100 VS 2+1
バキン!!
先頭の個体を狙った海原の人差し指が空気を裂く。その一撃は脇から庇うように出てきた個体により防がれた。
たらりと空中で指弾を受けた個体が地面に転がり動かなくなる。
'4点目。どうやらあの良く喋る個体を守りましたね。恐らく、群れの意識を統率するリーダータイプです'
「あいよ、了解。田井中、作戦はどうする?」
「ああ?! んなもん適当にぶっ放しまくろうぜ! つーか、何匹いんだよ!」
田井中が叫ぶたびに地面が変質する。鞭のような刃が現れ、翻りながら狼の化け物を蹴散らしていく。
「こ、コロセエエエエ!! 奴らの頭蓋をワレの元へ持ってこおおい!!」
うおおおんと叫ぶ、リーダーの個体。口上はご立派だが奴は早々に群れの中へ逃げるように消えていく。
「おいおい、坊ちゃんビビって逃げちまったよ、マルス、あと何匹だ?」
'ポジティブ 敵性反応、計測中。おめでとうございます。今のホット・アイアンズの一撃によりこれでちょうど残り100体です'
「100?! マジ? そんなにいんの?」
'ポジティブ この階層に存在するパックスの群れのほとんどがこの地点に集結しつつあります。……ふ、ふふふ。腕が鳴りますね、ヨキヒト'
「あらやだこの子、結構好戦的。田井中ー! あと100匹だって!」
「んなっ! マジかよ! 101匹わんちゃんじゃねーんだからよ、多すぎだろ」
そう言いながら田井中はまた地面に手を翳す。手前の地面から生えた棘が射出され、迫り来る狼の化け物の顔面を吹き飛ばした。
大樹のふもとで海原と田井中は背中合わせになりながら笑う。わらわらと押し寄せる狼の化け物を、迎え撃ち続ける。
「はっはー! オッサン、あんたいつのまにびっくり人間になったんだよ! 手の指が飛ぶなんて聞いてねーぞ!」
「うるせー。鉄を操るアイアンマンもどきが言う事かよ。おっと、あぶねえ」
軽口を叩きながらホット・アイアンズの波を抜けて飛び交ってきた狼の化け物の大口に、海原は指を打ち込む。
短い悲鳴ともに、人差し指が狼の化け物の口を貫通し、背中から飛び出た。
「やべ、抜かれ始めてきた。田井中くん、作戦変更! 俺達が突っ込むから援護頼むわ! てかウェンどこ行った?」
「了解! やべ、ほんとだ。悪りぃ、オッサン。俺もウェンフィルバーナ見てなかった」
大雑把な2人が互いを見て、フッと諦めたように笑った。
'ヨキヒト これで13点目です。リーパーズ・ポイントを作動しますか?'
「おっし! やろう! あとあれ、あのクソPERKも使ってみようぜ!」
'ポジティブ では近接戦闘へ移行開始。IDDシステム、出力全開'
「ヒャッハー!! 皆殺しにしてやんべえ! 化け物おおお!!」
海原が両手を広げて、地面を蹴った。
押しつぶさん勢いで、迫る狼の化け物へ向けてまっすぐ迫る。
両手を手刀の形へ、狼の化け物の口に向けてそれを突き入れる。
' PERKリーパーズ・ポイント ON。ブルー因子強制吸収開始'
「ぎゃいん?!」
口元に手を突っ込まれた狼の化け物の身体に異常が現れる。その毛皮が所々剥がれ落ち、その肉体がどんどん萎んでいく。
「うっは! マルス、これ凄え! 割と人間辞めてねえか、これ!」
海原は目を爛々と輝かせながら、しおしおにらなった死骸から手を抜き、それを蹴り飛ばす。
生命の抜け殻。その狼の死骸はまるで死神に根こそぎ魂を奪われたかのようにも見える。
リーパーズ・ポイント。怪物種から経口摂取ではなく、皮下摂取によりブルー因子を抜き取る恐るべき進化の1つ。
