シエラⅠ ログ その2
[……アメリカ軍特殊作戦コマンド廉下第0特殊作戦隊日本派遣部隊所属、シエラⅠよりシエラ各員へ、繰り返す、シエラチーム各員へ]
繰り返す思考通信への返信はやはり帰ってこない。
私は朝靄がかかる、廃墟の中ポツンとたたずむバス停のベンチに腰をかけていた。
身体の枠が溶け落ちそうだ。どうしようもなくだるいのに、腹の底から湧いてくる無限のパワーはこの身体を痛みを知らないゾンビのように無理やりに動かす。
一心同体の相棒に備わった広域通信への返答は無い。分かっていた事だが、それでも期待はしていた。
小さく、ため息を吐く。腐ったガスフィルタがボボボボと間抜けな音を立てた。
ふと、身体の奥底で心臓以外のなにかがピクリと動いた、そんな気がした。
これは……、この感覚は……
"……ーーティブ、再起動開始、共生者のバイタルチェック開始、完了まで残り6秒
「待ちなさい、マルス。駄目、起きたらダメよ。寝てなさい」
"共生者からの起動停止命令を確認、再起動処理中止、スリープモードへ移行……."
"ーーネガティブ。共生者のバイタル異常を確認。シエラⅠ 貴女の生命維持に致命的な異常値を確認しました。すぐに合衆国の指定を受けた医療機関への出頭を。
「ふ、ふふ。ありがとう。マルス。でももういいの。あなたは眠ってなさい」
ーーネガティブ。シエラⅠ状況を。当機のログが700時間以上前の状況から更新されておりません。スリープモード移行までの時間、説明を求めます。
身体の奥底から私以外の生命の声が聞こえる。私の相棒、奈落を共に突き進みここまで生き長らえさせてくれた大切な子。
「マルス、よく聞いて…… 作戦は失敗したわ。今はプランBに移行、シエラチームは恐らく今私達しか残っていないみたいだわ」
"ネガティブ。であるならば貴女はすぐに適切な治療を受けるべきです。バイタルチェックの結果、貴女の身体には深刻な高濃度汚染が確認されています"
「ふふ、そうね。貴女の言う通りだわ。でも、もういいの。それよりも、マルス。貴方にお願いしたい事があるの」
"ポジティブ。スリープモード移行までの時間ならば全てログに残す事が出来ます。聞きましょう"
「……規定コード069を命令するわ。私の次の共生者、パイロットを探しなさい」
"ネガティブ、アーー、シエラⅠ、それは……"
「貴方が一番わかっているわね、私はもう長くない。こうして貴方と理性的な会話が出来るのも偶然みたいなものよ」
朝日が廃墟の街並みを照らしていく。
私は、私のやるべき事の準備を進める。
「だから、今のうちにこれからの段取りを貴方にも伝えておきたいの。私の視界記録を確認して大体、そうね、24時間前……、レベル記録が37になった辺りよ」
"ポジティブ、司令を了解。検索中、視界映像の同期開始…… 同期完了"
「映像の中に映っている男性、彼を探して。少なくともこの作戦行動範囲内にいるはずよ、できるでしょう、貴方なら」
"ポジティブ、映像の中で残っている呼気のリズム、声紋から追跡は可能です。しかし、現状、衛星データベースとの連結が解除されています。対象人物の素性は不明です"
慇懃無礼な、透き通った声が妙に心地よい。私は手をプラプラと振りながら
「素性は構わないわ。とにかく彼、個人の追跡を始めて。多分この辺りだと思うのだけれど」
私は脳内のマップデバイスで彼の走り去って行った方角へマーカーをつける。
繋がっているマルスがそのマーカーを追いかけているのが分かる。
"了解、特典利用の許可を願います、シエラⅠ"
「やってちょうだい、マルス」
"コピー"
"PERK 起動 ウサギ以上に聞こえる耳"
私の耳、聴覚がマルスの力により進化していく。
マルスが私のDNAコードに干渉、人類の中に眠る、眠り続けているべき可能性を無理やりに引き出していく。
