表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

100/163

DAY2

 

 〜サバイバル生活2日目、ずうっと輝く砂原にて〜



 海原は、目を瞑り空気の音に耳を澄ませる。風の音に混じり、輝く白砂が擦れる音が聞こえる。



 その場にしゃがみこみ、地面に耳を当てる。


 ずももん。ずももん。


 地面の下が鳴っている。それに気付いた瞬間、海原はその場から飛び退いた。



 次の瞬間、ぶわりと噴水が吹き上がるように輝く砂が盛り上がる。



「やべ、マジで来た、やべ、マールス!!!」



 海原は半分笑いながら叫ぶ。両手を払うように振りかざす。


 ギチリ。それだけでまるで鋼鉄のような硬さを海原の両腕は手に入れる。


 'ポジティブ ヨキヒト! ターゲットです! 怪物種第62号! オオヘビ蚯蚓! 獰猛、しかしその身は炙るととても美味しい!'



 割と呑気な情報をマルスが叫ぶ。


 こんもり盛り上がった砂を突き破り、それが現れる。


 丸太のように太い身体をくねらせつつ、目のない頭からヘビのような舌を出す。


 アナコンダと蚯蚓を混ぜたような巨大な怪物。身体中に広がる黒い斑点が妙な恐怖を煽る。


 巻きつかれたら最後、おそらく簡単に丸のみにされる。



「マルス、地面に潜られたら厄介だ! 速攻で狩るぞ!」


 'ポジティブ ヨキヒト。オトリ作戦はあまり安全ではない。ここで終わらせましょう。システム、戦闘モードへ移行'


 海原は身体から湧いてくる奇妙な興奮を押し殺し、その変質した両腕を構えた。



「ピピピピ!」


 跳ねるような声を上げながら、ヘビ蚯蚓がその身体をくねらせながら迫る。ぞわり、背中を怖気が駆け巡る。


 でも、関係ない。こいつの肉はとても美味いらしい。ならば、俺はそれが食べてみたい。


 海原は怖気を食欲と戦闘の興奮で塗りつぶす。


「30秒で決着をつける! サポートよろ!」



 'ポジティブ ヨキヒト、幸運を。大丈夫、貴方の方が強い。交戦を許可します'



 海原は真っ向から走る。底の抜けたシューズで地面を踏みしめ、まだ痛む踵を無理やりに動かす。


 血豆のような傷がぱくりと破けた。


 瞬く間に縮む両者の距離。地を這うオオヘビ蚯蚓、地を走る人間。


 ぶつかり合う。


「アイアン・アーム!!」


 ただの右ストレート。しかしその拳は鋼鉄。腰の入ったパンチを真っ向勝負で怪物の鼻面にぶつける。


「ぴい?!」


 まさかといわんばかりにオオヘビ蚯蚓が仰け反る。反撃を食らうとは思っても見なかったとばかりに。


 しかし、怪物。仰け反った勢いを利用し頭突きを食らわすようにそのヘビのような口を開けて獲物に食らいつく。


 ガキィン!!


 鳴り響くのは肉を裂く柔らかな音ではない。鉄と鉄をぶつけあわせたような、そう、剣戟のごとき硬質な音。


 海原は凶暴な笑みをたたえながら、その左手で、オオヘビ蚯蚓の鋭い牙を打ち上げるように叩き弾いていた。


 当然、閉じられるはずだった大口は獲物を捕らえる事はない。


 海原は、無防備に開いた深淵の穴のような大口を覗き込み、深く笑った。


 右腕を迷いなくその大口に突っ込む。


「びい?!」


 口内に捻じ込まれた硬い右腕。混乱するように叫ぶ怪物、その身体をくねらせて一度距離を取ろうとする。


 しかし、もう遅かった。


「たっぷりと味わえ。マルス! 痛覚頼んだ! PERKコンボ、シャッガン!!(そのまま飛び散れ)



