産み落とされたモノ、初めての狩り、
「オイオイオイオイオイ、海原ぁ。あれやばくないか?」
鮫島の僅かにも上擦った声が余計に海原を不安にさせた。
「オゴっ、オオエ」
えづき続ける樹原、しかし何故だろう。苦しそうに見えない。
「鮫島、何か良い方法思いついたか? この場を切り抜けてあのクソをぶち殺す方法をよ」
「……色々見回してみたがよお、野郎のとこに一直線で登るのは無理だろぉなあ。見ろよ、10メートル以上はありそうだあ」
「チっ、頼む、鮫島。考えてくれ、殺すのは俺がやる」
海原は手元に備える槍の重さを確かめる。10キロもない、軽い槍。いっそこれを投げつけてみるか?
いやダメだ。躱されたりでもしたら元も子もないし、唯一の武器をそんな事で失う事は出来ない。
逡巡する海原に鮫島が声を掛けた。
「海原ぁ、俺らの真後ろによお、道が続いてる。一旦ここは野郎から離れて上へ登る道を探すべきだと俺は思うぜぇ」
海原は背後を肩越しに確認、確かにも奥の方へ薄明かりが続いている。
「ハッ、洞窟探検か。やべ、若干ワクワクしてきた」
「呑気なもんだなあ、てめえはよお。……マジな所やはり、あの野郎はヤバイ奴だった。早くこの事をほかの連中にも知らせねえといけない」
海原は鮫島の言葉に僅かな疑問を抱く。
「まどろっこしいな、殺せばいいんじゃねえのか?」
「てめえみてえな物騒な野郎にゃ理由はそれだけで良いかもしれねえがな、普通の人間にゃもっと強い、正当な理由が必要なんだよ。他の連中はお前が樹原を殺したと知ったらどう思う?」
ああ、なるほど。つまりアレか。周りの足固めをした上でやるというわけか。
樹原の野郎は外ヅラは相当良いからなあ。
「その辺の事は任していいか? 鮫島」
「俺以外に出来ねえだろぉ。さっきの影山や警備チームの様子見たろうが。多分あの野郎校内の色々な人間に仕込みを入れてやがる」
なるほど、だからアレ程、気の弱い筈の影山があそこまで田井中に噛み付いたのか。
海原はそこで突然ピンときた。
「待てよ、だったら田井中にチクれば良いんじゃねえか? あの様子だったらアイツは樹原に絆されてなかったろ?」
「今日はなかなか頭が回るじゃねえかあ、海原。俺も同じ事考えてたぜ。決まりだ、俺らの目標は田井中との合流を果たす事だなあ」
鮫島がこちらに手を差し出した。海原はニヤリと笑いその手を重ねるように叩く。
「実はよお、俺もメンインブラック好きなんだぜえ」
「マジか、知らなかったな。それじゃあアレだな。帰った後によ、壊れてないテレビとかブルーレイとか家電量販店の残骸漁って探しててみねえ?」
「いいなあ、それ。楽しみがあるのは大事だよなあ」
海原は笑う、鮫島もつられて笑っていた。
「はあ、おうえ、……いいや、君達がそれを見つける事はない。もう2度と君達が何かを楽しむ事はないよ」
ぼとり。
樹原から目を離したその時、何かが地面に垂れ落ちるような音がした。つきたての餅をまな板に叩きつけたような、間延びした音。
「はぁああ、あー、きつかった。ふう、さてここからは見物させてもらうよ。君達の悲劇を」
海原は、樹原が肩で息をしつつ、かがんでいるのを目にする。
何をしたんだ?
「お、オイ…… 海原ぁ。アレ、下に、野郎の真下に何か落ちてねえか?」
下?
口元をぬぐいつつニヤリと嗤う樹原から視線を切り、海原は視界を下げる。
薄暗い空間の中、ソレはもがくように身をよじっていた。
白い瑞々しい表皮、ギラリと光る赤い口。1メートル程の大きさ。よじれるその太長い身体。
「いも虫?」
うねうねと動くのは釣りの餌に使われそうないも虫のような生き物だった。
ヒルか、いも虫か。少なくとも尋常の生き物でないのはすぐにわかる。
デカイ。あんなでかさのいも虫やヒルなんて聞いた事がない。
いや、待て。ぼとりって落ちたんだよな。アレはどこから出てきたんだ?
