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(アラーム音)
「ふわあぁぁぁ、もう時間かぁ……」
(カチッ。目覚ましを消す)
5月の朝は明けるのが早い。
窓から差し込む光は、とても眩しい。
目覚まし時計はすでに8時半を差していた。
あぁ、そろそろ準備しなきゃな。
(寸間)
俺、【崎山健人】は、都内にある大学の3年生だ。
3年にもなると履修科目は少なくなってくる。
朝に弱い俺は、1限目の授業をワザと外し、大体2限目か昼からの授業ばかり組み込んでいる。
授業が終わると、夜遅くまでバイトを入れ、小遣い稼ぎに精を出している。
そのお陰で、めっきり夜型人間になってしまった。
昨日も、夜は11時までバイトをしていたせいか、体が少し怠い。
世の大学生は、大体そういう怠さを抱えながら日々生活してるのだろうなぁ。
そんな事を考えながら、俺は朝食の「チーズパン」を口にくわえた。
食パンの上にチーズを乗せ、その周りにマヨネーズを塗ってトースターに掛けただけという、
何ともジャンキーな食事である。
そのチーズパンを食した後、いよいよ大学に行く準備をしようと、寝間着を脱いだ。
――その時である。
(ドアを開けて)
????「お、おはようございます!!」
健人「ふぁっ!?」
突然、何者かが俺の部屋に侵入してきた。
6畳一間のアパート住まいに、もう一人存在するだけのスペースなどない。
だが、だ。そんな狭っ苦しい空間に、いきなり割って入って来る物体が出現した。
????「と、突然ですけどすみません! おじゃましますっ!!」
とか言うなり、その物体は俺の愛用のベッドへ飛び込んだ。
……その間、約1秒程だっただろうか。
俺は、ベッドにダイブした未確認な物体を目視――した。
それは、まごうことない女の子だった。
体付きからして、10代か20代といった所だろう。
彼女はベッドに飛び込んだ後、そのままうつ伏せになったまま、動かないでいた。
その光景を見て、俺は頭の中が整理出来ずに佇んでいた。
健人「えーっと、どういう事だ、これ」
俺がいくらボヤいても、彼女は動かない。
突然俺の部屋に飛び込んできたとは言っても、このまま放っておく訳にはいかないだろう。
健人「もしもーし、大丈夫かー?」
自分でもビックリするくらい、暢気な声掛けだった。
いきなりやって来た相手だ。野良猫のようにぞんざいに扱う事だって出来たはずだ。
しかし、流石にそういう対応は出来なかった。
相手が女の子だったからというのもあるが、綺麗で長い黒髪と抱きつくと壊れそうなくらい華奢な体付きに、思わず見とれてしまった。
……いかんいかん。
ここは男として、毅然たる対応を取るべきである。
健人「えっと……」
と、声をかけようとした時だった。
これまた突然に彼女は起き上がり――。
俺の唇を奪った。
どれくらい、その体勢でいたのだろうか。
見ず知らずの女の子に、いきなり唇を奪われる俺。
一瞬の出来事で、頭が真っ白になって、しばらく動けないでいた。
やがて、彼女の方から、静かに唇を離していった。
健人「えっと……?」
????「ずっと探してたんだ。長い間」
健人「えっ? えっ?」
彼女の不意な言葉に、ドギマギしてしまった。
少なくとも、俺は彼女のことを知らない。
なのに、そういう事をとっさに言われたら、誰だってビックリする。
そんな俺の心の声が届いていないのか、彼女は笑顔になる。
????「キミは覚えていないかもしれないけど、のぞみはずっと探してたんだよ。とても長い間、ね」
彼女は、先ほどつぶやいた言葉と同じモノを繰り返す。
その顔は、懐かしいものをみるような、穏やかな顔だった。
????「覚えていないだろうから、話しておくね」
そう言った彼女の目は、更に柔和さを帯びていく。
それは、見る人を安心させるかのように。
希未「私は星野尾希美。貴方を探して、そして見つけたの」
彼女はそう言うと、ニッコリと微笑んだ。
……訳がわからない。
俺にはこんな気さくに話しかけてくれる女の子なんていない。
ましてや、キスしてくるなんて、生まれてこの方あった試しがない。
そう思えば思うほど、彼女が訝しく思われてならない。
だが、このように柔らかな笑顔を見せられて、気を悪くする男がいるだろうか。
ここで彼女を追い出すのも、彼女にとっても悪いだろう。
だから、俺も彼女へ自己紹介を行った。
健人「俺は崎山健人だ。キミは俺の事を知ってるみたいだけど、俺はキミの事は知らない」
希未「うん、それでいいの」
健人「はぁ……?」
希未「それでいいんだよ、健人くん。のぞみは貴方に会えただけで、良いんだから」
相変わらず、笑みを絶やさない。
その微笑む姿を見るだけで、何故だか気分が落ち着くような感じがする。
……っと、そうじゃない。呆けている場合じゃない。
とにかく、この来訪者と一緒にずっといる訳にはいかない。
何しろ、俺は今から大学へ講義を受けに行くのだから。
少し冷静になった俺は、ふと自分の身なりを確認した。
――――あ。
肌着とトランクス一丁という、何とまぁラフなスタイルだこと。
健人「ちょ、ちょっと向こう向いていてくれよ!」
と、いそいそと服を羽織る俺だったが、遅きに失した感は否めない。
トランクス姿で女の子とキスされてたなんて、間違ってもツレ達には言えない。死んでも言えない。
そんな事を考えながら服を着ている俺の姿を、彼女はきょとんと見つめている。
うぅ、何なんだこの娘は……。
そのなんとも言えない目線に耐えながら、俺は着替えを済ませた。
健人「ということで、そろそろ出る」
希未「えっ、どこへ行くの?」
健人「俺はこれから大学の講義があるの。キミも親御さんか誰かいるだろう? 早く家に帰った方が良いよ」
そう言い、俺はカバンを掴んで玄関へ向かった。
彼女が勢い良く開けたせいか、玄関は開けっ放しになっていた。
うわ、ひょっとしたら俺のトランクス一丁姿誰かに見られたかも。
そして、女の子とのキス――――。
考えただけで目眩がする。
希未「ちょ、ちょっと待ってよ」
希未と名乗った女の子が、俺の後を追いかけてきた。
彼女の姿をきちんと見るのは、これが初めてだった。
長い黒髪をたたえ、そして平均的な女の子の身長・体付きを要している。
顔はどちらかと言うと幼さが抜けていないが、目鼻立ちがしっかりして、見る人を惹きつける顔付きだと感じる。
特徴は、その目だった。
カラーコンタクトを入れているのか判らないが、赤い目をしている。
また、身長に比べて胸の膨らみが少し大きめに思えた。
そういった特徴から、どこか日本人離れしている姿をしている。
彼女を見るなら、誰もが振り返って見そうな、そんな容姿をしていた。
健人「…………っ」
希未「どうかした?」
健人「い、いや。何も」
希未「変なの」
その容姿に見とれてしまった、と言ったら言い過ぎなのだろうか。
それほど、俺の好みにピッタリ来る女の子だったのだ。