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絶滅

 


「グオオオ!!」


「オラァ!!」


 がきいいいいい。


 顎門が海原の首元に迫らんとする。閃く鉄腕が上顎の牙を弾き返す。


「グオ?!」


「フッ! PERK 起動! ロケット・フィンガー」


 僅かに開いた間合い、左手指先を瞬時に黒浪の鼻面に向ける。


 '警告、ヨキヒト! 後ろです!'


 マルスの叫び、知っている、蘇る足に噛み付かれた時の焼かれたような痛みを。


「脚だ! マルス、PERKを!!」


 'コピー! PERK ON 完装肌!! 脚部!!'


 ギッチ。海原の態勢が前に大きく傾く。意識の隙間、呼吸の隙間。海原が黒浪と相対し、一合交えたその瞬間、白狼は後ろに回り込みバックアタックを仕掛けてきていた。


 それはもう、知っている。それで殺されかけたのだから、知っている。


 ギギギ。海原の予想通りに脚に噛み付いて来た白狼の牙をPERKにより硬質化した肌が防ぐ。


「ナ、二?」


「今度は簡単に食えると思うなよ。命がけで来い」


 身体をねじり、指先を振るう。足元に噛み付いている白狼の頭蓋を狙って人差し指を発射。


「オラァ!!」


「チッ」


 白狼は瞬時に海原の脚から口を離し、離脱。すんでのところで射出された人差し指は当たらず、その毛皮の先を掠めた。


 仰け反る黒浪がこちらを注意深く見つめる。地面を滑るように後退した白狼が海原の、背中を狙い続ける。


 挟み撃ち、かつて海原はこの連携の前に何も出来ずに狩られた。


「そう何度も何度も喰われてたまるかよ、バカヤローが」


「グウルルル。固い、ハヤイ、ツヨイ。キサマ、何がアッタ?」


「ふ、ふふふ。さあ、何があったと思う? てめえらのクソがきを噛み殺してやったのが良かったのかもな」



 ニヤリ、言葉が通じるのならばそれによって乱す。背後の殺意が膨れ上がる。


「そら来た」


 がきいい!!


「コロス! サル、餌! キサマァァ!」


 白狼、母親が海原の挑発に激昂しながら襲い来る。


 右足を軸に回転しながら裏拳の要領で海原がその牙を弾く。


 牙のかけらが飛び散り、海原の鉄腕の薄皮が剥けた。


 大きく態勢を崩す白狼。海原は射抜くような冷たい目をしつつ、右手の再生した指先で眉間に狙いを定める。



「ァ…」


「死ね、ガキと同じところに行ければいいな」



 ばきん!!


 血しぶきが海原の視界を刹那、塗り潰す。


 射出された人差し指が至近距離で宙を裂く。必中のタイミング、しかしーー



「グルウオオオ!!」


 どのような速度で回り込まれたかが分からない。海原を前後に挟み込むような立ち回りをしていたはずの黒浪と白狼。


 黒浪が気付けば、海原の眼前、白狼を庇うような立ち位置に移動。


 肚の底と空気をその咆哮で震わせる。



「うお!!」


 質量を持った突風をまともに海原は受けた。たちまち身体がその圧に持っていかれ、ころりと一回転しながら吹き飛ばされる。


 咆哮、ただの咆哮のはずなのに。


「ぐっ……」


 'ネガティブーー、三半規管、耳管、鼓膜にダメージ…… く、なんて声量……'


 キイイイイイイン。気付けば世界に耳鳴りが満ちる。吐き気とふらつく身体、黒浪がかたほうの耳を無くし、血を流しながら白狼をかばうように立つ。


 射出された指先はその軌道をずらされたらしい。白狼の眉間ではなく、それを庇った黒浪の右耳を吹き飛ばしていた。


 ふらつく海原、血を流しながらも立つ黒浪。


 互いの殺意に滾る視線が交差する。


「エサ……、サル……。強くなったな……」


「バケモンがよお……。鳴き声がうるせえんだよ。クソがぁ……」


 '三半規管、ダメージコントロール開始、平常化まで12秒ーー'


