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希未「んで、これからどこ行くの?」
健人「うぇっ? もしかして付いてくるの?」
希未「うん。だって行くところないもん」
ちょっと待った。
行くところないって何を言ってるんですかアナタ。
こんな女の子を連れて大学に行くなんて、それこそからかわれる。
健人「付いてくるって、お前……」
希未「ここにいても暇だし、それなら健人くんに付いていった方が楽しいかなって」
健人「っと待った。何で『くん』付けなんだ」
希未「細かいことはいいじゃないのー」
健人「どうみてもお前の方が年下じゃないか」
希未「ぶー」
とかいうやり取りをしている暇などない。
どうやら、コイツは俺から離れようとしないみたいだ。
困る。実に困る。
なので、強制的にお帰り願うように仕向けようとした。
(スマートフォンを手にとって)
健人「家の電話番号は?」
希未「家なんてないよー」
健人「……は?」
希未「うん、家なんてないって」
健人「どういう事だよ、それ……」
家がない、と言う事は。
この娘、家出したのか?
希未「のぞみは、家がないの」
健人「家がないって、お前……」
家がないのなら、次の手段だ。携帯か何かを持っているはず。
健人「出せよ」
希未「何を?」
健人「携帯電話。自分で掛けるなりして誰かに連絡してくれるんなら、それに越したことはないけどな」
希未「けーたいって何?」
健人「ちょっと待った。何でその年頃で携帯電話知らないんだよ」
希未「けーたいって美味しいの?」
健人「……持ってないんだな」
希未「ねぇねぇ、けーたいって美味しいの?」
健人「もう良い……」
誰かと連絡を取る手段は無いようだ。
これは、コイツを一緒に連れていくより他はないのだろうか。
本当は講義行きたいんだが、まずはこちらを何とかしないと、行ける分も行けなくなる。
……仕方ない、単刀直入に聞くか。
健人「お前、家出したのか?」
希未「いえで?」
健人「そうだ、家出だろう。だからお前ん家に一緒に行ってやるよ」
希未「……良いの」
俺が希未に出会ってから、彼女は初めて暗い顔をした。
家族に内緒で出て行ったということなのだろうか。
自分が出て行っていることを知られたくないから、なのだろう。
希未「家は無いから、良いの」
また、だ。家はない――。
年頃の女の子だと思うのだが、それなのに家がないなんて、少し考えられない。
健人「んじゃ、お前。今までどこで寝泊まりしてたんだ?」
希未「寝泊まり?」
健人「そうだ。お前は今までどこで寝て、飯食ってたんだ?」
希未「んーっと」
健人「そこでどうして考える必要があるんだ」
希未「え、だってさぁ」
健人「だってじゃない。つか、今までお前はどこでどうやって生きてたんだっていう所から聞かなきゃいけないのか?」
希未「普通にご飯食べて普通に寝てたよ」
健人「そりゃそうだろう、普通ならな。んで、どこでそういう行為をしてたんだっていう話だ」
希未「ぶー」
健人「なんでぶーたれる」
何とか彼女が居たであろう場所を突き止めようとしたのだが、一向に口を割らない。
これは言えない事情というモノがあるのだろう。
そう考えた俺は、『どこに住んでいたのか』という話題について話さないことにした。
……まずは、目の前の現状をどうにかしないといけない、な。
(大学ブッチして、どこへ行くの?)
