恐ろしき予感、海原のクエスト
「ウェン、田井中を頼む。そこから援護出来るか?」
「任せてくれ。共闘には慣れていないのだが、彼を守る事、キミの邪魔をしない事は約束しよう。風の名と祖霊にかけて」
ウェンが耳をピクリと動かしながらうなづく。彫刻のような顔から汗が垂れている。
前衛は海原がやる。ウェンを敵前に立たせるのは今はまずい。
おそらく、ウェンは本調子ではない。力を使った後の雪代の様子とよく似ている。無理をさせることは出来なかった。
言わんがいなや、ウェンは背後にひとっ飛び。たったひとっ飛びで10メートル近く離れた大樹のウロ、田井中のそばに移動していた。
「わお、凄え。ファンタジーの住人のあの謎のジャンプ力はどこから来んのかね」
'ポジティブ ヨキヒトも PERK 爆発する踵を使えば可能ですよ?'
「気遣いありがとう、マルス。気持ちだけもらっとくよ。……よし、じゃあ終わらせるか」
「ギギギギギ」
いも虫の化け物が威嚇するように槍を振り回す。ぶん、ぶんと空気の切れる音がする。
はっ、底が知れるな、化け物。
海原は凶悪な笑みを浮かべて、その言葉を紡ぐ。
それは呪文でも、約定でもない。海原とマルスの確認のようなものだ。
'システム 戦闘モードへ移行'
紡ぐ、まずはマルスが。唄うように定型句を並べる。
「レベルシステム オンライン」
答える、海原が。マルスより齎された己の進化の名前を。
' PERK システム オールグリーン'
「擬似ダンジョン酔い、開始」
それは牙、それは武器、それは力。終わった世界の中で生き抜き、己の願いを通す為の力。
「作戦目標、いも虫の化け物の駆除」
その力の名前は、
'シエラ0 交戦開始'
暴力。
緊張が薄れて溶ける。代わりに楽しみにも似た興奮が海原に齎された。
どん。
砂煙を蹴る。海原は迷わず進む。
「 PERK 起動、鉄腕!!」
ギャリン。柔らかな人間の腕が硬化する。海原の歯車が本来であればありえない組み合わせに変えられていく。
「ギイイイイ!!」
横薙ぎに振られる槍、左手を差し込み防ぐ。
きいいん、甲高い、鉄と鉄がぶつかり合う悲鳴のような音が世界に上る。
受け止めてもなお、怪物の力で振るわれる人間の武器。鍔迫り合いのようにそこから再び力が込められる。
ぎ、ぎ、ぎ、ぎ。
海原の突進は止まる。化け物は槍を両手で握りさらに力を込める。左手のガードをやめればおそらく脇腹を砕かれる。
一撃が全て、必殺。
化け物と戦うというのはつまり、そういう事だ。
こちらの攻撃はその高すぎる生命力に対して微々たるダメージしか与える事は出来ない。故に積み上げる必要がある。
小傷を、切り傷を、刺し傷を、とにかくあらゆる傷を。
そうして積み上げて、やっと人間は化け物の命に届くのだ。
人間はその間、一撃たりとて攻撃を貰う訳にはいかない。それだけで終わってしまう。
人という生命と、化け物という生命にはそれだけの差が存在する。
海原はその事をよく知っている。そして、知っている上で、吠えた。
「……退くと思うのか? この程度の攻撃で!! この俺がよお!」
退がるのではない。海原は槍と己の脇腹に左手を差し込んだ状態のまま、叫んだ。
右手を構える。
「マルス!!!」
呼ぶのは相棒の名。そしてそれはその叫びに答える。彼に歪な力を与える。
'コピー。 PERK 起動 爆発する踵、右足、点火!!'