 マルスの声が耳鳴りの隙間から聞こえる。脚に力が入らない。気を抜けば倒れてしまいそうなダメージ。


 黒浪に庇われた白狼が、ぬるりと立ち上がり同じように並び立つ。


 戦闘の天秤が化け物に傾く。海原のダメージをマルスが必死に調整していく。


 しかし、それをあざ笑うかのように化け物がその脚に力をーー



「ウオエ、気持ち悪。まあ、でも作戦成功だ。頼んだぞ、田井中」


「ああ、オッサン」



 化け物を引き寄せることが出来た。ダメージは痛いがそれは想定の範囲内だ。


 ウェンから黒浪を引き離した、それが海原の戦果だった。



 化け物二体が目を剥く。


 並び立つ双狼。海原との戦闘を優先したが故にそいつらはすぐに忘れていた。


 人間が何を狙って己の寝所に来たのかを忘れていた。


「わ、わわわわ。タイナカっ?! 待ってくれ、風はまだっ!」


「うるせえよ、ウェンフィルバーナ。黙って助けられとけや。オッサンもアンタもごちゃごちゃ考えすぎなんだよ。化け物なんぞに仲間を渡せるわけねえだろうが」



 海原の背後、気配を隠していた田井中がその力で象った手足を使い、瞬時に移動。


 水鳥が湖面から飛び立つような軽やかさでウェンの伏せる巣のような場所までひとっ飛び。


 黒浪と白狼は海原に遮られそれを止めることなど出来ない。



 モコモコの服を着た華奢なエルフを短パン姿の美少年が抱える。


 海原はその様子を見て、悲しい顔面格差のことを少し嘆いた。


 絵になるなあ、おい。あっちは美少女エルフでこっちはクソでかい狼の化け物か……


 ため息をつく、海原。


 振り向かずに背後にて佇む田井中とウェンに話しかける。


「田井中、ウェンを連れてキャンプ地へ戻ってくれ。俺もすぐに行く」


「……信じていいんだな、オッサン」


()()()はお前も見てただろ? やり方はもう、出来ている」


 海原の返事を聞いた田井中は目を瞑り、むすっとため息をつく。


「……分かった、死ぬなよ。死んだらぶちのめすからな」


「分かってるよ、田井中。てめえのボディは効いたぜ。もう二度と食らうのはゴメンだ」


 海原が片手をヒラヒラと振って行けとジェスチャーする。


「よ、ヨキヒト君、風は……まだ……」


 田井中に抱えられたウェンが海原へ向けてか細い声を向ける。背中でその声を受けた海原は振り返らずに返事をした。


「言ったろ。それもお前だ。答えが出せなくても失望なんかしたりはしねえよ。時間はまだたくさんあるからな。ゆっくり考えろ」


 言いたいことは全て伝えた。海原は用心深く目の前の化け物を見つめる。


「キサマ、キサマラ。逃げれるとでも思っているのか? ココは我らの寝所。我らの縄張り。一族の者がひしめく神聖なる場所ぞ」


「逃すんだよ。今から俺がな。悪いが付き合ってもらうぞ。化け物」


 白狼の言葉を海原が笑いながら否定する。


「1号、田井中達に着いていけ。必要ならばお前が囮になれ」


「ブブブブブブ、マスター了解」


 いつのまにか海原の足元に侍っていた個体がしゃなりと田井中の元へ移動する。


 黒浪がスウと息を吸い込むのが見えた。始まる、ここだ。ここしかない。


 その叫びが洞窟の空気を鳴らす刹那、


「行けっ! 田井中、ウェン!」


 おオオオオオオン!!


