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DAY6 暗闇の中で、焚き火を囲んで

 


「先に……言え……マッド野郎……っあ?」


 言葉が耳の穴に響く、自分の唇から漏れた自分の言葉だったということに海原は遅れて気付いた。


 目を、開く。眠気が、頭痛となって意識を混ぜる。


「……くっら」


 もう、波の音も風の音も聞こえない。白い砂浜も青い海もない。


 暗い闇が、目の前に広がる。目を開いても閉じても、光景は変わらない。


 ただ、ぱちり、ぱちりと何かが弾けるような音だけが聞こえて来た。


「……起きたんだよな、俺。ここは……」


 目を開き、闇をぼうっと眺める。


 後頭部に感じる硬くてザラザラしている何か、枕、じゃない。


 これは木の根か?


 だとしたなら、ここはーー


 ここは、何処だ? 海原は意識がはっきりし始めると同時に疑問を胸に抱いてーー



 'ヨキヒト!! 目を覚ましたのですか! 応答して下さい! ヨキヒト!'


 どこか懐かしい声が胸の中から響く。


 ああ、良かった。今度はお前がいるのか。海原は唇がにやけるのを抑えなかった。


「あー、安心した…… よう、マルス久し振り。元気だったか?」


 '貴方と言う人は…… ええ、元気です。しかしそれは私の台詞です。ヨキヒト、痛むところはありませんか? 気分が悪かったりとか'


「大丈夫、大丈夫だ。眠たいだけ…… ここってきちんと現実だよな?」


 '現実…? もちろんです。貴方と私の現実です、残念ながらアビスからの脱出はまだ叶っていませんが'


「ひとまず現実なら安心したわ。そうだ、マルス、言い忘れる前に1ついいか?」


 'なんでしょうか? それよりヨキヒト貴方ーー'


「ありがとな。俺を助ける為に無茶したんだろ? この恩は忘れない、お前が味方で良かった」


 '……ヨキヒト、覚えているのですか?'


「あー、まあ覚えてはいないんだけどな…… そのう、セーフモードの中でよお、劇的な人間と出くわしてしまったからな……」


 'セーフモードの中……で? そんな馬鹿な、あの空間は私か貴方しか入れない筈…… ほかにいるな、んて………、え、まさか……'


 マルスの言葉が詰まる、ああ、やはり心当たりがあるのだろう。


 "ヨキヒト、まさか、まさかとは思うのですが…… 博士……ラドン・M・クラークと、本物の博士に会ったのでしょうか?"


「正解…… あー、そのなんていうか…… 個性的な親だな、マルス」


 "……い"


「い?」


 "いやあああああ!! 忘れて! 忘れてヨキヒト! あの人と私はそんな関係じゃありません! 何か、何かあの人に吹き込まれませんでしたか?! あの人の形をした天災に!"


 マルスがはっきりと取り乱す。まるで海原の中でのたうち回っているかのように。


「お、おい、落ち着けよ、いいことじゃねえか。たしかに変わって、……ぶち変わった人だが、マルスに宜しくって言ってたぞ」


 "やですうううう!! ああ! 恥ずかしい!は恥ずかしい! あんな変人にプロトコルを組まれた事をヨキヒトに知られてしまった! どーせ、あれでしょう! あの人はなんか意味深な事をテンション高く叫んだり、唐突に低い声で何かを唆したりしてたんでしょう?! ああああああ、イヤだよううう"


「おちつけ、おちつけよ、マルス。なんかお前キャラが崩壊してるぞ。あれだ、お前の姉弟のプロメテウスとグリゴリっていうのがお前を心配してだなーー」


 "プロメテウスにグリゴリが?! うう、可哀想に…… セーフモードに博士が侵入したと言うことはどちらかが、一時的にでも結合していると言う事ですね…… 今度会ったら、それなりの代価を払わないと……."


「あ、やっぱりそんな嫌なもんなんだな」


 "うう…… 例えるならば雨が逆さまに降って太陽がスーパーボールのように跳ね、月が踊り狂うような世界に閉じ込められるようなものなのです。ラドン・M・クラークの身体に入るという事は…… ああ、許してください、姉、弟よ"


 闇の中でマルスの啜り哭くような声が体の中で響く。思春期の女の子が父親と歩いているのを同級生に見られたようなものなのだろうか?


 だとしたならば、海原は相好を崩す。


「なんだ、可愛いな。マルス」


 "……ネガティブ。言葉の意味が分かりません…… あー、はー。でも大体の流れは分かりました。貴方の長過ぎる昏睡はセーフモードの中にいたからなのですね…… それにさてもまさか博士が侵入するなんて…… 不覚……私が休眠状態に入っていた時でしょうか"


 その言葉に、海原は眉をひそめた。


 ぱちり、何かが弾けるような音が再び。


「休眠状態? 博士と話をしていたのはついさっきの話だぞ」


 "ネガティブ、ヨキヒト。おそらく貴方の体内時計は狂っています。貴方がキャンプ地にタイナカによって運ばれてから既に1日が経過しているのです。今はもう、アビス内での行動は6日目になります"


 え、マジで?


