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火の時間。

 


「えーと、つまりまとめるとだな。俺、死にかける、マルス頑張る、でも死にかける。ウェン、何故か帰ってくる、とんでもパワーで俺とマルスを救う、んで田井中俺を連れて帰る…… でオーケー?」


「うん、そうだよ」


「ああ。間違いねえよ、オッさん。改めて口にするとひでえ内容だな」


 食事の最中、海原達はこれまでの経緯を確認し終えていた。


 ウェンの作ったとろみのあるスープを海原は口に運ぶ。辺りが真っ暗になっているために手元に注意しつつ、木のスプーンを加えた。


「お、これも美味え。ウェンこれどうやって味付けしたんだ?」


「ふふ、ありがとう。この辺りに自生している木の実をすりつぶしてるんだ。あとは、タルイモ……ええっと、キミ達で言うところのじゃが芋かな? それに似ている根菜を潰して煮込んだものさ」


「へええ。それだけでこんなに美味いもんがねえ。ウェン、料理上手なんだな。それにしても美味え」


 暖かく舌触りの良いスープを海原は舐める。言われてみれば確かにじゃが芋のポタージュスープのような味がしないこともない。薄い塩味に、根菜の甘みが重なっていく。


 具はないが、この状況だ。ご馳走と言える一品だろう。


「ふふ。気に入ったのならまた作るさ。ヨキヒトくんは料理上手な女性は好きかい?」


「ん? ああ、好きか嫌いかで言えば好きだぞ。つーか嫌いな奴なんかいるのか? なあ、田井中」


 海原は隣でもちゃもちゃとスープをかっこみソーセージを噛みちぎる田井中に話しを振る。


 すげえ勢いで食ってる。あの四肢……相当カロリーを消費するみたいだな。


 海原は田井中の腕を見つめた。


「ああ? そりゃ料理が上手いによお、越した事はねえよ。つーかウェンフィルバーナ、アピールするのはいいけどよお、残念ながらオッさんにはもう女がいるぞ」


 青い炎が大きく揺らめいた。火石と怪物種の脂でかなり大きな火なのに、まるで風にさらされたろうそくのように急に頼りなく感じる。


「……田井中。その話を続けてくれないかい?」


 背筋の寒くなるようなウェンの声。海原はそれが自分に向けられたものではないというのにそう感じた。


 え、何。怖いんだけど。


 ふと、田井中の方を見る。大丈夫か、あいつと心配しながら。


 田井中は口の周りの脂を手の甲で拭ってから、ウェンに凶悪な笑顔を向けていた。


「だからよ、ウェンフィルバーナ。お前が執心してるそこのオッさんはな? こう見えて割と女と一緒にいるんだよ。お前に負けず劣らずおっそろしい女となあ」


 どこか挑発するように田井中はウェンへと言葉を向ける。


 何この雰囲気、怖いんだけど。海原は田井中のぞっとするような冷たい色気を眺めて怯える。


「……ふうん。そうなんだ、まあ別に風には関係ないからどうでもいいけどさ。ふうん…… ねえ、ヨキヒトくん」


「あ、はい」


 思わず海原は足を正して正座になる。なんで、なんで楽しいはずの食卓で急にこんな雰囲気になっているのが本気でわからなかった。


「そのさ、キミとよく一緒にいる女の人…… 名前はなんていうの?」


「……雪代 長音です」


「ふうん、可愛い名前だね。じゃあそのユキシロがヨキヒトくんに作った料理と、風がヨキヒトくんに作った料理ってどっちが美味しかったかな? ああ、楽にしてよ。参考にしたいだけだからさ」


 田井中ァ!! てめえ、何余計な事喋ってんだ!! 今、雪代のことなんて話す必要なかっただろうが!


 心の中で海原は叫ぶ。当の田井中に目線をぶつけても意に介さず。スープをズズりと啜っているだけだ。


 首の後ろがヒリヒリする。怪物種が近付いて来た時と同じような感覚だ。


 なんで団欒の食卓のひと時にこんな思いをしなくちゃあなんねえんだ! つーか、何にウェンはこんな威圧感だして来てんだ。


 マジで怖インだけど!!


