悪辣、人の進化
「グ、ああ……、ムシダァ……。ソレは、タイテキはいも虫の姿とヒトの姿を持っていたァ」
尋問を始めてすぐ、尻尾をちぎり取って、ケツの皮を中途半端に剥ぎ、少し脅したところで化け物は始めて素直に口を割った。
「続けろ、ソレについて知っている事を話せ」
指先をぐいっと、狼の化け物のこめかみに押し付ける。それだけで、顎門は開き、言葉を紡いだ。
「ヒ、クワシクは知らない! ヤツは突然アラワレ、一族を襲い食い始めた! 尖った棒とその爪と牙で多数の一族をコロシタ! 王はヤツをシリゾケタガ、深い傷を負ってしまった! これだけだ! ホントウに、これだけシカ知らない!」
叫ぶ狼の化け物とは裏腹に海原は押し黙った。
間違いない。コイツらの言う大敵とやらは、間違いなく海原の追っているあの化け物。
樹原勇気から産み落とされた、醜いいも虫の化け物だ。
予想が確信に繋がっていく。海原は表情を努めて変えぬままつぎの質問を繰り出す。
「いいぞ、正直に話せばこれ以上危害は加えない。何故、ウェンを連れ去った? ヤツに何をするつもりだ?」
口を閉じる、狼の化け物。海原は硬質化した指先をぐいっと押し付けた。
「ここで死ぬか? 化け物」
「ひ、ヒィ!! ヤメロ! イウ! イウからヤメテクレ!! 血と胎だ!王はミコと1つになり、新たなる王子を創り出す。そしてミコの血をタイラゲル事で、王はその傷を癒し、王子とともに大敵を滅ぼすノダ!」
「……なるほど。ミコとやらは言うなれば生贄みたいなもんか、なるほどね」
「栄えある生贄だ! 王の寵愛をウケ、その身にワレラ一族の王子を宿す栄光! そして、最後はワレラが王と1つになれる栄光! ソレはシュクフクだ! ヨロコべ! キサマのムレのメスは選ばれたのだ!」
海原は苦虫を噛み潰した表情で舌打ちをする、目の前の生き物、怪物どものあまりにも身勝手な行動。
言葉は通じても、この存在と通じ合う事は決してない。海原は決断を終わらせていた。
「なるほど、よくわかったよ。急がないとR21展開待ったなし、か。さて、お前にはウェンのところに、王とやらがいるところに案内してもらわないといけないな」
海原はおもむろに立ち上がり、怪物の頭に押さえつけていた指先を離した。
「ナメるな! 下等生物ガ!! キサマの命令などワレがきくはすもナカロウガ! 」
パニックでおかしくなっているのか、ソレとも単に学習能力に欠けるのか。海原の指先がそのこめかみから離れた途端に、急に元気を取り戻した化け物が騒ぎ立てる。
おそらくはその両方だと、海原は感じた。
「サア! このイマシメを解け! 今ならば楽にコロシテヤルゾ!」
「ふ、ふふ。なんでてめーそんな強気なんだよ」
「ワレはホコリタカキ一族のセンシ! 王よりその力を分け与えられたモノナリ! キサマの思い通りになると思うなよ! たとえ、ここでシンダとしても、ワレは屈しない! ホコリと共に勇ましくシノウ!」
よだれを飛ばしながら叫ぶ化け物。先ほどとは態度が違う。見れば海原が剥いだ皮がいつの間にかくっつき始めている。
ソレによく見ると尻尾らしきものも生え始めている。
なるほど、存外選ばれた戦士とやらは嘘ではないらしい。
みしり。その刺又に一筋の亀裂が走った。
「っオッさん!! 離れろ! 拘束が解かれるぞ!」
焚き火の近くで肉を食い終わったらしい田井中が海原に警告を発する。
海原は片手を挙げて田井中を制する。右手で銃の形を象る。
「マルス、あのPERKを試してみよう。コイツ丈夫そうだから上手くいく気がする」
'ポジティブ PERK起動準備開始、安全装置解除、ロケット・フィンガー発射後に発動が可能です'
海原は薄い笑いを湛えながら狼のこめかみに人差し指の照準を合わせた。
「お前にはこれから道案内をしてもらう。王とやらの場所にな」
「ぐ、ぐはははは! スルワケがナイダロウ! よくも、よくもサルの分際でワレを傷つけたな! コロシテヤル! そのズガイをあのメスの前で噛み砕いてやる!」
息巻く狼の化け物、もがく前足がついに地面を、捉える。
びきり、大きな亀裂がまた刺又に入った。
「オッさん!」
田井中の叫び、しかし、海原は後ろを振り向く事はない。
ただ、ただ、静かに笑っていた。
「いいや、お前はこれから俺たちを案内してくれる。嘘つきのお前じゃない。素直なお前の本能がそうするんだ」
静かな口調で海原は告げる。
狼の化け物の動きが、びくりと止まった。
「で、デキルワケがないだろう! ワレはお前などーー」
「出来る。お前は死んでも、俺たちを案内する事になる。これからな」
確信、海原の指先はもうぴくりとも動かない。ただ、発射の時を静かに待つ。
「ま、マテ、ナニヲ、ナニヲする気だ……」
