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メタ張りと繋がる記憶。

 

「次、これはどうだ? 無音で目視の出来ない攻撃。田井中はこれで両腕とと両脚をぶった切られてる」


「ポジティブ 会話ログ再生開始ーー ふむ、田井中は確かに、一瞬で攻撃を受けたと証言していますね…… データベース照合…… 類似の攻撃手段を用いる怪物種が25体該当……」


「見えない一撃死の攻撃手段を持つ奴がそんなにいるのか? やべえな、化け物ども」



「既存の生態系とは一線を画すのが奴らですからね。会話ログ解析ーー、むむ、カマイタチオオアゲハ…… 田井中はその言葉を聞いたとありますが……」


「ああ、田井中の敵、樹原勇気は確かに口に出してこう呟いたらしい。怪物種96号、カマイタチオオアゲハってな」


「ネガティブ…… 見えませんね。何故一般人であるはずの樹原勇気なる人物が、怪物種という呼称名を知っているのか、セイモン防音蟹もまたその呼称を知った上で能力を扱っているようです。この人物の底が知れない」



 暖かな陽の光。耳に入り込んでくるのは永遠に続く波の音。座り込んでいるために足や尻にサラサラした砂の感触がたしかにある。


 海原は今、再び己のセーフモードの中、深層心理の光景の中に入り込んでいた。


 理由は1つ。田井中と共に皿洗いしつつ確認した樹原勇気の能力についてマルスと話し合う必要があった為だ。


 海を眺めながらラフなTシャツと短パン姿の海原と、白い薄手のワンピースに身を包んだ金髪の美少女、マルスが並んで座っている。


 広がる大海原はエメラルドの光を溜め込み、キラキラと輝く。


 2人のすぐ目の前の波打ち際で、海水に運ばれそうになりながらも小さなヤドカリがちょぼちょぼと歩みを進めていた。



「……マルス、怪物種とかこの場所とかよ、一般の人間には秘密だったのか? よく隠し通せたモンだな、この情報化社会の中でよ」



「ポジティブ 貴方の言う通りです。ヨキヒト。本来の予定であるならば、奈落や怪物種の存在はこの2025年に世界へ公表される筈でした。世界が終わらなければね」



「……公表前に怪物どものことを知っていたのはどういう連中なんだ? 日本の一教師が知っているような事か?」


「ネガティブ あり得ません。この事を知っているのは主要国の一部の高官や、実際にアビスの調査を行なっていた一部の軍部関係者のみです。公務員、教師が知る方法は一切ありません」


「なるほど、でも現実、樹原の野郎はまるで怪物種の事や奈落のことを以前からよく知っていたような話ぶりをしていたわけだ。厄介だな、読めない部分が多すぎる」


「ヨキヒト、今大事なものは目標の樹原 勇気の能力についてです。そちらは後回しにしても良いのでは?」


 マルスが首を傾げながら海原に語りかける。金色の髪が首の動きに合わせてぽわりと揺れる。


「……まあ、それもそうか。不気味なのは否めねえが、時間もない。さてマルス、現状田井中から聞いた樹原の戦力はこんなもんだが、お前はどう思う?」


「……ネガティブ 驚異的と言うほかありません。そして、ヨキヒト。私は貴方に伝えないといけない事があります」


 ざざあん。波が寄せて返していく。海原の心の中のイメージは変わりなくただ、そこに在るだけ。


 マルスの言葉に海原は視線を向けた。



「聞くよ、マルス」


「ありがとう、ヨキヒト。田井中の証言にて気になる点がいくつかありました。目標 樹原勇気の言葉です。()()()()()()()()()、目標の言葉の中でいくつか散見される、()()という固有名詞」



「ああ、田井中もそれは気にしていたな。訳の分からねえことを聞いて来たって。奈落の生命を操る…… つまりは怪物種の事だろ? なんでまた奴の能力はそんなモンになったんだろうな」