使用者の心理的影響を加味して発動から一定の戦闘行動、戦果を得ないと発動しない条件付き PERKの1つ。昨晩のセーフモードでのマルスとの会話の中で、海原が選んだ PERKの1つだった。
'ポジティブ ヨキヒト、問題ありません。生命を奪って生きるのは人間である証拠です。貴方はとても、人間らしい人間です'
「そうか! ならよし!」
ぺらぺらの雑巾のようになっだ同胞の姿を目にした狼の化け物、パックス達はなまじ知能が高い為に、警戒を強めた。
そして、足を止めてしまった。
「おっと、隙あり。リハビリに付き合ってもらうぜ。化け物ども」
地面から割れいでる、5メートルはありそうな杭。ぶじゅ、ぶじっ、じぶり。粘着質な音を立てながら足を止めた化け物をしたからえぐり貫く。
「うわ、ホット・アイアンズ、グロ」
「うるせえよ、オッサン! オラ、さっさとぶっ殺してこい! 援護は任せろ!」
軽口を叩き合いながら基特高校の探索チームと警備チームのメンバーは戦い続ける。
海原は自ら化け物の群れの中に突っ込み、両手を狂ったように振り回す。鉄のごとき硬さ、そして、触れれば最後、化け物の命を吸い取るその力はまさに凶器。
海原の攻撃になんの理がなくとも、事もなし。当たれば良いのだ。
海原の攻撃にはなんの迷いもない。生命を傷つづけることに対しての躊躇いも、慈悲もまったくなかった。
「ぎゃっはっはっは!! マルス! 楽しんでるか!」
'ポジティブ ヨキヒト、問題はありません。作戦は順調に進行中、おっと上方、注意'
ぐりん。海原の動作がまるでコントローラで操作されたかのように急激に変わる。振り下ろしていた手をその勢いのままに真上に、指先を発射し、死角である直上からの急襲を撃ち落とした。
マルスの動作サポート。これにより海原は致命傷になりうる攻撃に対処していた。
「弱い! 弱いぞ! 化け物ども!」
海原はその凶器を振るい続ける。常ならば人は怪物どころか動物にだって勝てやしない。
それは単純に生命としての強さの差がある事もあるが、一番の理由は良心や手段に枷が生じるからだ。人間は殺意の簡便化の為に銃を、兵器をつくりだした。
より殺しやすくなる為に、罪悪感から逃れる為に。
それら武器を持って始めて人は、良心の枷を外す事が出来るのだ。
だが、もしも。もしも初めからそんなものがない人間が武器を握ればどうなるのだろうか。
殺す理由があるだけで殺せる、そんな異常な人間が、もし、仮に意思を持つ兵器を手に入ればどうなるのだろうか。
答えは、コレだ。
「ぎゃっはっはっはああ!! マルス、次の PERK行ってみよう!」
'ポジティブ ポジティブ どうしましょう、ヨキヒト。やはりわたしは兵器でもあるようです。楽しい、楽しすぎます!'
片手にねじ切られた狼の生首を掴み、もう片手には脳天を貫かれ、体をだらりと落とした狼の死骸を備える。
海原は身体中を青い血に染めながら嗤っていた。ためにたまったストレスは全て、破壊の衝動に変わっていく。
「ギャオウ!!」
迫り来る狼の化け物にむけて、その生首を投げつける。ばちん。怯んだその姿に向けて、人差し指を向けた。
「ロケット・フィンガー」
ばきん。空気を裂いて、硬質化した中指が飛ぶ。額に向けて放たれたソレは、化け物の優れた反射神経の反応により狙いをずらされる。
身を翻したソレの胴体に、肉の厚い部分に受け止められた。
化け物は態勢を崩しながらも、再び顎門を広げて海原へ迫る。攻撃の直後の反撃、一撃必殺のタイミング。
しかし、海原はその嗤いを崩す事は無かった。
「はっは。マルス」
'ポジティブ PERK コープス・エンド 起動'
バボム!