牙の使いどころは、互いに理解している。あの深層心理の中で海原とマルスには充分に話し合う時間があったのだから。
ぎゃりぎゃりぎゃり。
左手が槍の表面を削りながら滑る。化け物の槍が振り切る前に、爆発した踵の推進力により海原は飛ぶように、再び化け物の懐へと潜り込んだ。
ここからだ。
「オラァ!」
勢いのままに海原が右手を突き出す。腹の正中線、鳩尾の硬い皮膚をそれよりも硬い海原の手刀が貫いた。
「ギィアアアアア?!」
呻く化け物。槍を捨ててその鉤爪を海原に向ける。
海原は迷わない。次は逃がさないように更に突き刺した右手をもっと、もっと奥へつき入れる。
' PERK 展開。完装肌。今度は間に合いました'
ガキィン。本能的に海原の急所、首と脇腹に向けられた鉤爪が弾かれる。硬い皮膚をその爪が通すことはない。
ジャリっ! 口の中で貝殻を噛み砕いたような音。海原の完装肌の上を爪が滑った。
脇腹のワイシャツが裂かれるも、赤き血は流れない。狼の牙すら通さぬその進化が、虫の の爪など通すはずもなかった。
「ギ?! あ?」
「てめえの全てを上回って俺が勝つ」
左手の手刀が翻る。化け物の手首を狙った一撃が、大きくその右手首を切り裂いた。
「ぎ?! ?! あああおオオオオ」
ドズン。
返す刀で海原の左手が下から差し込むように化け物の下腹へと差し込まれた。
青い血が流れる。
苦悶と驚愕の声を上げて、化け物がもがく。
首を伸ばし、いも虫の口を広げる。縦に開いた大口で真上から海原の頭にかぶりつこうとーー
「おおっと。忘れて貰ったら困るな。彼はやらせはしないよ」
スパン、スパン、スパン。
柔らかな顔に初めから突き立っていたかのように、矢が3本突き刺さる。鮮やかな矢羽根に、青い血が飛び散った。
たまらず化け物はその頭をのけぞらせる。海原への攻撃が遅れ、そして。
「アッ、ギっ!」
「死ね。' PERK 起動。シャッガン'」
ばちゃ。
スイカの潰れたような音が響いた。文字通りのゼロ距離射撃。
化け物の体内で、海原のロケットフィンガーが全弾発射。化け物の背中から赤い血煙と青い血しぶきが噴水のように飛び散った。
ぐちゅり。粘着質な音を立てながら海原の両手が自然と体内から抜けていく。
蜂の巣のように体中に大穴を開けた化け物がそのままハリボテが倒れるように仰向けにパタリと倒れる。
「はあ、はあ、はあっ。 PERK起動、リローデッド」
荒い息を繰り返しつつ、海原は二歩ほど後ずさりする。用心深く、一気に0にした指を再生させつつ、根元しかない人差し指を化け物へ向け続ける。
「はあ、くそ。やったのか? マルス、どうだ?」
'……まだ生体反応がわずかながらあります。頭部にとどめを。人差し指再生まで後、10秒'
海原はうなづき、ぴくり、ぴくりと痙攣し続ける化け物の頭へと指先を向ける。
「ぎ、ぎ、ギゴ」
血のあぶくを拭きながら化け物が呻く。もう、こいつに戦える力は残されていない。
すでにもう半分ほどが形成されている。爪まで再生した瞬間に、ぶち込む。
それで終わりだ。
怪物の呻きがやけに耳につく。耳障りだ。早く、再生しろ、人差し指。
決着の時だ。
海原は己の無力さの象徴をここで乗り越えようとーー
「ギ、ギ、ウ、ミハラァ」
「っーーー??!!」
声にならない叫び、息を呑みながらもたしかに今、海原は叫んだ。
背筋に泡が立つ、鳥肌、痺れ、手の先、足の裏全てがビリビリと痺れる。
途端に震え始めた右手、それでも人差し指の狙いはそのままに海原は震えをこらえながら話しかける。
「待て、待てよ、おい。そういや、そうだ。てめえ、鮫島はどうした?」
震える声、今、化け物に名前を呼ばれたような気がしてーー
「鮫島はーー? 鮫島はどうしたんだ? お前を逃がしちまったのか? オイ、化け物、オイ!! 答えろおお!!」
ありえない事なのに、一瞬、似ても似つかないその化け物と、友人の雰囲気が被った。
指先の再生はまだ終わらない。第二関節までは完成している。震えは更に大きくなり、そして
ギョロリ。
答えの代わりに返ってきたのは、化け物の異変。
いも虫の頭、縦に裂けた口の肉が割れるように開いた。
瞳だ。
1つの瞳が化け物の顔に現れた。宝石のような空色をした瞳。
瞳孔が縦に裂けたそれを海原は見た事があった。
あの時の鮫島と同じ、爬虫類の瞳、いや竜の眼球。
その眼を海原は知っていた。
「なんでてめえがその眼をしてんだああああ?!!」
'シエラ0?! ダメです! まだ人差し指の再生はーー'
激情のままに発せられた PERK起動。手指の再生しないままに、ロケットフィンガーが発動する。
しかし。
ばきゃん!!
間抜けな音がひびく。いつもより濃い血煙が海原の視界に広がり、
「ぐ、ああおあああかあかおああああ?!!」
何も出来ない激痛が海原を襲った。
' くっ、ネガティブ、 PERK起動 失敗…… 右手人差し指、損壊…… 痛覚代行が、追いつかない……'
血煙が晴れる、海原の人差し指はカリフラワーのように爆発し、醜い肉塊と化していた。
暴発。再生途中の脆い手指は、ロケットフィンガーの使用に耐えらなかったのだ。中から爆発するように、その部位はボロボロになっていた。
「ヨキヒト君!! 奴が!!」
背後から駆け寄るウェンの叫びに海原はハッと目を開く。
化け物が立っている。いつのまにか槍を拾い、膝をつく海原を見下ろしていた。
「ギひ、ウ、ミハラァウミ、ハラァ、ギヒひひひ。リウ…… ウマ、かっタァァ」
「あ?! ああああああああああああお?!!」
化け物のつぶやきがはっきりと聞こえた。海原は反射的に叫んでいた。
化け物が穴だらけの体をきしませながら、身体をねじり回す。
「マズイ、廻れよ廻れ! 銀の風! 風の友を守っておくれや!!」
ウェンの叫び、海原の叫び、そして
「ギーギッギッギ、ギャーギャッギャ、アハハ!! あはは。あはは。あはははははははは」
嗤う化け物の声が重なり合う。
その身体から光が漏れ初めていた。スポットライトが体の内側から放たれているようなーー
その光が限界になる。海原の周りに涼しい風が吹いた。
きいんと甲高い音が鳴った直後、海原を爆音と閃光が包んだ。
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