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ワイルドハント

 


「オオカミ男の最後はよお、人間による吊るし上げだって相場が決まってる……お前のやり方を思いついたぞ」


 腹部、ワイシャツが赤く染まる。ささくれを剥かれたような薄い痛みを皮膚に感じた。


 'ネガティブ、ヨキヒト。完装肌の許容ダメージを超過。皮膚細胞に亀裂を確認……、回復まで腹部にPERKを適用出来ません……'


 マルスからの警告、つまりはもう一撃腹に喰らえば次はもうないという事だ。腹に手を当てると血でじっとりと濡れた嫌な感覚が帰ってくる。


 いくも地獄、帰るも地獄、ならばーー


「……なんでもやってやる。必ず勝つ。生き残る」


 飛び跳ねるように人狼がこちらへ駆け出す。筋肉の1ミリ、1ミリがゴム鞠か何かで出来ているのではないか、瞬く間に詰められる距離、再び爪が海原に迫るーー


 '擬似ダンジョン酔い、オールグリーン。動作サポート開始、近接戦闘プロトコル発動'


 脳幹に結びついたマルスが海原の身体を一時操作する。振り下ろされる爪に対して、右腕が反応、手刀が閃く。


 ぎいん、一合。受け止めるのではなく、側面を弾く。硬化した皮膚のかけらがわずか、舞う。


 二の次に真横から薙ぐ左腕の爪、両手を反射的に組んでゴルフのスイングのように振り上げる。今度も受け止めるのではなく、弾き打ち上げる。


 ぎいん。大きく弾かれる人狼の腕、その腕に引っ張られるように態勢を崩した。


 腕が痺れる、骨が軋む。やばい、マジでやばい。ははは、まともに喰らえばマジですぐに終わる。


 海原の綱渡りは一度滑れば全てが終わる、命綱も何もない保証なしの一発勝負。腕と爪のやりとり、その身体にかかる圧力は化け物と己の生命としての格の違いを如実に語る。


「始まりだ。マルス、操作を止めろ」


 'コピー、動作サポート終了'


 しかし、その格の違いを知恵と悪辣で埋めて来たのが人類、人間という生き物だ。どうしようもない生命としての差を人はいつだって、ありとあらゆる方法で超えて来た。


 今回もそれと同じだ。



 海原はその場から飛びのく、追撃はしない。


 じゅくじゅく鼓動するように、先ほど吹き飛んだ指が再生しつつある。残弾数は、残りの指は9本。


 充分な数だった。


「ロケット・フィンガー」


 左手の人差し指を人狼に向けて射出、当然のように人狼はその場にしゃがみ込みその1発を躱す。


 ぐっと、身体を沈み込めその脚を踏ん張ってーー


「さて、愛情テストだ。お前は果たしてどんな生き物なのかな」


 海原は狙いを即座に変える。その指先を右手、群狼の死骸、その中に紛れる白狼の骸へと。


「ァア?!」


「おっと、気づいたか? どうする、俺にこのまま攻撃を仕掛けるか? それとも、その骸を庇うか? 俺はどちらでも構わない」


 海原は気付かなかった、気づけなかった。その顔には面白くてたまらないとでも言わんばかりに、口が半月のように裂けていた事を。


 ばきん、ばきん、ばきん。


 指の付け根の骨、肉が破裂しちぎれ飛ぶ。どのような定向進化を遂げれば指先が弾丸のように吹き飛ぶようになるのか。


 おおよそ地球の生命にはそんな進化を遂げた生物などいない。こんな進化を己に齎したマルスとは一体何者なのだろうか。


 硝煙の代わりに舞う血煙を眺めつつ、海原はそんな呑気な事を考えていた。



「グウオオ?!」


 黒い風と化した人狼が、すぐさま身体の向きを変えて白狼の骸の元へ。間一髪でその骸に向けられた指弾を全て叩き落とした。


 人狼はぐわりと大口を開いて海原を威嚇した。白狼の骸を庇うようにその場に身構える。


 海原は嗤う。


「はははは。そうか、お前はそれを選んだか。立派だよ、化け物なのに人道的とも言える。……これから俺はお前の伴侶の骸を狙い続ける。お前はどうする?」


 じゅくり、吹き飛んだ指がみるみる間に再生する。トカゲの尻尾もかくや、人類の突然変異である超天才と、異なる世界の生き物のカケラが海原 善人へと与えた牙。


 海原の悪辣と混ぜ合わさったその牙は、種の存続の危険を防ぐために生まれた生命体にすら届きつつある。


「人差し指、中指、薬指、発射!!」


 ばきん、ばきん、ばきん!


