樹原の足元の泥が溢れはじめ、その身体を包み込んでいるのだ。
「これで後1人だ。東雲 仁、鮫島 竜樹、そして海原 善人。あと1人を消せば僕の邪魔者はいない」
「東雲も、テメエが……!」
「おっと、口が滑ったね。あはは。でも今は人の心配をしている場合じゃないんじゃないかな? 」
見上げた先、濃くなる闇の向こうから樹原の声が届く。天井を見ると膨らむようにどんどん下がって来ている。
このままじゃ、押し潰される?
「おい、海原ァ! 壁だ、壁もどんどん狭くなって来てやがる!」
隣で鮫島の焦った声が聞こえる。まずいな、こっちまで焦ってくる。
海原は嫌な鼓動を始める心臓に舌打ちしたくなる。口の中で、落ち着け、落ち着け、落ち着けと繰り返し唱え続けた。
鼓動がわずかに収まり、自らのすべき事が見えてくる。
目の前には頭を抱えて唸る鮫島の姿があった。
いや違うだろ、お前、何してんだ。
海原は頼りになる友人のその姿を見た途端無意識に叫んでいた。
「鮫島、考えろ! 俺たちはどうすればいい? 考えるのがお前の仕事じゃろうが!」
ポカンと此方を鮫島が見つめる、次の瞬間、フッと力を抜いてニヤリと笑った。
「ふん、こっちの気も知らねえでよ、馬鹿が。てめえもたまには考えろっつうの…… まあいい。お前にそんな事期待してねえからなぁ。プランはある。今は海原、逃げるぞ」
ぎろりと此方を睨みつける三白眼、そうだ最初からその悪党ヅラしてりゃいいんだよ。
海原は友人の表情を確認して強く頷く。
「分かった、でもどこへ逃げる? 流石にあの壁は登れねえぞ」
「はっ、素直じゃねえか。奥の方見てみろ、テメエが樹原と話し込んでた間に周りを確認したが、この空間は何処かへ続いてやがる」
鮫島が背後を肩ごしに親指で指し示す。
海原がそちらへ視線を向けるとたしかに、薄暗い空間の向こう側、月明かりのような光が見えた。
向こう側にまだ道が続いている。だがこの道は……
「この訳の分からねえ洞窟を更に奥へ進むって事か」
「そういう事だなぁ、洞窟探検だ。精々楽しもうぜえ」
にっと鮫島が笑う、ピョンとオールバックの髪から毛が飛び出ていた。
締まらねえ奴だ。海原は気付けば胸の中から嫌な動悸が消えていた事に気付いた。
ずもももももも。ぬかるんだ泥まみれの壁や天井がどんどん狭まっていく。まるで生き物の胃壁が縮んでいくかのような。
「あはは。鬼ごっこの始まりだ。まさか君にここまで傷付けられるとは思ってなかったけど、逆に彼は君の事を覚えたぞ、海原」
もうほとんど見えなくなりつつある上方、淵の上から樹原の声が降りてくる。
「あ、どういうーー」
「ピギ」
足元で化け物の声がした。
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