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追跡者、海原の答え

 


「ギィ、ギギギギギギィ」


 しゃくりあげるような耳障りな音。足元から吹き上がる風はいつのまにか凪いでいる。


 ばたり、ウェンが膝をついた音だ。その顔には沢山の汗が噴いている。


「っおい?! ウェン、どうした? てか、何が?!」


「っく……。ああ……済まない、風の力は捻くれモノでね…… 正しい使い方以外で使うとすぐに、こうしてへばってしまうんだ……」


 しおしおとウェンの長耳が垂れている。飼い主に怒られた犬のようだ。海原は無意識にソレが飛んできた方を睨みつけ、ウェンを庇う位置に移動する。


 '警告、ヨキヒト! すぐに戦闘態勢へ移って下さい、来ます!'


「クッソ!! 何がどうなってんだ?! マルス! 頼む!」


 驚きながらも、海原は自然と闘う態勢へと移行する。前方、オアシスの方角から飛来したソレを確認。


 ウェンの力により弾かれたソレは、地面へと跳ね返り突き刺さっている。


「あっ」


 海原にはソレについて見覚えがあった。先端がよじれて、捻れて広がっている鉄の槍。


 それは、それは。


「ギィギ」


「てめえが、なんで……」


 姿は見えない。しかし、声は聞こえる。あの厄介な化け物の声が。


 追跡者がついにここにまで。


 海原の目の前でひとりでに地面に突き刺さった槍がひょいっと浮き上がった。


 まるで誰かに拾われたようなーー


「ギィギギギギギギギギギギ」


 声がする。あの耳障りな虫の声が。


 ぐらり、海原の脳みそが茹る。この声を海原は知っている。


 上がりきった温度はやがて、冷たさにも似た霜のような感覚を海原にもたらしていた。



「……相変わらず五月蝿えクソムシだ。どんだけしつこいんだよ」


「ギギギギギ、ラァ」


 空間に浮き出るようにその姿が現れる。海底のタコが保護色により周囲に同化するように、空間に紛れて隠れていたソレが姿を現した。槍を引き抜いて手に持ち替える、化け物。


 いも虫の頭に人間の身体。


 いも虫の化け物。


 その身体は以前見た時よりも分厚く、筋肉質になっているような気がする。


「……なあ、おい。おまえ、羽はどうしたよ、ああ? ついてたよなあ、似合わねえ羽がよお」


 'ヨキヒト バイタルに異常が見られます。心拍数が上昇、落ち着いて'


 マルスの声を無視して海原は目の前の化けものを凝視する。


 その化け物は海原の後悔の象徴である。あの時の自分の無力、置いていくしか無かった仲間、鮫島の最後の顔が脳裏にはためく。



「ヨキヒト君、一目見ればわかる。アレは異常だ…… ただのモンスターじゃない。まさか、アイツが……」


 背後で膝をついたまま荒い呼吸とともにウェンが海原へ警告を向ける。


「風達が怯えている…… なんだ、アレは。風は前の世界でもあんなの見た事がない! 人の悪辣にモンスターの暴性! なんだ、アレは?!」



「出来損ないのクソ虫だ。ウェン、アレは俺の獲物だ。俺がやる」


 'ヨキヒト、俺ではありません。今の貴方は1人ではない'


