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化け物の狩りかた、ホット・アイアンズとスピーク・ザ・デビル

 ガキん、ガキん、ガキん。



 金属の壁、ドーム状に海原達を覆うその防御壁の向こうから重たい音が断続的に鳴り響いてくる。



 丁寧に開けられたわずかな光を通す為の穴の向こうでコウモリの化け物の血走った黒い眼がこちらを覗いているのが分かった。




「ふう、いやー焦ったな。間一髪だった」



 田井中が息を吐きながらその場に座り込む。ドームの中はあまり広くはない。密集して身を寄せる彼らは皆、田井中を見つめていた




「んだよ、その顔は。悪かったよ、俺のミスだ。もーちょい簡単にやれるって思ってたんだよ」



 素直に頭を下げる田井中に、竹田が問いかける。



「田井中、これからどうする?」



 ガキん!


 また壁を上からたたく音が響く。



「そーだな。最初は俺が囮になって向かってくるヤローをぶちのめす予定だったんだがな。予想外にヤローはクレバーだ。俺が厄介と見るとすぐに狙いを変えやがった」



「普通にお前のホット・アイアンズで撃ち落とせないのか?」



「ケッ、残念だがそれも試してみた。今の俺の鉄を操れる容量限界で追いかけてみたがよ、どうやら野郎のほうがすばしこい。なかなか効率が悪いだろうな」



 竹田がおし黙る。田井中は現実的な事しか言わないのを知っているからだ。




 ガキん、ガキん。外から質量を伴ったプレッシャーが鳴り響き続ける。



「こ、このままここで籠城するのはどうだい? あ、諦めてくれるかもしれない」



 樹原が震える声で意見をする。田井中はため息をついて首を横に振った。




「キハラ。アンタは今まで殺し合いどころか喧嘩すらした事ねえんだろうけどよ。そういうのはダメだ。いいか、喧嘩を売ってきたヤツは、ぶちのめさなきゃならないし、こっちを殺しに来たヤツは殺さないといけねえんだよ」



「だ、だが今は!」



「次アンタが言う事を当ててやる。僕らの目的はあくまで探索だ。必要以上の危険は避けるべきだ……、違ってるか?」



「く、わかっているなら何故?!」



「アンタの言葉がどうしようもなく希望的観測に過ぎないからだ」


 息を吐いて、田井中が言葉を続ける。


「そうだな、ここで籠城したとしよう。今、この場は切り抜けられるかも知らない。だが、俺たちが地下街へ入った後は? ガッコーへの帰り道は? 野郎が諦めたフリだけして、俺たちを狙い続ける可能性は考えていたか?」



「……あ。」


「そういう事だ。悪りぃが前の世界の常識が捨てられてねえアンタは黙っててくれ。余計に人が死ぬ」


 言葉に詰まる樹原に田井中が容赦ない言葉を浴びせる。



 それを見兼ねたようにそれまで黙っていた影山が



「た、田井中クン! そ、それは言い過ぎだよ! 先生はみんなの為を思って、大人として僕らを心配してくれてるんだよ!」



 警備チームの人間が皆、目を見開いて影山を見つめた。どちらかといえば弱気な方の影山が田井中に口答えをするとは思ってもいなかったからだ。



「ハッ、大人としてねえ……。なら、そうだな……。おい、オッサン」



 それまで黙っていた海原に田井中が呼びかける。


「なんだ」


「アンタはどう思うよ? 頼りになられる大人のキハラサンは籠城する方がいいと思うらしいが、同じ大人のアンタはどう思う? どーやらガキの意見はなかなか通りにくいみたいでなあ」




