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六原くん、振り返る。

「変人も名探偵も激しく否定させてもらう」

 変人の名探偵は渋面でタバコの煙を吐き出した。

「まあまあ、コナンくん。そう言いなさんな」

 円が腹を抱えながら六原くんの肩に手を乗せる。

「探偵を自称する恥知らずな小僧と一緒にするな」

「じゃあ金田一くんでも良いぜ? 『はじめちゃん』と呼んでやるよ」

「どちらにせよ近付いただけで死のリスクが跳ね上がる。ほとんど死神だ」


 六原くんの不機嫌さが増し、円が面白がり、僕が呆れて、発端となったテレサが身を縮めた。場違いな雰囲気である。

 僕たちは深い闇の中にいた。光源はワーゲンバスのヘッドライトのみで、他には何も無い。月明かりの夜を期待したけれど、空には星一つ輝かないほど重厚な雲が僕たちと月とを遮っていた。風は無いけれど、湿った外気が肌にまとわりついて気分が滅入る。


「私も行かないと駄目ですか?」


 テレサが両肘を抱き、不安げに六原くんに尋ねる。

 彼は、駄目だ、とは言わなかった。その代わり、テレサに背を向け「君の為だ」と短く答える。有無を言わせない口調ではなかったけれど、拒否出来ないひりついた雰囲気が四人の間に漂った。

 六原くんが無言で歩き出し、その後を追った。大きく迂回するように小径を進む。雨が降る前触れなのか背の低い道草には珠露が浮いている。

 静かだ。風の音も、秋虫の鳴き声も、何も聞こえてこない。ただ小径を行く靴音と僅かに早い呼吸のリズムだけが耳について、ひどく落ち着かない気分にさせられた。お喋りするような雰囲気でもないから誰も口を開かない。待っているのだ。六原くんが口を開くのを……。

 水を打つような静寂を彼が破った時、僕たちは黒い家の前で横並びにその姿を見上げていた。


「ねえ?」

 六原くんに声をかけられた彼女の肩が跳ねた。

「なんですか?」

「君はこの廃屋を前に何を思う?」

「何をって……」

 身を縮め、巣穴から出た小動物のように周囲に警戒の目を走らせていたテレサは、怯えた様子で質問に答える。

「怖いですよ。正直、すぐに逃げ出したいぐらい」

「そうか」

六原くんは廃屋を見上げたまま「僕にはとてつもなく悲しく見える。君は怖いと答えたが、それはこの場所にかい? それとも自分の行いにかい?」


 最後の言葉の意味が理解出来なかったのか、テレサは怪訝な表情を浮かべた。特別何かをしたわけじゃない。肝試しをしただけ。「この場所にですよ」と憮然に答える。

 特に反応を示すでもなく、六原くんはタバコを携帯灰皿に放る。


「結論から言うよ。最悪だ」


 僕の左隣からテレサの小さな悲鳴が聞こえた。見ると、六原くんの言葉に蒼褪めている。彼女を挟んで左向こうでは円が俯いていた。

 六原くんは続けた。それはまるで昔話をするような口調で、不快な湿った空気の中に彼の甘くハスキーな声が凛と響く。


「今から十八年前。この家には三人の家族が幸せに暮らしていた。農家の両親と幼い男の子だ。男の子は絵が得意だった。破ったカレンダーの裏に絵を描いて、両親は我が子の作品を壁に貼る。毎月ごとにそれが増えていくのを楽しみにしていたかもしれないね。男の子も、自分の絵を壁に貼ってもらえるのを誇りに感じていたかもしれない。しかし、壁の絵は二枚を最後に増えることはなかった。その年の冬、家族は揃って命を落としたからだ」


 皆、押し黙って彼の話に耳を傾けていた。

 僕の脳裏に短髪で日に焼けた優しそうな父親と、その膝に乗って自分の絵を両手に誇らしげな男の子と、二人に寄り添うようにして身を寄せ、淑やかに微笑む母親の姿が浮かぶ。


「そんな家族が月に一度、習慣にしていることがあった。それは父親の実家に泊まることだ。この近くに独り住まいの祖母がいたんだよ。月に一度、孫の顔を見せる為の親孝行さ。祖母もその日を楽しみにしていたのだろう。彼女を知る人によれば、毎月、祖母は自ら包丁を振るってご馳走を用意していたそうだ。その日も当然、祖母はご馳走を振る舞ったわけだが、悲しいかなそれが最期の晩餐になった。その夜、幸せな夕食を囲んだ家は放火により全焼した。死者四人を出す最悪の火事だ」

