警備チーム
「やばいやばいやばいいい!! めっちゃ来てるって!」
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!」
「うわあああ!!? 」
校庭は既に混乱のるつぼにあった。
田井中 誠により強化された学校を囲む塀は至る所が崩され、蜂の巣のように穴が空いている。
その穴から次々と、外の化け物達が這い出てくる。瓦礫を踏み分け、その中にある赤き生命を貪る為に。
「怪我した奴は早く、体育館へ避難しろ! 動ける警備チームは全力で援護! 力がない奴は体育館へ急げ!」
野球帽をかぶったジャージ姿の少年が叫ぶ。
校庭では数少ない戦える人間、警備チームの生徒たちがわめきながら校内に侵入した化け物と格闘している。
「あああああ! 」
「げオオオオオ!!」
校内に今、侵入している化け物は五体。
トカゲの手足が歪に伸びた化け物。目のない貌に口の外にまで伸びた牙。
終わった世界を人間の代わりに我が物顔で支配する生命。
野球帽を被った少年が、1人で3匹を相手にしていた。
「俺が3匹やる。お前らで残りの2匹を頼む!」
普段は寡黙な少年の叫びに一部の生徒が強く頷く。
強いリーダーを無くした彼らはそれでも、己に宿った特別な力を信じて、命をかけて戦っていた。
「オラァア!!」
野球帽の少年が叫ぶ、その手に握るのは一振りの金属バット。
縦に横に斜めに、化け物に囲まれつつもそれを振り回す。
「ゲエエ!!」
振るわれた爪をしゃがんでかわし、起き上がると同時に振り上げる。
深海魚のように伸びた牙を、競技用の金属バットが叩き割った。
「すげえ! さすが翼! みんな、やれるぞ!!」
その様子を見て回りの警備チームの生徒が沸き立つ。
「チっ…… バットはこんな風に使うもんじゃねえんだよ!!」
舌打ちしながら野球帽の少年が、トドメとばかりに化け物の脳天にバットを振り下ろす。
耳を塞ぎたくなる音ともに、甘い血の匂いが飛び散った。
「あと4匹……! っ あぶない!」
野球帽の少年が声を上げる。
囲まれた間から、負傷した生徒に肩を貸して逃げる仲間の姿を見つける。
その無防備な背中を、化け物が逃すはずはない。
「ゲエエエエエエ!!」
「くっそ!!」
カバー出来るのは、速さ的に自分しかいない。
野球帽の少年の頭にはそれだけ。どうやって防ぐのかとか、そんな事一切考えずに、ただ身体だけ動かしてしまった。
逃げようとする生徒たちを、突き飛ばす。
そして
「ゲェ」
ギョロリ、化け物の1匹が傷付いた獲物の存在に気付き小さく声を上げた。
「あ、」
化け物の爪が、態勢を崩した野球帽の少年へと振るわれる。
袈裟裂きに振るわれる爪、バットで防ぐ、ダメだ、間に合わない。
妙にゆっくり動く世界の中、野球帽の少年は一言。
「悪りぃ、誠。しくった。」
その爪が、振り下ろされーー
「凍りつけ」
「ゲェ?」
「え?」
その爪が野球帽に当たる事はない。
空気が軋む音と同時に、一瞬で化け物はその動きを止める。
その皮膚は白く染まり、至る所から氷柱が垂れる。
一瞬、瞬きすら間に合わないほどの刹那。
「こ、凍った……??」
零下の世界に一晩中置いていたかのように、化け物が凍り付く。
雪にまぶれ、牙をむき出しに、爪を振るう形のまま凍りつき、ぐらりと傾き倒れた。
「な、何が……」
「危ないところだった、怪我はない? 竹田君」
一体、いつからそこにいたのか。
突如、掛けられた声に野球帽の少年、警備チーム副リーダーの竹田はあっけにとられる。
「ふ、風紀委員長…… これ、アンタが?」
「そう、ごめんなさい。来るのが遅れて」
短く言葉を、紡ぐ片目の隠れた美しい少女を竹田は眩しいものを見るかのような目で見つめた。
「……春野が、アンタは姉貴を守ってるって言っていたが、いいのか?」
その言葉に、僅かな間を置いてからへんじが返って来た。
「問題ない。この状況で私という戦力が動かないのは間違い。姉さんもわたしの背中を押してくれたから」