 俺、あの変人と海で問答繰り返しただけで1日経ってたの?


 海原が愕然と、闇の中で口と目を開いたその時だった。



「おい、オッサン。もしかして起きたのか?!」


 聞き慣れた声、少年と大人の境目のような声は田井中の声だ。


 闇の中、どこからか田井中の声がした。


「クソっ、暗くてよくわかんねえ! ウェンフィルバーナ!! 火はまだか?!」


「ククク、タイナカ、急かすならキミが点ければいいだろう。ヨキヒト君の事が心配なのはわかるがね、脂を注いで、火石を落としてっと、よしっ」


 風がさらりと吹く、透き通った声、ウェンの声だ。


 2人とも近くにいる。海原が声のした方を探ると


 ぼうっ。空気が膨らんだような音がして、闇に青が灯った。


 青い火だ。膨らんだ青い火が熾った。


 闇の帳がわずかに開かれる。帳に中には光景が在った。


 火のたもとには、しゃがみながら火をいじる女と、こちらを見つめる男がいた。



「田井中、ウェン!」


 仲間の名を呼ぶ。


 ぱあっと顔に喜色を一瞬だけ浮かべて、咳払いをし、不敵にニヤリと笑う田井中。


 火のたもとで花が開くように笑うウェン。


 海原が命を賭けて取り戻した光景がそこにあった。


 どんな残虐に、残酷に手を染めても、どれだけ敵の生命を貶めてでも、守りたかったものがそこに、きちんと在る。


 ーーキミは何者だい。あのとき問われた答えが何故か胸の中に去来した。



「よう、オッサン」


「おはよう、ヨキヒト君」



 その声に海原は手を挙げてこたえた。


「おう、帰って来たぜ、地獄の淵からな」


 "ネガティブ、微妙に笑えませんね、ヨキヒト"



 ぱちり、青い火が揺らめいた。



 ……

 …



「ほら。出来たよ、ヨキヒト君、田井中。ゆっくり噛んで食べてね」


「うっわ…… おい、ウェンフィルバーナ、なんだ、これ。一緒に狩った獲物なのに俺にはこれがなんの肉かわかんねえぞ」


「へえ、凄えな。ソーセージか? 頂きます」


 訝しむ田井中と、久しぶりに見た料理に感嘆の声を上げる海原。


 あれから話をする前にまずはご飯を食べようというウェンの提案により、闇の中でのサバイバルな食卓が始まっていた。


 確かに腹が空いている。今はややこしい話など出来そうにない。海原はすぐに賛成していた。


「はい、ヨキヒト君召し上がれ。む、田井中、文句があるのなら食べなくとも良いよ、残してもヨキヒト君が食べてくれそうだしね」


 田井中が口を尖らせながらウェンにブツブツと文句を言っている。どうやら寝ている間の1日でかなり仲良くなったみたいだ。


 海原はそんな2人の様子にうなづきながら、見た目は少し歪な形のソーセージにウェンから借りた二又のフォークを突き刺した。


 かすかな手ごたえ、皮を突き破ると中から肉汁が溢れ出す。


 ぐうう。


 腹が減った。


 そのまま口に持っていき、噛み付く。じゅわり。濃厚な肉と血の味が汁から滲み出る。


 火傷しそうなほど熱い、けど口の中にガツンと肉の味が広がった。


「はほ、ウェン、水ある?」


「うん、さっき汲んできた湧き水があるよ……っと、はい、ヨキヒト君」


 ウェンから受け取った杯をそのまま煽る。火傷しそうな口を冷やしながら流し込む。


 のどを通り、腹に沈む。


 ああ、美味い。


「ふふふ。美味しいかい、ヨキヒト君」


「ああ、なんか久しぶりに料理を食べた気がする。器具もないのによくこんなもの作れたな」


「うん、おばあちゃんから教えてもらったんだ。小さい頃にね、旅先でもし、仲間がお腹を空かせていたら食べさせてあげなさいって」


「そうか、良いおばあちゃんだな。田井中、早く食ってみろって。美味いからよ」


 海原は田井中を促す。そういえば田井中の奴はこう見えてなかなか繊細な奴だった。化け物の肉を始めて食わした時も躊躇していたような……


「チっ、背に腹は変えられねえか。南無三……っえ?」


 ほら来た。海原は、ソーセージを齧った瞬間、目を丸くして動きを止めた田井中を見て、笑った。


「う、うっまあああ!! 溢れる肉汁、くどくないピリ辛の血の味! なんで、香辛料もねえのにこんなに香ばしいんだよおおおお」


「語彙が増えたな、田井中」


 グルメリポーターのようなことを叫びながらソーセージを貪る田井中。すぐに丸々一本を平らげ終わる。


「ウェンフィルバーナ、おかわり! これ美味い!」


「はいはい、少し待っておくれよ。スープもそろそろ出来上がるからね。一緒に食べた方が滋養がつくよ。ヨキヒト君は?」


「ああ、俺も欲しい。田井中の後でいい。つーかウェン、お前も食えよ?」


「くくく、ありがとう、ヨキヒト君は優しいね。じゃあ、お言葉に甘えて…… おや、でもスープが焦げ付かないようにかき回さないいけないんだった…… ふふ、どうしようか」