狼の化け物の胴体が一瞬膨れ上がり、次の瞬間には破裂した風船のように飛び散っていた。
「うわ、エゲツな。あの博士、やっぱ変態だな」
'ポジティブ わたしとしては博士の想定した使い方を思い付くヨキヒトも似た者同士な気がしますが、しかし実験は成功ですね。ロケット・フィンガーとコープス・エンドは相性が良いみたいです'
飛び散った肉片を蹴飛ばしながら海原とマルスが感想を言い合う。
コープス・エンド。昨日海原が得た3つのPERKの内、2つ目の PERK、能力は単純。血液循環の終わった、つまりは死んだ人体の部位を任意でメタンガスにより爆発させる PERK。
一見、使用者が死んだ後にしか作動できないと思える産廃 PERKだが、海原はそこにロケット・フィンガーとの相性の良さを見出した。
心臓から切り離された部位は死んだも同じ。さながら敵の体内にて爆発するこの PERKは、海原のロケット・フィンガーを榴弾のような性質のものに進化させていた。
シエラチームが使い方を見出せなかったPERKの使い道を海原は再び見つけていたのだ。
テンションが振り切れているラドン博士の映像をいちいち見ることさえなければもっとたくさんの組み合わせを見つけることが出来ただろうが。
海原の四肢に力が満ちる。
満足感、と安心を海原は強く感じていた。
己の身体に巣食う、謎の多い存在、超常の生体兵器、マルス。
もし、マルスがいなければどうなっていただろうか。おそらく、海原は目の前の暴虐、残酷に立ち向かう事は出来なかった。
あの時と同じく、仲間をただ奪われて逃げる事しか出来なかったはずだ。
だが今は違う。己の権限を、仲間の尊厳を守るために戦うことが出来る。殺すことができる。
その事が海原はとても嬉しかった。
「愛してるぜ。マルス」
'……っ?! ……ゴホンっ。ヨキヒト、酔いが回りすぎなのでは? ええっと、その……いや、悪いわけではないのですが'
海原は、それ以上何も言わずに黙々と力を振るい続けた。
鉄腕が閃く、熱い鉄が蠢く。
それからは、時間が経てば経つほど海原達は優位になっていった。
鉄腕が翻り、指が飛び、爆発する。地面が揺れ動き、刃、杭、鞭、ありとあらゆる意思もつ凶器が蹂躙する。
群狼の、怪物種の牙が届く前にそれは砕かれ、踏みつけられる。
たった2+1の、人間を超えし者と人間を超えし者を超えしモノ達により100に届く群れは壊滅しかけていた。
気づけばあれほど多かった群れはまばらになり始めている。そのほとんどはマップ兵器と化している田井中のホット・アイアンズの戦果だったが、それも海原の撹乱あってのもの。
大勢は決していた。
文字通り、尻尾を巻いて数頭が逃げ始めている。
「……あー、やべ。生きてるかー、マルス、田井中」
青い返り血を頰にべたりとつけた海原が仲間に語りかける。息は乱れ、その目は過度の興奮により充血していた。
'ポジティブ 生きています。戦闘効率評価上昇。リーパーズ・エンド起動中の怪物種の駆除が規定数を超えた為、トロフィーを獲得、[ジェノサイド] セーフモードへ保存します'
「……ああ、生きてるぜー。さてもう一踏ん張りだな」
田井中が地面を小突く。ひとかたまりになって唸っている集団の真下の地面が変質し、縫うように数匹を捉えた。
「グッ、オオオオオオオ?! バカな! こんなバカな事があるはずがない! ワレラガ、こんな、サルドモニィイイイイ」
「おっ、よく喋るヤツ発見。まだ生きてたか。田井中、アイツだけ殺さず捕まえれるか?」
「余裕だな。ホット・アイアンズ」
田井中の言葉に反応するように地面から刺又のような棒が生成される。
ぐにんと伸びたそれは群れの中に隠れている1匹の化け物を捉えて攫い、地面に押さえつけた。
「グエッ?! オノレっ! キサマラ?!」
「ナイス。よし、じゃあ残りを平らげますか」
悪態をつきながらもがくその様子を眺めて海原は笑みを浮かべる。
びち、びち。びち。飛び離した手指が再生する。すぐさまそれらは硬質化し、怪物の命を奪う牙と成り果てた。
'作戦は順調に進行中、掃滅戦へと移行。さあ、行きましょう。ヨキヒト'
だらりと両手をたれ下げた海原が、慄く化け物どもへ再び迫る。
最後の1匹を平らげるまでに、5分もかからなかった。
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