死んだ街
「ひでえ有様だな」
海原達は中区への道中にある警察署の前を通りかかっていた。
ナカ区中央警察署。
ヒロシマ市街地に最も近くに位置する主要警察署の1つだ。
警察署に面した道路には数台のボロボロのパトカーが横倒しになったりひっくり返ったりしている。
建物の外から入り口から机や椅子、後は土嚢か? それらで作られた即席のバリケードの残骸が見て取れた。
青い血の跡や赤い血の跡が建物のそこら中にこびりついており、激しい抵抗の跡が見て取れた。
捜索チームは全員がその場で足を止めて僅かの間、建物を眺め続けていた。
「よー、海原ぁ」
「なんだ、鮫島」
先程まで後ろの方を歩いていた鮫島が海原の場所にまで歩み寄って来た。
「……ここのよお、警察官はみんな死んじまったと思うか?」
鮫島が暗いトーンで海原に語りかける。
「全員とまでは行かねえが……、なかなか厳しいだろうな。見ろよ、バリケードが突き破られてる。戦っては見たが、恐らく……」
「……あの夜よお、必死で化け物から逃げてる時によ、ここの警察官に助けられたんだよ。まだ若い、それこそ新人って感じの警察官になあ……」
「その警察官は?」
「わかんねえ……。丁度この署の辺りで別れたんだ。警察署に避難しようと言われたけどよ、学校の近くに住んでる一姫の事が気がかりでなあ。その警察官は黙って俺を行かせてくれたよ……。敬礼してた手がよお、震えてるんだぜ。それでもその警官はほかのやつらを助けに行ったんだろうなあ」
「……そうか」
「あの時、俺はよお、言うべきだったんじゃねえかと思うんだ。一緒に来いってよ。もしかしたらあの警官もそう言って欲しかったんじゃねえかって思うんだよ……」
ぼんやりと警察署を眺めながら鮫島が呟く。海原はかける言葉が思いつかなかった。
「今回の捜索が終わったらよお。俺、この中央署の中を探してみようかと思ってんだ。そん時は海原、お前一緒に来てくれるか?」
「……安全を確認した後ならな。鮫島、悪いがまだ感傷に浸る時じゃない。今、俺たちにはやるべき事があるだろ」
「……そおだな、悪りぃ。この有様見てるとよ、柄でもなく気分がな」
集団が1人、また1人と動き始めている。皆、現実離れした、未だ死の匂いを色濃く残す廃墟を食い入るように見つめていたが、ポツポツとその場を離れて歩き始めていた。
「俺たちも行こう、鮫島。まずは生きているかも知れない奴を探しに行くぞ」
あ、やべ。
海原は言葉を放った後、少し表現が悪かったかと感じた。あまりにも突き放しすぎたか? と鮫島の顔をチラリと覗く。
「ふーー。それもそうだな。てめえの言う通りだぜえ、海原」
鮫島が大きく息を吐いてその場から動き始める。その足取りは軽く、警察署に背を向けて進む始めていた。
海原は鮫島の後を追いかけるように歩く、一度だけ警察署を振り返る。
残骸の影で何かがいる。
それは夏の気温が見せた陽炎か、単なる目の錯覚か。
敬礼のポーズでこちらを見つめる警官の姿、それは一瞬で溶けるように消えていった。
いや、ナイナイ。それはない。
海原は被りを振りながら早足でその場を後にする。
一緒に警察署を探索するというのはもう一度考え直した方が良さそうだ、海原はもう警察署の方を振り返ることはなかった。
…………
………
…
警察署を後にして10分程、捜索チームは大きな道路にまで到達していた。対向車線を含むと四車線、さらに中央には路面電車の線路が備わる大きな道路。
その道路を隔てた先にはドーム型のアーケード街の入り口があった。
そのアーケード街を抜ければ目的地はすぐそこだ。
ヒロシマ市街地、サレオ地下通りへの連絡口は近い。
「さて、とここまでは順調だ。珍しく化け物どもの襲撃もねえ。時間だって1時間も経ってねえ。全て順調だ」
先頭を歩く田井中が振り返りみんなに向けて話す。
