例え世界が終わっても、持てる者と持てない者は存在する
海原は頭に登る眠気を振り払うように首を左右に振る。
昨晩、久次良と2人で早めに済ませた夕飯のあとすぐに眠ったはずなのにまだ寝足りない。
保健室で春野と樹原と食事を摂った鮫島も同じく眠そうに欠伸を噛み殺していた。
「準備は全員、出来てるようだな」
手ぶらの田井中が全員を見渡した。
「昨日の打ち合わせ通り荷物は最小限だ。水と腹をごまかす為のクラッカーぐらいだな」
海原は手に下げたナップサックを掲げる。
「上等だ。俺らの今回の目標は物資の探索でも近場の化け物狩りでもねえ。生徒会長東雲仁、そして他の行方不明になった探索チームのメンツの捜索だ。1人でも見つければすぐに帰るぞ」
「田井中、言われた通りバット持ってきたけど、俺、ホントにこれだけでいいん?」
野球帽を被ったままの竹田がバットを肩に持ち上げて田井中に問うた。
「テメーの役割は露払いだ。捜索中、化け物に襲われた時の用心棒役だからな。そこの非力なオッサン連中を守れ」
「アッス、わかった」
8歳年下の高校生同士の会話に海原は苦笑する。
「年上想いの仲間を持てて幸せだぜ、なあ、鮫島」
「まったくだぜえ、海原。さぞ立派な大人になってくれんだろうなあ、オイ」
「あはは、足手まといにならないように気をつけるよ」
三者三様の反応を大人3人が返す。昨日まで寝込んでいた樹原もしっかりとした足取りでの場に集まっていた。
「キハラセンセー、ホントに大丈夫なんすか? 田井中に脅されたりしてません?」
「あはは。ありがとう、竹田君。でも大丈夫だよ。頼りないかも知れないがこれでも君達の教師だ。精一杯役目を果たすよ」
「っス。無理しないで下さいね。センセー、虫も殺せない優しー人なんすから」
竹田が樹原を心配する。竹田のクラスの担任教師はこの樹原 勇気だった。竹田は普段の樹原を良く知っているのだろう。
「竹田、人聞きのわりー事言ってんじゃねえぞ、コラ」
田井中が目を細めながら竹田に文句を言った。基特高校を代表するスポーツマン2人だ。元からそれなり友誼を結んでいたのだろう。
「オッサン、結局あの冷血女やその姉貴は説得出来たのかよ?」
海原は田井中の言葉に思わず腕を組み、目を瞑る。昨日の晩、雪代姉妹とのやりとりがぶわりと鳥肌が立つように思い起こされた。
「あー、まあ説得出来たというべきか、見逃してもらったと言うべきか。少なくとも妹ちゃんにはしばらく頭が上がんねーわ」
「ああ? んだそりゃ。まるであの冷血女がーー」
田井中が怪訝な顔で呟いた、その言葉が終わる前に。
「田井中くーーん!!」
「おはよーー!」
「マコトーー! ちょっとまってーー!」
「タ、タケダ君!」
「ツー君!」
「レンジー!」
「ミツル! もう、放っていくなんてひどいよー!」
「たっくーん!」
「せ、先生!」
女、女、女、女、女、女、女、女、
校門からそう遠くない体育館広場から数々の女が一斉に駆け寄って来た。
え、なにこれ。
海原は突然現れた女の集団にわずかに口を開いた。隣に立つ鮫島の顔を見ると同じくポカーンと口を開いていた。
「ったく、来るなって言ったろ? 昨日ベッドの上で言った事聞いてなかったのか?」
先程まで海原と話していた田井中は瞬時に3人の女に囲まれ、なにやらを話している。その表情はどこか柔らかく、猛禽のように鋭い目に仄かな暖かみを携えている。
どの女も美人だ。身長の低い、しかし胸元が豊かなセーラー服姿の女に、同じセーラー服、しかし身長が高くスラっとした女、それにデニムパンツの似合う金髪の大人の女。
三者三様の美人に田井中が、囲まれている!