"10キロ圏内で、記録に残っている声紋と99パーセント以上符号している声を確認。言語は日本語と断定。周囲の会話情報により対象の名称を……オッサンと仮定
「ふふ、なにそれ。へんな名前ね」
"ネガティブ、事実です。対象はここより5キロ近く先、旧ヒロシマ中区、市街地にいるようです…… ネガティブ…… シエラⅠどうやら、彼との合流を目指すのであれば少し急いだ方が良さそうです
「どういう意味?」
"ネガティブーー 彼は数人のグループで行動中、会話から察するに…… 地下街へ降りようとしています
「……新手の自殺志願者なのかしら? 貴方の言う通り急いだ方が良さそうね」
私はそのまま重たい身体をゆっくりと起こす。染み込んだ奈落の泥がべちょりと地面に滴り落ちた。
視界が赤く染まり始める。特殊作戦のために作られたガスマスクが起動している証だ。
ごぼ、ゴボボボ。口元から溢れるような水音。深呼吸を繰り返す。
"警告! 此方へ向かい高速で迫る熱源を確認。作戦攻略対象の可能性が高いです
あたまの中で響くマルスの緊迫した音声に、身体の芯にわずかな痺れが走る。
周囲の空気が臭くなる。物理的なものではなく、勘や雰囲気といった感覚的なものだ。
「そう、なら仕事の時間ね」
"ネガティブ 方位 ゼローナインーゼロより接近。大丈夫、シエラⅠ、貴女の方が強い。交戦を許可します
相棒から伝わる、心強い言葉。この子はすごく変わった。
初めて出会った時のあの無味乾燥とした機械のようなものから、今ではまるで心を持ったかのように振る舞い、言葉を紡いでいる。
成長している。この子はまだまだ成長出来る、生きる事が出来る。
「マルス、もう眠りなさい。大丈夫、私と貴方はいつも一緒よ」
"ネガ……ティブ…… 私の存在意義はチームを守ることです。プロトコルの……実行をーー スリープモード手続き完了
ストンと、幼子が眠りにつくように私の中の相棒が再び眠りについた。
「オホホホホボオオオオオウ!!!」
空から響く声、東の方角から何か点のようなものが落ちてくる。
ッドオオオオオオオ。
地響き、それから風圧。風圧に混じり感じるのはどうしようもない獣臭さと、嗅ぎ慣れた鉄錆の匂い。
建物1階分はあろうかというその体躯。歪に伸びた両腕、関節が3つ、チャイニーズの伝統的な武器、三節棍みたいね。身体中を覆う白い針金のような体毛。
二足歩行、巨大。
巨大な猿の化け物が空から降って来た。
「オオオウ? ホホホホホホホホオオオ!」
私を眺めて、興奮したかのように仁王立ちになり両手を広げて叫びだす。
その貌にはありありと見て取れた。血と臓物と狩りに酔いしれた残酷な光が。
「問答無用で作戦対象ね。オペレーションノスタルジアの対象を確認。シエラⅠ 交戦を開始します」
「ホホホオ?」
その猿の化け物は奇妙なものを見るかのように首を傾げた。
大方こんなこと考えてるじゃないのかしら。
おかしい、何故この獲物は俺を見て逃げたり、悲鳴をあげたりしないんだろうかってね。
「答えは簡単よ」
PERK 起動 'ささくれの槍'
右手と左手に異常が起きる。ドロドロと溶け出したソレからカラン、カランと音を立てて先の尖った骨が転がり落ちる。
「私も化け物じみたモノね、まったく嫌になるわ」
自嘲気味に笑い、私の腕から転がり落ちたふた振りの骨の槍を拾い上げた。
すでに両腕の再生は終わっている。どっちが化け物なんだか。
「私が狩人であなたが獲物。あなたは私の獲物なの」
ふた振りの槍を、くるりとバトンを回すように一回転。
姉さんほど上手じゃないけど、デカブツにはやはりこういうのが一番。
私はそのまま、漲る力と湧き上がる衝動のままその猿の化け物に襲いかかった。
「ホホホホホホホホオオオ!!」
三節棍のような腕が振り下ろされる。
殺せ、殺せるものなら殺してみろ。
ああ、楽しい。なんて楽しい私の終末。
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