「だがこっからは気を引き締めろよ。化け物どもはどーやらこの辺を自分の家か何かだと思い込んでいやがるみたいだ。物陰や、入り口が壊されている建物を通る時は注意しとけ」
「田井中、今回は手分けすんの?」
竹田が田井中に問いかける。
「いや、たちまちはサレオの連絡口にたどり着くまでは固まって動くぞ、状況を見てまた班構成は考える」
「了解」
「オッさん達もそれでいいか?」
田井中の言葉に海原が近くにいる樹原と鮫島の方へ顔を向ける。
2人ともが小さく頷いた。鮫島は下唇をわずかに噛み締め、樹原は少し顔色が悪い。恐らく緊張しているのだろう。
「こっちも賛成だ。警備チームのやり方で行こう」
「オーケーだ、こっからは歩く順番も決める。俺が先頭、竹田が最後尾、中心はキハラと鮫島、あんたらだ。オッさんと、井川、影山、伊東が2人を囲んで動け」
「了解」
キビキビと警備チームが動き始める。鮫島とキハラを囲むように少年が二列ずつ前後を挟むように隊列を組み、海原はその空いたスペースに移動する。
「キハラ、鮫島、ついでにこれ持っとけ」
田井中が近くにあったバス停の標識を槍に変える。とろけるように姿を変えた標識は二本の短めの槍になった。
「おお、悪りぃな」
「ありがとう、田井中くん」
2人はおそるおそるその槍を受け取る。海原のよりも短いそれは、取り回しが良くあまり運動の得意ではない2人にも扱えるものだった。
そのまま隊列を組んだ捜索チームは大通りを渡る。路面電車の停留所には横倒しになった路面電車が一両。よく見るとそのボディはまるで横殴りされたかのように凹んでいた。
大通りを難なく、捜索チームが渡りきり人が居なくなった中央街に入っていく。アパレルモールであるPARSOのビルが突き抜けて存在感を放っていた。
市街地に入った途端に、わずかに陽光が陰ったかのような感覚を海原は感じた。
高い建物が多いので確かに陽光は先程と比べればその勢いを落とすのだが、理由はそれだけではないかのような妙な感覚。
隣の警備チームの小太り少年を見ると彼も同じようだ。周りをキョロ、キョロっと見渡しながら慎重に歩を進めていく。
確か、この子は影山だったか?
海原は隣の少年をチラリと一瞥してそれから同じように街に目を巡らせた。
救いなのは死体が転がっていないくらいだ。後は本当にひどい有様だった。
繁華街として栄えた街はすでに、暗い影を潜めるゴーストタウンに成り果てている。
肌にピリピリとしたいやな感覚を覚える。
かつては様々な飲食店、雑貨屋、装飾店で賑わっていた街の見る影すらない。
誰も人はいない。朝の陽光がちらほらと差しているのにもかかわらずその場の雰囲気は暗い。重苦しい空気、空間そのものが死んでいるみたいだ。
海原は歩き続ける中である店に目を奪われる。ああ、よく行っていたラーメン屋だ。仕事の飲み会の後、二次会には参加せずによく1人でここでシメを楽しんでいた。
口の中に、濃厚な魚介の旨味が思い起こされる。スープが絡んだ麺と味付け玉子を同時に咀嚼した時の後ろめたい快感が今は、もはや遠い。
「くそ、なんでだ……」
なんで、ヒロシマはこうなっちまったんだ。
海原はそのラーメンの味を思い出したことで今までそれどころではなかった故に気にしていなかった疑問が湧いてきた。
なんで、世界は終わったんだ?
海原が思考をぐるぐると回していたその時、集団の足が止まった。
「あそこだ……」
前に立つ樹原がぼそりと呟くのが聞こえた。
「見えたな。このまま近くまで行くぞ」
海原達の目の間に連なる街の途切れ目、また大きな通りが見える。
その通りの中心に、路面電車の停留所が備わっておりそこには広い地下街への入り口がぽっかりと口を広げていた。
サレオ地下通り紙矢町連絡口、到着。
捜索チーム、残り8人。
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