「はは…… そりゃ、有難い。怪我人がどんどん多くなってる。力を貸してくれ」
「ええ、勿論。竹田君、警備チームのみんなをわたしより後ろに移動させる事は出来る?」
「あ、ああ。わかった、みんな! 下がれ!」
竹田の言葉に反応するように、散らばって戦っていた警備チームのメンバーは速やかにひとかたまりになり、行動を開始する。
「……驚いた。警備チームは凄いのね、やっぱり」
「ま…… 田井中だよ、凄いのは。全部アイツが俺たちに仕込んだんだ」
あっという間に、警備チームのメンバーは戦線を下げる。化け物の追撃をかわしながら、全員が生きて、雪代 継音の背後に回った。
「全員だ、風紀委員」
竹田からの言葉、雪代 継音が数歩、歩み出す。
化け物が、下がったメンバーを睨みながら、威嚇するように叫びを上げた。
今にも突撃して来そうな雰囲気。
「ええ、わかった。それと、えっと、そこの人」
雪代 継音が振り向き、1人の警備チームのメンバーに声をかける。
竹田が庇った生徒、怪我をしたメンバーに肩を貸し続けて後退していた生徒だ。
「え、あ、はい。俺?」
「そう、貴方。貴方…… 力がないのね。なのに何故ここにいるの?」
それはともすれば残酷な台詞。聞く人によれば無力を責めるかのような言葉。
警備チームの何人かがムッとした顔で声を上げようと。
「え、い、いや、そのふ、普通に友達が戦ってるから…… いや、俺、役に立ってねえけど…… でも、怪我人を運ぶくらいなら、俺にも出来るから……」
継音に問われた生徒は、たどたどしく焦ったように視線をキョロキョロしながら答える。
継音の反応を伺うように、顔を上げたその生徒。ハッと、息を飲んだ。
自分を見つめる、雪代 継音のその笑みに。
「そう…… 凄いね、貴方は。ありがとう、貴方のような人がいてくれる事がとても嬉しい。生きててくれて、ありがとう」
「あ、え! いや。その、ありがとうございます」
ふっと、柔らかく笑いながら、雪代 継音がまた一歩進んだ。
振り返ラズに。前を見据えたまま
「凄いね、竹田君。警備チームは本当にすごい。わたしは貴方達を助けれることを光栄に思う」
「……気が早くないすかねえ。俺が突っ込んで暴れる。風紀委員、その隙に怪我人を連れて体育館まで下がってくれ。化け物の勢いがーー」
「何故? その必要はない。ここで、ヤツラは終わりだもの」
くすり、粉雪が舞うように雪代 継音が笑う。
「は? 何言ってーー」
「下がってて、竹田君。少し、本気を出すから」
パキン、パキ、ピシ。
雪鳴り。
製氷機から取り出した氷を、暖かいお茶に放り込んだ時のような、氷の軋む音が響く。
音の発生源は、その少女だった。
雪代 継音の周囲の空気が、白く染まり、小さな氷の結晶が月の明かりを通して輝いた。
周囲の警備チームの生徒たちが息を呑む、超常の現象に慣れた筈の彼らでさえ、こんなものは見たことがなかった。
「ゲエエエエエエ! ゴエエエエエ!」
化け物達が興奮したように叫ぶ。目のない顔が、一様に雪代 継音へと向けられ、そして、
「ゲオオオオオオ!!」
一斉に駆け出す。獲物を狙う捕食者の群れが校庭の土を蹴った。
「見るな。お前達のような獣が。その汚い目で私の誇りを見るな」
獣性を、零度の瞳で睨み返す。
その力は、古き力。
まだ人と魔が分かたれる、悠久の時より続く理外の力。
雪代の血がもたらす、祖先の力。
世界が終わらずとも、雪代の人間に宿り、継がれて来た冷たい力。
この真夏のヒロシマにおいて、校内にいる人間、ただの1人も熱中症を出さなかった、出させなかったのは何故か。
基特高校の気温を奪い、冷気を維持していた力が今、全て、暴力として発現する。
「私の誇りに近付くな、下郎ども」
「ゲオ大オオオオオオオオオオン!!」
化け物の1匹が、涎を撒き散らしながら地面を蹴り、跳ぶ。
その距離が詰まり
「ユキシラ」
紡ぐのは名前。
その血に刻まれ、世界が終わった事により形を得た古い力の似姿。
世界が白く染まる。
真夏の夜、緩い空気が一瞬で零下の夜に変わる。