 海原の叫びと、黒浪の叫びが響きあう。


 瞬時に動き出す田井中。ホット・アイアンズにより象られた義肢が地面を蹴る。


「イチゾクよ!! ミコを取り戻せ! 2匹のサルと裏切り者はくれてやる! 殺せ、食い荒らせ! 牙達よ!」


 黒浪の低い声が、その叫びに込められた意味が風を通じて海原に伝わる。


 ここは、そう。化け物の巣窟。侵入者の未来は一つ、数による暴虐により全てを奪われる。


 海原の背中を田井中が飛び越す。それを止めようとして動き出す白狼を海原が、ロケット・フィンガーの射撃により牽制する。


 白狼の動きが一瞬止まる。田井中にはその瞬間だけで充分だった。


「しっかりつかまっとけよ、ウェンフィルバーナ」


 地面をその血液で象られた義肢が蹴る。田井中の身体はグンと何かに引っ張られるように加速し、容易に双狼を抜いた。


 登り坂になっている出口へめがけてウェンを抱えた田井中が駆ける。1号と呼ばれた狼がその後ろを追従している。


 すぐにその背中は海原に見えなくなった。


「さて、返してもらったぞ。化け物」


 海原がポキポキと手のひらを鳴らしながら黒浪に向けて宣言する。


「愚かな……、グ、グフ、グフフフフ。実に愚かダ。サルよ。キサマラは忍び込むのは得意だったようだが、この寝所にはイチゾクが多数ひしめいている。あのサルが無事にここから出られるなどーー」


「忍び込んではねえぞ」


 嗤う狼の言葉に海原がぽつりと返す。


「ナニ……?」


 口を引き裂くように嗤ったまま、黒浪が海原につぶやきを向ける。


 海原は無表情のまま、出口を見つめていた。


「呼んでみろよ、化け物。お前の自慢の一族とやらを。さっきの遠吠えは合図だったんだろう? さあ、はやく呼べよ、仲間を」


 海原は目を見開く。その瞳はギラギラとねめつくように光る。


「サルが…… 調子に乗るなよ……、一族よ! 我が声に応えよ! 寝所を進む逃亡者もミコを連れもどせ! そして馳せ参じよ! 我が牙、我が声、我が爪の元、この不埒者を喰い殺せ!!」


 洞窟に叫びが響く。反響しながら広がるその声は王の号令。


 響く、響く、響く。


 海原はただその様子を黙って見ていた。



 シィン。


 やがて反響は終わる。洞窟の隅々にまで行き渡った号令が沈んで行く。


 静けさが積もる。


 何も来ない。


 号令に反応する遠吠えも、集結のための足音も何もしなかった。


 代わりに響いたのは



「ふ、ふふふふ。ふふふふ。くくく、ブハッ!! はっはっはははははははは!」


 海原の汚い笑い声だった。腹を抱えてくの字に身体を曲げながら嗤う海原。


 目の端に涙を浮かべながら、黒浪に笑い声を飛ばす。


「っ、バカな……どういうことだ?! コタエヨ! 一族よ! 我が声に応えよ!」



「ふふふふふ。どうした、化け物…… お前の言う一族とやらはどこにいる? 来ないぞ」


「ッキサマ! マサカ!」


 白狼が何かに気付いたかのように海原に向けて叫んだ。海原はにんまりと笑顔をその白狼に向ける。


「はははは、はははははは。まさか、そう、そのまさかだよ、化け物」


 笑いながら海原は親指の腹と中指の腹を擦り合わせてパチリと指を鳴らした。



「俺はお前達の牙の鋭さを爪の痛みを牙の恐ろしさを知っている。本気だ、お前らに関しては一切の手加減、容赦はしない。そう決めていたんだ」


 海原の笑いがすんと消える。夕日があっけなく海に沈むようにその表情なら喜色が消えた。


「この俺が、お前らの恐ろしさを誰よりも知るこの俺が、本気でなんの準備もなしにここに残ると思ったのか?」


「っ、ナニヲ……」


「世界が終わって分かった事が1つある。割と俺はろくでなしな人間だという事だ。法律やルールが無ければおそらく俺は、必要なら割と残酷な事も簡単に出来る人間なんだと思う」