 勝負は一瞬だった。


 硬質化した海原の右手、それにそれに備わる5本の指は海原の叫びとともに、一気に射出される。


 第一関節の根本から血煙とともに、骨ごと物凄い速度で発射された指はーー


 ぼびゅ。間抜けな破裂音が鳴る。


「ぴあ?」


 化け物がそのうねうねした身体を大きく痙攣させる。


 化け物の口内から体内を一気に貫いた。散弾銃のごとく開かれた手のひらから様々な方向へ射出される5本の指。


 そのうちの数本が口を突き破り、化け物の小さな脳みそをズタズタに裂いた。



 化け物の身体から力が抜ける。海原はずるりとその口から指を無くした右手を引き抜いた。


 'お見事、ヨキヒト。対象の沈黙を確認、駆除完了'


 凡人の牙、恐るべき進化はあれほど手強かった化け物を、一瞬で屠れるものとなっていた。


「リローデッド」


 海原は小さく呟く。根元から抜けた己の手からは滲み出るように赤い血が流れ続けている。


 じくじくと違和感を感じる指を、眺めると割とすぐに異変は起きた。


 血が止まる。断面がもこり、もこりと蠢き始めて肉が盛り上がっていく。同時に鋭利な刃物で断たれたかのようにすぱりと切れていた骨も再び成長を始めていた。



「キモい……」


 トカゲの尻尾は再生するというが、それを早送りにすればこのような光景が見られるのではないか。


 見る見る間に海原の指が()()()()。きちんと人差し指は人差し指に。親指は親指に。


 元どおりに再生していく。


 かゆみを我慢しながら海原はその己の身に起きた異常を半眼になりながら見つめていた。



「あー、やだなあ。マルス、痛覚代行ってずっと頼んでたらダメか?」


 'ネガティブ 痛みは人間が人間であるために必要なものです。私がそれを肩代わりし続けるのは不健全。決して私が痛いのがイヤなわけではないので勘違いしないでください。いつも通り、痛覚代行を終了します'



 ぷちり。テレビを切られたような音が海原の頭で鳴る。瞬間、



「うっは!…… 痛え」


 右手を思わず抑える激痛。再生しているとは言え指が弾け飛んだのだ。真冬にゴムで指先をひっぱたかれたような痛みとは訳が違う。


 海原は目の端に涙をにじませながら右手を左手でさすり続けていた。



「あー…… あの変態博士、もー少しよ、こう使いやすいPERKを思いつかんかったかね」


 'ネガティブ 博士曰く、必殺技には必ず痛みが必要だと。痛みなき必殺技はがらんどうの残りカスに過ぎず、必殺技なき痛みはただ痛いだけという語録が残されています'


「なんだその微妙に中身のない言葉は。あのオッさん本当に頭良いのか?」


 海原は右手をバタバタと振りながらマルスへ軽口を返す。


 ついさっき、化け物と殺し合いをしていたという風にはとても見えない。


 海原はもう、己の異常さに気付く事は出来ない。


 サバイバル2日目、海原は早くも新たなる日常に順応しつつあった。


「で、このデカブツどうやって運ぶ? 割とキャンプ地まで距離があるような」


 'ネガティブ 流石にここから全て運ぶのは難しいですね。一部の肉を切り分けて調理してから運びましょう。ヨキヒト、火石のかけらは持ってきていますか?'


「へいへい、ポケットに3つぐらいあるぞ。そういやこれ使うの初めてだな」


 海原はポケットからさぐり出したそれを眺める。昨日、田井中との戦いを制した後にマルスから拾っておけと指示が出た石ころだ。


 よく見るとわずかに赤みがかっている以外はなんの変哲も無い石ころだが……



 'ポジティブ それを適当に地面に置いて下さい。先に肉を取り分けましょう。タイナカに食べさせる分もあるので火を通します'


「あいよ、で、この不思議なヘビみたいなのはどこが食えるんだ? 割りと食欲湧かねえけど」


 'ポジティブ ヨキヒト。頭と内臓以外には脂肪の多い肉が詰まっています。パックスとはまた違った美味しさがあるとサバイバルガイドには残っています'


「たくましい先人に倣えってか? 了解。ヘビ、ていうかミミズっていうか、これどうやって捌くんだ?」


 '肉は柔らかいので適当に鉄腕を差し込んでください。皮を剥いでサイコロ状に肉を取り出しましょう'


