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人か、機構か。

 



「ブブブブブブ、ブブブ。トウチャク、トウチャク、トウチャク」


「案内ご苦労、1号」

 ざり、ざり、ざり。



 そいつらがたどり着いた。呑気に、なんの焦りもなく、だらだら歩きながらたどり着いた。


 その衣服を青い血でべったり汚して、両手を青く染めながら彼はたどり着いた。


「っキサマ! 猿、あの時の!」


 白い狼が1人の人間を見つめてすぐさま臨戦態勢を取る。


 1人の人間、男、海原 善人はじいっと目を細めて眼前の化けモノを、狼の化けモノを見つめた。


 ぽんっと何かに納得したように手を叩く。


「おお。マジか。どっかで見た事ある化けモノかと思えばお前ら、()()()()かよ。世の中狭いな、おい」


 海原はなんのこともないようにつぶやき、ニヤリと笑いかけた。


「お子さん元気? あんま美味くなかったけど」


「っキサマァァァアアア?!」


 白狼が疾風のような速さで海原へ迫る。あのオアシスの時と同じような強襲。


 しかし、海原の表情は変わらない。


「PERK オン。コントローラー起動。前進、迎撃」


「ブブブブブブ!」



 飛びかかる白狼に向かって、海原のたもとで震えていた狼の化けモノが迎え撃つように飛びかかる。


 邪魔されるのは予想外だったのだろう。ぐしゃりと空中でそのまま激突し、勢いよく地面へ転がる。


「グッ?! 何故だ?! 何故一族の者がキサマに従う?」


 被りを振りながら白狼が態勢を整えつつ海原へ叫ぶ。


「……なんでだと思う? その自慢の鼻でソイツをじっくり嗅いでみろよ」


 海原はヘラヘラと笑いながら両手をぶらぶらと振り準備運動を始める。


 白狼は怪訝な目つきで鼻を何度かピクピクと動かす。瞬間、牙を剥き出しにして海原にほえた。


「キサマ!! キサマ、キサマ!! やりおったな、サル!! 死骸を、……オノレ! あの子を奪っただけでは飽き足らず、イチゾクの亡き骸まで愚弄するか?!」


「へえ、やっぱりわかるんだな。はは、化け者でも仲間を思う心はあるみたいだ」


 海原を庇うようにPERKで操作された個体が立ちはだかる。白目を剥きながら青いあぶくを吹き続けるその姿はまさに、意思のない肉人形だった。


「汚らわしいサルが…… キサマのオコナイを後悔させてやる。もう一度ズタズタに引き裂いてやるぞ」


「2度目はねえよ、化けモノが。丁度いい、借りは返させてもらうぞ」



 睨み合う両者、餌にされかけた人間とその餌に子を奪われた母親が対峙する。



「おい、化けモノ。とりあえずそこのエルフを返せ。ないとは思うがもしそのまま素直に返すんなら見逃してやらんでもないぞ」


 海原は四つ足で立ちはだかる白狼を無視し、奥の、ウェンに覆い被さる黒狼へと声を飛ばした。


 ゆっくりと黒浪が振り向く。腹の底に押し倒してウェンから退いていく。


 その片方しかない眼が海原の目を見た。あの時と同じ目。


 オアシスを隔てたはじめの邂逅、己の存在を餌にまで貶められた時の恐怖の記憶が海原を覆う。


 だが不思議な事にあの時感じた凄絶なほどの差。己と相手の生命の違いをこんどはあまり感じなかった。


 酔っているからだろうか? それともーー


 海原は笑う。この生活で得た教訓の一つ。


 やばい時ほど、笑え。それを実行する。


「よもや、あの時食い損ねたエサが……ワレラのマエニフタタビ現れるとは……、良い、儀式の前の栄養にちょうどヨイ」


 黒浪が身体のいたるところを膨らませながら大口を開けて話す。ウェンの風はまだ、人と化けモノの言葉をつなぎ続けているみたいだ。


