表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

128/163

DAY???

 

「そのままの意味さ。キミはマルスを知り、それにより力を手に入れた。人知を超えた怪物に対抗でき得る力をね、その過程の中でキミはきっと、ただの一度もマルスの事を恐れなかったのだろうね」


「……いや、それは普通だろ。仲間の事を恐れるなんて……」


「普通じゃあない、いいかい、凡人くん。普通じゃあないんだよ」


 波がシュワシュワと泡立つ。潮の香りが、風に混じる。


 ラドンの静かな眼差しに、海原はじっと視線を返す。


「人間はね、普通己の理解の及ばないものに対しては大きな恐れを抱くものさ。その恐れが人間をここまで繁栄させ、最後には滅ぼした。そういう性質なんだ。……156人、これがなんの数字か分かるかい?」


 あ、これ映画とかでよくある奴じゃん。海原は特に考えずに返事をする。


「マルスと結合出来なくて死んだ人間の数とか?」


「アッハ!! キミ、やっぱり面白いねえ!! 発想が怖い! 惜しい! 死んではないんだよなあこれが。正確にはマルスと結合して数分の内に発狂してしまった人数の数さ!」


 パァと輝く笑顔のラドンが空を見上げながら両手を広げる。


「自己の同一性を保てなくなったもの。マルスという異質な存在と己の境目をなくしてしまったモノ。その身に齎される進化へ恐怖してしまったもの、様々な要因で皆、マルスを恐れたのさ」


「シエラ1、アリサ・アシュフイールドが現れるまでは…て事か?」


「そう! その通り! アレは中々特別な人間だったね! マルスを恐れつつもそれ以上に彼女はマルスを慈しんだ! その在り方に彼女は慈悲を持ってマルスと接していたねえ、だからこそ彼女はマルスが始めて心を通わせた人間の1人であると言えるのだろうね!」


 ラドンの言葉は続く、一瞬どこか遠いところを見るような目をして、それから。


「……だが彼女とマルスの物語はもう終わったのだろう。結合を解除したというのはつまり、そういう事だ。彼女はギリギリの所で世界を延命させたが、敗北した。キミはどうかな? シエラ1とは違う、特別でないが故に異質を受け入れる事ができる歪んだ存在のキミは、果たしてこの終わった世界で何をなすのだろうね」



「あんたの言ってる内容は抽象的過ぎてよく分かんねえ。結局何が言いたいんだよ」


 くそ、ちょこちょこ気になるワードをぶち込んで来やがって…… きになるが、またどこでこのマッドのスイッチが入るか分かんねえ……


 海原は短く言葉を向ける。


「アッハ、まあつまりだね。キミは面白い人間で、出来ればそのままでいてくれたまえという事だよ! マルスと仲良くしておいておくれ! もしかしたらキミがマルスの枷になるかも知れないからねえ…… まあ、世界はもう終わってるからあまり気にはしてないが」


「……アンタに言われなくても。アイツは俺の少ない味方だ。嫌われないようにうまくやるさ」


「アッハッハッ! 上手くやる、か! 合衆国から集めた選りすぐりのエリートは皆、上手くやるどころじゃなかったのだけれどね! あー、気になるなあ! 一体彼らと、キミ何が違うのだろうか? 調べてみたいなあ!」


「おい、やめろ。それ以上近付くな。なんか今背筋が震えたぞ」


 手をワキワキと動かしながらにじり寄るラドンに向けて、海原は人差し指を反射的に向ける。


「ほう!! そうか、キミはロケット・フィンガーと鉄腕のコンボを思い付いたのだね!! アッハッハッハ! 面白いPERKだろう! 体力の持つ限り、恒久的に中距離の攻撃ができる優れものさ! 一斉発射はしてみたかい?」


「あー、そうか、これ思い付いたのもアンタか…… すげえ認めたくないけど重宝してるよ。痛みも戦闘中ならマルスが代替してくれるしな。って、なんだその表情、ニヤニヤすんなよ」


