DAY4、赤と青は交わらない
「ヨキヒト君、起きて。囲まれてる」
'ネガティブ ヨキヒト、覚醒してください。敵性反応に囲まれています'
頰にペタペタと触れられる感覚、耳の外と中から響く声に誘われて、海原は目を覚ました。
寝起きで身体が固い、シャツがベタベタする。昨日は結局、飯食って寝て、ゴロゴロしてまた寝ての繰り返しだった。
「ん、あ。おはよ。え、何?」
海原は輪郭の合わない視界を動かす。ぼんやりとウェンの顔が移り始める。
「起きて、起きてヨキヒト君。寝坊助さんだな、キミは!」
肩を揺らされ、ここでようやく海原はほぼ完璧に意識を取り戻した。疲れが溜まっているのだろうか。身体が未だに重たい。
「わかった、大丈夫。起きた。ウェン、何があった……」
海原が目をこすりながら上体を起こす。すぐにそれが聞こえた。
ウウウウウウ。
唸り声だ。聞き覚えのある唸り声が辺りから聞こえる。
その声を聞いた瞬間、海原のスイッチが切り替わった。身体にいなづまが走ったような衝撃とともに、倦怠感が消えて思考がクリアになる。
「チッ、マジかよ。よく起こしてくれたウェン、マルス」
周囲に満ちる只ならぬ雰囲気。確かに囲まれているみたいだ。
この唸り声、聞き覚えがある。
海原は輝く砂原を見回し、ため息をついた。戦闘態勢、数匹の狼の化け物、パックスがキャンプ地に侵入していたのだ。
「ん、オッサン……、なんだ、何かあったのか………… うわ、 マジかよ……」
田井中も目を覚ましたようだ。小さく舌打ちした後に
「ホット・アイアンズ……」
ぼそりと呟く。紡がれるように田井中の脚の付け根、腕の付け根から糸のようなものが現れる。機織り機で織られるかのごとくあっという間にそれは足と腕へと変化していった。
素早い対応、この辺りはさすがだ。海原は田井中の反応の速さに頼もしさを覚える。
「済まない、ヨキヒト君。ここまで接近されるのに気づかなかった」
「いや、良い。むしろここまで接近されてんのお前達がいなけりゃ俺はまだ寝ていたところだ」
'ヨキヒト、警戒して下さい。すぐにでも襲いかかって来ます'
マルスの声に海原は身体に力を込める。しまった、何故考えが回らなかったのだろうか。普通に野営していたがここは怪物の群生地。寝込みを襲われることぐらい予想するべきだったのに。
「明るいからなぁ、ここ」
海原がそこまで考えが至らなかった理由の1つがこのずっと光り続ける砂原だ。夜の来ないこの世界は、海原から警戒心をほぐしてしまっていた。
マルスによる夜間警戒のみで良いとタカをくくってしまっていたのだ。
'申し訳ありません、ヨキヒト。私の警戒網をすり抜けられました……'
「いや、マルス。これは俺の責任だ。お前1人に任せすぎていた。次はもっと別の方法を考えようぜ」
グルルル。獣の唸り声はどうしてこう、身体に緊張感をもたらすのだろうか。海原は努めて冷静に数を数える。
10匹を超えたところで、数えるのをやめた。めちゃくちゃ沢山いる。
「どうする、オッサン。やるか?」
田井中が赤黒い手のひらを地面につけながら呟く。おそらく、田井中のホット・アイアンズなら多数に対しても対抗できるかも知れない。
かも知れない。そう、かも知れないなのだ。確証はない。
出来ない。まだ賭けに出るタイミングではないと海原は判断した。田井中に向けて小さく首を振る。
ふと、気になることが海原にはあった。
「アイツらなんで、襲いかかって来ないんだ?」
怪物の目的なんて知れてる。俺たちを食うつもりだ。なのに奴らは圧倒的な数的有利を得ているのに威嚇するのみで襲いかかっては来ない。
「くくく、退屈しないね、ヨキヒト君。さて、どうしたものかな」
小さく笑うウェン。既に背中のバックルのようなものから小さな弓矢を取り出して、構えている。
「ウェン、お前確か自分のこと、管理人やらダンジョンマスターやらかなんとかかんとか言っていたよな? アレだ、アレ。怪物どもを操ったり管理したり出来ねえのか?」
「くく、その、なんだ。風はまだ名ばかりの管理人でね。モンスター達への命令権は与えられていないんだよ。というかこの状況、なにこれ、怖いんだけど」
「しっかりしろ、ダンジョンマスター。クッソ、話の通じねえ連中に囲まれてどうしろっていうんだよ」
'ポジティブ ヨキヒト ここはもう包囲網の打開を目指して先手を打つことを提案します。これ以上数が増えるのもマズイ'
海原はマルスの意見をそのまま採用するかと決めかけたその時だった。
「話なら通じるよ、ヨキヒト君」
小さく手をおずおずとあげるウェン。
「は? マジ? でも今お前、モンスター共には命令権とかないって」
「ああ、これは管理人としての力じゃなく風個人の力さ。流暢には難しいが私達と彼らで会話をすることは可能だよ」
'ネガティブ 馬鹿な。怪物種との意思疎通など人間には不可能です。クラークレポートにもそんな記録はありません'
「くく、マルス。アリサもまったく同じ事を言っていたよ。そのクラークレポートっていものにキミ達は絶大な信頼を置いているみたいだね」
'ネガティブ 信じられません。ヨキヒト、彼女の話を信じるのは危険かと'
マルスの鋭い声が海原に届く。その声が届いたのは海原だけではないようだ。
「う、そ、そんな邪険にしなくても……、だって出来るもん。ホントなのに……」
人差し指と人差し指をツンツンとつつき合わせながらウェンが眼を潤ませながら呟いていた。
「っぶはっ。ウェン、そんな落ち込むなよ、
分かった、ちょっとお前のその不思議パワーでアイツら説得してみようぜ」
海原が噴き出す。
'ヨキヒト、宜しいのですか?'
