フラグ名人、マルス君、3歳。
それはまさに数の暴力。
四方八方から迫り続ける海原の傀儡、操作された怪物種95号達。
白狼が右往左往しながら襲いくる同胞の首を噛み潰す。しかしその瞬間に背後からまた別の個体がその白磁の毛皮にかぶりつく。
黒狼が白狼の身体に噛み付いた個体に噛み付き地面に押し倒してその首を折る。
ごきり。しかしまだ動く死骸はたくさんいる。黒狼の身体には無数の咬み傷、そしてさらにガラ空きの胴体に死骸がその顎門を向ける。
双狼にとっての最期の敵は自らの仲間にして家族、同族の動く死骸だった。
「昔よお、オープンワールドっつうゲームのジャンルが流行ったんだよなあ」
海原が爪の間にこびついた血のカスをほじりながら呟く。双狼の怒号、動く屍の呻きを海原は聞き流す。
「面白いのがよお、自由度が高えんだわ。ボス戦とかも探せば正攻法以外の抜け道があんだよ。落とし穴に落としたり、ねぐらをぶち壊して生き埋めにしたりよ。とにかくまともに戦わなくても勝てるんだよ、そのゲーム」
「グウオオオオ!! やめろ、同胞よ! やめるのだ!」
黒狼が叫びながら前脚で迫る死骸を払いのける。爪の一撃は脆い死骸の頭を弾き飛ばした。
「んでよお、思い付いたんだよ。このPERKシステム、これめちゃくちゃあのゲームに出て来たシステムと似てんだよ。選び方次第でどんな戦い方も出来るようになるってな」
ごほん、海原は咳払いをして何かを数えるように指を折り始めた。
「PERK コントローラーはマルスの細胞を混じらせた肉片により対象の脳を支配する能力だ。俺の指には既にその細胞が混じってある。苦労したぜ、それなりに。合計40本ぐらいは指を消費したからな」
海原はその場から動かない、ただ誰に聞かせるわけでもなくつぶやき、眺める。己が滅ぼそうとしている生命の最後を。
「本気だよ、俺は。本気でお前達を滅ぼす。真正面からの決闘とかじゃねえ。俺がするのはエゲツない反則だ。お前達は同胞のゾンビによって始末される」
「サル、サル! サアアある!! 卑怯ものがああああ」
「仲間の肉を、皮を、臓腑を裂いた爪は、果たして鋭いままか? どんな気分だ、え? 仲間に殺されかけるのは? なあ、オイ。怖いか?」
海原の目に灯る光、それはあの時、地上で田井中を怯えさせた時の光と同じ。
殺す時に殺せる。理由があれば殺せる人間にしか出せない光。
ドス黒い呪われた人間性のもたらす光を海原は湛えていた。
「俺はお前らが、恐怖が大嫌いだ。忘れねえ、てめらが笑いながら俺の足を引きちぎった事を。命乞いをさせた事を、俺の身体を啄ばんだ事を。俺を餌にした事を」
ブブブブブブ、ブブブブブブ、ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ
白狼がついに死骸に囲まれ、一気に多数の個体に覆いかぶされる。
「グッ、痴れ者ドモがっ! ハナセ! 離せええええ……」
ブブブブブブブブブブブブ。
叫びごと飲み込まれるように死骸が白狼に群がる。すぐに粘着質な咀嚼音が広がった。
「オノレ! ツガイよ!!」
黒狼が身体中から青い血を流しながら、白狼に群がる死骸を蹴散らしていく。
「おいおい、よそ見すんなよ」
ばきん! ばきん!
2発命中。
海原がなんともない動作で射出した人差し指と中指が黒浪の側頭部に直撃した。
「があっ?!」
よろける黒狼、あれで即死しないのは流石だ。毛皮が分厚いのだろうか。海原は次弾装填を急がせつつ、左手の指先を向ける。
ブブブブブブブブブブブブブブブブブブ。
次弾を待つ事なく、生者に死者が群がり始める。よろけた巨体に飛びかかり、耳を食いちぎる。かと思えば別の一頭が足に噛み付き地面に引きずろうとする。
8体ほどの死骸が一斉に黒狼に群がる。首元に2体が噛みつく。それが決定打になった。
巨体がよろけてそのまま横倒しになる。獲物に群がるピラニアのように一斉に遠巻きに展開していた他の死骸が群がり始めた。
生理的に嫌悪感を催す光景。海原は己の力が起こした結果をただ、眺め続けていた。
'ネガティブ…… こんなPERKの使い方はシエラチームはおろか、アリサですら思いつきませんでした。おそらくヨキヒト、世界で2人だけです。貴方と博士のみがこのPERKの使い方を知っていたのです'
「……あのMADと一緒にすんなよ。さて仕上げに入ろうか。PERK 起動、一度引け、軍勢よ」
海原の号令、もといマルスから発せられた細胞辺への指令により死骸の群れは一斉に双狼を貪るのをやめる。
ぶわりと群体がまるで1つの生き物のように海原の元へ集まり整列を成した。
海原は死骸の群れが引いた場所を見つめる。かつて群れにより喰われかけた記憶が蘇る。
それはあの日の再現だった。
死骸の群れの食い散らし。白狼の毛皮はもはや見る影なく真っ青に染まっている。子ヒュー、こヒューと間抜けな呼吸音が満ちる。喉笛を噛み切られたのだろう。
その死にかけの白狼に寄り添うように、脚を片方捥がれた黒浪が同じく死に体で倒れ尽くしていた。
傷がない部分などない。あの日の海原と同じ、餌と化した2体の恐怖の成れの果てを海原は、見下ろす。
「……恐怖はここで滅ぼす。充分借りは返した。必要以上に痛ぶるつもりはねえよ。じゃあな」
海原が再生しかけの指先で銃のジェスチャーを象る。親指を引き金に見立てて指先を銃筒と銃弾に。
ビキリと硬化した化け物へと突き立てる牙が、双狼を狙う。
その時だった。
ピクリ、黒狼が痙攣してからおき上がろうともがき始める。
白狼が弱々しく首をもたげて黒狼の方に何かを呟いていた。海原にはその言葉がわからぬ。
黒狼は、逡巡するように首を横に振るも、最後は小さくゆっくりと首を縦に振った。
ぞわり。
海原の背筋が一気に泡立った。マルスによってもたらされている擬似的な酔いが覚める。
「動くな!!」
ばきん!