 テレサがはっとした表情で六原くんを見た。「無理心中なんじゃ……」

「放火による火事だ。警察の調べによると、火を放ったのは近所に住む独り住まいの婆さんだ。彼女は少し虚言癖があってね。以前からやれ金が盗まれただの、ゴミを家の敷地に投げられただのと騒いでは問題を起こす人だった。ターゲットはいつも決まってその祖母。二人は互いに引かない性格だったらしく、言い争うのは日常茶飯事だったらしい。

 想像するに、婆さんは嫉妬してたんじゃないかな? 随分と前に旦那さんとは死別して子供達とも疎遠な状況が続いていたらしい。孤独な日々を過ごす中、毎月息子夫婦や孫と幸せな食卓を囲む祖母が彼女の目にはどう映っていたろう? 放火の晩もきっと『ちょっとしたボヤ騒ぎを起こして驚かせてやろう』程度の質の悪い悪戯のつもりだったんだろうね。でも、それが最悪の結果を生んだ。婆さんの想定以上に空気は乾燥していた。灯油を少量撒いただけのはずが驚くほどに強い炎を生み、そして、不運が重なった」

「不運って?」テレサが訊く。顔色が恐怖から沈痛に変わっている。

「霧島連山からの吹き降ろしだ。小林市は韓国岳、新燃岳、中岳、大幡山、夷守岳を筆頭に急傾斜の山々に囲まれた盆地だ。高低差は一三〇〇程らしいから、この辺りでは深夜から早朝にかけて山の頂からの強い吹き降ろしがあったはずだ。少し調べてみたが、この街は昔から「火の町」として有名らしい。想定外の炎の勢いに婆さんはさぞ慌てたろうね。どういうつもりか彼女は自ら消火を試みた」

「なんで助けを呼ばなかったんですか?」

「さあ? 僕は当事者じゃないんでね。でも、これだけは言える。婆さんは色々間違え過ぎた。冷静になれば住人を起こす為に大声をあげたり、近所の人や、それこそ消防署に助けを叫ぶなり出来たはずだ。でもそのどれも選択しなかった。パニックになったのか、それとも自分の罪が露見しないように必死で火消しに走ったのか。いずれにせよ無駄だったことは判るね?」

「諦めて逃げたんですね?」


 テレサの表情に憤りと嫌悪の色が浮かび上がる。

 しかし、六原くんはため息混じりで首を振った。


「彼女は最後まで戦ったよ。翌早朝、消防士が鎮火させた後に残ったのは、炭と化した家と、赤川悟志、美奈子、美世志、そして放火した中村みつの遺体だった」


 新聞記事を読んだ時の衝撃が蘇る。記事には焼け跡から発見された遺体が誰だったのか、その名前がはっきりと記載されてあった。

 テレサは愕然としていた。「ちょっと待って……」と言ったきり、空気を飲むように声も無く口を動かしている。それを何度か繰り返して、ようやく疑問を口にした。


「放火に遭ったおばあちゃんは生きてるの?」

「今もね」六原くんが頷いた。「彼女だけは顔に大火傷を負いつつも何とか助け出されたんだ。燃え落ちる我が家を目にした時、自分以外の家族が全員亡くなったと知った時、彼女がどんな気持ちになったのかを考えると胸が潰されそうになる。家族と家を失い、悲憤に暮れただろう。犯人を恨もうにも、中村みつは死んでいる」

「じゃあ、あの時のゾンビって……」

「僕は最初に訊いた。『この廃屋を前に何を思う?』と……」


 睨みつける六原くんに、テレサは「そんなつもりじゃ」と声を震わせる。

 さすがに可哀想になった。この廃屋にまつわる話を知らなかった彼女を、僕は批難出来ない。新聞の内容を知ってさえ不気味な印象は強く残っていたからだ。


「六原くん。これ以上はテレサさんが可哀想だよ。おれは彼女を責められないし、由梨絵って子にも……」

「テレサなんて子は存在しない」


 それは理解するのに時間を要する断言の言葉だった。思わず「えっ?」と訊き返す。

 ここにいるじゃないか。僕の隣で蒼白い顔をして立っているじゃないか。テレサは由梨絵という友達の為に六原くんを頼り、僕たちは彼に協力する形でここまで来たのだ。彼女が実は成仏出来ない幽霊、なんて事はあるまい。

 六原くんは僕の前に立ち、名探偵が犯人を名指しするように隣のテレサを人差し指で示した。


「彼女こそが由梨絵だ」

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