 だんだん海原の口調が砕けてきた。気を遣うのが面倒くさくなってきたのだ。



「アッハッハッハ、そうか、重宝してるか。痛み以外には何もないのかい? それを使うことに抵抗とか」


「抵抗? なんでだ。便利だぞ。これ」


 なんともなしに答えた海原にラドンは更にその笑みを深める。幼子が新品のおもちゃを見つけた時の表情を、邪悪にすればこんな顔になるのだろう。


「そういう反応か! アッハッハッハハ! すげえ! ほんとにキミみたいな人間いるんだ! え、キミ自分がおかしい事に気付いてないの?」


「アンタにだけは言われたくねえ。喧嘩売ってんのか」


「違う、違う! いや、キミすごいな! 普通の人間はさ、痛くないから、また生えるからって言っても、指が弾け飛ぶなんてトラウマ級の出来事だよ! それを重宝してるなんて! あー、やべ。本気で欲しくなってきたなあ。素晴らしいモルモーー、ゲフン。じっーー、ごほん。もとい、仲間になれそうなーー」


「てめえ、今なんて言いかけた。近付くな。5メートル離れろ、後、二度と仲間という言葉を使うな」


 海原は左手の人差し指も向ける。


 ラドンはその凶器を向けられているにもかかわらず後ずさりするどころかにやけた顔で、少しづつ海原ににじり寄る。


「ワタシはねえ…… 宝石には興味ないんだ。アリサ・アシュフイールドや、アレタ・アシュフイールド。選ばれた才能を持つ人間が力を持つのは当たり前だからね」


 身長180センチを超えるドレッドヘアの白人、ライダースーツの変人がにじり寄るのは恐怖だ。


 海原は人差し指の狙いを眉間へと定める。


「道端に面白い形をした石があったらさ、眺めたくなるだろう? しかも、それを拾い上げて見たら誰の手も入ってないのに銃の形をしていたら、それはもう面白いだろ? キミはそれだ! 輝くものはない、特別ではないどこにでもある石ころ、しかしその形はよく見てみればあり得ないものさ! 面白! キミ、面白い!」


「やめろ、テンション上げるな。撃ち殺すぞ」


「いいや、キミは撃たない。何故ならキミが撃つのなら警告などしない筈だ。キミはそう言う人間だ」


「俺の何を知っている……」


「簡単な推測さ。特別な才能がない凡人のキミが何故、まだこの世界で生き残っているのか。答えは簡単、やられる前にやる。殺される前に殺す。それが出来る人間じゃなければ、深化現象無しでここまで生き残れる訳がない」


 ラドンはその場で立ち止まり、海原を見つめながら言葉を続ける。海原の指先は動かない。


「キミはきっとあの夜も、そうして生き残った筈だ。誰しもが惑い、叫び、逃げる中、キミだけはきっと、襲い来る敵を、手にかけた筈だ。そして運良く生き延びた。逃げて生を掴んだのでなく、殺して生を捥ぎ取ったのだよ」


 海原の脳裏に、手のひらにあの時の光景が、感触が蘇る。


 ねじ曲がりながらも肉に深く突き刺さった引き出物の包丁。鼻に薫る甘い青い血の匂い。


 返り血に染まった美しい女の横顔。


「素晴らしいじゃないか、世には怪物が溢れ人の法はもはやない。キミを縛るものは何もなく、ただ、目の前には敵が溢れている。その性質を如何なく発揮するチャンスがやって来た。存分に狩り、殺しなさい。キミにはそれを可能とする牙がある」


「唐突な黒幕ごっこはやめろ。テンションの上下が激しすぎんだよ。アンタ」


「アッハッハッハ! こりゃ失敬! キミがマルスを恐れないのがわかるよ。キミは心の奥底では何も恐れていない。きっと、キミは死すらも心の底では大した事じゃないと思ってるんだろう。自覚はなくともね」


「悪いがカウンセラーはいらない。いるとしてもアンタだけには頼まない。……博士、そろそろ本題に入らないか?」


 海原は小さく息をため息をついて、指先を下ろす。毒気を抜かれたような顔をしたラドンがストンとその場に長い足であぐらをかいた。


「えー、もう少し乗ってくれよお。揶揄う国も人間も殆ど滅んだから、ワタシのコレに付き合ってくれる人間がほとんどいないんだよ」


「うるせえ。マッド。で、結局アンタ、俺を助けてくれるのか? 俺は、生き残ったのか? それともこのまま死ぬのか?」


「……どうしてそう思うんだい?」


「ここは俺の心の中だ。アンタが鼻唄歌いながらなぎ払ったおかげで印象が薄かったが、あの黒い人影。アレはきっと俺の死なんだろ? あんなもんが大群になって心の中に浮かんだって事はよ、俺は死ぬんじゃないのか?」