「ん、了解。……うわ、ネチョってした」


 海原は地面に横たわる丸太のようなヘビミミズの胴体に左手を差し込む。ケーキにナイフを差し込むような気軽さでスッと肉を裂く。


 頭を落としていないにもかかわらず思ったほど血は流れなかった。わずかに滲んだ血が皮を滑り落ちて砂原に染み込む。


 軽い切れ込みを入れて、ぎちりと硬い指先を気合いで動かし皮を剥ぐ。


 びちり、魚の皮を剥ぐような抵抗。技術はなくとも今の海原の手はそれ自体が包丁よりも硬い刃だ。


 引っ張った皮と肉の隙間に右の手刀を差し込みすっと、切り離す。


 あとは指先で肉に切れ込みを入れてすくい取るようにサイコロ状の肉を取り出していく。


「どうだ? マルス」


 'ポジティブ 、まあ味には変わりはありませんからいいでしょう'


「おい、下手か。下手くそって言いてえのか」


 海原は同じように肉を数切れ捌く。ピンク色の肉に所々青い血合いが残っていた。


 '後はそれを火石の上に置いてみて下さい。面白いものが見れますよ'


 面白いもの? 海原はわずかにマルスの声が喜色めいている事に気付いた。


 首を傾げながらも3つほど重ねるように地面に置いた火石の上に肉を一切れ置いて見る。



「うお」


 火が現れた。


 火石の上に青い血肉を置いた瞬間、まるで時間をかけて作り上げた焚き火のようにぼおっと炎が上がる。


 じう、じう。肉が汗をかくように炎の中で肉汁を零した。


「ま、まじか。なんつーデタラメ」


 '原理の解明はできずじまいでしたが、アビス内で採取できる火石は怪物種の血と反応して発火します。光源、調理、熱源と様々な事に活用が可能です'


「火石、すげえ」


 海原はその火に手を向けて温度を確かめるように振って見る。じんわりと硬くなった手のひらにも温かみが灯る。


 本物の火だ。


 炎が肉を平らげている。市販のブロックベーコンほどに切り分けた肉をじわり、じわりと炙っていく。


 次にやるときは串みたいなのを用意してみるか、海原はそんなことを考えながら火を見つめていた。


「あ、これ火から取り出せねえ」


 結局その後、海原はマルスに言われて渋々と鉄腕で硬化させた指先で、ぎゃーぎゃー叫びながら火中の肉を拾い上げた。



 ……

 …


「さて、こんなもんかな」


 海原はいくつかの肉を焼いた後、キャンプ地から持ってきたミックスフルーツの大きな葉にくるんでいた。


 くるめたそれを片っ端からナップザックに放り込み、口を縛る。


「てか昏睡作用がある葉っぱに食べ物包むのはどーよ、その辺大丈夫なのか?」


 'ポジティブ 。ミックスフルーツの葉っぱの昏睡作用はちぎりたてのものにしか確認出来ません。なんだかんだあれから10時間以上経ちましたので問題ないでしょう'


 海原はそーかね、と呟いてナップザックを肩に下げる。


 10時間。そう、海原は結局、仮眠を取るとか言っていたくせに気付けば爆睡。セーフモードの深層心理の中でさざなみと妙にくっついてくるマルスの甘い匂いに包まれながら遭難1日目を終えていた。


 今は早くも2日目、食糧の獲得と、新たに得た力の確認の為に比較的安全なクリーチャー狩りに勤しんでいた。



「マルス、田井中は目覚めると思うか?」


 海原が目覚めたのちも未だ、田井中 誠は眠り続けている。失った四肢こそ彼の無意識な力の発露により塞がれているものの目覚めないというのは些か心配だ。


 'ポジティブ 先ほどの簡易バイタルチェックによると未だ彼の脳波は眠り続けています。今は、安静にしておくほかないですね'


「なるほど、まあお前が言うんならそうしよう。えーと、次はどこへいく? 一旦戻るか?」


 'ネガティブ ヨキヒト、近くにミックスフルーツの群生地があります。まだ荷物には余裕があるので少しでも採取しておきましょう。また再びタイナカが目覚めた時のことも考えて'


