届いた説得、届かなかった祈り
「ぼ、僕は……、僕はそれでも先生がいい! 怖いんだ! 田井中クンは強すぎて、別の世界の人すぎて怖い!」
影山の悲痛な叫びは、樹原のよしとするものだったのだろう。満足そうにゆっくりと頷いていた。
ほかの警備チームの少年から影山の言葉に対する意はなかった。
あの竹田からですら。
影山の言葉は、影山1人の言葉ではないのかも知れない。
海原は、背後の影山を見ることはなかった。代わりに海原の目に焼け付いたのは、地面に伏せられたまま、田井中 誠の表情だ。
きっと怒りではない、その目を見開かせているのは。
きっと悲しみでもない。その目に移る光は。
おそらく、どうしようもないほどの寂しさ。
仲間だと信じていた者から選ばれなかったという事実がおそらく、田井中 誠という少年にはとても寂しいモノだったのかもしれない。
海原の胸に、何かが灯る。
なんだ、この状況は?
なんだ、この気持ちは?
今、俺たちは一体何をしているんだ?
君達はこれまで、田井中 誠の何を見てきたんだ?
海原にはその気持ちが言葉に出来なかった。渦巻く火を行動ではなく言動に変える事の出来る人間ではなかったのだ。
だが、海原にとって幸いな事に、その火を同じように抱き、なおかつそれを言葉に変える事の出来るタイプの友人がすぐそこにいた。
「はああ…… ダセエなあ。お前ら」
海原の隣で鮫島が顔に手を当てたまま呟いた。
深く溜息をつく、その態度はまさに失望。
「いや、ほんと…… 影山くんよお、今の本気で言ってんならマジで君、ダサいわあ……。クソダサだわ」
「な、なんですか!? あ、アンタにそんな事言われる筋合いないですよ! 僕らの事知りもしないくせに」
「知ってつうの、警備チームだろ? 俺ら何も出来ねえ、アホさだけが売りの探索チームとは違う。本物の力を持った特別な連中、それがお前ら警備チームだ」
鮫島が影山にゆっくり詰め寄る。オールバックを撫でつけるその仕草は流石にどうかと海原はこころの中で思った。
「な、なんだよう、何が言いたいんだ、アンタ!」
影山が一歩、後退する。
「待て! 鮫島 竜樹! 僕の生徒に触れる事は許さないぞ!」
鮫島が振り向きながら、中指を樹原に立てて返事をする。
「うるせえ、お前と一緒にすんじゃあねえよお、クソセンコー。それに本気で心配なら今すぐ、てめえがキめてる技解いて、俺を止めに来いや」
鮫島はにぃと人の悪い笑みを浮かべる。
「まあ、これねえのは知ってるがなあ…… お前はそういう人間だあ、樹原」
鮫島と影山の距離が近い。樹原は結局、田井中を放す事はなかった。
「ほらなぁ、ダセエ野郎だぜえ、樹原ぁ、てめえがダセエからよお、この子らにもダサさが移っちまったじゃあねえかよ、えぇ?」
「な、なんですか……、ダサいってなんだよ、先生の事をバカにすんな!」
「ダセエよ、マジでダセエ、今までよお、警備チーム、てめえらは手前らのリーダーの何を見て来たんだよお、おい」
「え?」
「暴力が怖いって言ったなあ、んなもん誰でもこえーよ、俺だって恐ろしいわ」
鮫島が大仰に身振り手振りを交えながら言葉を放つ。
「だがよお、お前らそこで思考を止めるな。考えろ、お前らの怖がるその暴力は本当にお前らを傷付ける為のものなのかぁ?」
「な、何? なんだよ……」
「影山、田井中の暴力は本当にお前を怖がらせる為のものなのか? 思い出せ、ここまでの道すがら誰が常に一番危険な集団の先頭を歩いていたのかをよお」
「あ、」
「思い出せ、蝙蝠の化け物に襲われた時、誰が一番早くに先頭に立ち、戦いを挑んだのかをよお」
「脳みそ振ってよおおく考えてみろお! ガキども! お前らの先頭に立ち、お前らの盾となって化け物と戦っている野郎の事をよお! 」
「リーダーってのはよお、ほかの連中より身体を張るからリーダーなんだ! 思い出せ、警備チーム! お前らの中で誰が一番身体張ってんのかよお!」
鮫島が唾を飛ばし叫ぶ。
ああ、お前がいてよかった、本気でそう思うよ。
海原はオールバックの髪を振り乱しながら叫ぶ友人を見てそう思った。
「それは決して、親でも、ましてやセンコーである樹原じゃねえ! そこで泥まみれになってるてめえらのダチだろうがよお!」
「あ、あ……ああ」
影山が、警備チームの人員がたじろぐ。
「てめえら、それでも男かよ! 力にビビんな! 力に憧れろぉ! 口先だけ上手いクソ野郎の言葉にブレてんじゃねえぞ!」
「ぼく、僕は……」
「おれ、なんか、分からねえけど……」
3人の警備チームの少年がざわめく。もうその目にあの浮かれたような熱の影は見えない。
アレはなんだったんだ? まるで酔っ払ってるかのような……
海原は3人の目を見て、それから樹原の方へ振り向く。
「樹原、決まったぞ。警備チームの、捜索チームのリーダーは田井中 誠だ。今までも、これからもな…… 俺たち大人が出しゃばる所じゃねえ」
海原が静かに、鮫島とは対照的に樹原に語りかける。無意識に、その手に持つ槍を握り締めた。
「お、オッさん……」
「……やれやれ。やはり君達だったか」