「ふうむ。なかなかなかに鋭いねえ。あっ、ちょうど解析が終わったみたいだね。ちょっとまっておくれ」



 海原の話を聞きつつ、ラドンが片手を上げて言葉を制する。


 砂浜の中を探るように手をかき回していると、何か棒のようなものを砂中から引きずり出した。


「ふむふむ、バイタル正常、精神汚染無し。同一化も問題無し。遺伝子異常も見当たらず。アレ、血中ヘモグロビンも戻ってる。うわ、ブルー因子総量ヤバ。マルスが本気を出したのだね。数値上ではギリ、怪物種だねえ……」


 なんか、あまりよろしくない言葉が聞こえてくる。海原は突っ込みたい気持ちを抑えて黙ってラドンの言葉を待っていた。


「うんーと。デスリビドーは……、うわっ。ゼロ? それはそれで人間としてどうなんだろうねえ、軽く引くわー。そんでもって、負傷率は…… は?」



 ラドンの言葉が止まる。その表情は始めてみるものだった。こいつ、驚くと目あんなに開くのか。


 海原はまじまじと口と同じようにあんぐりと開いたラドンの顔を眺める。



「はあああああああああ?! 負傷率ゼロ?! そんな馬鹿な! 確かにグリゴリが受け取ったバイタルデータにおいては首と肩部の肉が千切れていた筈! 凡人くううん?! キミ、覚えてるよね! 咬み傷と戦闘記録から察するにキミ、怪物種に齧られたのだろう?!」


 唐突に叫ぶラドン、忙しない奴だなコイツ。海原は億劫に何度か首を縦に振る。


「だよねえええ?! え、何故だ?! 何が起きた?! 傷がない、あったはずの致命傷が消えている! 治ったんじゃない、これは治癒ではない!」


「えーと、博士、何が起きた? 何を騒いでいるんだ?」


「キミ! 自覚はないのかい?! ありえない、 ワタシがなんとかしようと思っていたキミの傷が、キミの死が無かった事になっている! むむむむむ、マルスの自己修復も結合の折にしか作動しない筈なのだがーー」


 ラドンは目を細めて人差し指を額に触れさせ唸る。


 手元にある体温計を太くした棒のようなものに時たま目をやりながら



「うーん、細胞分裂が加速した形跡もないし、臓器にも変化はない。どんな原因だ? 何がそうした? ワタシではない、マルスでもない。我々以外の何かが彼を生かした…… それは誰だ? これではまるで治癒ではなく、負傷という事象そのものの否定だ…… アビスの中のナニカが干渉したのか? うむむむむむむ」


 ラドンは海原などいないかのごとく1人でぶつぶつと言葉を続ける。



 うーん、うーんと数秒ほど唸ってそして



「まあいいか!! 今日は良い日だ! まだこの世界にはこのワタシですら理解不能な事象があるという事だ! シェルターの強化が終わった後の調べたい物リストに入れておこう!! さて、不思議な凡人くん! キミに良いお知らせがある!」


「それは俺にとっての良い知らせか? アンタにとってか?」


「アッハッハッ、このわずかな時間でワタシのことをなかなか分かって来たじゃないか! 安心したまえ! ワタシにとっても、キミにとってもだよ! おめでとう、キミは生き残った! 原因は不明だが、キミの肉体は既に治っている! 無傷、健康体、ビンビンだよ!」


「ピンピンな、ピンピン。独り言が聞こえてたんだが、理由は分からないのか?」


「いや、分からないんじゃないよ! 分からないという事が分かったんだ! 少なくともこの環境では検証しようがないからね! 科学の徒として悔しいが、そのうち解明してやるさ! キミの身体に起きた事をね!」



 ラドンは高笑いしながらライダースーツから砂を払い立ち上がる。太陽の下、その長躯をうんと伸ばした。


「あーークッソ! 悔しいなあ! マジでわかんないや! 分からないという事は素晴らしいねえ! 未知だよ、未知! この世界はまだきちんとグレイトチャレンジに満ちている! 魂を治癒すれば肉体も治癒するという仮説を試す為に色々用意して来たのになあ…… 試験薬エリクサーはまた別の機会に、別の実験体に使ってみーよお」


 今、実験体って言ったよね、この男。海原はラドンの言葉にげっそりと下を向く。もうなんか発言にいちいち言葉を突っ込むのも面倒だ。


「はあ…… まあ、いいか。博士、助けに来てくれてありがとうございました。アンタこれからどうすんだ? ていうのもおかしいか」


「アッハッハッ! ワタシこそ、有意義な時間だったよ! まあ、もうやる事もなさそうだからこのまま帰るさ。グリゴリとプロメテウスが道を作ってくれているからね! ベッドルームで寝ているワタシの肉体に戻るのは簡単なのだよ! あ、キミもこのまま暫くしてれば勝手に意識が戻るから! 束の間のバカンスを楽しんで起きたまえ、心に海原を持つ凡人よ」