指先が、黒狼の首を貫通する。ぶわりと黒狼が毛皮を逆立たせる。しかし、それだけだ。
黒狼の白狼への歩みは止まらない。
'警告。付近のブルー因子の濃度が一気に上昇中。これは……! まさか! マズイ、ヨキヒト! すぐに対象の怪物種にトドメを! 急いで!'
海原の焦りを同じく、マルスが警告を発する。
何かがヤバイ。マルスの言わんとすることがわからないのに、海原の底、ここまで生き在ってきた生存者としての勘が叫ぶ。
あの黒狼と白狼を近づけてはいけない。
「チっ、PERK ON コープス・レギオン! トドメをさせ!」
海原が檄を飛ばす。電波を受けたラジコンのように死骸が一斉に再び、双狼へと迫る。
ぶわりと瞬く間に2体は埋め尽くされる。
瞬く間に見えなくなる2体、しかし海原の背中、ワイシャツを濡らす汗は止まらない。
'警告、怪物種95号の異常行動を確認。戦術データリンクへの照合開始……エラー…… オフライン、シット!! 個別データベースへの照合開始…………、該当……! 融合現象の兆し! ヨキヒト、もう間に合わない。退避を!'
海原はその場から前を向いたまま飛び退き、叫んだ。
「融合だと? クソが……どのみち奴等はここで終わりだ。パワーアップなんて簡単にさせるかよ。PERK 起動! コープス・エンド!」
海原はその焦りに身を焦がしたまま、起爆命令を下した。
動く屍の頭部が一斉に風船のように膨らみ、同時に破裂した。
至近距離での死骸爆発。極度の衝撃が地面の砂を巻き起こし、辺りの視界を閉ざす。
輝く砂が空中に舞い、霧のごとく辺りを閉ざす。
「はあ、はあっ、はあ。やっーー、おっと。やべえ」
すんでのところで海原は、その言葉を我慢した。
古今東西、爆発の後の視界不良な状況の中で言ってはならない言葉がある。
フラグ、お約束。数々の創作物で登場人物達が犯してきた過ちを海原はギリギリ回避していた。
教訓から学ぶ、それが人間の素晴らしさだ。海原は呼吸を整えーー
'爆破命中!! やりましたか?!'
「OH………」
'ネガティブ どうしました、ヨキヒト? 何か動きがありましたか?'
キョトン、疑問の声を上げるマルスに対して海原はうなだれる。
ああ、この子完璧にフラグたてちゃった。
海原の周り、霧のように立ち込める輝く砂が晴れ始める。
やめろやめろやめろ、たのむたのむたのむ。
心中でそのフラグが立つのを拒む海原、しかし彼は知っている。
そのルールがいかに強力な力を持つかを。
「マルス君、この地下を脱出したら一緒に本を読もうね」
'本! 素晴らしいですね、ヨキヒト。約束ですよ'
無邪気に喜ぶマルス、げっそりしながら霧の向こうを見つめる海原。
霧が晴れる。
フラグが立つ音を、海原は聞いた。
「グウウウウウウウ」
もやの向こうから鳴り響く唸り声。シルエットがもやから浮き上がる。
「ああ、くそ、やっぱりかよ。そりゃそうだよな。アレを言ったらそうだよな」
'そんな……バカな……、敵性反応健在'
「マルス、いいか、川底に落ちた敵に対してこの高さなら生きてはおるまいとか、爆破した敵に対して、やったか?! とかは言ったらダメなんだよ」
'ヨキヒト、それはどういう事ですか?'
「世界のルールだ。終末の世でも変わらない鉄則だな」
世界が終わっても変わらない事はある。海原とマルスはそのルールに従って、今危機を迎えつつあった。
怪物種、未だ駆除叶わず。
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