 海原は小さく笑う。そうだった、あの時の自分とは違う。力無き、牙なき存在では、もうないのだ。


 海原は己へ牙を齎した福音へ、その身に棲まう相棒へと言葉を向ける。


「そうだな、マルス。そうだった。悪かったよ、アレは'我々'の獲物だ」



「ギギギギギ」


「おい、お前よお。羽、鮫島にでもむしり取られたのか? あ?」


「ギッギ」


 海原は右手と左手を手刀の構えに。眼前の化け物を見つめる。


「……てめえ、俺の前に現れたという事はよ、どうせ俺を殺そうとしてんだろ? てめえのクソ親父と一緒でよお」


「ギヒ」


 化け物が答えるように、くるりと槍を回転させて構える。足腰をどっしりと地に埋め、半身に。どこか堂に入っている構え。


「人間の真似事してんじゃねえよ、ウジムシが」


「ギッギ」


 ざり。海原が足のスタンスを広げる。


 瞬間、それはなんの前触れもなく始まった。


「ギィ!!」


 昆虫が獲物を捕食するときに見せる瞬発、一瞬で彼我の距離を詰めたいも虫の化け物が手に構える槍を海原の顔面へとつきたてる。



 ぎいん。


 咄嗟に、海原が顔前にて両腕をクロス。硬化した手のひらが捻れた槍先を逸らした。


「ギっ?!」


 明らかに驚愕の声を上げるいも虫の化け物。海原は痺れる手をギャリンと擦り合わせ、化け物の懐へと潜り込む。


 両者の背丈はほぼ同じ、なればこそ海原は膝を折り曲げ身体を沈ませる。


 アッパーカットのように右手刀を突き上げた。


「ラァ!!」


 ずぐん。


「ギぃ?!ギア!」


 青い血が閃く。海原の手刀が化け物の右胸をわずかに穿つ。指先に感じるぬるりとした血肉の感触に、海原は酔う。


 化け物が反射的に、その場から飛びのこうとする。身体を後ろへ傾け倒れこむように。肉に突き刺さっていた指先が抜ける。



「馬鹿が。PERK 起動」


 海原はその場から飛びのこうとする化け物へ既に指先を向けている。


 あの時は無かった牙。化け物に届きうる海原の牙が標的を捉えていた。


「ロケット・フィンガー」



 バキン! ジギン!


 手刀から指先が飛ぶ。人差し指、中指、薬指。3本の指が血煙をあげながら空を裂く。



 ばきん!



「ギゥアアア?!」


 硬質化した指先が、化け物の身体を捉えた。胸、腹、首。海原の牙は、硬い化け物の表皮を突き破り、穿っていた。


 '全弾命中を確認、更にPERK オン リローデッド。ヨキヒト、15秒で次弾装填が終了します'


「続けろ。マルス、コイツはここで殺す」


 海原は歯抜けした右手を下げて、五指無事な左手を構える。


 そのまま地面を蹴り、仰け反る化け物へ向けて突撃をーー


「ギ」


 ぐるん。いも虫の化け物が仰け反りながらその首を伸ばした。仰け反る身体と反対に首だけが海原へ迫る。


 '運動神経サポート開始、反射神経サポート開始'


 不可避のタイミング、しかし海原は無理やりに強化された神経を持ってして間一髪でその場に滑り込む。


 海原の直上を首が伸びていく。


「がら空きだ」


 ざじん。


 振り上げた左手が伸びた肉を捉えた。半月を描くように滑る左手の手刀は首の肉を裂く。


「ギゥア、ああああ?!」


「チっ、無駄に太い」


 断頭には至らない。可変する部分であるため硬い表皮はないものの、肉自体が分厚く、しかも弾力を持っている。


 なかなかに頑丈。海原はその場から跳びのき、再び化け物へ向けて突撃する。


「ギ」


「っなに?」


 海原はてっきり化け物が大慌てで伸び切った首を元に戻すのではないかと予想していた。掃除機のコードのように巻き取られる首よりも早く化け物へ接近する。


 そんなプランを考えていたのだが。


「クソ!」


 逆だ。化け物はその首を更に伸ばし、海原から明後日の方向に伸ばしていた。



 大樹のウロに無防備に眠る、田井中へ牙を向いた化け物の首が迫る。


「クソ虫が!! ロケットーー」


 海原が方向を転換、ただちに田井中へ向かう化け物の頭へ左手の指先を向ける。距離、8メートル以上。高速。


 当たるのか? いや、当てる!!


 海原は片目を瞑り、指先の照準を合わす。息を吐いて、身体の震えを止めた。



 人差し指の先と、化け物の頭が重なる。


 ここだ。


 海原が喉からPERKの起動を命じようとーー



 'っ警告!! 背後です!!攻撃中止、防御を! 撃ち落として、ヨキヒト!!'


