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サレオ地下街へ

 


 パキ。


 口の中で小気味好い音が鳴る。


 ついですぐ、小麦粉の柔らかな匂いが喉から鼻に香った。



 海原はゆっくりとそれを、持ってきた軽食である乾パンを咀嚼していく。



 口の中の水分という水分を生地が吸い取っていくので、すぐに手元に置いてある透明のペットボトルの中身を煽った。



 喉の奥に食べ物を水が押し込んでいく。



「ふう、ひとごこちついたわ」


 海原はコウモリの化け物を狩り終えたのちに一時の休憩をとっていた。



 田井中が新たに作り出した空気穴を開けたドームの安全地帯の中でそれぞれが腹ごしらえや、仮眠を取っている。



 海原はナップザックの中に放り込んでいた水と乾パンを皆に配り、自らも軽くつまんでいた。



 味気ないモノだが食うと食わないでは大きく違う。



「オッサン……あんたらいっつもこんなモンばっか食ってんのか?」



「おお、慣れると意外と美味いだろ? 本当ならあれだ、ジンジャーエールとかで流し込むともっといいんだが……」



「……今度、俺から冷血女に言っといてやるよ。もう少し、イイもん食わしてやれって。マジで言っとくわ……」



 海原は田井中のその、憐れみすら感じる視線を不思議に思いながらも残りの乾パンを口に放り込んだ。



 割と美味いのに。



 もっちゃ、もっちゃと咀嚼し、また水を煽る。優しいふわりとした小麦粉の味が口の中に広がり、消えていく。



「よし、そろそろ30分だ。寝てる影山を起こしたら行くぞ」


「田井中、お前は仮眠取らなくて平気なのか?」



 力を持っている人間は、よく眠る。海原はそのことを雪代との付き合いの中で知っていた。



 基本的に一度力を使った後は、皆すぐに深い眠りについていたはずだが目の前の金髪の少年、田井中 誠は一切眠る事はなかった。



「あ? 凡人どもと一緒にすんなよ。あの程度の事でいちいち寝てたらキリねーつうの」



 田井中が目の端に涙を溜めて、欠伸をかみ殺す。まあ、本人がそう言うのならいいんだろう。



「あ、ああー。もう30分経ったのか……。眠たいなあ……」



 影山もどうやら起きたようだ。むしろよくアスファルトの地面の上で眠れるもんだなと海原は感心した。



「よし、全員いるな、ドームを崩したのちにすぐに地下へ向かう」



 田井中が、ドームの壁に手を当てる。ドロドロと壁が溶け出し出口ができた。


 田井中が出口を作り終え、壁から何かを引っ張るような仕草をしているのを海原は見かけた。



 にょきりとそこから槍のような棒を田井中が引き抜く。



 すげえ、なんでもありかよ。


「よっと、ホラよ、オッさん。新しい槍だ。今度こそ大事に使えよ」


 海原は田井中から槍を受け取る。先端の捻れたそれは中々に凶悪な見た目だ。


 これで抉った傷は中々消えないし、大きな傷口が出来るだろう。



「おう、サンキュー。やっぱ棒があるとなんか妙に勇気が出るよな」


「ククっ、そりゃアンタだけだろうよ」



 田井中が静かに笑いを嚙み殺す。ほにゃりと瞳が猫のように歪む。



 男の笑顔を可愛いと思うのは始めてだ。海原は何故かその笑みから顔を背けた。




 田井中が笑いながら離れていく。



 海原はその槍の握りを確かめるように、何度も素振りをした。




「海原ぁ、手筈は覚えているよなあ」




 海原はいつの間にか隣にいた鮫島の語りかけに小さく頷く。




「樹原の件だろ? 分かってる。もし手分けするような事になれば俺から田井中に伝えておく」




「すまねえな、頼んだぜえ」



 出口が開く、時刻はおそらく午前9時をわずかに過ぎた辺り……



 海原達は1人づつ、陽光が照りつけ初めた街へ一歩を踏み出していく。




 今日も暑くなりそうだ。







 ………

 ……

 …


「地獄へようこそってか?」


 海原はその連絡口を下りながら思わず独り言をつぶやいた。


 コツン、コツン、かつ、かつ。


 総勢8人の足音が地下を下る階段に反響していく。


 不思議な事にしたからは風が吹き上がっている。その風には奇妙な事になんの匂いも混じっていなかった。



「キハラ、お前らが化け物に襲われたのは地下のどの辺りだ?」



「この階段を降りてすぐの中央広場だよ、田井中くん。どこから現れたのかは知らないが…… 巨人のような化け物だった」



「巨人?」


「ああ、サイクロプスって知ってるかい? ギリシャに伝わる1つ目の怪物なんだが、それにそっくりでね……」



 海原は目の前で交わされる樹原と田井中の会話を流し聞きながら、周囲を見渡す。


 まだこの位置には太陽の陽が届いているせいか足元は明るく、歩行に影響はない。



 しかし、その眼下、階段の下は違う。



 何も見えない。光を飲み込んでいるかのようにぽっかりと口を広げた闇がただ、そこにあった。




 RPGのダンジョンに入る冒険者ってこんな気持ちなのか?



