世界の枠が外れた故に
「オッさん、メンインブラック知ってんのか?」
「おう、かなり好きだぜ。1、2、3全部見たがどれもこう、あれだ。中々に考えさせられる」
校内を出発して数分、行程は順調だ。独特の緊張感が漂う行軍の中海原と田井中は呑気に映画の話をしながら歩き続けていた。
基特高校のすぐ近くにはヒロシマ城という再現城が存在する。堀に囲まれたソレは市内の観光スポットにもなっている。
捜索チームはその堀をぐるりと歩き、中心市街地を目指していた。
「ほお、具体的には?」
「そうだな。挙げるとキリがねえがやはりラストだろうな。ラストの演出が中々ニクい」
田井中は無言でうなづき相槌を打つ。海原は人差し指をピンと立てて
「あれだけの大冒険、世界の危機を切り抜けても結局、無限にもあるちっぽけな世界の1つの事件なんだぜって言うあの無力感がな、なんつーかこう救いのようにも思えんだよ」
「救い?」
「そーだ。救いだ。もしよ、JとKがしくじってあの世界が滅んでも、それは別に特別な事じゃないってのが俺にはとても優しい事だと思うわけだよ」
「ケッ、なんだそりゃ。勝たなくてもいーつのかよ、オッさん」
田井中が不機嫌そうな顔で海原を睨む。なんらそれを気にした様子もなく海原は言葉を続けた。
「お前も大人になりゃ少しわかるさ。結局、勝っても負けても本質のとこは変わんねーのかもしれないって事にな」
「うへえ、オッさんアンタそれ枯れてるぜ。素直に映画を見ろよ。俺にゃJとKが負けるとこなんて見たくもねえ」
「3では一度、敗北したろ?」
「最後に勝ちゃあいいんだよ」
廃墟の中を皆が行く。特別に隊列を組んでいるわけではないが二列、三列に膨らみながら歩いて行く。
口を結んで黙っているものや、海原や田井中のように話しをするもの様々だ。
大水を湛える堀の中心、ヒロシマ城の天守閣は一部が崩れ落ちている。
あの夜に舞い降りた、馬鹿でかい化け物の一匹の仕業だ。あの城の3分の1のサイズはあろうかと思う巨大な化け物はこの城の上に佇んで終わる世界を眺めていたっけ。
海原は会話の合間にその天守閣を見つめて、あの夜、自宅のアパートから雪代と共に基特高校まで避難した時に見た風景を思い出した。
「案外、ホントに連中はいたのかもな」
「あ? どーいうこった」
海原の独り言を田井中は耳聡く拾う。一瞬、言うか、言わないか迷ったのちに口を開いた。
「JやKみたいな連中だよ。今まで、世界がこうなるまでよ、あいつらみたいなヒーローがいて世界を守ってくれてたんじゃあねえのか? 今回はたまたま負けちまったんじゃねえのってな」
「ありえねーよ、オッさん」
田井中にぴしゃりと言い切られた海原は、まあそーだよなと小さく呟いておし黙る。外に出た時はなんか妙にテンションがおかしくなる。だからこんな恥ずかしい事言ってしまったんだと、少し後悔した。
「JとKが負けるわけねー」
田井中がその端正な顔を向け、にこりともせずに呟いた。
そっちかよ。
海原は思わず吹き出す。そして少し安心した。ムッと口を尖らせる田井中の顔はきちんと年相応の少年らしいものだったから。
朝日がどんどん登ってゆく。崩れかけの天守閣の瓦が陽光を受けてキラリと光っていた。
「オッさん、アンタはこの辺には探索に出てたのか?」
「いやあんまり中区には来てねえな。この辺中々スーパーとかないだろ? あっても百貨店だからよ、食料って以外と調達しにくいんだわ」
田井中の質問に海原は雪代と向かった探索の事を思い出していた。
「ああ、なるほどなあ。そういえばアンタらが外へ出るっつたら大体、食料の調達が主だものなあ」
「警備チームと違って俺らは戦う術がねえからな。なるべく化け物の少ない西区や東区がほとんどだ」
海原がアスファルトの小さな亀裂を飛び越える。田井中は普通にその亀裂を跨いだ。
「……よく生き残れたもんだな、オッさん」
「俺も冷静に考えればそう思うよ。まあつってもまだ1ヶ月だからな。探索チームっつても前回の探索でようやく俺は5回か6回目の外出だ。確率で言や、生き残るのはそんな不思議でもねーんじゃねえのか?」
海原は隊列を振り返る。警備チームの面々がすぐ後ろに2人、その後ろに樹原と鮫島が並び、最後尾に竹田と警備チームの少年が並んで歩いている。
「逆に田井中、お前らはいつもこんな感じで外へ出てるのか?」
「あ? そーだな。特に今日はいつも通りだ。何も変わった事はしてねーな。ガッコーの近くにいる化け物をぶっ殺すのが俺らの仕事だからよ。大抵、4、5人で動いてんぜ」
「……その中で、お前みたいな奴は何人ぐらいいるんだ?」
「あー、力の事か? そーだなあ……」
田井中が歩きながら腕を組み目を瞑る。白いパーカーに黒と赤のコントラストが映える短パンにスポーツシューズ姿はロードワーク中のボクサーに見える。実際、まさに彼のロードワーク用の服装だったが。
「まあ、別にいいか…… 隠すことでもねー今俺ら警備チームが何人いるかオッさん知ってるか?」
田井中の質問に海原は過去の記憶を思い起こす。確かまだ、東雲が探索チームのリーダーだった際に、警備チームの話題で聞いたことがあるはずだ。
えーと、えーと。海原は歩きながら思考を巡らす。微妙に思い出せない。