 田井中が悪態をつくように海原に問いかける。



「らしくねえな。田井中、いじけてんのか?」



「うるせえ、さっさとアンタの考えを言えよ、オッサン」



 棘のある口調で田井中が言葉を紡ぐ。



 海原は目を瞑り、2秒ほど考える。



 まあ、仕方ない。さっき思い付いたこれしかないか……。




 皆が海原を見つめている。ガキん、また音が鳴った。



「確かに必要以上の戦いは避けるべきだと思う」



「海原くん……!」



「チッ、クソが」



 対照的な反応を示す、樹原と田井中。田井中に至ってはすごい目つきで海原を睨んでいる。



 目つき、怖っ。


 海原は内心の怯えをおくびにも出さずに言葉を紡いだ。




「だが同時に必要以上に戦いを避けるべきでもない。俺は田井中の意見に賛成だ。アレはここで殺すべきだ」




「な、そんな……」



「ケッ、回りくどい言い方してんなよ」


 愕然と呟く樹原と、どこか嬉しそうに悪態を吐く田井中。



 海原は湧き上がるように鼓動する心臓を抑えて、息を大きく吸って、それから吐いた。



 蝙蝠の化け物、あれを眼前にした時の畏怖を鮮明に思い出す。身体の中の細胞ひとつひとつが怯えて震え始める。自分よりも強い生命に対する絶対的な恐怖。



 弱肉強食の摂理、海原が下で、アレが上。



「だからこそ、俺にやれる事がある……か」


 海原は右手を握りしめゆっくりと前を向いた。


「あ、なんか言ったか? オッサン」


 海原の小さな呟きを、田井中が拾う。


「田井中、1つ教えてくれ。お前のホットアイアンズは離れた場所にある鉄も操れるのか?」



「……なんだそりゃ、なんでそんな事聞く?」



 海原はじっと田井中を見つめる。


「頼む、時間がない。教えてくれ。()()()()()()()()()()()()()()()




「っ、けっ、なんなんだよ、急に……。一応、俺の目視出来る距離だ。鉄と鉄をつなぎ合わせりゃ、ホット・アイアンズの効果は伝導する」




「なるほど、だからこの壁をあの距離から作れた訳か……、距離の遠い場所にある金属を操るのは難しいのか?」


「……何考えてやがる? 確かに精度は落ちる。だが出来ねえことはねえ」


「……()()()()()()()()()金属を操る事は?」



「あ?」



 海原の言葉に、田井中が形の良いまゆを持ち上げた。田井中には珍しいポカンとした顔が一瞬覗き、次の瞬間その美しい目が大きく見開かれた。



「てめえ、オッサン…… まさか……」



「なんだ、もう分かったのか? さすがだな。田井中。逆によ、俺の動きをお前が正確に認識出来ていたとすればどうだ? 」



「……精度は上がるだろうよ…… そんな事が出来るんならな」



「なるほど、ありがとう。かなり形になって来た」



 海原は田井中から視線を切り、小太りの少年、影山に顔を向ける。大きめの空気穴から漏れ出る太陽の光が影山の不安げに繰り返される瞬きを照らしていた。




「影山君、君のスピーク・ザ・デビルについて聴きたい」



「え? あ、はい。」


 影山は返事をしながら、田井中を見る。田井中が頷くのを確認すると、それからゆっくり海原に向き合った。



「君のその力、例えばだが()()()()()()()()()()()()()()()()()



