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PERK ONそして、未知との遭遇

 

 ヨダレを撒き散らしながら其奴らは風を追いかけてくる。


「くくくく。これはまずいかもしれないなあ。わ、近、足早い」


 風は部族で一番足が速い子だった。それは大人になった今でも変わらない。始祖と同じ風早の加護はこの世界においても風を守ってくれている。



「ウギャオウ! バオウ!!」


 モンスターがその獣欲をたぎらせながら風を追う。ああ、恐らく捕まれば殺される。ヤツラの鋭い牙は無遠慮にこの白く細い風の身体をズタズタに裂くのだろう。



 ああ、それは怖いな。まだ死にたくない。


 風は逃げ続ける。遮蔽物や高台さえあればまだ戦えるものの、こんなひらけた場所ではこの数の相手は無理だ。


 せめて、あと1人。仲間でもいれば。接近戦が得意な肉盾でもいれば話は違うのだが。



 風は肩越しに後ろを振り向く。薄汚い毛皮の獣が9匹。割と整った列で、ずうと追いかけてくる。


 くそう。風の趣味もここまでか。管理人の真似事をしてみればこのざまだ。生態系のバラスを守ろうとして、生態系に殺される。


 ああ、自然とはやはり強い。風ごときにそれをなんとかしようなどやはり始めから無駄だったのかも知れない。



 もうどのくらい走ったのだろうか。脚がそろそろ限界だ。風は風に限りなく近く生まれてきたが本物の風ではない。


 いつか、足が止まーー



「あっ」


 もつれた。バランス、崩れる。


 風は転がる。急に現れた坂道の傾斜、下り道に脚がついていかなかった。


 追いつかれる。食われる。死ぬ。



 くく。一度死んだ存在がもう一度死ぬとどうなるのだろうか。風は、次は何処へ行く事になるのだろう。


 またひとりぼっちだ。


 まあ、いいか。初めから風は世界でひとりぼっちだったのだし。


「まあ、いいか」


 態勢を崩し盛大に転がる。お婆様から頂いた部族の服が砂まみれになる。


 そうか、食われて死ぬということはこれもズタズタにされるのか。



 ああ、やっぱり、嫌、だな。



 風は背後に感じる猛々しい生命の気配に、目を瞑った。


 次はーー、今度こそーー










「ロケットオオオオオフィンガアアアアあああ!! あああ?! 痛ァアアアアア!!」




 バジン!



「キャイン?!」



 風は、目を開く。


 背後を振り返ると、仰向けになったモンスターがもがき苦しんでる。


 よく見るとその喉元には何かが突き刺さっていてーー


「指?」



 人差し指。人差し指がモンスターを貫いていた。



 風は、ゆっくりと転げてお尻をぺたりと地面につけたまま前を向く。


 人差し指の飛んできた方を。



 そこには、懐かしい風貌と匂いを併せ持つ人間と、懐かしい声を持つ生命がいびつにも奇妙に共生している姿があった。




 ………

 …



「か、間一髪セーフか?、あ、あんた生きてるか?! 怪我は?」


 ' ヨキヒト、すぐに後続がきます。戦闘です! システム、戦闘モードへ移行!'



 海原は射出した人差し指の痛みに耐えながら叫ぶ。激痛、しかし狙いすまして腕力で無理やり固定したぶっ飛ぶ指先は正確に怪物の喉元を貫いていた。



 マルスの声とともに海原の指先の痛みが和らぐ。寄生生物が呼び水となり、人を闘いへと駆り立てる酔いが海原の脳を満たして行く。


 妙な衣服にくるまった人物を見る。もこもこしたその衣服はまるでどこかの民族衣装のようだ。


 ターバン、それか何かの帽子みたいな装飾品のせいで顔は見えない。


 間一髪助けた奇妙な人物はまだ状況を理解していないみたいだ。こちらをじいと固まったまま見つめてくるのみ。


「下がってろ!! 化け物が来る」


 海原は駆け出し、その人物を背に庇うように立つ。


「えっ、き、キ、キミは?」


「戦うんだよ! あんたはここから離れてろ!」


 ぽかんと呟くもこもこの人物に唾を飛ばしながら海原は叫ぶ。



「マルス!!! 敵の数は?!」


 '待って、現在足音を観測中。バスタード! 8! 数は8です! 多すぎる!'


