2話 音楽室
中学最後の春。
その人は突然私たちの前に現れた。
入学式の後、二、三年生だけで行われた始業式。
体育館のステージで挨拶したその人は『大黒篤志』と名乗った。音楽の教員で三学年全ての音楽の授業を担当するらしい。
"全て"と言っても全校生徒、たった百人程の小さな田舎の中学校。一学年は一クラスしかない。
「そうだ。あと、吹奏楽部の顧問も担当します。吹奏楽部の生徒は放課後音楽室に集合するように」
挨拶を終え、ステージから降りようとしながら言い忘れたかのように付け加えた一言に私達、吹奏楽部員はざわめいた。
吹奏楽部の顧問……。
ここ、薊第二中学校には一応、吹奏楽部がある。
"一応"と付くのはその吹奏楽部が入学式、卒業式などの学校行事の他にほとんど活動をしていなく、人数も少ないためである。
そして、この中学校には今まで音楽の専任教師がいなかった。なので、美術と音楽の両方の教員免許を持っている先生が顧問をしてくれていたが、吹奏楽の経験は浅くまともな指導を受けていなかったというのも大きな理由だ。
私、片桐綾子はその吹奏楽部でアルトサックスを吹いている。二年前、私が入学した頃、唯一いたサックスの先輩に三ヶ月だけ習い、そのあとはほぼ独学だ。
後輩にもそれなりに慕われ(ていると信じたい)のんびりと仲良く部活をしている。
始業式の後、担任の先生に呼び止められてしまった私は急いで音楽室へ向かった。
二年生、四人。三年生七人。合わせてたった11人の部員が全員が揃うことなどリハーサルと本番ぐらいなものだ。
しかし、防音対策のためにとても重たい鉄の扉を開けるとそこには珍しく、部員全員の姿が見えた。
あちこちでこそこそと生徒達が話している。
ざっと音楽室を見回して、私は窓にもたれ掛かってる黒いショートカットの眼鏡をかけた少女を見つた。
彼女の名前は坂田奈実。私と同じ三年生で、オーボエを吹いている。謎の多い子で、いつの間にか部活に来て練習をして、いつの間にか消えている。
おかげで後輩からはあまり好かれていないが、私は彼女となぜか気が合う。
「奈実、先生は?」
おうっと手を挙げてから奈実はのんびりと答えた。
「まだ来てない。なんか、職員室で他の先生に捕まってるとこ二年が見たって。まぁ、それはどうでもいいんだけど、あの先生何者?」
窓にもたれかかったまま、奈実はこちらを見ずに言った。
「へぇー。珍しいね。奈実が他人に興味持つなんて」
私も窓にもたれ掛かって、まだざわざわしている音楽室を眺めながら話を続ける。
「うるさい。でも、こんな田舎にわざわざ来るような人、普通いない。」
「まぁ、確かに」
自慢じゃないが、本当に何も無い町なのだ。
コンビニまで自転車で15分以上。電車は2時間に1本。洋服などを買いに行くには車で1時間ほど走った所にあるショッピングモールまで行かなければならない。
「遅かったね」
いきなり奈実言った。
は?遅かった?話が突然すぎて一瞬混乱してから、音楽室に来た時のことを言っているのだと分かった。
「話、突然すぎ。担任に捕まっちゃってさ。なんか、春休みどうだったーとかそんな感じ」
「そ」
奈実は興味なさそうに答えた。
「それだけじゃない。ちゃんと情報仕入れてきたよ。あの大黒って先生にとって、前にこの学校で音楽の教師をしていた人、教え子なんだって。あの10年前までいて全国大会に連れてったこともある。
で、大黒先生はもう何十回も全国に出場した事がある人で、吹奏楽界のエリート」
──15分ほど前。私の担任は噂好きだからきっとなんだかの情報を持っていると思って、私は大黒先生のことを聞いてみた。
「ふーん。どうする気なんだろ。この部活」
「さぁ、でも、何かが変わるんじゃない」