 同時に発射される指、指、指。その全てが人狼ではなく白狼の骸へと向けられる。


 音速にすら迫りつつあるその速度、人狼は怖ろしき反射神経でそれを捌き続ける。


 にぃと海原が嗤った。


「組み合わせ、それが大事なんだよ。PERK ON コープス・エンド」


 人狼がその爪で防いだ指の輪郭がぼやける。パァン! 血液循環の止まった部位が一気に腐敗し、小規模のガス爆発を起こす。


「グウあ?!」


 たまらぬように被りを振るう人狼、しかしダメージはほとんどない。腐って破裂した指、小さなその部位では、人狼の分厚い毛皮を通すことは出来ない。


 ……予想通りだ。


 海原は、次の指の再生を待たずに左手の指先を構える。


「マルス、奴の生態で分かることを教えろ。感覚器官はどれに頼っている?」



 '感覚器官? パックスについてはあまり研究が進んでは居ませんが恐らくは、鼻です。先ほどの砂煙の中でも正確に我々の位置を追跡して来た事からも奴は、おそらく我々の匂いを追っているかと"


「オーケー、了解、次点は目か? 目だよな、目と言ってくれ。お願い。それとマルス、筋力を一時的にでもいいから爆上げ出来るようなPERKはないか? 緊急事態だ、セーフモードでの安全な進化じゃなくていい」


 矢継ぎ早に海原は言葉を並べる。ばきん、ばきん。左手の指を二本射出、白狼の骸に届く前に人狼の強靭な爪に弾き落とされる。


 '感覚器官の優先順位は鼻、耳、目とのはずです。筋力をあげるPERK……、ヨキヒト何を考えているのですか?'


「耳かよ、クソ。そうなると一気に賭けになるな、良からぬ事だ。PERKの選別はマルスに任せる。必要なポイントはあるはずだ」


 左手の小指を発射、人狼の鼻面に向けて放たれたそれは爪により防がれる寸前で、パンっと弾けた。


「グウ」


 腐った血液が人狼の顔に降りかかる。うざったそうに顔を振り乱して人狼が血液を祓う。


 海原の非人道的な作戦、生き物の伴侶への愛情を利用した作戦は人狼の足を完全に止めていた。


 'コピー、指定のPERKがいくつか該当しました。2分後に適用可能です'


「ナイス、悪いな、マルス無茶に付き合わせて」


 '慣れています。アリサの時は巨大な怪物種の胃の中に侵入して、体内から喰い殺すみたいなこともしたので'


「超気になるんだけど、詳しく聞かせてくれよ。後でな」


 'ええ、後で。人間とともに在るのが私の意義です。……指定怪物種12號、人狼を確認、オペレーションノスタルジア優先駆除対象と確認。戦術データリンクへの同期、エラー。本機の独自判断により戦闘行動へと移行。宿主へコールサイン、シエラ0を付与。設定された軍事行動へと移ります'


 マルスの声色が変わる。平坦な機械音声のような声。生命と兵器の天秤がわずかに傾く。


「シエラ0、了解。これよりターゲットの駆除……人狼狩りを開始する、なーんてな」


 'ミッション了解、ラドンコードによりロマンルーチンを起動。作戦名、ワイルドハントを開始します'


 まーたあの博士、ロマン振りの無駄機能をつけてやがった。


 海原は小さくため息をついて、それから少し笑った。


 まあーー


「そういうの、嫌いじゃないけどな」


 じゅる。発射された指は全て再生、残弾数10本。準備は整った。あとは実行するだけだ。


 指先を向ける。



読んで頂きありがとうございます!


よろしければ是非ブクマして続きをご覧下さい!

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