「8?! ま、マジか! 最高記録だな、おい!」


 ぶるると足の底が震えるのは武者震いか、それとも別の何か。


 海原は目をギラリと見開き、嗤う。


「に、逃げてくれ、キミ! 殺されるぞ!」


 もこもこの人物が悲鳴のような声を海原に向ける。


 ああ、こいつ女だったのか。清流の上を吹くさわやかな風のような声に海原は少し驚いていた。


 驚いて、それから、海原なりに安心させようと笑みを向ける。


 気の利いた一言、それも海原なりのものだ。


「殺し合いだ。当たり前じゃろ。でも今から死ぬのは化け物どもだ。俺じゃない」


 会心の一言。海原は自分も勇気づけ、相手も勇気づけられる一言だったと自画自賛する。



 '……ヨキヒト、今までの普通の人生が貴方にとって。とても生きづらいものだった事がよくわかります。頑張りましたね……'


 よよよ、と言わんばかりの哀れみを込めたマルスの言葉に海原は首を傾げた。


 なんだ、それ。


 海原がマルスへ言葉を、返そうする。



 どろん。甘い血の匂いが、海原の鼻に香った。



 来る、きた。




 オオオオーン!!



 坂道の傾斜の、向こう一気呵成に下る8匹の狼の化け物。怪物種、パックス。


 群れなす狼。


 対するは歪な進化を続ける凡人生存者と、その相棒の寄生生物兵器。


 尋常の存在はここにはもう、いなかった。



「PERK 起動! リローデッド!! んでもって更に2番、3番起動! 鉄腕! ロケットフィンガー!! 左手、人差し指!」


 海原が右手を掲げる、じくり。消えた人差し指の断面からまた新たなる指先が生える。


 無意識に腰を落とした海原は続けて、左手で銃のジェスチャーを象る。親指を立て、人差し指を狼に。



「ファイヤ」


 バズン。血煙が吹き出す。それはさながら銃の硝煙によく似ていてーー


 海原の変わり果てた身体構造が指先の根元を爆裂させる。血液を燃料に、骨ごとそれを切り離す。


 ロケットのように人差し指はまっすぐと飛び立つ。


 PERKにより鋼鉄の如き硬さを持つそれは空気を裂きながら群れの戦闘の狼の額に吸い込まれていく。


 バキン!!


「ぎゃん?!」


 短い叫びをあげながら先頭の1匹が崩れ落ちる。勢いあまり顔面から地面へのめり込むように崩れる。


 後続の1匹がそれに足を取られ自動車事故のように衝突。弾かれたように地面へ転がる。


 なくなった人差し指の代わりに次は、中指。右端、扇のように広がる奴に向けて一発。


「ファイヤ」


 ずぐん。血煙、飛び出る中指。狙いを定めるのが難しい。ブレた弾道は狙いからずれて狼の右足に直撃する。


「ギャ?!」


 それでもロケットフィンガーの威力は充分に足止めにはなる。一撃で絶命させることは出来なかったが、足を折るようにもう1匹が群れから脱落した。いずれ失血死するだろう。


 これで、残り5匹。


 '警告、怪物種第95号 パックス、多数接近! ヨキヒト、近接戦闘の準備を!'


「了解、始めよう。右手指再生終了、続いてPERK 再起動リローデッド、左手指の再生開始」


 海原は元どおりになった右手で手刀を象る。伸ばした指先は鋭く、身体の前にそれを構える。


 群狼、狼の化け物が海原に向けてその口を大きく開けて迫った。


「泥臭く行く、マルス、防御任せた!」


 'ポジティブ ヨキヒト。貴方の力を見せてください'