「悪りぃ、マルス。やばくなったらお前に頼るわ」
'……分かりました。貴方の判断を信じましょう。防御PERKは展開しておきますからね'
マルスがしぶしぶと言った様子で矛を収めた。
「という事だ、ウェン。頼めるか」
「くく、ああ、任せてくれ。こういうのは得意だ」
ウェンがにかりと笑い、おもむろに、しかしゆっくりと立ち上がった。
周囲にずらりと広がる狼の群れに、一歩ウェンが近づく。
堰を切ったかのように大きくなるその唸り声。しかし、ウェンはその表情を変えない。
「お、おい。オッサン、いいのか?」
田井中ですら目を丸くして言葉を詰まらせた。海原はゆっくりと頷くのみ。
「揺蕩う風よ、廻りて廻れ。広がり拡がり、繋げておくれ」
歌うように紡がれるウェンの言葉、びゅううと吹く風の向きが変わった。
まるでウェンに集まるかのように風が巻いている。
「さあ、風達の言葉が分かるだろう。誇り高き群狼の一族よ。風達に何の用かな?」
「おい、オッサン。アイツ大丈夫か?」
「しっ、大丈夫だ。今はウェンに任せよう」
田井中を海原は制する。ウェンが高らかに眼前の狼の群れへと語りかけていた。
「サシダセ! サシダセ! サシダセ!」
返ってきたのは唸り声ではない。野太いノイズの入った、しかし意味の分かる言葉だった。
怪物の言葉だ。それが海原の耳に入った。
'ば、馬鹿な…… 怪物種との意思疎通に成功しているなんて。そんな'
マルスが上ずった声で呟く。ウェンはその声に答えるべく声を上げていた。
「群狼達よ。差し出せとはどういうことか? このように数で迫るなど誇り高き貴方達らしくない真似をなぜするのだ?」
ウェンの声に海原は何か力のようなものを感じた。それは為政者や、指導者に備わる一種のカリスマのようなものに似ていて。
「オッサン、俺は夢でも見てんのか? あの化け物どもが今、日本語話してたような気がしたんだが」
「安心しろ、田井中。きっとこれからもっと訳のわかんねえモノを沢山見ることになるぞ」
「おいおい、マジかよ。ハリーポッターみてえだな」
田井中と海原は呑気な会話を繰り出す。しかし、田井中の手のひらは未だ地面にべたりとつけられており、海原の両手も既に、静かに鉄腕へと変化していた。
「サシダセ、サシダセ、ハコニワノミコ、ハクギンのカゼ」
「キサマダ、キサマジシンヲサシダセ」
怪物の声が、その意思が言葉となって3人に伝わる。ウェンの風が意思を繋げて伝えていた。
「おっと、それはどういう意味かな?」
ウェンは顔色を変えずに、不遜とも言える堂々とした態度で言葉を紡ぐ。
その様子に苛立ったかのように狼の化け物どもは吠え立て、言葉を叫んだ。
「サシダセ!! ワレラガ、オウハキサマヲエランダ! タイテキヲホロボスタメニ、キサマヲサシダセ!!」
「くく、少し話が見えてきたな。ほら、続けてご覧。タイテキ……、大敵とはなんだい?」
ウェンはその怒号とも言える叫びに怯えるどころが一歩踏み出し質問を繰り出した。
「お、おい、ウェン……」
思わず、海原はウェンへ向けて言葉が漏れた。その言葉にウェンは肩越しで振り向き、ウィンクしながら、シーと形の良い唇の前で人差し指を立てた。
「おっふ」
「オッサン、かっこ悪い」
海原と田井中が呑気なやり取りをしている中、ウェンは群れに近づき声を向けた。
「教えてくれないか? 誇り高き群狼達よ。箱庭が管理人にして、天使の似姿の1つ。ウェンフィルバーナのお願いだ」
「グググ、タイテキダ。チノウエカラヤッテキタ、オゾマシキテキ、ヒトトワレラガマザリアッタ、オソルベキテキダ」
「へえ……、なるほど、なるほど。で、それに風がどう関係あるのかな?」
「チ、ソシテ、キサマノ、ハラヲヨコセ。ヒトトマジリアイ、ワレラハヒトノチカラヲテニイレル。ユエニキサマヲサシダセ」
海原の頭皮がちりつく。血流が一気に巡った。今、あの化け物は何を言っていた?
