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ホット・アイアンズと田井中 誠 その2

 


 田井中が手近にあるクルマを右手で殴り付ける。



 ギチィと車体が歪み、穴あきのオブジェのように変形していく。



「ケケ、ケッ!!」




 蝙蝠の化け物が再び空中を舞い始める。いなづまのように複雑な軌道を描き、空を切る。



「何度来ても同じだ」



 ホット・アイアンズがクルマを変形させていく。どろりと姿を変えた金属がドリルのような切っ先を蝙蝠に向けた。



「ケケ!」



 降下する蝙蝠、迎え撃つ螺旋の金属。


 くるりと蝙蝠が降下中に回転、すんでのところでドリルを躱す。




 田井中と蝙蝠を隔てるものはない。がら空きの間合いを蝙蝠の化け物が頭から突っ込んで行ーー






「躱した、とか思ってんじゃあねえだろうな、オイ」



 ぎゅち、蝙蝠に躱され、明後日の方向へその鋒を向けていたはずの螺旋がうねる。





 獰猛な蛇のようにその螺旋はしなり、方向を変えた。Uターンして金属の螺旋が戻る。




 その速度は速く、蝙蝠の化け物が田井中の身体に噛み付く前に、背後から



「ゲェ!? ぎ!」



「叩き落としてやる」




 その右翼の皮膜を突き破る。縫うような攻撃。



 すんでのところで蝙蝠がその場でぐるりと身体を回転、その拘束から抜け出した。



「勘の良い野郎だな。この前のカラスヤローはこれでぶっ殺せたんだが……」



 田井中は自らの胸に灯る暗い喜びに破顔する。





「さて、じゃあ次はこっちの番だ。精々踊れや」



 田井中が新しい打ち捨てられた乗用車に駆け寄り、そのボディを殴りつける。車両の間を縫うように走りながらさらにまた別の乗用車を殴る。



 殴る、殴る、殴る。



 蝙蝠は警戒しているのだろうか、先ほどより高い場所ではばたき続けている。田井中の様子を伺うばかりで襲いかかっては来ない。





「避けてみろ」


 5台目の乗用車を殴った時、田井中の攻勢が始まった。




 はじめに殴られた乗用車が弾けるようにその姿を変える。蔦のように細く伸びる金属が鞭のようにしなりながら蝙蝠に向かう。




 ブラックのボディカラーが混ざったソレが陽光を浴び鈍く光る。




 蝙蝠の化け物は身を翻し右にひょいっと避ける。





「次だ」



 ギチィ、


 2台目、3台目、4代目。



 同じく爆発するかのようにその成形された輪郭を変えていく。田井中誠の人間としての枠をホット・アイアンズがぶち破る。




 ぐしゃぐしゃのオブジェになった乗用車から数々の鋭い鞭が生える。


 一斉にそれは空を飛び続ける巨大な蝙蝠へと向かって行った。



 右、左、下、正面、巨大な身体を持つが故にその化け物は全てを避ける事が出来ない。


 分厚いはずの毛皮をホット・アイアンズの影響下にある金属が削いでいく。



「ケケケ!ゲエエエ!」



 蝙蝠が叫びを、上げながら空を逃げ回る。先程まで悠然と飛んでいたソレにとって、今の空はさぞ狭いことだろう。


 田井中はニヤリと笑った。



 5代目の車両は保険だ。蝙蝠が万が一この攻勢を掻い潜った時の為の保険。




 田井中はこの攻勢で仕留めるつもり、だった。




「ケ」


 蝙蝠が真上に飛ぶ。その後ろからミサイルのように金属の螺旋が蝙蝠を追いかける。




 まるでドッグファイト中の戦闘機の機動。



 ぐるりと空を蝙蝠が一回転、田井中はホット・アイアンズの力を使い続ける。目視で金属の螺旋に命令し続けた。




 奴を貫けと。



「やっぱり逃げないか」



 田井中は戦闘の始まりから抱いていた予感を口にした。そう、ヤツは逃げないのだ。翼を持つ者ならばその気になればいつでもこの場を離れることが出来る。




 なのにヤツはそれをしない。



 戦いから逃げない野郎の共通点は2つ。野郎がよっぽど誇り高いのか、それとも勝つ算段があるのか。



「どっちだ、てめえは……」




 田井中が街の空を逃げ回る蝙蝠をにらみながら呟く。



 ふと、蝙蝠が大きく減速、空中でふわりと浮いているような動きを取った。



「チっ」




 回転しながらの急ブレーキ。背後から蝙蝠を追っていた金属の螺旋達はその身体を貫くことなく蝙蝠を追い越してしまう。



「ホット・アイアンズ!」


 田井中は力の名前を呼ぶ、すぐに軌道を修正、追跡を再かっーー!!



 田井中は思考を中断、空中でふわりと停止した蝙蝠が新たな動きを見せたからだ。



 急降下、されど狙いは田井中ではない。


 田井中と反対側、道路の向こう、捜索チームが身を隠していた建物の方へその巨大な身体は落下を始めていた。




「野郎、後者だったか!」



 しまった。狙われていた。あの蝙蝠野郎はこれを狙っていたのだ。


 田井中への執拗な攻撃は意識を自分に向けさせる為のブラフ。


 本命は、これ。


 田井中以外への獲物への強襲……!