結局、俺は希未を連れて出掛けることにした。
しかし、流石に大学にまで一緒に連れて行くことは出来ない。
苦渋の決断だったが、俺は午前中の授業をブッチすることに決めた。
その代わり、希未を連れても違和感のなさそうな所へ赴く。
うん、それなら多分大丈夫だ。
しかし、希未の服のセンスが良くわからない。
上は肩を出している白のホルターネック。更に下は膝上10cmくらいのベージュのスカートにスリットが入っている。
そのくせ、足には黒いストッキングを履き、ブーツは若干底の厚いモノを履いている。
(どうみても俺より年下なんだけど、かなり露出高いなぁ)
10代の女の子が着る服にしては、少し大人びいているような気がする。
また、今時の服装ではなく、一昔前な印象を受けるコーディネートであった。
なので、イマドキの女の子たちがたくさん居そうな、渋谷や原宿なんかは連れて行けそうになかった。
そうこう考えているうちに、最寄りの駅についてしまった。
午前10時を超え、人の出入りはまばらだった。
俺の住んでいる大学周辺は樹木が多い。
5月の爽やかな風と、適度に照りつける日差しが、妙に心地いい。
……もっとも、希未の服はちょっと寒そうな気がしないでもないが。
希未「へっくちゅん!」
ほら、言わんこっちゃない。
希未「やっぱり風はまだ冷たいなぁ」
健人「そらそーだ。大学ナメんなよ」
希未「ここ、秘境だったんだ」
健人「これだけ緑があるからな。心地いいけど、ちょいと不便な感じが何とも言えないだろ」
希未「それはよく判んない」
健人「別に判ってもらわなくても良いって」
と、秘境自慢をした所で、行き先を決めなければいけないのだが……。
健人「さて、これから何処へ行くかだが――」
希未「遊園地がいい!」
間髪入れず、希未が口を挟んだ
健人「遊園地?」
希未「うん! のぞみは遊園地がいい!」
いきなり遊園地に連れて行くのはどうかと逡巡したが、彼女の頼みとあらば仕方ない。
健人「判った、行こうか遊園地」
希未「やったー!!」
彼女の飛び切りの笑顔が飛び出した。
うんまぁ、遊園地ならそこまで心配しなくてもいいかな。
そして、電車に揺られて行った先の遊園地は、定休日だった。
希未「ぶー」
健人「すまんすまん、あらかじめ確認しておくべきだった」
こればかりは、自分の拙さに辟易した。
女の子連れて行くのに、どうして下調べして置かなかったんだろうか。
いやいや、急に言われて急に行ったから、そんな暇なかったって。
……一人で問答していても仕方ない。
この遊園地は山一つ削って作られているくらい、規模の大きいモノだった。
それが、誰もおらずガランドウと化している。
希未「ホント、誰も居ないんだね」
健人「そりゃ、定休日だからな」
希未「そんな日に連れてきた馬鹿ちんさんは誰なのかな?」
健人「へいへい、すみませんって!」
希未「あはは、ゴメンね。からかうつもりはなかったんだ」
その顔は、少し残念そうな表情を浮かべていた。
……悪いことしてしまったかな。
希未「まぁいいか。のぞみはこういう運命なんだなーって思うしかないよ」
運命とまで言ってしまう辺り、本当に残念がっているみたいだ。
健人「また明日来ればいいじゃないか。遊園地は逃げたりしないんだから」
希未「それじゃ、健人くんに迷惑が掛かっちゃうよ」
健人「すでに迷惑を掛けているんだがな……」
希未「あはは、そうだったね」
そんな掛け合いをしながら、俺達は遊園地の近くにある駅に戻った。
時間は12時前。そろそろ昼ご飯時だ。
健人「そろそろ腹減ったな」
希未「そうだねー」
健人「駅前で何か食べていこうか」
希未「さんせー!」
健人「それじゃ、何がいいかな……」
と、駅のビルに入ろうとした矢先。
希未「あ、マクドナルドだー!」
長髪をなびかせながら駆け出していった。
健人「ちょ、ちょっと待てよ!」
俺はその後を追いかけた。
流石に昼時だけあって、マクドナルドには数人の行列が出来ていた。
希未はカウンターの上に表示されてあるメニューを見回して、やがて大きく頷いた。
どうやら、頼むものを決めたらしい。
希未「ねぇねぇ、健人くんは何にするの?」
彼女は純粋は眼を俺に向けてくる。
なかなか食べるものが決められない俺にとって、その目線は痛覚以外の何物でもなかった。
うーん。
…………むぅ。
と、唸っていたら、俺達が注文する番になった。
店員「いらっしゃいませー! ご注文をどうぞっ!」
店員の軽やかな声が響く。
その声が、余計に俺を優柔不断へと陥らせてくれる。
健人「えーっと、どれにしようか……」
希未「ハッピーセット2つ!」
健人「ブッ!?」
斜め上のメニューが出てきた。
しかも2つ頼みやがった。
健人「ちょっと待て、それ俺も食べるというのか?」
希未「だって決めかねてたじゃない。それならのぞみが選んであげようと……」
健人「余計なお世話だーっ!!」
健人「ふぅ……」
希未「おいしー」
俺は無難にチーズバーガーセットを選んだ。
希未はハッピーセットを頼んでいた。
この歳になってハッピーセットかよ……。
こいつはどれだけお子ちゃまなんだろう。
そんな事はお構いなしに、彼女はお子ちゃまセットを食べ終わったと思ったら、プ○キュアの小さなフィギュアを手に取って遊んでいた。
……頭の中までお子ちゃまなんじゃないか、コヤツは。
希未「かあいいねー」
健人「いい年こいて、小さな人形に『かあいいねー』は無いと思うぞ」
希未「ぶー」
健人「ぶー」
『ぶー』は、希未の口癖なのだろうか。
だから、からかうつもりで真似してやった。
希未「ダメだよー。『ぶー』はのぞみだけの専売特許なんだからねっ!」
健人「何だよそれ」
希未「のぞみしか使っちゃダメなの」
健人「ぶー」
希未「こらっ! 使っちゃダメって言ってるのに!」
健人「お前、面白いな」
希未「おもしろ……っ? ぶー」
やっぱりぶーたれた。
何だ、からかってやれば結構楽しい奴じゃないか。
そんな感じで、俺達は昼食を楽しんだ。
……楽しんだ?
