天災(ラドン・M・クラーク)
「ちゃっちゃらーんらーん、ちゃっちゃらーんらーん、ちゃっちゃらーん、らっらあああああああん!! チャラらアアアアん!」
……え、ナニコレ。
海原は口を開けて、目の前で行われている戦いを、いや、一方的な暴を眺めていた。
まさか呑気に拡声器から流れている鼻歌みたいなのは、ワルキューレの騎行なのだろうか。
だとしたなら、全力でワーグナーに謝って欲しい。
いや、きっとこの鼻歌の主が海原の想像通りの人物なら謝るなど絶対にしないだろうが。
聴き覚えのあるメロディが、聴き覚えのある声でデタラメに奏でられる。
10メートル以上はありそうな、鉄の巨人、黒光りするメタリックなボディに、回線まみれの四肢、ロボットが亡者の群れに突っ込んで、1人プロレスを続けている。
あ、どこからともなくなんか武器、銃みたいなのを取り出した。
ブロロロロロロロロロロロロロロロロロ。
えーと。なんだっけ、アレ。機関銃みたいな、ヘリについてあるバルカンみたいな武器。
リズム良く響く銃声が腹に響くたびに砂浜が、割れて亡者が粉々になりながら宙を舞っている。
海原が頭を悩ませていると、
ーーミニガン、ミニガンだ。アレ。ゲームで見た事がある。
頭の中に声が響く。あの声だ。死を望む海原の声。
「そーだ、ミニガンだ、ミニガン。気付いてスッキリしたわ。ありがとな」
海原はその声に返事をした。もう、なんか疲れた、とても疲れた。
ーーあ、おう。どういたしまして…… なんか、悪い、なんか死にたいとか殺したくないとか、よく分からんテンションで
「いや、気にすんなよ。俺もお前だ。てか、なんかこっちこそ悪い。俺、あの大暴れしてんの、多分知ってるわ……」
ーーんん……お前が知ってるなら、俺も知ってるわ。……すまん、アレと話すの無理だからもう、消えるわ……。あの、なんかマジでゴメン
「あ、うん。いや、俺こそ言い過ぎたかも…… てか、お前も俺なら消えれねえぞ。アレの相手はお前もすることになるからね?」
ーーほな、また……
「あ、……くそ、逃げやがった……」
あれほどまでにまとわりついていたら声は、すうっと消えていった。もう、海原にはその声は、もう1人の自分の声は聞こえない。
「デッデッデッデ、デッデッデッデ、ジャジャジャンジャジャジャン、ジャジャジャジャジャジャジャン、ジャジャジャンジャジャジャンジャじゃじゃじゃジャジャン!!」
あ、ゴジラになった。
ロボットの持つミニガンが、鼻歌に乗りながら火を噴く。薬莢を冗談のように吐き出しながら弾丸が亡者の群れを溶かしていく。
きっとゴジラのテーマが終わる頃には砂浜や海にひしめいていた亡者の群れは綺麗さっぱり、滅殺されるだろう。
パチュんと、ミニガンの音速を超えた弾丸に食われた亡者が弾ける。
海原はその場にあぐらをかいて、時折苗木を撫でたりしながらその様子をひどく疲れた様子で眺めていた。
………
……
「いやー、アッハッハッ! エキサイティングな時間だった! まるで4日前のシェルターを襲ったモンスターホードのようだったよ! あー、満足、満足!」
亡者の群れを殲滅したロボットは、汗を拭うような動きをしながらその場で立ち尽くす。
穴の空いた砂浜に、砕けちったヤシの木。亡者の溶けたカスみたいなのが辺りに散乱している。
死屍累々、この為にあるような言葉だ。海原は頭痛を感じつつため息をついた。
行きたくないが、行かないと行けないんだろう。重たい腰を気合いで持ち上げる。
「んーー、しかしサイクロプスの損耗率も12パーセントを超えているのか? バイタルデータのデスリビドーも危険域に達しているし、はてさて、ワタシは一体何と戦っていたのだろうか?」
ブツブツと呟くロボットに向けて海原は少しづつ近づいていく。立ち上がるその時にりんごの苗木が海原を引き止めるように枝を伸ばしていたが、優しくそれを振りほどいた。
見上げる大きさの、それ。
むき出しの回線、五本ある指、二足歩行、首はなく胴体部分が黒いガラス張りになっている。
あそこがコックピットなのだろうか?