 殺し合いが始まる。


 海原は態勢を低くく、迫り来る狼に向けて自ら突っ込んでいく。


 身体の奥底から湧き出る原初の恐怖が海原の動きを固くする。しかし、固くなった身体はすぐに頭に広がる酔いによりほぐれていく。



「オオオらア!!」


 単純。海原は右手を突っぱねたまま狼に突進していく。群れの中に飛び込むように突っ込んだ海原は、狙いをつけずにそのまま身体ごと反応の遅れた1匹に体当たりをかました。


 大型犬の1.5倍ほどの体躯を誇るパックスの1匹に海原の鉄腕が突き刺さる。


 痛み、怒声、叫び。海原はそのまま勢いでパックスの身体を押し倒す。分厚い毛皮を貫いた右手をその体内でぐるんぐるんとわざとかき回す。


「ギャァ?!!」


「ハッハー!! 後、4匹!」


 海原は押し倒した狼の身体から右手を手荒く引き抜く。身体から引き抜くときに適当に掴んだ骨や肉をひっつかんで引きずり出す。


 ぶちり、ぶちり。


 小さな悲鳴をあげて、それからもう化け物は動かなくなる。


 海原は即座に立ち上がる。狼達は展開し、ぐるぐると円を描くように海原を囲んでいた。



 'ヨキヒト!! 突破を!'


「わかってる!!」


 海原は迷わない。即座に再び地面を蹴り、その包囲の外に抜け出そうと試みる。



「ギュオウ!!」


 矢のごとき速度で海原の背後から躍り掛かる1匹の狼。狙いは一撃、頸動脈。


 空中で身を翻したそれが海原の無防備な背中を押し倒す。


「ゲブっ?!」

 


 強打する肺、空気が悲鳴とともに溢れでる。目の前がチカチカと点滅し、致命的な重さが背中にかかる。


 海原は背後からの強襲をまともに受けて地面に押さえつけられていた。


「がっ」


「ギャオウ!!」


 短い叫びとともに、狼の顎門が海原の首筋を捉えた。


 ぶちゅる。何かが潰れるような音、それから迸る血。


 迸る血、血迸る。()()血が垂れた。


 赤き血は流れずにーー


「どうしたよ、歯茎から血出てんぞ。歯槽膿漏か?」


 ' PERK NO 0041 完装肌、展開完了、ヨキヒトをやらせはしません'


 その牙は硬い皮膚に阻まれ、折れた。


 海原の首回りの皮膚が異様に変質している。亀の甲羅のような角質的なシワが刻み込まれ薄い皮膚は分厚く固く、そして醜く膨れていた。


 その牙は硬い皮膚に阻まれ、折れた。


 例えるなら人間がせんべいだと思って噛み砕こうとしたら鋼板だったような。



 にやり、海原は地に伏したまま嗤う。首に思いきり力を入れ、後頭部を狼の鼻面にぶつけた。


「ギャァ?!!」


 海原の一撃に、牙が折れて面食らっていて狼は思わず後退する。獲物からの思わぬ反撃、狼はそれに慄いた。



 退けば、死ぬ。臆せば負ける。


 それが両者の勝敗を分けた。


「ハッハ! 隙あり」


 海原は瞬時に身体を反転、うつ伏せから仰向けに、そしてその勢いを利用して身体を起こす。


 腰を捻りながら、右手の手刀をおののく狼の喉元に突き立てた。


 その動きに躊躇いは微塵も感じられない。海原が命に遠慮なしに触れる。


「ア? ギ!? あえあ。」


「ぶち撒けろ、化け物」


 海原はそのまま喉に突き入れた右手を搔きまわす。ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃ。


 一晩寝かせた固いシチューを無理やりにかき回すような反動。


 一瞬で傷口は致命的なものへと拡大した。



 '生命活動停止を確認、駆除、円滑に進行中、残り3匹。戦闘効率評価上昇'