 不安と恐怖が脳から染み出し、胸に流れ、脚に絡みついていく。



 隣を見ると鮫島も唇を噛み締め、辺りを見回している。



 そりゃ怖いわな、こんなの。



 1人じゃあきっと、無理だ。虎穴には入れない。



 こんな地下の、闇が広がり、いつ化け物が出てくるかわからない空間に来るヤツなんてどこかイかれてるに決まってる。



 それこそ、酔っ払ってでもいなけりゃとても無理だな。



 海原は恐怖を思考で埋めていく。ぐるぐると思考を回し続けているうちに、いつの間にか前方の2人、樹原と田井中が立ち止まった。





 いつの間にか、階段を全て降り切っていた。



 つまり




 サレオ地下街、到着。



「こりゃ、一体どういう事だ……?」



 田井中の呆然としたつぶやきに海原はこころの中で、こころの底から同意する。



 なんだ、これ。



 サレオ地下街は変わっていた。



 大理石や、コンクリートで整えられていたはずの地下道は辺り一面がまるでぬかるんだ黒い泥に覆われている。



 海原達の立っている階段の周りのみに、以前の面影が残る大理石で出来たスペースが残るのみ。



 後はまるで、出来の悪い生き物の胃袋のような空間がそこには広がっていた。



 そして所々、その泥から飛び出る形で光る岩が乱立している。



 その光源は天井からもボコボコと生えており、そのおかげで遠くまで見通せるほど地下は明るかった。




 これじゃあまるで洞窟だ。




「これだよ、言った通りだろ? 本来のサレオ地下街はこんなに広くもないし、ましてやこんな泥に覆われてなんかない……。ここは明らかにおかしな場所なんだ」



 樹原が噛みしめるように言葉を紡いだ。



「いや、オイ。これは幾ら何でもありえねえだろ…… 」



 田井中は未だに呆然としている。


 立ち止まる田井中を追い越し、1人の男が前に進み出た。




「みんな、驚くのも無理はない。ここは明らかにおかしい人知の通じぬ場所になっている」



 樹原だ。樹原 勇気が整然と、前に進み出て此方を振り返った。



 ばちゃり。黒い泥がわずかに跳ねた。


 樹原はスニーカーが汚れるのも厭わずに、その黒い泥が広がるスペースに足を踏み入れる。



「だが、ここには君たちの大切な友人、そして僕の生徒である東雲君が助けを待っているんだ」


 静かにしかし、力強い声が場に広がる。



「だから頼む、君たちのその素晴らしい才能を貸してくれ。僕は彼を助けたい」




 いや、なんでお前急にリーダー始めてんだよ。


 喉から出かけたその言葉が、つぃっと引っ込む。





 海原は何故か樹原から目を離せない。彼の一挙手一投足を眺めていると、不思議な事にこの場所から感じる恐怖が和らいでいく。



 それはまるで麻酔だ。()()感じるべく痛みを消し去る薬品を流し込まれているかのような。



 不意に後ろを振りむくと、影山や、竹田を始めとする警備チームの少年達は目を見開きとけ顔でうなづきながら樹原の言葉に耳を傾けていた。




 何かがおかしい。




 海原は本能的に、この不思議な安心感はあまり良くないものであると勘づいた。



 隣の鮫島の顔色を眺める、細められた目、その表情は周りの樹原を熱く見つめる少年達とは違う。



 近くを飛ぶスズメバチを注意深く見つめているようなそんな危機感を感じる表情だ。



 コイツは大丈夫そうだ。



 でも、なんだ、これ。


 樹原、お前一体、なんのつもりだ?



 海原が、反射的に樹原に声を投げかけようとしたその時だった。



「おい、キハラ。もうその辺でいいか? 熱くなるのはわかるが少し落ち着け」



 透き通った声、田井中だ。


 ばしゃり。田井中が同じくキハラと同じように黒い泥を踏みしめて前に進む。



「お前が教師なのはよく分かる。だが俺たちは修学旅行のグループじゃねえんだ。俺たちは捜索チーム、そしてその捜索チームのリーダーは俺だ」


 金髪の少年が、黒髪の美丈夫に詰め寄る。



「ああ、分かっているよ、田井中くん。だがそれでも君たちは子供だ。私には大人として君達を導く義務がある」



 やんわりと笑う樹原。


 海原はその光景を見ているとヤンチャな生徒をあやす人格者の教師とのやりとりにしか見えなくなってくる。



 なんだ、これは。何か、何かが致命的におかしい。



「ケッ、俺は俺より弱い奴に前は立たせねえ。オイ、お前らとにかく今は先を急ぐぞ。ひとかたまりになって、捜索を始めーー」



「ねえ、田井中くん」



 田井中の言葉をさえぎり、集団の中から声が漏れ出た。


 影山の声、あの気弱そうな小太りの少年のものだと海原は気付いた。



 ずいっと、影山が前に歩み出る。海原の隣に立つその少年、ツヤツヤした黒髪に血色の良いふっくらした頰。



 そして、どこか熱に浮かれているかのように爛々とした目。


 この子も何ががーー



 海原がどうしようもない違和感を覚え、影山に声をかけようとしたその時だった。













「ここからは樹原先生にリーダーをやってもらうのはどうかな」








 ……は?






読んで頂きありがとうございます!



宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!

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― 新着の感想 ―
シャレオ?
そういや怪物は焼いて食ったりとか普段からしてなさそうだけどやっぱ青い血だし食糧探せるうちは食わないでおこうって感じなんだろうか?
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