「……言えないの?」


 ウェンの声が肌をざわつかせる。無意識に海原はPERKを起動させつつーー


 ん?


 ある事に気が付いた。


「あ。考えてみればねえわ。そういや」


「……どういう意味だい? 風の料理がないって意味なのかな、それは。だとすると、……それは、とても残念ーー」


「いや、違う違う。初めてなんだよ。ウェン、俺」


「……何がだい?」


 うわ、ウェンの眼瞳孔グルッグルしてる。何アイツ、瞳の中に台風でも起きてんの?


 海原は呑気な感想を一瞬抱き、


「いや、あれ。女の子の手料理とか食べるの始めてなんだよ、こんなに美味いとは思わなかった」


「ブフゥ!! 」


「うわ、汚な」


 隣で田井中が木のコップで飲んでいた水を盛大に吹き散らす。


「お、オッさん、アンタ思い切った嘘つくなあ、おい! それはいくらなんでもよ」


「……田井中君。キミのようなイケメンにはね、信じられないかも知れないが、誰しもが可愛い彼女のいる学生生活や、気軽に家でご飯を作ってくれる女の子の友達がね、いるわけじゃあないんだよ」


「ま、マジかよ…… そんな事が現実にありえんのか」


「そうだよ。バレンタインの日にね。チョコを渡されたかと思えば代わりに渡しておいてくれとか、さっき渡したのを返して欲しいとか。そんなクソみたいな事が…… はあ、辞めた。虚しい」


 海原は空虚なため息をつく。隣で田井中が信じられないものを目の当たりにしたかのように身体を固めていた。



 格差。


 圧倒的な顔面の格差。モテる者とモテない者、その差が海原にはただひたすらに悲しかった。


 だが、今回だけはそれがプラスに働いていた。


「っくく。ふふふふ、ふふふふふふふ、ウフフ」


 そよ風が笑うような薄く、儚い、それでいて少し曇った笑い声が焚き火の火をかすめる。


 見ればウェンがモコモコの袖を口に当てて笑っていた。


「そうか、そうなのか。ヨキヒトくんは始めてだったんだね。ふふ、そうならそうと言ってくれれば良かったのに、ほら、お腹空いたろう? もっと食べなさい」


 ウェンが自分のお椀にとろみのあるポタージュをなみなみと注いで海原につき渡してくる。


 え、なんで急に上機嫌?