海原から異様な雰囲気を感じ取ったのだろうか。途端に、狼の化け物は威勢をなくす。
底冷えのする寒気がその毛皮に覆われた身体を冷やしていた。
'哀れな怪物種。己の存在がこの世で一番、強く、残酷なる存在と信じて疑わなかった。ソレが貴様の末路の原因だ'
マルスの言葉、聞こえるはずのない言葉に狼の化け物が反応する。
「……あ、アア。マテ、マテ、マッテクレ! 貴様、サル、いや、ヒト! ナニヲ、ナニヲ飼っている?! ソレはなんだ?! ワレにナニヲするつもりだ?!」
「……さあ、なんだと思う? あと飼ってるんじゃねえ。住ませているんだ。共生とも言えるな。勉強になったか?」
指先が、こめかみを捉えている。
「ヒィ! 約束だったはずだ! ワレは、ワレは話したぞ! 危害は加えないと! お前は約束したじゃないか!」
叫ぶ、悲鳴のように、縋るように化け物が叫ぶ。あの時のウェンと同じように、媚びるように叫んだ。
「……アッハ。知らんなぁ……、化け物の言葉など分からぬ、故に」
二イィ。海原の唇が半月のようにつりあがった。裂けるのではないかと錯覚するほどに。
「ウソ、ツキーー」
バキン
至近距離で発射された人差し指が、化け物のこめかみに直撃した。
皮と頭蓋骨を容易に貫き、弾丸と化した人体は脳幹をめちゃくちゃに破壊した。
怪物種、駆除。
'貴様は人間の悪辣を知らない。哀れな怪物種、貴様は挑発する相手を間違えたのだ'
ここからだ。
海原達が昨日得た、進化。3つのうちの最後の1つ。
'だからこれは、そんな愚かな貴様にとって御誂え向きの最期だ。PERK 起動、コントローラー'
「起きろ、強者に従え。弱者よ」
頭を砕かれ、青い血だまりに沈んだ狼の化け物の死骸がぶるりと震えた。
ゲーム機のコントローラーの振動のようにブルブル小刻みに震えている。
「田井中、もう大丈夫だ。ホット・アイアンズを解除してくれ」
「い、いいのかよ、何したんだ、オッさん」
「見ればわかるさ、田井中」
田井中はゆっくりと地面に手をつける。ボロボロと崩れる巨大な刺又。
狼の身体が自由になる。
「ぶ、ぶぶぶぶ。ブブブブブブ」
身体中を小刻みに震わしながらそれはゆっくりと立ち上がった。青い血を流し、頭は半分砕けている。
口からは不気味な鳴き声と、青い血の混じったあぶくを拭きながら、それは幽鬼のように立ち上がっていた。
「うっわ。酷えな。マジで何したんだよ。アンタ」
田井中がその有様を目を細めながら眺める。
「ふむ。初めて使ってみたが成功したみたいだな。田井中、お前ラジコンで遊んだ事あるか?」
「あ? ラジコン? ……ドローンみてえなもんか?」
「うお、世代か。そーか、お前らの歳ならそっちの方がわかりやすいのか。まあ、そーだ。ドローンだ。ドローン。今、コイツは俺のドローンみてえなもんだ。コイツに道案内をさせる」
海原はその動く死骸を眺めて呟いた。
「命令入力、群れの元へ帰れ。王とやらの居場所へ案内しろ」
ぶぶぶぶと小刻みに震える狼が、よたよたとその場から歩き始める。
仲間の死骸をふみつけながらソレは動きはじめた。死骸が死骸を超えていく、違うのは動くか動かないかだけの差だ。
「さて、田井中君。ウェンの貞操とお前の情操教育のためだ。発情クソオオカミをぶちのめしに行こうぜ」
「オッさん、アンタやっぱイかれてるわ」
軽口を叩き合いながら海原と田井中は傀儡と化したそれに着いて行く。
「おっと、忘れてた。ホット・アイアンズ」
田井中が思い出したようにしゃがみこみ、力の名前を呼んだ。
地面が蠢き、キャンプ地に飛び散った化け物の死骸を1箇所に集めて行く。
「あー、クソ。生まれて始めて悪りぃ事しちまったよ、オッさん。やべえ、親父と母さんに怒られる」
「……怪物を殺すのは始めてじゃないだろ?」
海原が不思議そうに田井中へつぶやきを向けた。
死骸を集めた地点が、次の瞬間、爆発した。盛り上がった地面が化け物の死骸を遠くまで一気に吹き飛ばした。
田井中が首を振り、答える。
「違えよ。ゴミ箱以外にゴミを捨てちまった。これってやっぱポイ捨てになるよなあ?」
田井中が吹き飛ばした地面を一瞥してため息をついた。
海原は笑う。
「くっ、ふふふ。そうだな、お前、不良だぜそれは」
「まーじかよ。クッソ。地上に戻ったらゴミ拾いでもしてみるかぁ」
生者が2人、軽口を叩きながら死骸に道案内をさせていく。
人の悪辣は時に、本人の自覚なしに備わることがある。
終わった世界において、それは果たして唾棄すべきものなのだろうか。
答えはまだ、出ない。
確かなことはただ一つ、海原と田井中は仲間を助けにいくために今、その歩みを進めていた。
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