「ネガティブ 深化現象によって齎される力の規則性は残念ながら解明されていません。そして、ヨキヒト、以上のワードから私にはある予想が湧き上がりました」


「予想? なんだ、それは」


「ポジティブ 我々、いえ、私と前宿主であるシエラ1は、この奈落の生命を操る能力との交戦記録が存在します」



 海原は、マルスの言葉を聞いた瞬間目を丸くした。


 シエラ1、つまり、それは……


「……マルス、それはどういう意味だ?」


「ポジティブ 目標 樹原勇気の能力はシエラ1がアビスの底で殺害した作戦対象と同一のものである可能性が高いということです」


 波が砕けた。


 マルスは何を言っている、それはつまりーー


「……シエラ1は樹原と戦った事があるのか?」


「ネガティブ それは違います。私が言ったのは目標の能力と酷似した能力を扱う存在と、交戦記録があるということです。目標は日本人、そして、我々が殺害した対象は……アメリカ人でした」


 マルスの顔に陰が差す。こいつ、普通の人間よりも人間らしいな。海原はその表情の豊かさに目を奪われた。


 だが、マルスがこんな顔をしているという事はーー


「そのアメリカ人はどうして?」


「……最後まで私は理解出来ませんでした。彼女が我々と敵対した理由を、理解……出来なかった」


「知り合いだったのか?」


「ーークリアランスレベル、抵触。機密守護によりこれ以上の情報開示にはクリアランスレベルブルーが必要です」


 唐突にマルスから表情が抜け落ちた。精巧に作られた人形のような顔。心のない平坦な声が再生される。


 海原がギョッとしているうちに、いつのまにかマルスは元に戻っていた。


「ーーすみません、ヨキヒト。これ以上は話せないみたいです。恐らくシエラチームのメンバーの名前に関する事のようなので」


「……ああ、大丈夫だ。話を戻そうか。なんでマルスはその、シエラ1が戦った奴の能力と樹原の能力が同じものだと思うんだ? 単純に似ているだけではなくて」


「ポジティブ、簡単な事です。全て同じだからですよ。ヨキヒト。彼女も同じ事を言っていました。アビスの生命の力を繰る能力だと、どことなく自慢気に……、そして他にも共通点があります」


「共通点?」



「頻発するワード。コレは我々との交戦時にも確認されてあります。目標 樹原勇気と、作戦対象ーー禁則事項が同じように呟いていた名詞」


 マルスのエメラルドグリーンの瞳が海原を移す。海原の黒茶の瞳には何も映らない。



 マルスの言葉を待つ。


彼女(she)


 やけにはっきりと聞こえるマルスの声。金色の髪の向こう側で大きな積乱雲が、海の上にぽかんと浮かんでいる。



「ヨキヒト、彼らが言う()()とは何者でしょうか? これが最大の共通点です。彼女がくれた、彼女に選ばれた、彼女に託された。両者は繰り返し同じ言葉を紡いでいます。無関係とは思えません」