「あー、えーと。……こんにちは。でいいのか?」
海原は慎重に声をかける。ロボットはどうやら海原に気付いたらしい。
「おおっと! これはソーリー! ごめんなさい、いきなりの天才的な登場に驚かせてしまっただろう? へえ、へえ、へーえ。なるほど、キミが今のマルスの担い手だねえ!」
ぐい、がちゃん。ロボットがぐぐっと身を乗り出して海原を見下ろす。海原の頭痛がさらに強くなった。
「あ、ああ。えーと、助けて……くれてありがとうございました…… マルスを知ってて、その、アレな感じは、もしかして、ラドン……ラドン・M・クラークさん?」
恐る恐る、爆発物に触るように海原はロボットに向けて声をかけた。
ざざあん。いつのまにか動き始めていた波が、砂をさらっていく。
何度か波の音が砕けたのち、ロボットはふるふると身体を小さく震わせながら
「まさか……ま、まさかこんな東の果ての小さな島国にさえも、ワタシの名前が伝わっているとは…… なるほど、天才とはつまり国境や文明さえも超える者ということかね……」
いや、アンタ名乗ってたけどね。
即座に湧き出たツッコミを海原はのどの手前で抑える。
「っあ、ああ。うん、やっぱりそうか、そうか…… 本人かぁ……」
じっとりとした汗が止まらない。ああー、きつい。これはキツイ。
「おおっと、そう言えば文字通り高いところから申し訳ないね! 今そこに降りるから少し離れてくれるかな?」
「あっ、いや! 大丈夫、大丈夫だ! そのままでいい。わざわざ降りなくてもーー」
「モオオオオオオオドチェンジ! トラアンスフオオオオム!!」
ほんっとに人の話聞かねえ、コイツ。
駆動音を鳴らしながらロボットが前傾姿勢になり、片膝をつく。
空気の抜ける音とともに、機体のあちこちから蒸気が漏れ出した。
がちん。錠前が外れるような音がしたと思うと、胴体部分のガラスが割れるように開いた。
くるりとそのコックピット部分から人影が飛び出る。
フライトヘルメットにびっしりしたライダースーツのようなものを着込んだ不審者は地面に完璧な着地をかました。
「やあ、やあ、やあ!お初にお目にかかるね!! そう! ワタシこそ、人類史最期の天才にして、至高の人間、肩書きをくれた国や組織はすべからく滅んだから、今はただの天才! ラドン・M・クラークだ! 気軽にクラーク博士と呼んでも構わないよ!!」
力強いサムズアップをしながらフルフェイスのライダースーツが声を飛び散らす。
ラドン・M・クラーク。セーフモードの中で再生される記録映像で何度か見た奇天烈な人物。
マルスの言葉の通りならば、マルス自身を造った研究者だったはずだ。
海原は目まぐるしく変わる状況を飲み込めていない。ものすごく話したくないが、確認しないといけない事があった。
「あー…… クラーク博士。もしかして、今のあなたって再生映像じゃないのか?」
あの隠しコードで、出てくる映像とは目の前の人物の雰囲気が違う。記録されているモノとは思えない。
「再生映像!! アッハッハッハ! それを知っているという事はやはり、やはりキミ、開発者コードにたどり着いたのだね!! いやー、驚いた。我が母国の誰にもたどり着けなかったアレに辿り着くとは! なるほど、マルスがワタシを呼ぶわけだよ!」
「マルスが呼んだ? それはどういうーー」
「おおおおお!!! 青い海、高い空、流れる風!! すっばらしいい!! これが彼らが形成する人間の深層心理の風景!! 彼らも緊急事態以外でもワタシと同化してくれないものだろうか!」
ほんっと人の話聞かねえ。え、映像じゃないよね、本人だよね。
海原は映像と同じかそれ以上に話を聞かない目の前の天災を見つめる。
何がそこまで面白いのだろうか。愉快そうに笑いながら、初めて海に来た子供のように砂浜を転がり続けるラドン。
その表情はヘルメットのバイザーに隠されて伺う事は出来ない。
海原がさらに口を開こうとしたその時、おもむろに立ち上がるラドン。
かしゅん。小さな空気の音がしてそれからラドンがヘルメットを脱ぐ。
ヘルメットを脱ぎながら首を振る、鮮やかな紫色の髪色、特徴的なドレッドヘアは一度見たら忘れそうにない。
爛々と目を輝かせる美丈夫が、にいっと中学生のように笑った。
「正真正銘、本物のラドン・M・クラークだよ。はじめまして、日本人君!! 実験は大成功だ、アッハッハッハ! やべー、マジで成功しちゃった」
「ほ、本物…… くそ、頭が痛え。待てよ、ここはそもそも俺の夢の中みたいなもんじゃろ? つー事はアンタ自身も、えーと俺の頭の中で造られただけの奴って事じゃあ……」
「おお? 存外頭が回るじゃあないかね! そう! ここはキミの夢の中! 深層心理の風景をM-66の機能により明晰夢として歩けるようにした、つまりはキミの夢に過ぎない世界だ! なるほど、確かにキミがそう思うのも、無理はないねえ!!」
ラドンは本当に愉快そうに、そのクリクリとした目を狐のように細めながら笑い続ける。
「……違うって言いたいのか?」
「アッハッハッハ! じゃあ聞くけどキミはこのワタシを想像でここまで喋らせる事ができると思うかい? ワタシはワタシだ! キミの想像が生んだモノじゃないよ、まあまあまあ、気になる事は沢山あるだろう!! ホラ、座って!座って! 海でも眺めながら話そうか!」
波打ち際にさっさと走っていったラドンが手招きをする。
ああ、なんかもう、すごく帰りたい。帰れないけど。海原はさざなみの音の方へ歩く。波打ち際に座り込むラドンの隣、1メートルほど横に並んで座った。
「それにしても、良い場所だねえ…… 深層心理にこれほどまではっきりした海原の光景が刻まれてるとは…… 日本人君は、海が好きなのかい?」
その場で座り込むラドンは海を眺めたまま、ぼうっと呟く。
「あ、ああ。まあ好き……です。夏はよく泳ぎに行ったり、ダイビングもしたりしてたから」
「へえ、奇遇だね。ワタシも海は好きだよ。生命の源、我々の起源。本当ならそのうち深海に研究施設でも作って地下空洞を調べてみたかったんだけどね、まあさすがのワタシも今はそれどころじゃないから我慢するけど、あ! 地下空洞というのはだね! 地球の表面、マントルに行くまでには実は空間があるというーー」
ざざあん、ざざあん。黒く染まっていたのが嘘のように、陽光をたたえた白波が砂浜に砕ける。
背後には片膝をついた人型の兵器、ロボットが鎮座し、隣にはオカルト雑誌で書かれているような事を熱弁する妙に日本語のうまい外国人。
海原はいつしか考える事をやめて、頰に当たる風や波の音を楽しむ事にした。
ラドンの言葉に時折、相槌を打つ事を忘れずに。
読んで頂きありがとうございます!
宜しければ是非ブクマして続きをご覧ください!




