朝
「動くなッ!」
限りなく黒に近い紺。その色のスーツで身を固めた女性。白藜の凛とした声が、議事堂に響く。
白藜は堂内をねめつけるように見廻す。
そこに居る男女は。
みな老境一歩手前、顔面に刻まれた皺が目につく。それは、ある時には愛想を、時には嫌悪を示す、これを幾度となく繰り返すことで、刻まれていったものなのだろう。
その現職議員の老人たちは。白藜の目には、現政府を囃すモノ達、と映った。
「これより、現△△大臣○○氏を『国家に不利益をもたらす利害構造を誘引した罪』で罷免、保安局の権限のもと、この場で『粛正』を行う」
白藜はその右手に掲げた銃。その銃口を老人たちの一人に向け。引き金を引いた。
「〇×△※◇!」
撃たれたその老人は、声にならぬ叫びを上げる。
◇■◇
「怖いユメを見たの?」
早朝。白々しい光がカーテン越しに室内に注ぎ込んでくる。
窓際のベッド。綿のシャツを羽織ってぼうと座り込んでいるのは、白藜だ。
そのかたわらで寝そべるのは、黒髪をたおやかにはべらせる。これも女性、イベリスだった。
イベリスは体を起こし。呆然とする白藜に身を寄せ、その肩を抱く。
白藜は抗うこともなく。イベリスの胸に身を預ける。
白藜の頬をつと、しずくの一滴が伝い落ちた。
「よしよし……」
彼女らは『国家保安局』に身を置くエージェントだ。
その姿は。見目麗しい女性の姿をしているが。
彼女らはヒトであり、ヒトでは無い。
神がヒトを作り賜うたように、ヒトが己が似姿を真似て作った、ヒト。
ヒトならざるもの。AIで駆動するアンドロイド、という存在だった。
『国家保安局』は法を司る機関で。
現在この国は、権力構造の一柱を、この機関に委ねている。
そして彼女ら『国家保安局』のエージェントには、『法の守護者』としての役割が与えられている。
「…………」
彼女らエージェント。ときに『キリング・サーベイラント』と揶揄される彼女ら。
その知性は。
『ヒト社会の恒常性維持』を初期値として与えられ。
果て無き機械学習の末に確立される。
その人格形成の背後には、自己保存の本能。社会回帰の特性を持たせるにあたって『ヒト、その似姿を愛しく思う本能』が刷り込まれている。
無論、愛と合理が時に反目するのは道理。
彼女らAI仕掛けのエージェントもまた、職務によりその精神を疲弊させる。
いやむしろ。
機械仕掛けの精妙な理性を背景に持つ彼女らゆえに。
精神を病み、文字通り壊れてしまう者も少なくない。
『キリング・サーベイラント』
ヒトの似姿を持つあつらえられた者。ヒト、そしてヒトの似姿を愛するよう。
プログラムされたモノ達。
いま、白藜の頬を伝う一滴には、そうしたものものが込められている。
その肩を抱くイベリスも、遠からずその想いを共有していた。
暁のつかの間においては。そのような感傷が去来するのも、仕方のないことなのだろう。