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海原を見るモノ



ドアを開けると風が流れる音が海原の耳に入り込んだ。


 空気が大きな力により動く。ぬるい風が心地よい。


 保健室から退室した後、海原は屋上に脚を運んでいた。



 海原が空を見上げると高い空に雲が大勢流れている。アイスクリームが溶けるようなその動き、雲の流れがやけに早い。



 昨日、雪代とここから夕日を眺めていた時の事が随分前のことのように感じる。あの時は時間がゆっくりと流れていたが、今は違う。



「さて、どうしたもんかねえ」


 海原は昨日と同じように、安っぽいプラスチックチェアに腰掛ける。



 色々悩むべきことはたくさんあるのだが、もうのところ最大の問題が1つ。




 どうやって雪代 長音を説得するべきか、だ。


 海原はプラスチックチェアに深く腰掛け、目を瞑る。


 思考に意識を向けていく。やがて風の音が小さくなってくる。



 雪代 長音。ヒロシマの名家、雪代家の長女にしてその家の出奔者。


 ゾッとするような美人で、不思議な力を扱う。日によって、あるいは場所によってキャラがだいぶ変わる。怒らせるとかなり怖く、胸がでかい。



 妹とはあまり仲が良くない。詳しくは聞いた事はないが家出をしたと言っていたためにそれなりに複雑な事情があるのだろう。



 それから後は、海原のアパートの隣人で今は探索チームに所属する仲間。


 そして、何かを隠している。



 これが海原が雪代長音について知っている事の全てだ。



 海原は雪代のことをよく知っているようで知らない。



 彼女がなにを考えているのか、彼女にとって大事なものがなんなのか。それが海原にはイマイチわからなかった。



 仲は悪くない……はずだ。



 共にあの最悪の一夜を切り抜け、基特高校にたどり着いた、無二の戦友でもあると海原は思っている。


 普段はつかみどころがなく割と呑気している普通の女だが、いざという時は頼りになる事も知っている。



 それは決してあの不思議な念動力だけが頼りになるのではなく、何かに立ち向かうという意味で雪代長音はかなりタフだ。



 ああ見えてかなり反骨心は高いと思う。



 家を出奔したのも名家にありがちな決まりや因習、それらの何かが雪代 長音の反骨心のどこかに触れたのではないかと海原は勝手に予想していた。




 海原は雪代の姿を脳裏に浮かべる。



 頭の中で、その雪代に話しかける。



 留守番しといてくれ、なっ?



 ………ダメだ。説得できる気がしない。



 雪代はああ見えて頑固だ。仲間はずれにされる事や、置いてけぼりにされる事を嫌がるの知っている。今回も必ず着いて来たがるのは目に見えている。


 だが力を日に2度も使った直後だ。以前の様子から見て3日以上は安静にしておく必要があるはず。



「あー、たいぎぃ。どうしよ」



 海原が空に向けてぼやく、返事の代わりにまた強く夏の風が吹いた。

 どこからか連れてきたアスファルトの匂いを巻きながら海原のぼやきを攫っていく。



 雲が速い。めまぐるしい動きでちぎれ、繋がり、流れていく。


 あの高い空だけ早送りされて動いているようだ。海原は決して自分の手の届かない空を見上げ続ける。



「あー、すげえ……」



 風、空、雲。昨日、夕日を眺めていた時に感じた妙な安心感がまた胸に灯る。



 雪代への説得や明日の捜索、留守にする基特高校の状況。海原の脳を重たく、胸を苦しくする心配事が少しづつ溶けていく。



 まあ、あまり考えすぎてもしょうがない。夕日は美しく、空には雲が流れ、風は巻いている。


 世界は終わったとしても、世は事もなし。困っているのは人間だけなのかもしれない。



 そう思った瞬間、なんだか色々悩んでいるのが馬鹿らしくなってきた。



 海原は、不意に湧き上がってきたあくびをまったく咬み殺す事なく


「か、ふ、ああああ」


 あくびを放つ。目の端に涙を浮かべながら大口を開いた。



「まあ、いいか」



 呟くと海原は目を瞑る。鮫島が()()()()()()()そのうちここへ来るだろう。それまで少し、寝るか。



 目を瞑るとすぐに、薄い眠気が海原の脳にまとわりつく。まぶたに急に重力を帯びる。



 視界に帳が落ちた。少しだけ、す、こしだ、け。


 暗くなった視界の中で、かー、かーと間の抜けた、空気が抜けるような音がする。



 ああ、これ俺の寝息か。


 そう気付いた瞬間、海原の意識は飛んだ。転がり落ちるようにまどろみの中へ。


 すとん。




 …………




 薄い眠りの中、浅い夢を見た。



 海原は暗い所にいた。自分の輪郭すら把握出来ない真っ暗闇。




 暗闇に浮いた真っ赤な2つの光が海原を間近で見つめている。


 海原はその光から目を逸らす事が出来ない。光が、ゆっくり、ゆっくりと近づいてくる。赤信号の光を濃く、強くしたようなソレが近い。


 大きな大きな赤い光が海原の全身を包むように迫る。



 視界が赤一色に染まった、瞬間。



「見つけた」



 溜息混じりの酷く疲れた、そんな声が聞こえた。





読んで頂きありがとうございます!



よろしければ是非ブクマして続きをご覧下さい!

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