購読弐日目のB/シューティング・マイ・ハート
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商店街の一角に建つここはいかにも「穴場」という雰囲気を醸し出していた。建物の一階と二階の間に取り付けられた看板には、この店の名前が書いてあった。名前は……「夜ノ森書店」。読みは「よるのもりしょてん」だろうか。本屋としてはなんだか意味深で、下手をすれば不気味な名前だ。
「いらっしゃいませー」
壁際の本棚で書籍の順列を整理しているらしい少女が、わたしを迎えた。
わたしよりもやや背の低いこの少女。長い銀髪をツインテールにまとめている彼女は、グレーのパーカーとデニムジーンズの上に濃緑のエプロンを身につけている。銀髪は……おそらく地毛なのだろう。
そんな彼女を尻目に、早速ここの品揃えを見てみる。
ふむ……全く無いわけではないが、新刊の雑誌や書籍はやや乏しい。入り口の最も目立つ位置に「店主のオススメ」と墨字で銘打った実用書が何冊か並べられていたが、あれは三年前に発売されたものだ。「店主のオススメ」とやらは時代の流れに置いていかれているのか、はたまた本当に三年前からずっとオススメ状態なのか。
店舗内部には、左右の壁際にそれぞれと、その間に両面向きの本棚が。つまり、この店には合計四列の棚があった。本の種類ごとの構成は、入り口から見て右から、コミック・現代小説・現代雑誌系、実用書・エッセイ系、時代小説・歴史書系、図鑑・地図系。そして、入り口の「店主のオススメ」。さらに細かく見ると、店主の趣味なのか伝記が他の系統よりも品数が多く、右から三列目に収まるべきのそれらが二列目にまではみ出していた。ざっと店内を一周し、気になるタイトルの伝記があったため、少し読んでみる。
目次をはじめとする数ページを読んでその伝記の購入を決めたわたしは、背後で作業を続けているらしい少女に声をかけようとして、ふと視線がある場所に止まった。
彼女が、本の順番を間違えていたのだ。
「……そのシリーズ本、巻数の順番間違ってる」
「……え?」
「よけて」
「え……あっ」
買おうとしている伝記を一旦棚に戻し、思わずわたしは彼女を払いのけて、順番を正し始める。
ああ、またこれだ。
わたしは昔から、本のことになるとまわりが見えなくなる。だから、いつも棘のある態度をとってしまう。
「いい? 本は人類が唯一遺せる宝物なの。そんな風にぞんざいに扱わないで」
「ぞんざいって……」
わたしの言葉に、半ば呆れた声をあげる少女。
「……これでよし。……あとこれ、買ってく」
伝記を差し出し、少女を見た。
間近で、少女の顔を、見てしまった。
一瞬、ほんのわずかな時間、電流のような刺激がわたしの体を駆けた。
「あっ……ああ、はい」
わたしから伝記を受け取った少女は、店舗の奥にある木製の茶色いカウンターへ向かい、レジ打ちを始める。少し遅れて、わたしもカウンターへ行く。
今のは、一体なんだったのだろうか。
これまで生きてきて、一度たりとも経験したことのない感覚だった。
「三千六百円です」
会計を済ませて、少女の「ありがとうございましたー」の声をバックに、わたしは店をあとにした。
少女に伝記を渡した時、私に向けられたその表情は、なんとなく、美しかった……ように見えた。