 マルスの言葉に海原はこの前の田井中の暴走を思い出す。


 もし、マルスがいなければあそこで確実に死んでいた。そう思えるほどの暴威、圧倒的な常識外の力。


「たしかに、備えあればなんとやらだな。了解、葉っぱも何枚かもらっておこうかいの」


 'ポジティブ 幸い、距離は近い。そうと決まれば早速向かいましょう。このまままっすぐ歩き続けて下さい'




 へいへいと呟き、海原は足で火石に砂をかぶせる。瞬く間に火は消えて、薄く白い煙がぽかりと立ち始めていた。マルス曰く、火石は使い捨てらしい。


 ざくり、ざくり。海原が進む。


「マルス、足の裏が痛え。なんとかしてくれ」


 'ネガティブ 安易な痛覚代行はヒューマニティロストに繋がります。痛みもまた人間らしさですよ、ヨキヒト'


 微妙に答えになっていない回答を聞きながら海原は小さく唸る。どことなく満足げなマルスに何か言い返してやろうかと思ったが体力の無駄になりそうだったから辞めた。



 ざくり、ざくり。広い砂原を海原が進んで行く。


 何分ほど歩いただろうか。明るい空間は見た目ほど暑くはない。それでも背中に薄らと汗をかきはじめるほど歩いたころに、海原は眼前に何かを見つけた。



「なんだ、ありゃ」


 はたり、その場で立ち止まって目を凝らす。一面輝く白い砂原。白いカーペットに零した醤油のシミのように何かが落ちていた。


 'ヨキヒト、もう少し近付いて見て下さい。視界情報を拡大して解析してみます'


 マルスに言われた通り、海原はそろりそろりとそれに近付いていく。


 見えた。


「棒?」


 ふと見るとそれは木の棒のようなものに見える。海原はさらに近付いていくとその棒の後端には何か色合いを持つものが付いている事に気付いた。


 '……解析終了、驚きました。ヨキヒト、あれば人工物です。熱源はありません。近付いてみても大丈夫です'


「人工物? そりゃどういうーー」


 海原はマルスの言葉を聞きながらもずんずんとその棒に近付いていく。


 そして、理解した。


 人工物、なるほど。


 ようやくそれがなんなのか分かった時、海原はしゃがんでそれを眺めていた。


 先端には光を受けて輝く尖った鉄、矢じりが備わっている。後端についているのは矢羽根、紫色を中心に鮮やかな羽がそれを彩る。



 矢が、落ちている。


 それが意味することはつまり。


 海原は唐突に現れた人の気配に背筋を粟立たせた。


「マルス、これはーー」


 海原がマルスへ問いかける、その時だった。




 オオオオオーン!! ウオオオオオーン!



 オオオオオオオオオオン!


 聞き慣れた、いや聞いた事のある底冷えするような遠吠えが遠くから届いた。


 その声は徐々に近付いてきつつある。



「マルスくん?」


 'ネガティブ ヨキヒト。連中の声です。数は6以上。怪物種パックスの声紋と認知。慌ただしい1日になりそうですね'


 軽口を叩くマルスへたいして海原が力なく鼻を鳴らすように溜息をついた。


「そーだな、そー思うよ」


 '……おや、ヨキヒト。少し待って。地面に耳を当てて下さい。声紋認証に若干の誤差があります'


「異常事態とかやめてくれよ、マジで」


 海原は言われた通りしゃがんで地面に耳を当てる。ほんのりと温かい。


 海原には何も聞こえないがマルスには違うらしい。頭の中で解析中と呟く無機質な言葉を海原は少し頼もしく感じた。



 '解析終了、ヨキヒト。パックスの群れがこちらへ近付いています。しかし、様子がおかしい。ヤツラが追っているのは我々ではないようです'


「こっちに近付いているのにか? 何を追いかけている?」


 '二足歩行の生き物。恐らくは人間です。ヨキヒト、付近に我々以外の人間が存在しています'


 海原はマルスの言葉に、ちいさく、おお、と驚いた。


 近くに人間がいるという当たり前そうで当たり前じゃない事態に、海原はそんな間抜けな反応をするしかなかった。


 海原のサバイバル2日目が始まった。


読んで頂きありがとうございます!


宜しければ是非ブクマして続きをご覧下さい!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