化け物は続ける。その眼には怪しげな光がともり、顎門からはよだれが垂れていた。
「キサマハエラバレタ、ハコニワノミコ、チト、ハラヲワレラガオウ二サシダセ!!」
「くくく、なるほどね、よくわかったよ。さてどうしたものか……、断ったらどうなるんだい?」
ウェンが三つ編みをいじりながら、腰を折り曲げて狼に問う。
海原の位置からでもわかるほどに、狼がその口をにぃと吊り上げた。きっと、赤ずきんのおばあちゃんを食った狼もこんな笑いを浮かべたはずだ、海原はそんなことを考えていた。
「オオオオオオオオオオオン」
遠吠え、群れの先頭、ひときわ大きな体格を待つソイツが天高く叫ぶ。
呼応するように、辺り一面から
オオオオオオオオン、オオオオオオオオオオン。
遠吠えがやまびこのように帰る。海原は腹の底が冷えていくような感覚を覚えた。
あの時、餌のように貪られた記憶が駆け巡る。奥歯が軋んだ。
囲まれている。おそらく見えない範囲にも既に数えきれない量の狼の化け物が潜んでいる。
「キサマノムレヲ、ホロボス。ウシロノサルドモヲヤツザキ二シテカラ、キサマヲオウノモトヘツレテイク」
「くく、それは怖いな。風がキミ達と行けば、彼等を見逃してくれるのかい?」
ウェンが小さく呟いた。狼の化け物がわかりやすい下卑た笑みを、浮かべて答える。
「オウハ、ジヒブカイ。コヲハラムキサマノイシヲ、ソンチョウシタイトノコトダ」
「そうか……、わかった。キミ達と行こう、
少し仲間と話をさせてくれないか?」
ウェンが海原達の方を振り向き、笑う。
「おーい。ヨキヒト君、タイナカ。聞いた通りだ。彼等は風に用があるらしい。風は彼等とともに行くよ」
それはそんなにさらりと言うことなのだろうか。海原はただ、ウェンを見つめたまま動かない。
「申し訳ないね。約束、守れないみたいだ。でも安心して、風は彼等に乱暴されることはなさそうだし、キミ達も安全にーー」
「ハヤクシロ!! ワレラガオウガマッテイル!!」
うおオンと吠える狼の化け物。
ウェンの背後から1匹が覆いかぶさるようにウェンを押し倒した。
どシャリ、その華奢な身体は簡単に覆いかぶされ地に押し付けられた。
「くく、いや、ヨキヒト君、タイナカ、心配しないでくれ。こう見ても風は頑丈だ。何も問題はない」
地面に押し倒され砂まみれになった顔で、ウェンはわらう。
ぐいっ。ウェンのモコモコの服装、首元が荒々しく化け物に咥えられた。
首元を引っ張られぐうっと小さな悲鳴が漏れ出た。
「野郎っ!」
「動くなっ! タイナカ!!」
思わずと反応した田井中の機先を制するようにウェンが首元を吊り上げられながらも叫ぶ。
びくと田井中の動きが止まった。
「ダメだ……、手を出すなよ。タイナカ。そう、それでいい」
「ンン? イマ、ソコノサルハ、ナニヲしようとしていた?」
狼の化け物が唸りながらしゃなりと歩みを進める。田井中と海原は動かない。動けなかった。
「ワレラ二、歯向かうというのならそうすれば良い。群れのメスを守るというのならソウスレバヨイ。ちょうど、小腹がスイテキタトコロダ」
狼の化け物がにぃいいいと口元が裂けるような笑みを浮かべる。まさしく狼の化け物だ。決して、地上の生物、イヌ科の狼はこんな顔はしない。
「っだ、ダメだ! 許しておくれ、群狼!! 風はキミ達とともに行くから! 彼等に手を出さないでくれ!」
地に伏せたウェンが必死の形相で狼の化け物にすがりつく。
「ホウ、ソコマデ、群れの雄が大事か。ヨイメスダナ、キサマ……」
「く、くく。そうだ、風は雌だ。メスはより強い雄に惹かれる……、あ、あんな奴らほっておいて早く、キミ達の王に会わせておくれよ、ね?」