 海原は眉をひそめながらもそのお椀を受け取りスプーンですくって啜る。


 うん、暖かくてホッとする。



「あー、これ毎日食いたいなあ、地上にある材料でも作れんのかな」


「っ………!」


「うーわ、うーわ。あざと。オッさんあざてえなあ、オイ、今のはないわあ」


 スープを飲んだ後のつぶやき、ウェンは顔を下に伏せてその表情は見えない。


 なんだ。田井中。何が文句あるのか。

 海原は田井中の言葉を一瞥して、残りのスープをかっこんだ。


 青い炎が3人を照らし続ける。外の闇は深く、それでも人間達は笑って食卓を囲んでいた。



 ……

 …



「いっせのーで、2! ウエイ!! オッレの勝ちー!」


「あ、クソ。また負けた。なんだよ、そのオッさんの無駄な手遊びの強さは……」


「ふははは。これが大人だ、少年よ。さあ罰ゲームの食器洗いに行くのだ。あ、足元注意しろよ? なんかあったらすぐ大声出せよ? 」


「うるせえ、ガキじゃねえんだから。ウェンフィルバーナ、カンテラ貸してくれ。泉で食器洗ってくる」


「ん、はい、これ。蓋を開けて焚き火の火を移せばしばらく燃え続けるからね。本当に、風がしなくてもいいのかい?」


 田井中にカンテラを差し出しながらウェンが呟く。


「まあ、ウェンは飯作ってくれたからな。食器ぐらい俺らが洗うさ。公平な決闘により今回は田井中くんがやってくれることに決定したけどな」


「次は負けねえっつうの。うっわ、にして暗いな。ウェンフィルバーナ、これ使いかたわかんねえ。火つけて」


「クスッ、ハイハイ。ありがとね、田井中。貸してご覧」


 ウェンが田井中からカンテラを受け取り、手慣れた様子で火を入れる。蓋をカチリと開けて、手元に置いてある何かの枝で焚き火の火を掬う。


 ぽっと、枝先をカンテラに差し込むとそれだけで、青い火がカンテラの中に浮かんだ。


 火の玉みてえ。


「はい、田井中。消す時は蓋を開けたら勝手に消えるからね。気をつけるんだよ」


「へいへいっと。うわ、なんだこれ。鬼火みてえ。じゃあ行ってくるぜ。オッさん、ウェンフィルバーナにいたずらされそうになったら叫べよ」


「お前は俺をなんだと思ってんだよ。逆だ、逆。ウェンの心配をしろ。あとそれ、足元気をつけろよ」


 田井中が片手にカンテラを、片手に食器をまとめて泉の方へ歩き出す。


 大して距離はない。暗闇の中に田井中のカンテラが灯す青い炎が浮かんでいる。



「にしてもあのカンテラ凄えな。火を移すだけで灯るのか」


「ふふ。こちらの世界にはないモノなのかい? 学院の連中が手なぐさみに作ったものが夜市においてあってね。もう使い始めてからかなり経つかな……」


 ウェンの焚き火を見つめる眼はどこか遠いところを眺めるように細められていた。


 望郷だろうか。確かウェンはーー


「ウェン、アンタが前にいた世界ってのはどういうところだったんだ? その……言いにくいのなら大丈夫だが」


「ふふ、いや、そんな事はない。嬉しいよ。ヨキヒトくんから聞いてくれて。そうだね、風はこの世界の事は奈落しか知らないから、比べる事は出来ないが…… 歪で、かけていて、狂っていて、でもそれなりに暖かい、まあ良い所だったと思うよ」


「抽象的だな。えらく。……あんた、初めて会った時によ、俺のことを日本人って言ったよな。あれは、あっちでももしかして日本人がいたのか?」


「ふふ、よく覚えているね…… うん。そうだね、あの世界で最期に会話したのがとある日本人だったよ。まあ、彼と風は敵同士だったんだけどね」


「最期…… 悪い、つまらない事を聞いたな」


「ううん。いいんだ。最期が、風に最期をくれたのが彼で良かったと思うよ。今となってはね」


 ウェンが手元に置いてある枝を青い炎に投げ入れる。火石がもたらし、怪物種の脂が熾した青い炎の中で、瞬く間に燃えていく。


 ウェンの顔に青い炎の影が映る。その表情は酷く優しい、きっとその最期は海原が触る事を許されない。


 ウェンと、その日本人だけのものなのだろう。


 わずかな寂しさを海原は感じつつも、言葉を紡いだ。


「そうか。……なあウェン、田井中とマルスから聞いたよ。ありがとな、何よりマルスを助けてくれて」


「ふふ。何を言うんだい。お礼を言うのはこちらの方だよ。ありがとう、ヨキヒトくん、風を救けに来てくれて。救ける事はよくあったけどその逆は、初めてだったから嬉しかったよ」


「お互い様ってわけか。はは、あんたいい奴だな」


 海原はウェンを見つめてそう告げる。ぱち、焚き火の中の枝が弾ける。


「ふふ、風にそんな事を言うのはキミぐらいだよ。……そんな事はない。今は偶々キミ達にとって都合の良いことをしているだけかも知れないよ。風の本性はもっと醜くて、それで」