 話はまったく通じていないようだが。


「はあ、予想通りか。田井中言ったろ? 化けモノと交渉なんて出来ねーって。奴らがすんなりウェンを返すもんかよ」


「みたいだな。あー、オッさん俺、犬派だからあんまりやりたくねえんだけど」


「俺もどっちかというと犬派だけどな。コイツらがそんな可愛いもんかよ。害獣だ、害獣」


 海原と田井中は顔を見合わせながら軽口を叩き合う。


 場に膨らむ緊張感、のそりと立つ黒狼、態勢を低くし黒狼を庇うように立つ白狼。


 そして仰向けに倒れたままのウェン。


 海原は小さく息を吐いて、声を剥いた。


「ウェン、帰ろうぜ」


 その声にウェンがゆっくりと起き上がる。その顔は様々な表情、感情が混ざり合い、喜んでいるのか、悲しんでいるのかよく、わからなかった。


「ヨキヒト君……、なんで、なんで来たんだ……。せっかく生き残ったのに、何故……」


「いや、本気で言ってんのか? 俺も田井中もお前を助けに来たんだ。連れ去られたお前をほっとく事なんて出来るわけねえじゃろ」


「……死ぬんだぞ。なんのために風が彼らと一緒に行ったのか、これじゃあ……」


「ふむ、確かに。お前が機嫌を悪くするのもわかるよ。何勝手な事してんだってな。これで俺たちの気持ちが少しはわかったか?」


 とつり、呟く海原。小さなつぶやきを風が拾ってウェンへと届ける。


「え?」


「同じ事してんだよ、ウェン。お前はなんで俺たちにむかついてんだ? なんで俺たちが危険な目に合うと嫌なんだ? そこんところよく考えてみろ。いいか、お前がむかついてんのはよくわかる、でもよ、俺たちもむかついてるからな」


 ポカンとした顔のウェンに海原はつらつらと言いたい事を全て紡ぐ。


 紡いで、それから狼達に向き合う。


「さて、化け物ども。最終警告だ。出来れば、無駄な殺生はしたくねえ。今は腹減ってるわけでもないしな。去ね、見逃してやるから」


 その言葉が白狼の限界点だったみたいだ。


「オノレ!! 言わせておけばがこのサルが! キサマごときエサ風情が、ワレラにナニを言うか! ここでキサマの頭蓋を噛み砕いてくれる!」


 白狼が態勢を低くし、足を地面に食い込ませた。


 来る。海原は、即座に指先を白狼に定めてーー


「マテ、ツガイよ。まだ、マツのだ」


 重力を持つかのような声が白狼の歩みを止める。黒浪がぬうっと一歩前へ歩む。


 ピリっ。


 それだけで、海原は構える。目の前に動く生命の強大さがよくわかる。はじめの邂逅、オアシスでの出会いから数日、海原はたくさんの命を奪って生きてきた。


 だからこそ分かる。自分が少し強くなったかららこそ分かるその生命のサイズ。


 無意識に溜まっている唾を飲み込む。カラカラの口がまた、乾いた。


「エサよ……、これはミコの役割なのだ。キサマラのようなナンノ使命も持たない価値なき存在とは違う、彼女に与えられた崇高なる使命なのだ」


 宣告のように告げられるその言葉、一言、空間に広がるたびにウェンは首を垂れていく。

 栄養不足の花のようだ、海原は感じた。


「使命……ねえ」


「生命とは選ばれたモノと選ばれなかったモノがいる。彼女は選ばれしモノ。キサマとは違う存在なのだ。エサよ……、去れ、キサマこそが去れ。ミコを大切と言うのならば彼女の役割を、使命を邪魔するな」


「おっと、俺らを食うんじゃねえのかよ。やけに聞き分けが良くなったな」


「……ミコはワレラにとっての光。そのミコを思ってのことだ」


 黒狼が後ろを、ウェンの方を振り向き言葉を向ける。


「ミコよ、ソナタから奴らに伝えるのだ。ソナタはソナタの意思でここにきたと。その役割を果たすために残ると。約束しよう、ソナタの代わりにヤツラを見逃そう。ヤツラを生かそう。だから、ソナタが言うのだ」