 ラドンは笑いながら背後で待機させてあるロボット、人型駆動兵器、サイクロプスに近づいていく。


 海原も立ち上がり、その背を見送る。




 ラドンの歩みが、止まった。


 ざざあん。いつのまにか海原が立っている場所にも波が届くようになっている。


「最後に、凡人くん。1つキミに質問をしてもいいかな?」


 振り返らずに、ラドンは背中の向こうから海原に向けて声をかける。


「あ、ああ。何か?」


 その声色の低さに、海原は少し戸惑いつつ、返事をする。





「ウミハラ ヨキヒト、キミは何者だい」



 波が砕けた。風は舞った。砂は流され、運ばれる。


 海原は答えた。


「人間。どんなに手を汚してでも生き残る。 終わりの世界を生きる1人のちっぽけな人間だ」


 唐突に投げかけられた、質問。その質問の意図は分からない。


 それでも海原は反射的に答えていた。


 何者であるかという問いに頭で考えるよりも先に唇が、舌が、喉が踊った。



 波が砕け、風は流れる。砂がさらわれ、また届く。


 悠久の営みを続ける海の絵の中で、奇妙な精神が互いを測っていた。



「うん、やはりキミは面白い。この問いに難なく答えることが出来るキミこそ、まさしくアポカリプスを生き残る生存者に相応しいのだろうね。頑張りたまえ、生きて在るべき者よ」


 振り返らないまま、ラドンはロボットのコックピットに身を滑り込ませる。ガラスの蓋が閉まり、鋼鉄の巨体が膝を起こした。



「さよならだ。凡人くん。ワタシの傑作を、マルスを宜しく頼むよ。キミならばPERKシステムを使いこなせるだろう。プロジェクト・レベルアップ、アッハッハッ…… 世界が終わってようやく形になるとは、皮肉だねえ……」


「また気になる事を呟くなよ。……アンタも気をつけてな。シェルター……だっけ? 頑張れよ」



 ロボットが手指の形をしたマニピュレータをぐっと、サムズアップの形に変形させる。


 ずしん、腹に響く振動が心地よい。海原の脇を悠然と歩き、海に向かっていく。



「フンフーン、フンフフフフーン、フフフーン」


「まさか、カントリーロードとは言わねえよな」


 拡声器から鼻歌が流れる。海に沈みながら、ロボットが間抜けな歌とともに進んでいく。


 海原はただ、その姿を見送るだけ。


 太陽の光が強くなる。次第に、世界がその輪郭を失って行く。


 不安も、恐怖もない。


 目の前の光景が、白く強い光に染められて行く。


 帰ろう、帰ろう。身体に、家に、仲間の元に。


 俺は、また生き残ったーー



 光がさらに強くなり、身体が地面に引っ張られるような感覚がして、それからーー











「あ!! 凡人くん! 言い忘れてた!! キミさあ! なんとか本気出して、9月30日までにワタシの西海岸にあるシェルターまで来れないかなあ!!」


 あれ、まだいたのか、博士。


 今なんか、いい感じで別れのとこなんだけど。海原はもう、自分が立っているのか、座っているのかすらわからない。


 真っ白な光の中、ただ、ラドンの声だけが響いている。



「あれ?! 聞こえてるー?! まあ、聞こえてると思うけど! 言い忘れてたんだけど! ワタシの調査によると、ほぼ99パーセントの確率で、9月30日にもう一度、世界中のアビスの穴から怪物種が噴き出るからさあ! なんとかワタシのシェルターまで避難するか、深化現象を克服した人間を集めて、対抗しておくれよ!」



 は? こいつ、いまなんて



「えーと、伝わらなかったらいけないから、もう一度言っておくよおおお!! 9月30日! もう一度! ()()()がやってくるからねえええ!! 備えておいておくれよおおお! 多分、これで数少ない残りの人類もほぼ絶滅状態に陥るからさあ! まあ、キミは大丈夫だろうけどねえええ! じゃあ、バアアアアイ! 良い人生を!」



 言いたいことだけを終えて、その声は遠くへ消えて行く。それが、わかる。


 存在ごと押し流されそうな光の奔流の中、海原は力一杯口を開いた。




「は?なんて?」



 ぷつん。


 海原の言葉もそこで途絶えた。



読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