いつの間に、俺達はこういう仲になっていたんだろうか。
彼女の屈託のない笑顔や仕草が、自然と俺の心を開いているのだろう。
どちらかと言うと、俺は用心深い方だとは思うのだが。
そんな用心深い俺をここまで和ませるのは、希未にはどこか不思議な魅力を持っている、というのだろうか。
いいや、そうじゃない。
俺は、この娘が『俺の好みにピッタリ来る女の子だった』から、惹かれたのだ。
その気持ちは、嘘じゃない。
少なからず、そういう下心を持ちながら彼女を連れ回しているのは、確かだ。
だからと言って、希未を『彼女』にしたいかというと、答えはノーだ。
出会ってまだ数時間しか経っていない女の子を、いきなり彼女にするには、あまりにも冒険すぎる。
流石に、夜まで一緒に行動する訳にはいかない。
彼女にするかどうかは、何日も掛けて判断すればいい。
そう。焦る必要はないんだ。
希未「何か怖い顔してるよー」
健人「うん? そんな顔してたか?」
希未「良からぬことを考えてそうな顔してた」
健人「……殴っていいか?」
希未「ぶー」
昼食を終え、再び電車に乗り込んだ。
行く先は、まだ決めていない。
とりあえず、少し大きめの街に出て、適当にショッピングモールをうろちょろするかな。
そんな皮算用をしていたら。
目蓋が重くなり。
…………。
(夢)
辺りは燃え盛る炎で充満していた。
天まで届くような火柱。空気まで蒸発させようかと言わんばかりの熱風。
僕は動けなかった。意識はあるが、体が言うことを利いてくれない。
焦げ臭いニオイ。火によってバチバチと燃えてしまう木々達。
ここは何処だ? 地獄か?
熱い。焼けるように熱い。
僕は、この炎に抱かれて……、死んでいくのだろうか……?
????「―――て」
どこからか、声がする。
????「―――んじゃダメ!」
よく聞こえない。
だけど、誰かが僕に声をかけようとしてくれている。
????「―――が、助けるから!」
動けない僕の体を、誰かがおんぶしてくれた。
その足取りは決して早くはなかった。
しかし、前へ進むに連れて、確実に熱さが遠のくような感じがした。
僕をおぶってくれている人の姿は、よく判らなかった。
けれどもその背中は。
とても華奢だったけれども。
とても頼もしく思えたのだ。
顔の辺りは靄がかかったようで、よく見えない。
しかし、その顔は口角が上がり、笑顔でいるらしかった。
その顔を見ると、不思議と穏やかな気持ちになった。
自分以外の誰かに会えたという安心感から、だろうか。
????「―――そろそろ、よ」
そういった瞬間、視界は白くなり――。
希未「そろそろだよー? そろそろ終点だよー?」
健人「んあっ?」
希未「終点だよっ。んもう、寝ちゃってたの?」
健人「あぁ、すまんすまん」
どうやら、眠りこけてしまっていたらしい。
しかし、妙な夢を見てしまった。
辺りが炎で包まれていて、自分は動けなくなっていて、その場面を誰かに助けられていて……。
夢を見た時に感じていた熱さや臭いなどが、妙に生々しかった。
希未「どうしたの? 電車、降りないの?」
健人「あ、あぁ……」
少し呆けていたらしい。
電車を降りて、目を覚まそう。