なんだ、オイ。ベッドでなんだコラ。畳じゃねーのか。オイ。
海原の頭に色々な感情が渦巻く。というかあの4人から感じるあの、ピンク色のオーラ、そしてあの腰が触れそうな、触れている距離感は……。
「……海原、周りをよくみてみろ」
ぼそりと、本当にぼそりと鮫島が呟く。
海原は周りをみて絶句した。
田井中だけではない。
ピンク色の幸せオーラを満開にして、女と話しているのは、いや。
話しているんじゃあない!!
いちゃついているのは田井中だけじゃない!!
「タ、タケダ君……これ、おにぎり作ったの。配給のアルファ米であまり美味しくないかもだけどお腹空いちゃうと思って」
メガネの美人、くびれがはっきりわかる赤いジャージに身を包んだ色気ある美人がそっと銀紙に包まれたそれを竹田に渡している。
「…っス。ありがとうございます。本城さん。頂きます」
「ツー君! わたしも作ったの! お姉ちゃんのよりあまり美味しくないかもだけど……」
ぴょんぴょんと跳ねながら同じジャージ姿の女、女の子が竹田に同じ銀紙に包まれたものを渡した。
長身の竹田がその子の跳ねるツインテールの頭にそっと手を置く。
「ん……。レンもサンキューな。嬉しいよ。とても」
なにこのイケメン。頭に手を置かれた女の子の顔はカーーと一気に赤くなる、目も潤みぼうとした顔で竹田を見上げていた。
メガネの美人はその様子を見ながらムッとほっぺたを膨らませていた。
「そ、そのタケダ君、レンだけじゃなくて……その、わたしも頑張った……よ?」
「ああ、本城さんもホントにありがとうございます」
竹田がそう言ってメガネの美人の頭を撫でる。飼い主に撫でられた犬のようにメガネの美人は目を細め、恍惚の表情を浮かべていた。
見ればその2人の女の腰と竹田の腰は触れ合ってしまうほどに近い。
なにこれ。なんだ、これ。
辺りを見渡せば、海原と鮫島以外、全ての男の周りに最低1人の女がまとわりついていた。
あの樹原でさえ基特高校の制服に身を包んだポニテが可愛らしい生徒と何やら話し込んでいる。
コラコラ、教師と生徒がその距離感はどうだろうか? ん? 教育委員会か、PTAかどっちがいいんだい、と海原の頭の中で思考が加速して行く。
胸の中から湧き上がるどす黒い感情が海原の灰色の脳細胞を加熱させていく。
様々な記憶が駆け巡る。人は困難に直面した時、今までの記憶からその困難を解決する糸口を探すものである!
そう! この状況は海原にとってある意味怪物と対面している瞬間よりも、ストレスのかかる場面であった。
例えるならば学生時代に気の置けない、自分と同列の友達グループで送るバレンタインデの一日に! 目の前で友達にだけチョコを渡されたかのような! 屈辱的な事態である!
海原の脳細胞がこの、異常なけしからん、羨ましい状況の原因を探る!
「あ……!」
海原はぽつりと言葉をあげた。思い出したのだ。この状況の原因を完全に思い出した。
"警備チームは全員女持ちだぜ、だぜ、だぜ、だぜ、だぜ"
「鮫島、警備チームに入るぞ」
「どうした急に!? いや、気持ちはわかるけどよお!」
普段ローテンション気味の鮫島が珍しく声を上げる。海原は奥歯を噛み締めながら事態を見守る。
別にモテモテになりたいわけじゃない、ただ他人が目の前で女とイチャついてる状況を見せつけられて何も思わない程に枯れているつもりもない。
俺とアイツらの違いはなんだ?! 決まっている警備チームかどうかだ!
追い詰められ、学生時代のトラウマを刺激された海原が意を決して、田井中に割とマジに警備チームへの正式加入を申し出ようとしたその時。
「……許可なくチームを移動するのは許さない」
「あはー! 海原さん、今の……冗談ですよね? まあかなり笑えませんケド」
「叔父さん……やっぱモテないんだね……。お母さんの言ってた通りだ」
背後から聞こえた聞き覚えのあるキレーな声が海原の足を止めた。
読んで頂きありがとうございます!
宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!