「あ……え……、風が…? ……ホントに? ホントに彼らを見逃してくれるのかい? 」


「約束しよう。一族の王として、我が存在と青き血、母なる光に誓おう」


 黒狼の問いかけにウェンがその手を伸ばす。縋るような動き。その指先は力なく震えていた。



「ウェン、帰るぞ」


 再び響く、海原の声。黒浪の元へ伸ばされていたウェンの手がぴくりと止まった。


「最終的に選ぶのはお前だが、言ったはすだ。お前はもう()()()()()()なる必要はない。お前はお前だ。それだけでいいんだ」


「あ、ああ、ヨキヒト君……、でも、でも、彼らには風が必要なんだ……、風を必要としてくれている……、キミは? キミはどうなんだ? キミも風が必要なのかい? 必要だから助けニ来てくれたのかい?」


 立ち上がろうとしたウェンが態勢を崩す。四つん這いになりながら黒浪と海原を交互に見比べる。


 そしてその瞳は海原を見ていた。どこか虚ろな目に移る色は、期待。


 海原からの言葉を、ウェンは確かに期待していた。


「キミは、風をーー」


「いや。別に。ウェン、俺はお前がいなくても生きていける。別に絶対必要とかじゃあないぞ」



 しん。


 空気の流れすら止まる。ポカンとウェンの口が開き、田井中は目を丸くして海原を見つめた。



「ぐ、グハ、グハハハハハハハハ!! 聞いたか! ミコよ、所詮! 所詮サルドモの理由などそんなものだ! 今、ヤツはソナタを捨てたぞ!」


 沈黙を黒浪の笑い声が破く。洞窟に反響する笑い声、続く、つづく、続く。


 ウェンは目を丸く、口を開いたまま、海原を見ていた。


「え、なんで……」


 ポロリ、言の葉が漏れる。


 ウェンの表情がくしゃり、くしゃりと変わっていく。


 泣き笑いのような顔、その端正な造りものような顔が歪んでいく。


「な、なんで、なんでそんな事言うんだい……、き、キミは風の事がキライになったのかい?」


 泣き出しそうなウェン。海原は側頭部をポリポリ掻く。


「ちげえよ。どいつもこいつも必要とか特別とか、考えすぎなんだよ。必要じゃないと一緒に居たらダメなのか? 生きる意味がないと生きていちゃダメなのか?」


 海原は黒浪を、白狼を、そしてウェンを睨みつける。


「違うだろうが」


 海原が一歩、前へ進む。それに付き従うように田井中が、そして1号が追従する。


「ウェン、もう一度言うぞ。帰ろう。帰ってお前の話を聞かせてくれ。飯を食おう。水を飲もう。昼寝をしよう。別にお前が絶対に必要とかじゃない。お前は俺たちと居る使命があるわけじゃない。でも、」


 黒浪と白狼が唸る。それ以上近づけば殺す、そのギリギリのラインで海原は立ち止まった。


「単純に俺はお前と一緒に居たいよ。ウェン、じゃけえ、帰ろう」


 その手を伸ばす。


 一歩、海原がそのラインを跨ぐ。


「あ、……あああ」


 ウェンはその手をまだ取れない。その瞳からは涙がポロポロと溢れていた。


 ウェンの人生の価値観を、必要とされる事を望んで生きてきた人生を今、海原は否定した。


 ウェンにはその手が取れない。まだ取れなかった。


 その手が引っ込む。


「あ……」


 ウェンは今更その手をつかもうと進む。しかしもう、海原から差し出された手はなくーー


 また、選べなかった。また失った。


 ウェンは絶望に目を閉じる。


 そこに、海原の声が飛んできた。


「まだ選ばねえか。いいさ、ウェン。それもお前だ。悲しみが、恐怖がお前の歩みを止めたのなら、俺がお前に近づこう。待ってろ、ウェン。今、行くぞ」


 更に一歩、海原が歩く。


 それが始まりのゴングだった。


「そこまでダ。エサよ。もういい、死ね」


 黒浪が大風のような勢いで地面を蹴る。


 海原の両腕が、みしりと音を立てた。



読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!

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[良い点] 凡人って点を強調してるから特別な理由がなくてもいいって言葉に味がありますよねぇ! [一言] めっちゃ好きなのに感想なくてビビる
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