「答えは出たぞ、樹原。安心しろ、そこで這い蹲ってるクソガキはおれがきちんと鳩尾にやり返しておく。だからもう、お前は何もするなよ」
「あ、はは。なんだい、なんだい。僕が悪者だね、これじゃあ」
「悪者とかじゃねえよ、今はこんな事してる場合じゃねえだろ? 」
海原は樹原を見詰める。樹原の目が少し見開かれた。
「あはは……そうだね。こんな事してる場合じゃない」
パっと、意外な程簡単に、樹原は田井中を解放した。
ゆっくりと後ずさり、両手を広げながら後ろに下がる。
猛獣のような機敏さで田井中が立ち上がる。その目に宿すのは間違いなくーー
「あ! オイ、やめーー」
バキっ。本当に何か、枯れ木でも叩き折ったような音がした。思わず、海原は身を竦める。
田井中が振り向きざまにこぶしを振り抜き、樹原の顔面を殴り抜いていた。
「あー、まあ…… 影山殴るよりかはマシか」
「いや、割とアウトだろお」
海原のぼやきに鮫島が同意する。
「……キハラ、今のでチャラだ。てめえが俺にやった分じゃねえ。影山の分を今、殴った。てめえの生徒だ、てめえが責任を取れ」
「あ、はは。いいパンチだね…… 流石は我が校の優秀な生徒だ」
「せ、先生!」
駆け寄ろうとする影山を海原が制する。ダメだ、今は田井中と樹原のやりとりを邪魔させる事は出来ない。
田井中が、仰向けに倒れたキハラへ手を伸ばす。
「だが俺のやり方も少しまずかったのかもしれねえ、その点はキハラ、アンタみたいに上手くやらないといけないのかもな」
「あはは……、君はやはり、賢い子だね。田井中くん」
差し出された手を樹原が掴んだ。もう田井中の目にはあの煌々と輝く暗い火は灯っていなかった。
海原はその2人を見て、小さく息を吐く。
「なんとかなりそうだな」
「そうだなあ、一時はどうなる事かと思ったぜえ」
「鮫島」
「あん?」
「お前が一緒に来てくれて良かった。あの場は俺じゃあ説得出来なかった」
「だろうなあ。お前じゃあ無理だろうなあ」
「普通こういう時は、少しフォローしたりするのが礼儀じゃね?」
「正直な性質でなあ。嘘がつけねえんだわ」
「やかましいわ、悪徳銀行員」
「うるせえよ、凡人サラリーマン」
海原は鮫島と目を合わして、それから小さく笑った。
眼前では警備チームの連中が田井中と樹原にかけよっていた。
田井中に向かい、影山が恐る恐る頭を下げる。
頭を下げた影山に、田井中がゆっくり手を伸ばしそれからその頭を撫でていた。
笑顔が溢れる。
良かった、これなら。このチームならなんとかなりそうだ。
海原はその光景を眺めわずかにほおを緩めた。
そして、ふと気付いた。
いつのまにか全員が、あの黒い泥の染み込む場所に足を踏み入れている。
海原は突然、足元の地面が消えた事にすぐには気づかなかった。
「あ?」
きづいたのは隣の鮫島が間抜けな声で呟いた時。
そしてその落下の勢いで鮫島の胸ポケットから溢れた、何か、色紙のようなものが目の前を泳ぐように浮いた瞬間だった。
瞬時に視界が暗くなったのは唐突に空いた奈落に落ちたからだと、海原は分からなかった。
まるで夢から覚めるように、なんらかのスイッチを押されたかのように、初めから幻想だったのかのように。
海原達が踏みしめていた地面が消える。
そうなれば翼を持たぬ者は重力に従い落ちるのみない。
落ちる、海原は反射的に、握りしめていた槍を強く握った、
これだけは手放すべきではない。ただ、それだけが頭の中を占めていた。
しかし残念ながら海原の意識は頼りない足元、一緒の浮遊感の後、すぐに闇に飲まれて消えた。
………
……
…
「一姫、何作ってるの?」
「あ、継音さん。えへへ。これはね、みんなのぶんのお守りなの」
「折り紙……なぜカエル?」
「えと、ダジャレみたいで恥ずかしいんだけどみんな無事に帰るようにって。」
「ああ、成る程。うん、気持ちは大事」
「叔父さんには直接渡したんだけどね、みんなのぶんはまだ作ってなかったから、この子達がみんなを守ってくれますようにって作ってたの」
「そう…… 私にも作れるかな? 」
「え! ええ、も、モチロン!教えるから一緒に作ろ!」
「そう、ありがとう。あとで姉さんにも教えてあげなきゃ」
「あ、じゃあ、遠果ちゃんに頼んで呼んでもらうね」
「あれ、一姫」
「ん? なあに、継音さん」
「このカエルだけ、ひっくり返ってる」
「あら? そうだったかな? なんでだろ、そんな事なかったと思うけど」
………
……
…
祈りは届かない。この世界にそれを聞く神はいない。それを届ける天使もいない。
ましてや彼らはこの地上のどこよりも神から遠い、奈落へ落ちた。
本来であれば勇気と狂気、それから酔いを併せ持つ人間のみが立ち入るべき場所に、彼らは足を踏み入れた。
少女達がそのことを知るはずもない。
彼女達のちっぽけな祈りなどその場所には届かない。
既に終わった世界に都合の良い救いなどあろうはずもなかった。
いるのは、人間と化け物だけ。
只の人間と善い人間と化け物と、それから
どうしようもない人間だけだ。
捜索チーム、全員安否不明。
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