 おオオオオオオ。


 洞窟から、その時声が広がった。人ではない化け物の叫び。


「っオオ! イチゾクよ! 我が声に応えたか!」


「……っ、いえ、王よ、コレは……」


 その声に満足げに唸る黒浪と苦虫を噛み潰したように唸る白狼。


 白いヤツのほうが勘が良いな、海原は頭の中で優先順位を決めた。



 オオオオオオ。オオオオオオ。その声は近くなってくる。


「だから俺は本気だ。俺は今日、お前らに喰われかけた恐怖を、餌の記憶を乗り越える。本気で、お前達を滅ぼしてやる」


「ぐははは! サルが! 恐怖で頭がおかしくなったか? 滅びる? 我らが? バカを言え! 今から滅びるのは貴様だ! 一族の牙に、爪に引き裂かれ、臓腑を、ばらまくのは貴様だ! 」


 黒狼が興奮したように唾を飛ばす。その舌はよく回る。


「思い出したぞ! 貴様、餌よ! あの時泣き叫び我らに許しを請うていた餌よ、傑作だったぞ! 泣きわめきながらももがく貴様の有様は!」


 黒狼の言葉は止まらない。ウェンが居た頃に見せていた威厳のようなものはどこにも見つからない。


「痛い! 許して! やめて! ぐははは! 傑作だったぞ! 貴様のサケビは、慟哭は、恐怖は! さあ、もう一度見セテくれ!」


 海原は黙ってその声を聞いている。


「グハ! 良いことを思いついた! 貴様の四肢を捥ごう! 蛆虫のようにもがくしかない貴様の目の前で、ミコを奪おう! 何も出来ない貴様の目の前で、全てを奪ってくれようぞ!」


 黒狼は嗤う。大声で嗤う。


 オオオオオオ、オオオオオオオオオオオ。


 その声が近づくに連れてさらに調子付いて居た。



「一族よ! よく馳せ参じた! さあ、もう一度我に、サルの、餌の叫びをーー」




「ロケット・フィンガー+コントローラー+コープス・エンド」


 黒狼の叫びを海原は無視してコードをつぶやいた。


「王よ! 違う! チガイマス! 一族が! コレは、イチゾクでは!」


 何かに気付いていたような白狼が慄く。黒狼にすがりつくように叫んだ。




 洞窟の出口、田井中達が出ていった大きな出口の方から、規則正しい足音が聞こえてくる。


 茶色の毛皮に大柄なからだ。四つ足、顎門。


 狼の化け物。怪物種95号、群狼、一族。


 それらがやってくる。


「ツガイよ、ナニヲ恐る? 見よ、我が一族を! この威容を! 我の牙と爪の元に集う、最強の種族を!」


「チガウ! 王よ! カレラはっ!」



「PERKコンボ発動、死骸の軍勢(コープス・レギオン)



 ブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブブ。



 海原と双狼を囲むように展開した群狼の大群が一斉に口から青いあぶくを吹き出した。


「ハ?」


 黒狼はその動きをピクリと止める。


「伏せろ、()()()()


 一斉に、海原の言葉に従い怪物の大群がその場に伏せる。


 まるでよく躾けられた犬のように。


 四つ足のもので立ったままのは、黒と白の番のみ。


 何が起きたかわからないというように固まる黒狼と、身体中の毛を逆立てて周囲に牙を剥く白狼。


 そして、小さく嗤う人間。


「言ったろ、本気だって。もう、お前の一族じゃない。俺の軍勢だ」


 海原が目の前の狼を睨みつける。


「全ての借りを返す。お前らに喰われかけた恐怖を。お前らに奪われた尊厳を」


 ゆっくりと海原は右手を挙げる。


 その動作に合わせて、円で囲むように展開した群狼たちがゆっくりと立ち上がる。


 異変に気付く黒狼、信じたくないその現象を叫ぶ。


「サルウ!! 貴様、我が一族にナニヲしタァ?!」



 返事はない。ただ、海原はまっすぐに見つめるだけ。



 ただ、一言を唇にて紡ぐ。



「俺たちの世界で、人食い狼がどんな末路を辿ったかを教えてやるよ」


 振り下ろされる手。


 一斉に、駆け出す群狼。


 海原の手に堕ちた群狼達は、種族の王に向けてその牙を繰り出していた。



読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!

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