海原は背筋があぶく立つ。
先程までえづいていた樹原の様子、真下にぼとりと産み落とされたような生き物。それはつまり……
「う、海原くん。俺、見間違いかと思ってたんだがよお、あのいも虫みたいなの樹原から吐き出されたような……」
「ば、馬鹿言っちゃあいかんよ、鮫島くん。人間があんな馬鹿デカイいも虫を口から吐くわけないだろ?」
お互いに顔を見合わせて朗らかに笑い合う。常識を他人と確認し合えるのは素晴らしい事だと海原は再認識した。
「あはは。僕の可愛いこどもなんだ。文字通り腹を痛めて産んだね。一緒に遊んでやってくれると嬉しいかな……」
その常識を樹原の言葉が粉々に砕く。
やっぱりか。既に人間ですらなかったのか。この屑は。海原は心底、目の前の男にうんざりしてきた。
「はあ、嫌な言葉が聞こえちまった」
溜息をつき、海原は無意識に槍を構えた。
「あはは。余裕ぶっていて良いのかな? 産まれたばかりとはいえ体長1メートルを超える人喰いいも虫だ。さあ、お行き。ごはんを捕まえてきなさい」
「ピィ、ピイギ」
液体の染みたスポンジが喋ったらきっとこんな声なんだろうなと海原は感じた。
のたうちまわっていたその白いいも虫は樹原に声をかけられると反応するようにそのブヨブヨした身体でとぐろを巻く。
蛇か、てめえは。
産みの親の言葉に耳を傾けるようにしばらく上を眺めていたいも虫が、ゆっくり、ゆっくりこちらの方へ顔のない頭を向ける。
パカリ。
筋が開くように、いも虫が口を開いた。
真っ赤な口、鋭い牙が既に生え揃っている。
「ひ、ひっ」
鮫島がひきつるような声を出し、尻餅をついたまま後ずさる。
「あはは。鮫島くん。君もそんな顔をするんだねえ…… 良い、とても良いよ」
樹原がニタリといも虫と同じように半月のように口を歪めて嗤う。
海原がべちゃりと音を立てながらゆっくりと立ち上がった。その手にはねじれた槍が備わる。
うねり、うねりとくねりながら蛇のようにいも虫の化け物が海原と鮫島へ近づく。
「ピイギ、ピギギギ」
それはそのいも虫にとって初めての狩り。自らを産み落としてくれた親の目の前で獲物を採るのだ。
小さな脳みその中で原初の興奮が湧きあがる。
殺せ、喰え、成長しろ。
親から伝えられたメッセージに従うべくその体に狩りの興奮をたぎらせながらいも虫は獲物へと迫る。
「や、やべえ! 海原ぁ、逃げんぞ!」
獲物が叫ぶ、さてどうやって狩ろうか。クビに巻きついて殺すか、顔に巻きついて窒息させるか?
「ピギギギ、ピギギギ、ピギィ!」
狩りの愉しみを叫ぶようにいも虫は今、獲物へと襲いかかーー!!
「舐めてんのか、樹原」
ぶちゅ。
狩りの興奮は瞬く間に萎んだ。
無造作に突き立てられた捻れた槍がいも虫の頭を正確に貫いていた。
「あ?」
「え?」
鮫島の間の抜けた声と、樹原の短い声が同時に響く。
「ピギ?」
いも虫も今、自分に何が起きたのかがわかっていないようだった。体を捩り続ける、しかし何故かその身体は進むことはなかった。
「生まれたばかり、つまりは赤ん坊なんだろ? なら俺でも殺せる」
海原は無造作に地を這う化け物を縫い付けるように突き立てた槍を引き抜く。
引き抜いた槍をまた思い切り
「オラァ! 死ね!」
ぶちゃり。そのいも虫の頭に再びつき入れる。
「ピ、びぎぎぎきい!?」
ようやくいも虫は自分が何をされているのかに気付いたらしい。その身を駆け上る激痛に悲鳴を漏らす。
足りねえ、そんなもんじゃあ、足りねえよ。
「ビビらせやがって、何が悲劇だ。こんなチンケな雑魚で、この俺をどうにか出来ると思ってんのか!? ああ?!」
ぶち、ぶち。
槍を捻るように引き抜き、再び刺す。刺す。振りかぶりその身に槍を指し続ける。
「オラ! 死ね! 死ね! ぐしゃぐしゃにしてやるぞ、コラァ!」
海原は槍越しに返ってくる弾力を楽しむ。口の中でグミを噛みちぎる感覚に似ていた。
「お、お前……やっぱり頭おかしいよ。普通、あの流れで攻撃するかい?」
樹原の声が震えて届く、その声色は今まで聞いたことのない声だった。
「あ? よく聞こえねえんだよ!! テメエのガキの悲鳴がうるさくってよ! オラくそ虫! テメエのパパがなんか言ってっから少し黙れや!」
ガスっ。
「ぴぎっ?!」
ピクピクと震えながら叫ぶいも虫の頭を真上から踏み潰す。チッ、下の地面が柔らかいから踏み砕けねえな。
「あ、はは…… 海原、君は予想以上だ。予想以上にイかれてるよ」
「テメエが言うな! このナルシスサイコが!! いいか、お前も必ずこのいも虫のようにぶち殺してやる、コイツの姿がテメエの未来だ、よく見とけや、お父さん!」
両手で槍を握る、地面に打ち込む感覚で頭を踏みつけ痙攣し続けるいも虫の体に槍を刺し続ける。
刺す、捻る、引き抜く、刺す、捻る、また引き抜く。
繰り返すたびにその太長い身体がびくん、びくんと跳ねる。
まーだ元気があるな。こういう形の化け物の内臓とかどこにあるんだ?
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