ひん曲がった鋼鉄の道路標識が道路に横たわっている。あれを飛び越えるまでに思い出そうと、したその時。
急に閃いた。思い出した。
「確か、10人ぐらいだったか?」
「おお、当たりだ。なんだ、知ってんのか、大体その半分だ。この力を持ってんのはな」
「全員、この事態が始まってから使えるようになったのか?」
「んだよ、オッさん、今日はやけによく喋るな。まあいい。そーだ。早い、遅いはあるし原因は分からねーがな」
そーかと小さく呟き海原は道路に横たわる標識を跨ごうとした。
その時、田井中の話がまだ続いている事に気付いた。
「俺もつい最近だぜ、こういうのが出来るようになったのは」
田井中が急にしゃがみ込み、その道路に横たわる標識に手を置いた。
「ホット・アイアンズ」
世界の枠から外れた現象が海原が今、まさに跨ごうとしていた標識に起きる。
ぐにりと、足元の標識が歪む。生きた蛇がそのまま七輪で炙られ悶えているようだ。
のたうつその標識はとても硬い鋼鉄で作られているものとは思えない。
その標識はやがて形を変えて、ある物に変わっていく。
「な、っ」
「やるよ、オッさん。その短えパイプだけじゃあ心細いだろ」
ひょいっと田井中が先程まで標識だったものを拾い上げ海原に差し出した。
「や、槍か、これ?」
「見ればわかるだろ、そんくらい長ければ突くだけでそれなりに使える。オッさんくらい筋力あれば大して重くもねえだろ」
田井中に渡された槍を海原は受け取る。ほんのりと温かく、ずっしりとしたその重みを腕に感じた。
標識の灰色の塗装そのままに槍も同じ色をしている。先端が尖り、持ち手はわずかに凹み握りやすくなっている。海原の身長より少し短めの槍だ。
これは、凄い。
海原は目の前で起きた超常現象に高揚した。雪代の力を何度か見ているが慣れるものではない。
「いや、ホントにすげえ」
「だろ?」
にかりと笑う田井中の表情はとても晴れやかで眩しさすら感じるものだった。
海原には実はその現象と同じくらい気になっていることがあった。
「なあ、田井中。今、標識に触る前なんか言ってたか?」
「あ?」
「いや、なんか、ホットなんとかって」
「ホット・アイアンズだ」
「え、なんて?」
田井中がわずかに頬を赤くして、海原をにらんだ。
「だから! ホット・アイアンズだっつうの。俺の力の名前だ! なんか文句あんのかよ、オッさん」
「名前あんのか、それ」
「そーだよ、クソ。なんだその目は。馬鹿にしてんのか?」
田井中が海原に詰め寄る、おやじ狩りをしているチーマーに見えない事もない。
「いや、違う」
「あ? 聞こえねえよ」
海原が小さく呟く。田井中がチンピラのように首を振って海原にさらに迫る。
「イカすな。それ」
「お、お?」
「いや、それかっけえよ! なんだ、オイ! 名前お前、それ自分でつけたのか?」
「お、おう。そ、そうか? いやまあ、あれだ。子守のヤツが名前を付けた方が良いって言うからよ。最初は俺もガキっぽいから無視してたんだが、一度テキトーにつけてみるとよ、こう、なんか思ったよりしっくり来てな……」
「子守さんが! ほー、あの子もなかなか良い事言うな! いやでもよ、田井中、見直したぜ! カッコいいぞその名前! えー、いーなー!」
「は、ははっ、オッさんキメーよ、興奮し過ぎだろ、静かにしろっつうの。でも、そうか、やっぱりイカすか?」
「イカすっつうの! えー、いいなあ、俺も欲しいなあ、そういうの。お前ただのボクシングヤンキーじゃなかったんだな!」
「うるせーよ、なんだボクシングヤンキーって。ぶっ飛ばすぞ、……俺のホット・アイアンズで」
「おー!! それ良い! マジで良い! 俺のってのがなんか、こう特別感あるぞ」
「ほ、本当か? そうか、なるほど。やっぱりか。オッさん、アンタなかなかわかるヤツだな」
「いや、お前のネーミングセンスには負けるわ。なんでその名前にしたんだ?」
「ああ、それはな……」
海原と田井中がボディランゲージを交えながら時折、笑い声を上げて廃墟を進んでいく。
海原と話す田井中を見た警備チームの少年達は一様に驚いていた。
普段の田井中はまるで鋭い剣だ。あまり笑わないし、怒ると怖い。その色素の薄い肌や、あまりにも整い過ぎた顔は剣呑さと色気を孕んでいる。
そんな彼がまるでほんとの子供のように笑っている。時折、海原に悪口にも近い軽口を叩かれてもむしろ少し、嬉しそうに対応している。
畏怖の対象でもある田井中を、警備チームの子ども達は驚きの目で見ていた。
「たまに思うんだけどよお、樹原」
「なんだい。鮫島くん」
並んで歩く大人達が呟くように言葉を紡ぐ。
「海原って割とマジの馬鹿だよな」
「あはは。それが彼の面白いところじゃないか」
馬鹿という言葉に樹原は反論する事は無かった。
唯一、昔から田井中を知る竹田のみが小さく笑っていた。
眩しいものを眺めているようなその顔はどこか、どこか嬉しさを感じさせるものだった。
行程は、順調だ。
彼らの視界に朽ち果てた建造物が写る。建物の屋根にはボロボロの布がはためいている。
白い布地に赤い丸。日本の国旗は今にも千切れそうになり、頼りなく風に攫われそうにはためいていた。
読んで頂きありがとうございます!
宜しければブクマして是非続きをご覧下さい!




