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燐火の響き  作者: 壊れ始めたラジオ
百一回目で叶う前に心が踊る……じゃなくて折れる
18/30

購読肆日目/プロトバージョンなこの味は

「よんにちめ」です。

 ここは、空の宮市市内、住宅街の中に立地する緑溢れる公園。名を「風の宮中央公園」という。近辺のものよりも比較的規模の大きいこの場所には、日中であれば、たくさんの子供達と、それを見守る保護者で賑わっている。

 ところが夜ともなれば、どこに住んでいるのか、ましてや住んでいる場所自体あるのかさえわからない者や、邪な企てを目論む者が集う、一種の無法地帯と化す。


 そんな場所のはずれ、駐車場の隅に、その屋台はあった。

 その屋台の暖簾(のれん)をめくる者が、一人。


「……いいかね?」

「どうぞどうぞ。あ、そこの席に」


 中年の男が、やってきた。店主の女は自分から見て左の丸イスを指し、男はそこに腰掛けた。


「ほぉ、ラーメン屋かね」

「えぇ。ラーメン以外にも、いろいろ揃えてますが。何にしましょう?」

「そうだね……味玉ラーメンと、ビールをいただこうか」

「はいよ!」


 店主は快活に注文を承ると、素早い手さばきで麺を茹でて湯きりをし、辛味噌をベースにしたスープに優しく麺を落としてメンマ、ネギ、そして味をつけた煮玉子を載せ、男の目の前にジョッキに注いだビールと割り箸と一緒に置いた。


「へいおまち!」

「んん……実にいい香りだ」


 割り箸をパチンと割り、一口。


「んん……実にアメイジングな味だね」

「まるで、味覚という虫が口の中を蠢いているようでしょう?」

「え、ああ、うん、……そうだね。……おや、私のほかにも客がいたとは」

「……」


 男は動揺を隠しつつ、話題を逸らそうと左に二つ席を空けてラーメンを食べている女に声をかけた。しかし、女は反応しない。ただ麺をすすっているだけだ。


「……いや、もうすぐ四月だというのに、まだまだ夜は冷えるね」


 男は女に話しかけるのを諦め、店主に新たな話題を持ちかけた。


「そうですねぇ。春になって花が彩り、桜の季節ですね。花見では桜が舞い散り、風流ですよね」

「……確かに」

「……どうされました?」

「いや、少し酔いが回ってきたようだ。突然、昔傷つけてしまった人のことを思い出してしまってね……」

「ほぉ……」

「もう何年も前の話になるな……あの頃の私は、今以上に未熟で青かった。……だから、あんな罪を犯してしまった」

「……初恋の、話ですか」

「いやいや、そんな綺麗なものではないよ。醜い男の前科さ」

「……くだらない」


 たくあんを頬張りながらではあるが、女が、初めて反応を示した。


「罪があるだけまだいい。私には、今まで何も無かった。何も……残らなかった」

「ふむ……大きな罪を背負った私とは、違うね。だが……虚しさと後悔が心にこびりついたままなのは、我々は同じなようだ」

「……虚しさか」


 男と女、それぞれの器は、もうすっかり空っぽになっていた。男が来店した時は十数枚はあったたくあんも、全て女が食らい尽くしていた。まるでそれらの様子が、各々の心境を表しているかのように。


「……お客さん方、デザートはいかがですか?」


 店主は、小さな白いガラス製の器を彼らの前に置いた。そこには、綺麗に盛られたアイスクリームが載せられ、その上に透明な何かがかかっていた。


「……甘いものは、嫌いだ」

「まあまあ、そうおっしゃらずに。騙されたと思って」

「……」


 店主にプラステックのスプーンを差し出され、女は怪訝な顔をしながらも、スプーンにアイスを掬い、一口含んだ。


「甘い……。いや、酸っぱい……?」

「甘いだけじゃないでしょう? 実はそのアイス、グレープフルーツで作ったソースをかけてあるんですよ」

「……」

「見た目は甘ったるくて近づき難いものでも、いざ味わってみると、甘さ以外の、意外な味覚に気がつくんですよ。お客さんに口にする勇気があれば、新たな美味しさを、知ることができますよ」

「……帰る」

「お代は結構です。まだ、試作品なので。……よい巡り合いを期待しています」


 女は店主のその言葉を聞くと立ち上がり、暖簾(のれん)をめくって去っていった。


「ふむ……美味いね。試作段階でここまで美味しいとは」


 男も、わずかに顔をほころばせていた。


「お客さんの言う「罪」が何かは知りませんが、そのアイスが幸を呼び寄せてくれればなによりです」

「……そうだね。さすが、巷で噂になるだけのことはある」

「……ところでお客さん、ウチのこと、それ以外にも知っていますよね?」


 店主は突然表情を真剣なものに変えて、男に問いかけた。


「さて……どうだったかな」


 男は顔を逸らし、はぐらかした。


「ウチをこっそりつけている人達の仲間じゃないんですか?」


「……ほぉ」


 店主のさらなる追及に、男は徐々に曖昧な答えを返し始めた。


「わかってますよ。お昼頃、チャーハンを食べにきたOL風の女性も、夕方仲良くチーズフォンデュを食べさせ合っていた三十代の女性と幼児の女の子の親子も、みーんな、そうですよね?」


「……参ったね、ははは。お手上げだよ」


 男は両手を上げ、わざとらしく振る舞った。


「で、今度は何の用ですか? ヒラの人間じゃ、ありませんよね?」

「……君の言っていることは、当たっているよ。だが、今夜はプライベート。完全に仕事抜きで来たのだよ。多くの人々を動かすほどの君が、一体どんな料理を出しているのかと気になってね」

「それはどうも」

「……さて、私もそろそろ帰るとしよう。お代は……」

「結構です」

「サンクス」


 男は笑顔で立ち上がると、外国のチップを置いて去っていった。

倉田邑、登場。


男と店主はさて、誰でしょう?

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