 マルスの無機質は声をBGMに海原は化け物の骸から手を抜き出す。爪にこびりついた肉片をぺろりと舐めた。



「アッハ。楽しいな、これ」



 相対する残り3匹の狼の化け物、そして嗤う1人の生存者。


 トライアングルのような狼の陣形の中心に海原は立つ。


 囲まれている。猛獣以上の存在に。


 しかし、海原の顔には怯えの色は全く見えない。


 それどころかーー


「ウギャオウ!!」


「ワオオ!!」


「グルルフア!!」


 3匹が一斉に陣形の中心、海原に駆け寄る。三角形が縮んでいき、海原の前、後ろ、右手から敵が迫る。


 絶対絶命、狩りの終わり。それでも海原は嗤う。


「全指、再生完了。次弾装填終了、残弾数10本。 PERK 起動。ロケット……」


 呟き、左手の人差し指を前へ、右手の人差し指を右へ。


 その切っ先、銃口を向ける。


 距離が縮まる、狼の化け物の牙が海原に届き得る距離。


 そしてそれは海原の牙が化け物から外れる事の決してない距離でもあった。


「'PERK ON ROKET FINGER'」


 重なる2人の言葉、それは合図だ。牙を相手へと向ける唸りでもありーー


 バキン。


 空を裂きながら真正面へ指弾が迸る。人差し指が狼の右目へ吸い込まれる。


 ボシュン。右目を貫いた人差し指は勢いを殺す事なく脳みそへと到達、小さな脳みそをぐちゃぐちゃに裂きながら頭を貫通する。


 残り、2匹。


 刹那の後。構えていた右手、海原は視線を向けることもなく銃のジェスチャーを迫る狼へと向ける。


 'BANG!!'


 マルスが軌道を修正、血煙共に発射された右手中指が狼の大きく開けられた口を貫き、内臓を引き裂いた。


 残り1匹。



 背後からわずか遅れて、最後の狼が海原へ飛び交かる。


 戦術は決まっている。完装肌は貫けない。わずかな痛みは受け入れよう。


 海原は間に合わない反撃を諦め、攻撃に備える。


 タイミングはマルスが決める。自分はそれについて行くだけ、耐えるだけだ。


「マルス」


 'コピー。 PERK ON 完装ーー」



 海原の首回り、頸動脈、心臓。獣が好む攻撃箇所の皮膚がいびつに歪んで固まる。


 死にはしない。それなりに痛いだけだ。


 海原は痛み分けの反撃を覚悟していた。


 そして狼が、海原の背中を。




 スパン。


 濡れた雑巾で空気を叩いたような小気味好い音が響く。


 いつまで待っても海原の背中に衝撃は来ない。


 背後を振り向くと、白目を向いたまま最後の1匹になった化け物がピクリ、ぴくりと痙攣しながら地面へ横倒れていた。


 その首には突き立つものが。海原の指ではない。


 鮮やかな矢羽根のついたそれは、海原が先ほど見つけた矢についていたものと同じつくりだった。



「はあっ、はあっ、はあっ、….…キミだけにカッコをつけさせるわけにはいかないな……」


 もこもこの人物はどこから取り出したものなのか。腰を落としたまま弓を構えて静かに呟いた。


「……おお、お見事。逃げてなかったのか」


 海原は一瞬呆気にとられて、そのもこもこに話しかける。


 見ればみるほど奇妙な姿のその人物。砂漠の国の民族衣装のような出で立ち。


 足首や手首だけは妙に露出しているがそれ以外は複雑に巻かれた衣で包まれている。


 美しい、艶やかな色彩。茶色を基準にしているのに赤や緑などの有彩色のラインがうまく融合している。


 めちゃくちゃ高いオリエンタルな絨毯を衣服にしたようなーー



「はあ……、ゴホン。これは恥ずかしいところを見せたね。怪我はないかい? 強き人よ」


 ゆっくりと、もこもこの人物が立ち上がる。弓を片手で持ち替えて空いた手でその目元以外を覆っているターバンのような頭巾を取った。



「え」


 海原は目を丸くする。その人物の姿だ。


 2つの瞳、よく通った鼻に小さな口。白金のような肌に整ったパーツがこれまた素晴らしい配置に在る、美しい顔。


 海原が目を丸くしたのはそれ以外だ。


 耳。


 2つ備わっている耳は先端が尖っている。それは尋常の人間の姿ではない。でも、海原はその尖った耳を持つ存在のことを知っていた。


「え、エルフ?」


 海原のサブカルチャー知識ではそれしかわからなかった。ゲームや創作物だけの存在、人ではないヒト。それっぽいのが今、目の前にいる。


 海原が目を丸くしているのと同じく、その耳の尖った人物も宝石のような瞳をぱちくり、そして鼻をすんすんと動かしていた。


「に、ニホン人?」


 海原を見て、耳長の人物が驚いたような声を上げた。




 怪物種 95号 パックス、グループ単位駆除完了。


 海原 善人、奇妙な耳長の人物と遭遇。



読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!

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アリサ含めて「日本人」と認識。 エルフは「ニホン人」の認識。 おや?おかしいですねぇ。 管理者サイドだから他の世界の事を知っている、という伏線?
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