六原くん、誤解される。
助手席にはテレサが落ち着かない様子で座っていた。
図書館を出た僕が事前に聞いていた番号にコールすると、彼女は自宅のある生目台行きのバスに乗る寸前だった。行き先を告げるアナウンスに被せるようにして「これから黒い家に行こう」と提案する。突然のことにテレサは困惑したようだったけれど、すでに僕が迎えに走っていることが判ると決心の吐息と共に了承してくれた。
車内は無言だった。テレサは不安な面持ちで窓の外を眺めていて、陽が沈んでいくのに比例して体が闇に溶け出していくように見える。
こんな時に円がいてくれたら、と痛感する。僕は知らない女性との会話が苦手だ。特に一対一の場合。気心の知れた友人が側にいれば多少は気も楽になるが、こと一人となると、途端に女性への不慣れが炸裂する。何を話して良いのか皆目検討がつかず、終いには会話すること自体を放棄してしまう。
駄目だ駄目だ。自らを鼓舞するようかぶりを振る。テレサは一年生だぞ? ただでさえ突然のサッカーパンチをもらい、よくも知らない先輩と二人っきりなのだ。僕以上に座りが悪いはずなのに、こんな為体でどうする。
意を決して話し掛けようとした。しかし、助手席を見ると、テレサが先に僕を見据えながら口を開いていた。
「六原先輩ってどんな人なんですか?」
僕を気遣うような明るい口調だった。なんと情けない先輩であることか。
「みんな、というか私の周りですけど、六原先輩をまるで漫画のヒーロー、ミステリの名探偵のように言います。けれど具体的にどう凄いのかを訊いても『とにかく凄い』という言葉で終始していて抽象的というか、煙に巻かれているというか。具体的にどう、とは明言しないくせに手放しに賛辞します。それなのに、なぜか怖がっているようにも見えるんですよ。それって、私にとっては異様に思えて……。いくら言葉を繕っても、本心では警戒しているように感じるんです」
話を聞きながら、僕は笑いを堪えるのに必死だった。周りの人間に映る彼の姿と印象はいつ聞いても面白い。的を射ているようで射ていないからだ。
「えっと……」テレサが目を泳がせたので、助け舟を出す。
「ちゃんとした自己紹介がまだだったね。おれは能崎虹郎。一緒にいたロン毛は清丸円」
「能崎先輩は六原先輩が怖くないんですか?」
テレサは真剣だったが、申し訳ない。我慢出来ずに笑ってしまった。六原くんを怖がる? 僕が?
自分の質問が笑われたことを不快に感じている様子は無く、むしろ、僕が笑ったことにテレサは純粋な興味を持ったようだった。
「怖がる理由がないよ」含み笑いのまま、答える。「彼を恐怖に感じたことはない。近寄り難い雰囲気があるのは認めるけどね。でも、おれや円。それに同じ絵画科の連中だって誰も六原くんを怖がってはいないよ。なぜか判る?」
テレサは黙って首を振る。
「人が思っているより、ずっと単純なんだよ。静かで、口が悪くて、好奇心に忠実で、知識に富んで、頭脳明晰だ。けれどあいつをよく知らないやつらが妄想たくましいだけで、実際はガキみたいに自分に正直だし、呆れるほど甘党だし、感動物を観るとすぐに号泣するし、尊敬出来るほどの愛妻家だし、極めつきに良い奴だ。みんなそれを知っている。だから怖がらない」
「ふうん」テレサは安堵感を滲ませて頷いていた。「普通なんだ?」
「なんだと思ってたの?」
「変人の名探偵」
名探偵、というのは物語の中なら聡明で叡智溢るるクールな存在なのに、実際に口にしてみると途端に滑稽な響きに姿を変える。しかもそれが友人を称してなのだから尚更だ。
僕は声を出して笑った。
「それ、本人が聞いたら多分こう言うよ……」