「彼女……ねえ。つまりマルスは樹原も、その対象も両方、その彼女とやらになんらかの関係があるって事か……」


「ええ、その通りです。以上の事から作戦攻略目標、樹原勇気の能力を交戦記録があるものと仮定。それを元に戦術を作っていきましょう」



 金髪の少女の形をとるマルスが笑う。その笑みは深く、頰などはわずかに赤く染まっている。


「そうだな。それとマルス、少しアイデアがあるんだが聞いてくれないか?」


「もちろんです。ヨキヒト。貴方の意見を私が聞かない事などあり得ません」


 朗らかに笑うマルス、きっとその姿の元になった人物もそうやって笑っていたのだろうと海原は思った。


「ありがとう、マルス。……これから先全てのPERK取得をセーフモードじゃなくて、俺が起きている時、いや、戦闘中に行いたいんだ」


「ヨキヒト……それは」


「リスクがあんのはわかってる。でもメリットもある筈だ。マルス、俺たちのこのPERKシステムっつーのは、使い方によっては反則級の力になる筈だぜ」


 海原はマルスの目をしっかりと見つめる。



()()()()()俺たちだけに許された後出しの反則。これとマルスの戦術を以って樹原に対して、ガチメタを張る。これが俺からの提案だ」




 セーフモードでの時間が過ぎていく。ラドンの去った海原の心の風景の中はなんら変わらない。


 マルスと海原だけが存在を許された心の空間。


 波打ち際をヤドカリがうにうにと動く。まるで、それは海原たちを観察しているかのように適度な距離を保ちながら、波打ち際に揺れていた。


「……つーかマルス、このセーフモード、あのマッド博士にいたずらとかされてなかったか?」


「ネガティブ、走査してみましたが異常は見当たりません。無論、博士の隠蔽工作が私の機能を上回っている可能性も否定出来ませんが」


「……もう、あんまり考えないでおこうか」


「それがよろしいかと存じます、ヨキヒト」



 波が、寄せては返していく。





 ………

 ……

 …

 〜ヒロシマから約5700マイル、廃墟となったラスベガスの地下〜



「ふむふむふむふむ。わーお。ヒッジョーに興味深いねええ。もうワタシの防化プロテクトの殆どを外してるジャン、マルスの奴め」


 ところ狭しと壁に敷き詰められたモニター、部屋のいたるところに血管のように張り巡らされたカラフルな配線、赤いキャプテンシートに腰掛けながら、男がそのモニターの映像を眺めていた。



 紫色のドレッドヘアに、よれた白衣でゴツい身体を包んでいる。白い肌は手入れもしていないのにそれなりの美しさを維持していた。



 興味深そうに男は、モニターの映像。海原にて座る2人の男女の姿をずっと眺めていた。


「ああ! もう! また映像がぶれた!! ヤドカリ型の監視システムは今後改良の必要があるね! むむむ、リアリティを追求し過ぎたかな?」


 波にさらわれるような形で映像がブレる。


 ガシガシと頭を書きながらその男、ラドン・M・クラークはモニターに向けてつばを飛ばした。




 "問い博士、貴方は何故その映像をずっと監視している"


 唐突にラドンの頭に言葉が届く。


「んー、どうしたんだいプロメテウス。キミがワタシに話しかけるなんて珍しいじゃあないか! キミでもやはり妹のことは気になるのかい?」


 ラドンは、部屋の背後、巨大な水槽に向けて背もたれ越しに首だけ後ろに向けて言葉を返す。


 水槽には黒い水、ただ其れだけが入れられている。中身を泳ぐ魚などはいない。


 黒い水が、ひとりでにうねる。



 "解答 我にそのような機能はない。貴方の行動の理由が不明な為、こうして問うている"


「アッハッハッ!! キミもなかなか人間らしくなってきたねえ! それはね、好奇心と言うんだよ! プロメテウス、さあ、キミも一緒に覗こうよ! キミの妹がまた一歩、我々の予想を超えて進化しうるかどうかをさ!」


 "解答 やはり貴方の言葉は理解不能。しかし我はその提案に妙な高揚を覚える。映像データとの接続を提案"


「オーケー! オーケー! ワタシがマルスの親ならキミはマルスの姉だからね! さあ、共に可愛い娘と妹が選んだ男の心の覗き見を続けようじゃあないか!」


 "解答 やはり貴方の言葉は理解出来ない。しかし、我はその提案を呑もう。高揚感更に上昇"


「おっ! ノリいーじゃん! アッハッハッ! プロメテウス、キミがマルスやグリゴリのように人間と結合する日もそう遠くないかもねえ!!」


 モニタの青白いひかりに包まれた部屋の中、狂人が嗤う。世界で唯一、奈落の光に焼かれなかった機械に囲まれたこの領域。


 海原善人の心の中を遥か遠く、かつては罪の街と呼ばれた廃墟の地下でラドンは笑い続ける。


 彼の最愛の義娘はもう、いない。それはとても悲しい事だったが、まあそれはそれだ。いつまでも引きずってはいられない。


 故にラドンは嗤う。世界を、終わった世界を嗤い続け、そしていつしかーー



(エマージェンシー、エマージェンシー、付近に強大なブルー因子の反応を確認。シェルターの防衛ラインに抵触の恐れあり)


 部屋に唐突に鳴り響いた警告音声、ラドンの笑みが更に深まる。



「アッハッハッ!! プロメテウス! 聞いたかい、仕事の時間だ、グリゴリとレド少年を起こしておいてくれ! ワタシは先に迎撃に向かうからね!」


 " 解答 受諾、博士、貴方に幸運を"


 ラドンは水槽に向けて、軽くウインクをする。白衣を脱ぎ捨て、部屋の出入り口に向かった。



「さぁて、楽しい楽しいタワーディフェンスゲームの始まりだ。遠き異国の凡人くん、キミもこのオープンワールドアポカリプスサバイバルゲームと化した世界を精々楽しみたまえよ」


 ぷしゅう。自動ドアが間抜けな音を立てて開いた。


読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧ください!

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