「お、追いかけるですか? それはどういう?」



「過去の影を映し出す君の力。その過去は例えば1秒前とか2秒前のような直近の過去でもいいのか?」



 海原は影山を見つめる。その目の奥に暗い光が灯り始める。



「……出来ると思います。1秒でも2秒でも前の出来事ならそれは過去だ。…僕のスピーク・ザ・デビルなら出来る」


 丸々した瞳をパチリと瞬きしつつ影山が答える。



「良し、さすがだ。それとその影の投影だが、ほら、そこだ。君の座っているその小さな陽だまり、そこに映し出す事も可能か?」



 海原はドームの空気穴から漏れ差す陽だまりを指差す。ちょうど平均的なマクラのサイズほどの小さな陽だまりを。



 影山がその陽だまりを眺めてゆっくりと、噛みしめるように頷いた。




「……やった事はないですけど、出来ると思う。思います。」



「よし」



 海原は力強く頷く。頭の中で全ての信号が青に変わり、チェッカーフラグが振るわれるのを確かに感じた。




 準備は整った。



 あとは、覚悟だけだ。俺がソレを決めるだけでもう、あの化け物はお終いだ。



 海原は高鳴る心臓を抑えるように胸に手を当てる。死なない、死なない、死なない。



 生きる為にやるんだ。やらなきゃ死ぬぞ、海原 善人。



 海原は頭の隅、記憶から何かを探し出すように思いを巡らせる。勇気を、ほんのちっぽけな勇気でいい。


 我を投げ打つ、勇気をくれ。



 ガキん! ガキん!


 ガキん!



 がきん!



 翼がはためく音がして、それから壁を殴りつけるような音が消えた。


 きっと諦めたワケではないだろう。


 目の前の事を片付ける、俺の生き方の指針だけじゃあ足りない。それだけでは命を投げ打つ賭けに出れない。



 強く目を瞑る。何か、何か、何か。



 不意に、影山のスピーク・ザ・デビルで再現された、青葉 伊月の死に様が脳裏に写った。


 血色の良いあのか細い首が、冗談のように折れ曲がるあの影を。


 ファーストペンギンである海原に付いていき、遂にはシャチに喰われた哀れで、勇敢な仲間の笑顔が瞼の裏に広がった。




 ふざけやがって、あのコウモリ。てめえに一体なんの権利があって俺の仲間を殺したんだ。


 畜生如きが、人間に手を出したらどうなるかを思い知らせてやる。



 怒り、腹の底が火に当てられたように熱い。その熱さが胸にわだかまる恐怖を焼き消していく。




 ……決まりだ。覚悟が決まった。野郎は、あのコウモリは。



「あのコウモリは必ずここで、殺す。田井中、作戦がある。聞いてくれ」



「オッさん、アンタの考えてる事はなんとなく予想がつく、だがな……ーー」



 田井中はその言葉の次に詰まる。その男の目を見た瞬間、身体が反射的に唾を飲み込んだからだ。



 田井中 誠は今まで路上の喧嘩やボクシングの試合で様々な人間の目を見てきた。そのほとんどは怯えている目であったが、中には力のこもった目もあった。



 癖というレベルで田井中は人間の目、視線に敏感だった。その田井中が海原の目を見た瞬間、言葉に詰まったのだ。



 初めて見る、人間の瞳……



 いや、違う、この瞳は見た事がある。焼け付いた記憶、2人の肉親、兄と父の面影が目の前の男と被った。


「っは。いや、言ってみろや。オッさん」


 ニヤリ、田井中は笑う。額にうっすらと汗を掻いているのは戦闘の熱からか、それとも別のなにかか。



「ありがとう、単刀直入にいう。俺が囮になる。俺を攫いに来た瞬間にアレを捕まえないか?」



「やっぱりか。アンタ、イかれてんのか? そのやり方は有効なのは分かる。野郎に的が絞れないのが問題なんだからな。だが距離が遠すぎる、アンタの動きを俺が把握出来る保証が、な……い……」



 田井中の言葉が尻切れに消えていく、ゆっくりと今にも言葉を紡ぎそうな口を僅かに開いたまま、影山を見つめた。



 影山の手元と、その陽だまりを交互に見つめる。


 そして、目を大きく、見開き海原に語りかけた。



「な、るほど。そうか、オッサンそういう事か、てめえなんなんだ、オイ。イかれてんぜマジで」




 海原はその反応で、田井中が己の作戦内容を全て理解したのだと知る。



 ニィと、人の悪い笑み、唇の片側を釣り上げて嗤う。



「影山君は出来るらしいが…… さて、()()()()()()() () ()()()() () ()()