 マルスの警鐘が鳴る。海原は視界だけを巡らせた。


 いない、化け物の身体がない。咄嗟に伸びた首から逆算して位置を探す。


「ギヒ」


 後ろ、背後。海原が化け物から視線を田井中へ移した一瞬、それが勝負を分けた。


 捻れた槍先。いも虫の化け物が肩を振りかぶり、その指先から槍をたたきつけるように投げる。


 それは海原の後頭部、うなじ。脊髄に向けられていた。


 どくん。心臓が鳴る。


 これは、天秤だ。


 海原は自分の命と田井中の命を天秤にかけられている。


 すなわち、田井中を救うのか、己を救うのか。右手指の再生は間に合わない。小指と親指では射程が足りない。


 己の防御を優先し、背後の槍を撃ち落とすか。このまま攻撃を続行し、田井中を救うのか。


 2つに1つ。両方は凡人には救い取れない。



 海原はどこかの誰かに告げられた。


 選べ。自分か他人か。



 答えは、答えは、答えは。


 生きる意味、探せ。お前だけの。


 鮫島、アリサ・アシュフィールドの声が聞こえた気がした。



 初めから海原はその答えを持っていた。


「っうおおおおおおおおお!! ロケット・フィンガアァァァ!!」


 ずきん、バキン!


 左手指が飛んでいく。


 ()()()()()()()()()()()()


 捻れた槍が飛んでいく、海原のうなじへ向かって。


 'バカな! ヨキヒト、避けられない!!'


 マルスの崩れた叫びが海原の脳内に響く。しかし海原の意識は叫びには向いていなかった。


「当たれええ!!」


 その視線は、己の発射した指へ向けられる。海原は己ではなく、他人を、仲間を選んでいた。



 ' PERK展ーー、ネガティブ!間に合わない! 判断を間違えーー…'


 無防備な海原のうなじに槍が迫る。マルスのPERK展開は間に合わない。


 天秤が傾く。片方が落ちる。凡人には両方は救い取れない。


 そう、凡人には。









「いいや、マルス。間に合う。そしてキミの宿主は今、正しい道を歩んでいる」



 スパン、パスン。


 重なるように空気が叩かれるような音が広がる。


 次の瞬間には金属同士がぶつかる硬質な音が響いて。


 くるくるくるくる。風車のように化け物の手から放たれた槍が宙空に舞っていた。



「風はやはり間違っていなかった。ヨキヒト君、キミは確かにアリサ・アシュフィールドから託された人間だ。風は何がなんでもキミを仲間にしたくなったぞ」



 神速の速さで放たれた2つの矢が槍を弾いた。


 くるくると舞った槍が地面に突き刺さる。


「ぎあう?!」


 同時に、海原の指弾、一発が田井中へ伸びる化け物の頭を捉えた。


 叩かれたように化け物の頭が地面へたたきつけられる。


 途端に叫びながら今度こそ、化け物の頭は掃除機のコードのように巻き取られてその身体に戻っていく。


「ギア……、ギギギギギ!」


 青い血の混じったあぶくを拭きながら化け物が威嚇を続ける、海原は振り向き化け物と向かい合って、


「……命中!」


 右手の再生途中の中指を立てる。海原が言葉をいいおわると同時に再生が完了、そのジェスチャーの意味するところはつまり、クソ喰らえ。


 海原をウェンが眩しそうに見つめる。


 海原はウェンへ向けて親指を立てる。


「ナイス、マジで助かった」


「くく、アピールは出来たかな? 風が役に立つ女だという事を」


 ウェンがしゃなりと足を前に運び、海原に並び立つ。


「嫌ってほどな。ていうかカッコつけてすみませんでした。助けて下さい」


「くくく、なんだい、その言い回し。ああ、いいとも。キミと組めば長生き出来そうだ。今後ともよろしく、日本人」


「ああ、末永くな。エルフっ娘」



 凡人と世界から追い出された風が並び立つ。悪辣の化け物が、地面から再び槍を引き抜いた。


「前衛が俺、後衛がウェン。それでいいか?」


「異議なし。くく、誰かと弓を並べるのは何度目だろうか。風もこれでソロ冒険者を卒業だね」


 微妙に悲しくなる言葉を聞く、海原は少しワクワクしていた。


 エルフと共闘ってなんかファンタジーぽくね?


 呑気な事を海原は考えた。



読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非続きをご覧下さい!

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