雪代継音の身体より前方、その眼ですくめられた怪物の全てが
「あ、ギ、ゲ」
「ゲ、エ」
ピシ、パキ。
まぶれる、雪に氷に、その生命を閉ざされる。
一瞬で、今まさに飛びかかろうとしていた化け物がその生命の鼓動ごと、動きを止めた。
「氷腐ってしまえ、化け物」
ぐらり、ぐらり、ぐらり、ぐらり。
霜にまぶれ、雪にまみれ、凍り付いた化け物だったものが倒れる。
倒れた拍子にその長い首や手足がもげた。
「ま、マジすか……」
「竹田君、今のうちに怪我人を体育館へ。一姫に任せておけば大丈夫。私達はここで化け物を食い止めましょう」
継音が崩れた壁を、一瞥する。
ぴきき、また氷の、空気の軋む音が響く。
崩れた壁が、瞬く間に凍りつく、空いた穴を塞いでゆく。
氷漬けになった壁が再び基特高校を、外と隔てた。
「うっそだろ……」
「これ…… 誠くんみてえ……」
「うちの風紀委員の風紀が氷属性な件について」
「わろす」
その異様、力のスケールに警備チームの人間がどよめきをあげた。
彼らはそれぞれ、人より外れた力の覚醒者、強いからこそ、特別だからこそ、それ故に殊更、雪代継音の力の異常さに慄く。
「……すごいな。田井中がアンタに一目置いてたのがわかるよ」
「……私が凄いわけじゃない。私はたまたま雪代として生まれただけだから。凄いっていうのは、私なんかじゃなくて、そこの彼のような人」
継音はそう言って、ある生徒を指差す。先程語り掛けた力の無い警備チームの少年だ。
「力が無くても己の出来ることを行う、例え化け物に襲われていたとしても。誰にでも出来るわけじゃない。貴方のその尊い勇気に、敬意を」
そう言って継音がわずかに頭を下げる。その様子を見ていた警備チームのメンバーが釣られて皆頭を下げた。
「……風紀委員、その、ありがとう。アンタが来なけりゃ多分、誰かが死んでたよ。みんな今のうちだ! 怪我人を体育館へ! まだ動ける奴は次の襲撃に備えるぞ」
「オッケー! 翼くん!」
「行こう、ゆっくり立って」
「おお、平塚、ありがとな。痛てて」
警備チームが竹田の指示に従って次々動き出す。まだ傷の少ないものはそれぞれ互いをカバー出来るような位置についたり、負傷者に手を貸したり。
終わった世界の中、悲劇の中で、子供たちは互いに手を取り合い、生き抜こうとしていた。
その様子を、継音は目を細めて見つめる。
ああ、この人たちも、あの人達と同じ。探索チームの人達と同じなんだ。
「……守りたいな」
何か眩しいものを見るかのように、継音は呟いた。
「風紀委員、ここは俺たちなんとかなりそうだ。なあ、体育館へ向かってくれないか?」
継音へと竹田が声をかける。
「体育館、何故? 私、ここで備えた方が良いのでは?」
「あー、俺としてもそれの方がありがたいだがな。……その体育館の雰囲気が良くねえんだ。はっきり言って、俺たち警備チームと避難者の仲は悪いからな」
竹田が野球帽のツバをいじりながら継音へ向けてぼそりと漏らした。
「アンタんとこの、その……まともな大人っつーか。海原さん……とかが居なくなってからよ、避難者の連中に警備チームは横暴とかよく言われたりするようになってんだよ。今まではあの人がわざと、避難者の陰口の対象になってくれてたみたいだからな」
「……そうね。あの人はそういう人だった」
継音はその男の事を思い出す。不器用ながらも特別な自分たちと、特別ではない大人たちの仲を取り持とうとしていた凡人の事を。
「体育館で春野が負傷者を治療し続けてる。それの様子を見に行ってくれ。なんかな、どーも嫌な予感がすんだよ」
「……わかった。竹田くん、怪我しないようにね」
「っス。田井中が戻るまでは、くたばらねーよ」
互いに、ふっと力を抜いて笑う。
継音は小さく頷き、その場を後にした。
目の前には、体育館、力を持たぬ、そして終わった世界を受け入れることのできない避難者達の世界がただそこにあった。
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