 田井中は己の失策に気付く。前提が違ったのだ。


 あの蝙蝠は別に田井中と戦うつもりだったのではない。


 人間を食いに来たのだ。別にそれは田井中でなくても良いのだ。奴にとっては。


「グゲっ」



 丸々としたその黒い身体、豚鼻の醜い顔が歪んだようにみえた。まるでそれはひどい笑顔のようなーー




 海原達に、化け物が迫る。




 ……

 …




 ソレは内心ほくそ笑んでいた。その少なめの脳みそで考えた策がうまくいったからだ。




 予想外の獲物からの反撃、あの金の毛を持つ獲物は厄介だ。よく伸びる妙な爪を持っていやがる。




 俺様の身体を傷つけやがった。獲物の分散で!




 本当ならば己の身体に傷をつけたあの獲物を引き裂いて鬱憤をはらしながら空腹を満たしてやりたがったが、そうはいかないようだ。



 2回目の攻撃でよくわかった。あの金の毛の獲物は強い、もしかしたら自分よりも強いかも知れない事に。




 ソレは生まれついての狩人としての本能からすぐに金の毛の獲物を諦めた。



 ソレは人間の味をよく知っていた。個体差は激しいがどれもそれぞれ味に良さがある。自分とは違う赤い血はえもいわれぬ深みのある味だ。





 そうそう、この前食った獲物もよかった。番い同士らしく雄の目の前で雌を食い殺した時のあの味と言えば……





 翼を畳み、急降下する中、ソレは一時の残忍な狩りの興奮を思い出し、身体を震わせた。





 あの厄介な金の毛の獲物の爪の間隔や間合いは既に理解していた。




 そしてあの動作。ソレにはその意味は分からなかったが、あの金の毛の獲物の爪は、地面に捨てられている妙な箱のような物に触れてからでないと伸びて来ない。



 ソレは図らずも本能的な戦闘の才能により、田井中のホット・アイアンズの弱点を看破していた。




 それはつまり田井中のホット・アイアンズは鉄に触れてからでないと発動出来ないという事だ。




 ソレは空から急降下するわずかな間に様々な思考を終わらせていた。




 あの金の毛の獲物の近くにある箱から伸びる爪では、自分には届かない。




 つまり、今ならあの物陰に隠れている獲物を攫う事が出来る。






 さあ、狩りの時間だ。



「ケケケケケケ!!」


 泣け、喚け、糞尿を散らしながら死ね!



「翼ぁ!!」



 背後で、金の毛の獲物が叫ぶ、もう遅い。


 物陰に隠れている獲物がみえた、ソレは身体を反転させその後ろ足で獲物に狙いをつける。



 狙いは、弱そうなあの三匹! そのどれでもいい!



「ケケ!」



 弱そうな、3匹、その獲物の位置を確認する為、ソレはギョロリと獲物を睨みつけた。








 け?



 ぞわりと、ソレは後ろ足の先から翼の先端まで怖気が走ったのに気付いた。毒虫が、身体の内側を一斉に駆け巡ったかのような怖気。



 それはあの3匹の内の1匹。なんら特別なものを感じないその1匹と目が合った瞬間にだ。




 コレはなんだ?




 ソレがまだ幼体の頃にすら感じた事のないこの不安感。




 まるでその1匹の掌の上に捕まっているかのようなーー



 恐怖。








「わかってるよ、誠」




 カッキィィィン。



 け?



 その1匹に目を取られた結果、もう間合いに入ってしまっていた。




 金の毛の獲物と同じぐらいに警戒しなければいけなかった獲物を見逃していた。




 ソレは何が起きたのか分からなかった。その獲物が持っている棒のような物が自分の後ろ足めがけて振るわれる。



 高い、空に高く鳴り響く音がした後に自らの後ろ足、先程怪我をした右後ろ足が歪な方向に曲がっている事に気付いた。




 ソレは知らなかった。後ろ足を砕いた棒はバットという名前がついた道具で、その振り方はスイングと呼ばれる競技用の、スポーツ動作である事なんかソレは知らなかった。




 そして、





「いや、本当に冷や汗をかいた。コウモリヤロー、てめえなかなか頭が回ったんだな」






 け?





 ペキペキペキペキ。


 獲物とソレの間にいつのまにか壁が出来ている事に気付いた。


 ソレは痛みでおかしくなりそうな身体を無理やり翼をはためかせることでなんとか上に押し戻す。


 地上を見るとあの金の毛の獲物がいつのまにかあの獲物の集団の居たところまで戻っている。



 そして、そのソレと獲物を隔てる壁はどんどん高さを増していく。



 ソレは目を剥いて何が起きているかを確認した。



「伝導したんだ。ホット・アイアンズの力は金属を伝導する電気のように金属と金属の間を伝う。思い付いたのはたった今なんだがな」





 先程まで金の毛の獲物が立っていた場所、そこにあった妙な箱の様子がおかしい。





 1つ1つの輪郭が崩れ、歪に伸びている。道路にびっしりと置いていたその箱が歪に崩れ繋がり合っている。



「繋がり合った車両で壁を作った……。俺の居た位置からここまで繋げるのは、まあ、そう難しい事でもなかったぜ」



 ペキペキペキペキ。





 金の毛の獲物、足を砕いた獲物、そしてあの不気味な獲物がみるみる大きくなる壁の向こうへ隠れて行く。



「さて、逃げてもいーし、このまま続けてもいーぜ? この壁を壊せるんならな」



 獲物達が、壁の向こうに完全に隠れていく。




「ゲアアアアア!!」



 ソレは生まれて初めて、思い通りに行かない獲物に怒りを覚えて居た。






読んで頂きありがとうございます!



宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!

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― 新着の感想 ―
[一言] 前から思ってたんですが、この程度で傷を負うなら銃弾とかでも十分に殺傷出来た筈。 となると各国の軍が討伐しきれていないというのは不思議に感じますね。
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