媚びるようにウェンは、狼の化け物のたてがみに顔を埋めた。下卑た笑みを浮かべた狼の化け物が長い舌で、ウェンの白銀の髪の毛を、味合うように舐めた。
「ヨイ、メスだ。おい、ツレテイケ」
脇から出てきた狼がウェンの首元を咥えて引きずる。苦しそうに呻きながらウェンは群れの中に消えていった。
ウェンが消えた方を一瞥して群れの先頭の狼の化け物が目線を大樹のウロにすわりこんだままの海原達を見つめた。
「サテ……、コレでヨイ。……ククク、同胞よ、アトは好きにしろ、喰い散らせ。狩の時間だ」
ウオオオオン。先頭の狼が吠える。群れの中から数匹、体格の良い狼の化け物がにじり出て来て、姿勢を低くくしながら、じり、じりと海原達に近づいて行く。
よだれを垂らしながら。奴らは初めから海原達を見逃すつもりなど毛頭なかった。
「なっ?! 話がちがうぞ!? 群狼! 彼等には手を出さないと!」
群れをかけわけウェンが狼の群れから飛び出る。その顔には既に細かい傷がいくつかついていた。
狼の化け物は億劫そうに駆け寄るウェンの腹に向けて、ごつんと頭突きをかました。
「ぐぅっ! がはっ」
その場に膝をつきながら崩れるウェンに向かい、狼の化け物は言い放つ。
「知らんなぁ、ヒトの言葉など…… ワレラには分からぬ故に……」
「う、そつき……」
崩れ落ちたウェンを別の狼が咥えあげてその背に荷物のように乗せる。
狼の化け物、先頭のよく喋る個体はその様を満足そうに眺めて笑った。
「さア、同胞ヨ。食え、弱きモノを、猿を食い尽くせ!、小腹を満たすにはチョウド良いぞ!」
合図とともに、数匹の狼の化け物が大樹のウロの獲物に躍り掛かる。
にぃと笑みを深くしながら、狼の化け物は嗤っていた。
っどおん! バキン、ドォン!
空気を鳴らす大音が鳴り響く。
ばた、ばた。
狼の化け物の数頭が横倒しに、糸の切れた人形のように倒れる。
その中には、獲物に襲いかかった個体だけではなく、ウェンを背中に乗せた個体もばたりも地に伏していた。
その眉間には、人の指が深く突き刺さっていめーー
「あ、やべ。あまりにもウザくて撃つのが遅れた。マルス、次弾装填。田井中、皆殺しで良いか?」
'ポジティブ PERK ON リローデッド 続いてPERK リーパーズ・ポイント起動開始、今ので2点ですよ、ヨキヒト'
「オーケーだ。オッサン、つーかもう始めてるけどな。ホット・アイアンズ」
めりり。地面から現れた数本の杭のようなものが狼の群れを割る。運の悪い数頭は下から串刺しになり、青い血を降らせた。
「な、ナニ……?」
先頭の個体がたじろぐ。無意識のうちにこの個体は一歩後ずさりをしていた。
狼の怪物達は知らなかった。自らがどんな存在に喧嘩を売ってしまったのかを、知らなかったのだ。
どっこいせ、海原と田井中は同時に地面に立つ。
海原の指が全て再生していた。
「ウェーン、起きてるかー! ……チっ。あとで説教だな。自己陶酔ぼっちエルフめ」
「な、ナンダ?! 貴様ら! ワレラにナニをしたか分かっているのか!」
ウェンの力が海原と狼の化け物を繋ぎ合せる。交わることのない赤と青の意思が通じ合う。
「……奇遇だな」
「な、ナニ?」
海原はゆっくりと右手で銃のジェスチャーを象る。人差し指と中指をまっすぐと並べて、その指先をおののく狼に向けた。
「ちょうど俺たちも、小腹が空いてんだ。クソワンコ」
バキン!!
輝く砂原に、血煙と轟音が鳴り響いた。
それは開戦の合図。
赤と青はたとえ、言葉が通じ合おうとも、その存在を通じ合うことなど出来ない。
化け物と人間はそういう風に出来ている。
殺し合いが始まった。
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