「関係ない。そんな事どうでもいいよ。ウェン」


「え?」


 ウェンの言葉を海原が遮る。ウェンの近くの枝に海原が手を伸ばし、同じように枝を放り投げた。


 青い炎が枝を食らう。


「大事なのは事実だ。あんたは俺たちを助けてくれた。んでもって美味い飯を振る舞って、今こうして穏やかな時間を共に過ごしている、それが大切な事なんだ。昔のアンタが何をしていたかなんて、正直このスープの前ではとても下らない事なんだ」


「ヨキヒトくん……」


「仮にアンタが目の前で人間を殺したとしてもよお、俺はきっとこう考えるぜ。良かった、ウェンは生きていたってな。きっと殺された奴が敵だったんだって初めは考えると思う」


「……もし風がキミ達を騙していたとしたらどうする? 信頼させて、そのあとにキミ達に牙を剥いたら? 」


 軽やかな声、それでいて下腹を底冷えさせるようなウェンの声。


 海原はそれを真正面から受け止め、平然と答えた。


「そうなりゃ仕方ねえ。事実に基づいてアンタを敵と見做す。とても残念で、悲しいが、さようなら、()()()()()()()()()って事になるかな」


「くく、それは恐ろしいねえ。……そうだね、キミはきっとそうなったら、風を止めてくれるのだろうね。そんな気がするよ」


 ウェンの顔を舐めるように青い炎がひときわ大きくなる。風に煽られ、火は大きくなる。


「ねえ、ヨキヒトくん。風がもし、風じゃあなくなった時、その時はキミが止めてくれるかい? キミ達に害を為そうとした時も、キミはーー」


「あの時、俺はもう答えを出してるよ。ウェン。俺はそれでもお前と一緒にいたい。ウェンフィルバーナ、貴方は俺の味方だ」


 風を操る奇妙な能力、弓矢の扱いに長け、話が通じ、料理が美味い。


 うん、是非とも味方のままでいてほしいものだな。海原はウェンの評価を内心で下す。


「…………あ。はい……… その、ありがと。ヨキヒトくん、うん。風はあなたの味方だよ」


「そりゃ良かった。まあいれるまでは一緒にいようぜ。こんな世の中だしよ、協力しねえとなあ」


 うん、良いこと言った。今、良い事言ったよ。


 海原は自分が、誰に何を言っているのか、言ってしまったのかもまったくわかっていない。


 ウェンが顔を伏せてずんっと黙ってしまったのも、そろそろ眠たくなったのだろう程度にしか思っていない。


 その耳がしなだれ、白い肌が何色に染まっているのかも分からない。見ようともしない。


 あれ、どうしたんだろ、急に。


「なあ、そう言えばよ。なんでこここんな真っ暗になってんだ? この場所に夜があるとは思わなかったよ」


「……7日に一度、奈落には夜が来るんだ。今日がたまたまその日なのさ。ああ、安心して。夜は怪物達も眠りにつく。今日一日は風達と同じように休んでいるはずさ」


「そりゃ良かった。また起きたら怪物に囲まれてるっつーのは笑えねえ」


「……そうだね。それに今は見えないが昨日の明るいうちに田井中が力をふるって周囲にバリケードを作ってくれている。何かが近づけば気付くと思うよ」


「まじか、アイツ1人だけなんかクラフトゲーのキャラみたいだな」



 軽口に対する返事はない。ウェンが目を合わしてくれない。本格的に眠たいようだ。


 海原はそう判断した。俺がここにいたら眠りにくいか。




「さてと、そろそろ田井中の手伝いに行くかな…… ウェン眠くなったら寝とけよ、火の番はしておくから」


「ううん、大丈夫。大丈夫だよ。ねえ、ヨキヒトくん」


「ん? 何?」


「……ふふっ。なんでもないや。足元気をつけてね」


「ん? おう、サンキュ」


 海原は地面に手をつき身体を起こす。カンテラのぼんやりとした青い灯に向けて歩みを進む。


 その背中を見つめるウェンの熱のこもった視線に気付く事は、ない。


読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!

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