「あ? 俺を誰だと思ってやがる、喧嘩の、戦闘の天才田井中 誠様だぞ。出来ねえワケねえだろうが、このイかれ野郎が」




「ちょ! 待て、待ってくださいす、海原さん。囮とかそういんなら俺が!」



 竹田が慌てながら海原に声を上げる。


 海原は竹田を見て、小さく首を振った。



「ダメだ、竹田君。君ではあのコウモリは警戒して近付いて来ない可能性がある。そうだろ、田井中」


「……だろうな。つ、竹田がさっき野郎の足を打ち砕いたで確実にアレはお前の事を覚えた。お前じゃ、囮になんねえ」


「な、それじゃ、ほんとに海原さんが……?」


「心配してくれてありがとな、竹田君。まあそれに年長者的に君たち子どもにだけ戦わせるのもダセエからよ、ここは任せてくれないか?」


 海原は頭を掻きながら竹田に笑いかける。




「海原ぁ、テメエまじでそんな事やる気かよお?」



 先程まで沈黙を貫いていた鮫島がここに来て唐突に海原へ語りかけて来た。




「マジだ。なんだ、止めるのか? 鮫島」



「ふん、止めて聞く野郎かよお、てめえはよお。外じゃあ俺はてめえのやり方に文句は言わねえ、死ぬなよ」



「お前より先に死ぬかよ。まあ運動が苦手な鮫島クンはそこでゆっくりしてなさい」



「イヤな野郎だなあ、てめえ」



 海原は鮫島に手をひらひらと振って反応を返した。


 校内では鮫島が、外では海原が。それぞれが得意分野の場所で行動の主導権を握る。探索チームの要の2人は今までこういう風に機能し続けていた。



「話はまとまったぞ。田井中。竹田クンやほかの警備チームの子じゃあ囮にならねえ。鮫島と樹原じゃあ殺される。これは俺の仕事だ」


 海原は田井中をまっすぐ見つめ、それからおし黙る。



 田井中は頭の中でさまざまなものを秤にかける。そして、一瞬、目を瞑り、息を吸った。



「時間がない。オッさん、最後に聞くが本当にいいんだな」


「いい、やろう。それと捕まえ方なんだが……」




 海原が田井中にプランを伝える。田井中は自分の口がポカンと開くのに気づかなかった。


「はっ、アンタやっぱりイかれてんな、オイ」


「じゃなきゃあまだ生き残ってねえよ」


「違いねえ。恐ろしいオッさんだぜ、マジで」



「頼りになるガキだよ、お前は」



 田井中は海原の軽口にわずかに破顔する。


「よし、やろうぜ。オッさん。こんなところで足止めされてちゃあ話になんねえ。さっさと終わらそう」



「良し、流石だ。安心しろ、きちんと片をつけてやるさ」



 海原が田井中に手を差し出す。


「やろうぜ、J」


 海原の言葉にポカンと田井中が、目を見開き、それから少年のようにニカリ、笑う。


「しくじンなよ、K」


 田井中が応えるように差し出された手を手荒に叩いた。



 ドームの中に、音が反響する。



「え、えーと、2人とも。ごめん、まだ僕イマイチなにをするのか分かってないんだけど……」



 ポツリと呟く影山に、海原と田井中は顔を見合わせたのちに、小さく笑った。















……






「始めろ、スピーク・ザ・デビル」


 小太りの少年の手元、陽だまりの中であり得る筈のない小さな影がとぐろを巻いていく。



「伝われ、ホット・アイアンズ」



 金髪の少年が金属のドームの壁に手を触れる。歪むはずのないその硬質の壁が熱にさられされた砂糖菓子のように歪んでいく。




「作戦、開始」



 男が1人。ドームにポカリ開いた穴から外へ一気に走り出た。



 携えるは槍一本、背中には枠の外れた特別な人間の力を負って。



 凡人生存者が、廃墟の街へ駆け出した。





読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい。評価して頂ければとても嬉しいです!

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