「ああ、変わるよ。その間に食べんさい」


 海原はウェンの隣に移動して地面に座る。焚き火にくべられた鍋に向けて手を差し出した。


「ふふ、ル・ポタージュ。今、風が作っている料理の名前なんだけどね…… その、気を悪くしないで欲しいんだが、かき混ぜるのにも少しコツがいるんだ。今、風が手を離す訳にも行かなくてね……」


 ウェンの形の良い眉がへの字に曲がる。ぼうっと炎が揺れて、その形の良い顔の陰影がぶれた。


 こいつ、ホント顔がいいな。海原は一瞬、その造形と炎の揺らめきに見惚れた。


「ヨキヒト君?」


「っああ、悪い。えーと、じゃあどうする。ソーセージも早めに食べた方が美味いだろうし」


「簡単だよ、ヨキヒト君。え、えっと……もし良ければ風に食べさせてくれないかな?」


 そう言ってウェンは恥ずかしそうに目を瞑る。髪の房を耳にかけ、その小さな口を海原に向けて開いた。しゃがんだまま、その手はおたまで鍋をかき回し続けている。


 え、なにこれ。どんなプレイ?


「よ、ヨヒヒトふん。おねはい…… おなは、すいたよ……?」


 ごくり。海原は唾を飲み込んだ。あれ、なんだこれ。特にいやらしいことをしているつもりはないのに、すごく熱い。


「あ、ああ。分かった。これがウェンのだよな。えーと、フォークは……」


「ヨキヒト君の使ったフォークをそのまま使って。それ風のだから」


 やけにはっきりした口調でウェンがフォークを指差す。


 あ、はい。分かりました。


 海原は自分のフォークでウェンの皿に盛ってあるソーセージを突き刺す。肉汁が溢れないように注意しながら、それを口元に持っていく。


「あーん」


 ウェンの小さな口から吐息混じりの声が漏れる。青い火に照らされた唇が、舌が海原のソーセージの先を包んだ。


 ぷちり。


「……美味い?」


「もぐ、もぐ。……もう一口、食べたいな」


 海原や田井中と比べると小さな一口。差し出したソーセージにまたウェンがかじりつく。


 あ、今フォーク舐めた、コイツ。


 海原はなぜかその光景から目が離せない。手先が震えて、目線を上げる。


「っあ」


 そこには女の瞳があった。桜色の唇の端を細い人差し指がなぞる。


 細く歪んだ眼が、愉快そうに海原を見つめていてーー


「ねえ、ヨキヒト君…… もう一口……」


「ゲフン! ゲフンゲフン!!っあー、お二人さん。俺がいる事をよおー、忘れてねえか?」



 田井中の不服そうな声が、場の空気をさらった。


 見れば空の皿を器用に指先で皿回ししながら、あぐらをかいた田井中がじとりとした目つきでこちらを睨んでいる。



「なんかよお、大人って汚ねえなあ。すーぐ色香に惑わされんだからなあ」


「くく、どうしたんだい、田井中。妬いてるのかな?」


「うるせえよ、コスプレぶりっ子女。オッさんが女慣れしてねえからって、シナかけてんじゃねえっつうの」


 田井中が空皿を差し出す。


「もう充分くったろ? 早く次焼いてくれ。あとオッさん、ちょっとこっち来い」


 あれ、田井中、少し怒ってねえか? まあ無理もないか。確かにさっきの雰囲気はなんか、やばかったし。


 海原は素直に田井中の方へ身を寄せるとーー


「うおっ」


「あっ!!」


 海原がよろける。その細い身体のどこにそんな力があるのか。身を寄せた一瞬、田井中の手が海原の手を引っ張った。


 田井中の方へよろける海原。


 パクリ。


 ウェンの齧りかけ、食べかけのソーセージを田井中が一口で頬張る。


 もぐり、もぐり。半分以上あったソーセージを田井中がペロリと平らげていた。


「へへっ、隙ありだな。んー、美味い」


 満足そうに、田井中はペロリと唇を舐める。絵になる。ウェンのものとは違う危うげな美しさ。


 海原の背筋につうっと冷たい汗が流れた。



 こいつ、よっぽど腹が減ってたんだな。海原は満足げに表情を綻ばせる田井中を見てそう感じた。


 なんだかんだ言ってもガキだな。うん、うん。


 何故かそのことが、田井中の子供らしい一面を見れたのが海原には嬉しかった。


 背後で、ウェンが青い火すら映さぬ虚ろな瞳で海原を見つめていることなど気づきもしない。その視線に向けて田井中が得意げな目線を返していることも、海原が気づくはずもなかった。


 闇を青い炎が、照らす。僅かにできた灯りの中で3人は焚き火に身を寄せ合い話をする。


 食卓は始まったばかり、彼等にはまだ話しをする時間が大いにあった。




読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!

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― 新着の感想 ―
田井中。 これは親友としてなのか。 芽が出たばかりのキマシタワーなのか。 それが問題である。
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